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第169話 異なる種




 多少の魔力が回復した後、俺は自分とフィルの身体を洗浄した。

 魔物でも動物でも、獣は濡れるのを嫌がる。

 当然、フィルは抵抗すると思ったが、俺が綺麗になったのを見ておとなしく洗わせてくれた。ガーネレスの血が不快だったのと、鼻が利かなくなるのを嫌ったのだと思う。


 拠点に戻ってみると、死骸は片付いていた。

 ただ、血の跡や破片らしき物体は今も残り、慣れた鼻でも生臭さを感じた。

 それでも他の跡地は大量の死骸が放置されているので、ましな方である。


 襲撃があったのは深夜で、すでに夜明けが近かった。

 クィードたちは死骸の撤去を中断し、数人の見張りを除いて休息に入っていた。

 俺を見て報告してきたが、やはり労働の魔石は見つからなかったらしい。


 まだ手付かずが多いのでなんとも言えないが、本命が空振りでは困る。

 拠点に戻って早々、俺は親衛隊が集められた場所に向かって三体の親衛隊を解体した。

 結果、例の親衛隊と普通の親衛隊から魔石を一つずつ確保する。

 水属性が強いのは気になるが、神聖属性を含む魔石である。

 これで目標の一つは達成だ。


 その後、念のため獣人を警戒しつつ、まず俺が仮眠を取り、日が昇ってからフィルと交代した。

 実際のところ、本当に念を入れてだった。

 襲うなら撃退直後である。俺は疲れ切っていたし、魔力をかなり消費していた。殺すには絶好の機会だ。


 それに何となくだが、クィードの接し方に変化を感じていた。

 道中までのクィードだったら、労力を割いてまで魔石の確認するなんて言い出さないだろう。

 仲間扱いは言い過ぎでも、潜在的な敵から協力者くらいに昇格したのではなかろうか。

 とはいえ、油断すべきではないのも確かだ。

 俺は丸くなるフィルの隣に座り、護衛を兼ねて魔力の回復を待った。


 獣人たちは朝早くから死骸の撤去作業を始めていた。

 すぐに立ち去るならともかく、数日間過ごすなら死骸をそのままにはできない。

 そんな掛け声や作業の音を聞いているうち、昼頃になってフィルが目覚める。

 魔力は回復しきっていないが、起きたのなら座っている必要もない。

 フィルを定位置の肩に乗せると、兵隊を解体することにした。


 労働の死骸は粗方撤去され、仕分けされた大量の兵隊が親衛隊の隣に並んでいる。

 ざっと数えても、三十以上だ。

 深く考えずに頼んでしまったが、かなり手間だったと思う。

 そんなことを考えていると、数名の獣人が近付いてきた。


「手伝います」


 意外な申し出に、俺は驚いてしまった。

 どうやら解体を得意としているそうで、労働のガーネレスはすでに終えたという。

 クィードの許可は出ているし、早く撤去するためにも時間は掛けられない。

 俺はありがたく協力してもらうことにした。


 獣人たちと手分けして、兵隊の魔石を確認していく。

 大量の労働を捌いた経験か、彼らは手慣れていた。

 そのおかげもあって、思ったほど手間取らずに解体を終える。


 結果、兵隊から十個の魔石を入手した。

 三十六体だったのでなかなかの割合である。労働は数の割に四個しか発見できなかったらしく、手伝ってくれた獣人たちは魔石を見つけるたび大喜びだった。


 それと、魔石以外の素材もある。

 親衛隊の見た目は流麗ながら、兵隊よりも強固な外殻だった。成形するだけで刃物に転用できるし、革鎧や服に張り付けても大した重さを感じないと思う。

 兵隊の外殻はやや厚みがあって少し脆いが、それでも武具の素材として使えるだろう。

 どちらも魔石と親和性が高そうなので、魔道具にするのもありだ。


 他の素材は肉で、海老の魔物だけあって食用可能だった。

 しかしフィルは匂いが苦手らしく、獣人たちは昔の話とはいえ、仲間を喰った魔物は食べたくないという。俺もまあ、獣人たちと似た気持ちだ。自分を食べるみたいで良い気分ではない。

 それに、この後も大量の肉が手に入る。すべて消費するのはまず無理だった。

 結局、肉は森に廃棄し、三体の親衛隊と状態の良い数体の兵隊から外殻を剥がした。


 そして手伝ってくれた謝礼として、労働と兵隊の魔石、また兵隊の外殻を半分ずつ分けようとしたところ、クィードと獣人は拒否してきた。

 使い道がないなら別の礼を考えるが、何かありそうな雰囲気だったので、俺は強引に押しつけた。


 すべての作業が終わったのは、夕方前だった。

 魔力はほとんど回復している。

 湖は近いそうなので、俺は様子を見に行くことにした。



  ◇◇◇◇



 偵察したという三名の獣人の案内で、俺とサーハス、クィードで湖に向かう。

 森の雰囲気は変わらないが、唯一違うのは足元の細い溝だった。

 横幅は片手くらいで、ジセロが壊滅するまでは水路だったらしい。

 途中で詰まっているらしく今は枯れているが、もし流れていても、注視しないと気付かないほどの狭さである。


 その溝に沿ってしばらく進むうち、次第に水の匂いが強くなってきた。

 そして唐突に、視界が開ける。


「ここか。確かに広いな」


 雄大な湖だった。

 水量はどれほどだろうか。数千人が生活しても、余裕で足りるくらいはありそうだ。

 陽光に煌めく水面から湖畔に沿って視線を動かすと、左は見渡せるが、右は奥へ湾曲していた。

 奥はそれほど広くないそうなので、ひらがなのつを逆さにした形状だろうか。


 湖畔を駆け抜ける風に誘われ、ふと南を見上げる。

 相も変わらずの樹海だが、それを突き破るように山脈が(そび)えていた。


「ベルジルヴだ」


 俺の視線を追い、クィードも南を見やる。


「深殿の森は迷いやすい。ベルジルヴは唯一の目印だ」

「あの山脈――ベルジルヴは、どこからでも見えるのか?」

「いや、見えなくなるほど森は広がっている。過去に冒険者が南へ挑んだらしいが、帰ってきた者はいない」


 気付けば、皆がベルジルヴの雄峰を見上げていた。

 無謀な挑戦者に想いを馳せているのだろうか。

 俺は視線を切り、湖に戻す。


「それで、偵察の結果は?」

「足跡は湖に続いていたが、見失ってしまった」

「巣は浅瀬にあるんだったよな」

「そうだが、足跡の近くにはなかったらしい」


 クィードが答えると、獣人たちが頷いた。

 追跡を()くためだろうか。

 甲殻類の魔物なら泳ぎも達者なはず。広大な湖のどこか――場合によっては川沿いの可能性もある。これだけの湖なら、複数の川が流れ込んでいても不思議はない。

 だが、数百の群れが生活しているのに、これほど発見に手間取るだろうか。

 面倒な事態にならなければ良いが。


 念のため『気配察知』を発動し、何も探知できないことを確認する。

 撤退するガーネレスに、《座標点(リファレンスポイント)》を張り付けるべきだった。

 発動中は魔力を消費し続けるが、住処に戻るまでは持ったと思う。

 まあ、これは結果論だろう。

 クィードを信用できない状況だったのに、あれ以上の魔力は消費できない。

 (たび)(たび)で申し訳ないが、フィルに頼もう。


「昨日の連中を探してほしい」


 肩に向かって話しかけると、フィルは承諾するように尻尾を振った。

 そしてわずかに目を細め、集中し始める。

 圧倒的な探知能力を誇る『追想追尾』だが、欠点もあった。

 個体を明確に区別できないと種族で探知するしかなく、その場合は範囲が著しく狭くなってしまう。


 やはり難しいのか、フィルは微動だにしなかった。

 種族では探知できないほど遠いようだ。おそらく今は記憶を掘り起こし、生き残っていそうなガーネレスを無作為に追尾しているのだろう。


 クィードは怪訝そうに見守っていたが、しびれを切らして口を開きかける。

 それと同時、フィルが肩から飛び降りた。

 クィードを制して追っていくと、フィルは湖畔に向かう途中で立ち止まった。

 首を伸ばして湖を覗き込んでも、森を見渡しても何もない。

 面倒な事態になったらしい。

 サーハスも察したようで、難しい表情を向けてくる。


「厄介だな」

「やりようはあるさ」

「どういうことだ? どこに住処が?」


 問いかけるクィードに、俺はフィルの尻尾を指差す。

 それが示す方向は、真下だった。

 意味を理解し、クィードが険しい表情へ変わっていく。


「まさか、地下に?」

「湖に潜ったのなら、水中洞窟だろうな」

「どうやってそこまで行けば……」

「魔法で呼吸は維持できるが、襲われたら勝ち目はない。だから、新しい入口を作る」


 面倒でも侵入は簡単だ。

 深さ次第で、回復させた魔力はごっそり減ってしまうが。

 色付き始めた太陽を眺め、クィードに切り出す。


「地下に潜るなら昼も夜も関係ない。すぐに取りかかろう。ただ、地表なら逃げようもあるが、狭い入口が一つだけではそうもいかない。全員で仕掛けると、混乱したとき全滅の恐れがある。だから少数――侵入するのは僕とフィルだけにしたい」

「馬鹿を言うな。大量のガーネレスが待ち構えているはずだ。いくらお前たちが強くとも無謀が過ぎる」

「そのとおりだ。だから、リーダーを狙う」


 俺は蟻や蜂について説明し、ガーネレスも似たような生態の可能性が高いと伝えた。

 予想どおりなら殲滅せずとも群れは崩壊する。

 もし違っていても、戦略を練り直せば良いだけだ。

 クィードはしばらく悩んでいたが、意を決したように口を開く。


「なら、俺も同行しよう。リーダーの死を見届けなければならん」

「指揮官が突入する気か? 万が一があったら、どうするつもりだ」

「サーハスに任せる」

「無理だ。俺も行くからな」


 サーハスとクィードは睨み合い、お前が残れと指揮官を押しつけ始めた。

 俺も困ってしまったが、可哀想なのは他の獣人である。なんとも言えない表情で二人の口論を見守っていた。

 いつまで経っても互いに譲らず、最終的にその場にいた獣人が指揮官代理に任命されてしまう。一応、探索能力に長けているので、何かあっても村まで帰還できると思うが。

 半笑いの獣人に同情しつつ、クィードとサーハスに説明する。


「《妨土の壁(アースウォール)》で洞窟まで掘り進むが、快適な通路を作る余裕はない。天井は低く、足元は滑りやすいだろう。気をつけてくれ。それと魔力が足りなければ、中断して明日に持ち越す」


 頷く二人に頷き返し、フィルを見やる。


「当たりを付けたい。推測で構わないから、住処の広がり方を教えてくれ」


 ひと声鳴いて地面を透かすように眺めると、湖畔から南東に歩き、南へ進み出した。

 そして俺を見上げつつ尻尾を振ってきたが、自信の無さの現れか、振り方がいつもより弱かった。それでも、大きく外れていてはいないだろう。

 湖に消えたという足跡の地点と、フィルの当たりを付けた地点を比較し、そこから少し距離を取った。

 掘り方は――つづら折りで行くか。


「行くぞ」


妨土の壁(アースウォール)》を発動し、地面を触媒に床と壁を生成していく。

 魔力の消費を抑えるため、床の厚みを減らし、壁は傾けて三角形の通路にした。

 さらに高さよりも長さを優先した所為で、形状も相まって頭を擦りそうだった。

 そんな通路を下って少ししたところで折り返すと、周囲は一気に暗くなった。

『暗視』も天然の暗視も、多少の光が必要である。今は問題なくとも、すぐに見えなくなるだろう。俺は早々に《光源(ライト)》を発動し、追尾させた。


 さらに潜るうち、周囲の土が岩盤に変わっていった。

 岩を触媒にすると魔力の消費は少し増大するが、崩落の危険は低下する。

 そこまで考え、似たような光景を一ヶ月ほど前に見たと気付く。

 思い返してみれば、最近はほとんど地下生活である。

 おかげで、暗闇にいても何とも思わなくなった。


 サーハスは俺より長くトルプス岩塩坑にいたので平然としているが、クィードは喉に手を当て、呼吸を求めるような仕草をしていた。

 空気には気をつけているし、フィルも気にした様子はない。だから精神的な息苦しさだろう。

 それに直下堀ではないから、さほど深くない。おそらく十メートル程度で、ビルなら三、四階くらいだ。岩塩坑の深さに比べたら、浅瀬みたいなものである。

 まあ何にしても、息苦しさはそろそろ終わりだ。

 さらに潜って折り返そうとしたとき、クィードも気付く。


「いるぞ。下の方に」

「そのようだ」


 少し前からフィルと俺は、『気配察知』でガーネレスを捉えていた。

 そこで足を止め、俺は《土霊召喚:メロック》を発動する。

 出現したアルマジロもどきに偵察を指示すると、『(せき)()(せん)(こう)』で地中へ消えていった。

 それを見送り、クィードが呟く。


「今のが精霊か。初めて見た」

「深殿の森でも少ないのか?」

「分からん。精霊はどこにでも居るらしいが、物質化していないと見えないからな」

「それもそうだ」


 雑談している間も情報が伝わり、さほど掛からずメロックが戻ってきた。

 川は流れているようだが、水没していない。

 別に地下水脈があるのか洞窟の形状か。

 どうあれ、何らかの理由でガーネレスに適した環境になったわけだ。

 俺はメロックに《一握の土(ハンディソイル)》を振る舞い、元の世界に帰還してもらう。


「もうすぐ開通するが、潜入前に調べることがある。合図するまで、耳を塞いでいてくれ」


 サーハスとクィードは頷き、少し下がって耳を塞いだ。

 俺は気配を探りつつ、適当な布に《火口(フリント)》で火を付ける。

 そして《礫土の盾(アースシールド)》の触媒にした穴から洞窟へ放り込むと、すぐさま《妨土の壁(アースウォール)》で穴を塞いだ。


 何の音もしない。

 可燃性のガスは充満していないと。

 有毒ガスは身体を張るしかないが、『毒耐性2』で無効化されたら安全かどうかの判断ができない。

 それを伝えると、サーハスが自分が行くと名乗り出てくれた。


「危険があれば、すぐ引っ張り出す」

「頼む」


 ひと言だけ言い、サーハスは石壁の前に立った。

 俺はクィードのところまで下がり、サーハスの周りに《恒風操作(オペレイトエアー)》を展開した。

 そして《妨土の壁(アースウォール)》で洞窟と繋げると、《恒風操作(オペレイトエアー)》を移動させる。


 サーハスは深呼吸したが、特に異常はないようだ。

 しばらく待ってから歩を進め、暗い洞窟を覗き込む。


「少し生臭いが問題ない。わずかに空気の流れを感じるから、地上と繋がっているのかもしれん。それと川が流れているな。この辺りは浅いようだが、流れはかなり早い」


 俺も穴を潜り抜けてみると、言葉どおりの光景が広がっていた。

 呼吸に違和感はなく、フィルも肩の上で寛いでいる。まず大丈夫だろう。

 後はリーダーを見つけて倒すだけだが――やはり気付かれたか。


妨土の壁(アースウォール)》はそれなりの騒音が発生する。しかも地下の洞窟なら、さぞかし響いたことだろう。

 いくつもの金切り声が反響し、それに合わせて気配が慌ただしく移動する。

 そのうち、気配は一箇所に集まり始めた。


「おそらく、あそこにリーダーがいる」


 俺に同意しながらも、サーハスは表情を陰らせる。


「相当な数だが……」

「俺とフィルには好都合だ。あれだけ集まれるなら、広い空間のはず。それとリーダーを仕留めるか、問題が起きたら即座に撤退だ。方角や川の流れから、向こうは湖に繋がっている。間違ってここを通り過ぎたら、命はないと思ってくれ」


 サーハスとクィードは真剣な顔で頷いた。

 注意はしたが、たぶん大丈夫だろう。分散している気配はほとんど労働で、退路を塞がれても彼らなら遅れを取らない。またリーダー周辺の大部隊は、《妨土の壁(アースウォール)》で足止めすれば、追いかけ回されることもないと思う。

 俺は魔力残量を確認すると、二人を促してガーネレスの集結地点に向かった。


 洞窟は俺が生成した通路の倍くらい大きさで、壁はどこも滑らかである。

 昔は地下水で満たされていたようだが、その影響でかなり歩きにくかった。

 足元は急流で、壁には捕まるところが少ない。鍛えられた冒険者でなければ、転倒して流されてしまうだろう。


 俺たちは慎重に洞窟の奥へと進み、いくつもの枝分かれを通り過ぎた。

 ほどなくして、川は深い穴へ吸い込まれていく。

 ここを下りるなら引き返すところだが、幸い、気配は川から逸れていた。

 密集した気配を目指し、さらに進む。


 枝分かれの至るところに、ガーネレスの労働が潜んでいる。

 しかし一体も襲ってくることはなく、奥に引き籠もったままだった。

 住処に侵入されたのに放っておくはずがない。

 出てこないのは、そういう指示を受けたからだ。


 先ほどの金切り声か。

 襲っても労働では各個撃破される――そう考えたに違いない。

 だとしたら、ガーネレスは想像以上に知恵が回る。集合地点が罠の可能性もあるが、なんとも言えない。普通なら俺の侵入方法は想定しないが、深殿の森付近にはテパ・タートルが棲息している。連中の行動は俺と同じだ。


 答えが出ないまま進んでいくと、気配が強まってきた。

 止まっているおかげで、なんとなく判別できる。

 親衛隊が数体、それ以外はほぼ兵隊で、数は五十ほど。さらに周辺でも兵隊が待機しているので、すべて合わせたら二百を越えると思う。

 やはり相当な余力を残していたが、それより問題なのは、リーダーらしき気配が見当たらないことだ。

 本当に罠だろうか。

 手ぶらで帰るのは(しゃく)だが、安全策を採った方が良さそうだ。


「お前たちは広間の入口で待機してくれ。リーダーの発見に手間取るようならすぐに撤退、発見できても攻撃と同時に撤退してほしい」

「いないなら分かるが、いるのに撤退しろと? リーダーの死を見届けるために来たんだぞ?」

「退路を塞がれ、お前たちが乱戦を始めたら撤退が困難になる。狙いどおりに運べば、群れの動向で分かるはずだ。それで納得してくれ」


 クィードは不服そうだったが、密集する気配の多さに頷くしかなかった。

 そんな会話をしてほどなく、俺たちは目的地に到達する。

 一軒家が入りそうな空間に、無数のガーネレスが蠢いていた。

光源(ライト)》で照らしながら視線を動かし、中央付近で止める。

 なるほど、それらしいのが見つからないわけだ。


 五体の親衛隊に囲まれた見慣れないガーネレス――『鑑定』によれば女王らしい。

 親衛隊をさらに流線型にした形状で、戦闘経験がまるでないのか、レベルは一桁だった。

 労働並みに弱いが、厄介なスキルを持っているな。

 女王は、『再生3』の保有者だった。


 ランク3だと、どの程度まで再生できるのだろうか。

 神聖魔法も使えるし、ちょっとやそっとでは死にそうもない。

 確か、火属性なら再生能力を阻害できるはず。《火炎球(ファイアボール)》の一点集中で仕留められれば良いが。

 サーハスに問いかけようとして、俺は静止する。


 不意に女王が爪を動かした。

 それを合図にガーネレスの群れが割れていき、合間から三体の奇妙なガーネレスが進み出てくる。

 どの階級よりも頭部が大きく、頭から手足が生えているように見えた。

 二本脚のカブトガニ、といえば近いだろうか。

 カブトガニ――?


 自分の思考に既視感を覚えつつも、俺は『鑑定』を発動する。

 そしてその内容を一瞥し、思考は吹き飛んだ。



名前  :-

種族  :レド・ガーネレス

レベル :13


体力  :31/31

魔力  :47/47

筋力  :12(腕力:13)

知力  :14

器用  :8

耐久  :13

敏捷  :8

魅力  :11

【スキル】

  甲殻、溶解、念話

  爪術2、腕力強化1

【魔法】

  無し

【称号】

  無し



『念話』だと?

 しかも、こいつらは種族が違う。亜種か変異種だ。

 驚きが醒めやらぬうち、先頭のレド・ガーネレスが近付いてきた。

 サーハスとクィードは剣を構え、フィルも戦闘態勢に入ったが、俺は手で制す。

 戦闘力は労働と大差ない。こいつの目的は対話だ。


『念話』とはどのようなスキルなのか。

 期待を込めて見守っていると、突然、脳内にノイズが走った。

 雑多な感情の奔流。

 サーハスとクィードは顔をしかめて後じさり、フィルは全身の毛を逆立てる。

 驚くのも無理はない。普通の生活では有り得ない感覚だ。俺はメイとのやり取りで慣れているが。

 そんな奔流が徐々に整然とし始め、一つの感情が鮮明となる。


『狩る? 敵? 狩る?』


 思いもしなかった意思に、呆然としてしまう。

 そしてゆっくり、隣に視線を落とす。

 狩るって……フィル?


 当の本人にも伝わっていたのか、フィルはすっかり混乱していた。

 そして俺と目が合った途端、何が起きたか、誰がやったかを察したらしい。

 一瞬で後方へ飛び退(すさ)り、レド・ガーネレスから距離を取った。

 その瞬間、物音がして視線を戻す。

 

 レド・ガーネレスが尻餅をついていた。

 どうやら、いきなりフィルが姿を消したので驚いたらしい。

 大きな頭に苦労しながら、じたばたと起き上がる。そして取り繕うように威嚇のポーズを取った。

 その姿を見て、今度ははっきりと記憶が蘇る。


「まさか、お前……あのときのドジっ子か?」


 問いかける俺に、レド・ガーネレスは身体ごと首を捻ってきた。


 ガーネレスは感情が乏しく、恐怖心すら薄いという。

 だが、目の前の個体やドジっ子は、驚いたり照れ隠しをするだけの感情を持ち合わせていた。それにポーズまで同じなのは偶然が過ぎる。

 前世を含めて相当数のガーネレスを見てきたが、こんな個体は他にいなかった。


 俺の困惑が伝わっているようで、レド・ガーネレスは逆方向に首を捻っていた。

 この仕草。あのときのドジっ子にしか見えないが……。


 そんなことを思っていると、気付けばノイズが完全に消失していた。

 そして突然、別の意思が伝わってくる。

 意思が感情となって脳内を駆け巡り、徐々に人間種の思考に調整されていく。


『なぜ、喰わぬ?』


 感情が言語に近い感覚で伝わってきた。

 今度こそ女王か。

 流線型のガーネレスから、さらに感覚が投げかけられる。


『なぜ、殺す? 喰わぬのに殺す?』

「唐突な質問だが――昨日のガーネレスなら、それぞれの事情や好みが理由だ。殺すについては、そのまま返そう。先に襲ってきたのはお前たちだ。身を守るのは当然だろう」

『――は美味い。喰わぬのに殺す?』


 似たような質問だったが、肝心の部分がはっきりしなかった。

 レド・ガーネレスは上手く伝わっていないと察し、改めて感覚が伝わってきた。

 それでも要領を得ず、変化しながら何度も投げかけられ、不意に理解する。

 なるほど――そういうことか。


「お前たちは、ゴブリンを喰うんだな?」


 感覚を返しながら答えると、同意の意思が伝わってきた。

 ゴブリンはガーネレスの食糧。

 たった一つのピースだったが、それを置いた途端、全体像が露わになった。


 昨晩、いきなり襲ってきたのは、拠点のゴブリンを殲滅したからだ。

 ガーネレスにしてみれば、獲物を横取りされた挙げ句、食べもしないで廃棄したことになる。

 俺は振り返り、クィードに問いかける。


「ジセロが襲われた当時、獣人たちはゴブリンを狩らなかったか?」

「それはしょっちゅうだが――確かに狩った。大きな集落が発見され、総出で殲滅に向かったと記憶している。それが襲ってきた原因か?」

「らしいな。まあ、どのみち獣人も食糧だ。時間の問題で襲われたと思うが」

『いらない。不味い』


 間髪入れずに否定の意思が伝わってきた。

 一瞬、誰が発しているのか分からず、驚きながら女王に向き直る。


「獣人が――不味い?」

『不味い』

「もしかして人間も?」

『不味い』


 女王がばっさり切り捨てると、周囲のガーネレスも同意する素振りを見せた。

 腹が減ったから襲う。襲ったから喰う。

 こいつらは単純な原理で生きているようだが――。

 あの親衛隊、美味そうに俺を喰ってたのに、内心では嫌々だったのか。

 よもやの喰われ損に、頭を振って記憶を振り払う。


「ええと、本題に戻ろう。なぜ食べもしないゴブリンを殺し、お前たちを殺しに来たのか。その理由が知りたいわけだな?」


 同意する女王に、どう説明するか思案する。

 普通なら聞かれるまでもない問いだ。ジセロを滅ぼし、昨晩は襲撃してきた。反撃されて当然である。

 だが、今の相手は価値観や思考がまるで異なる魔物だ。ずれているというか、根本的に違う。しかも『念話』で感情が筒抜けだから、誤魔化しや言い訳も通用しなかった。

 しばし考え、俺は切り出す。


「ゴブリンは食糧を奪い、獣人を殺す。獣人にとってゴブリンは、お前たちにとっての獣人と同じだ。だから殺すしかない」

『喰わぬ?』

「喰えないんだ。ゴブリンはとても不味い。お前たちを喰わなかった理由を詳しく話すと、フィルは口に合わない。獣人たちは仲間を喰った相手だから食べたくない。僕の理由はありのままを伝えよう。好きに解釈してくれ」


 俺は正直に伝えたが、案の定、女王は腑に落ちない様子だった。

 これ以上は説明しようがないので話を進める。


「ここまで来たのは、再びあの土地で暮らすためだ。ゴブリンを殺すたび、お前たちが襲ってくるようでは生活できない。排除するしかないだろう」


 こちらは分かりやすかったようで、女王は理解したようだ。

 ただ、その感情はレド・ガーネレスに()き止められ、こちらに伝わってこなかった。

 目の前で殺すと宣言され、どう行動すべきか決めかねているのだろう。


 単純にまとめてしまえば、一連の出来事は変則的な食糧の争奪戦だった。

 なら、落とし所はある。女王が決断を下す前に、手を打つべきだろう。


「クィード」

「やめてくれ」


 呼びかけた途端、クィードは拒否してきた。

 それに構わず、言葉を継ぐ。


「獣人とガーネレスは利害が一致している。すべては種族が異なるための行き違い――」

「ふざけるな!」


 怒りを露わにして、クィードは俺を遮った。


「俺は両親を、他の奴らだって家族を殺されたんだぞ! それを忘れろと!?」

「そうは言っていないが、個人的な恨みを晴らすために来たのではあるまい。お前は獣人の村の代表だ。冷静に聞いてくれ」

「……サーハスからお前の話は聞いている。親を殺した相手を目の前にしても、同じことが言えるか?」

「無理、だろうな」


 屋敷前の広場で晒し者にされていた家族。

『精神耐性』が抑えている所為で怒りは湧かないが、本心は確認済みだった。

 両親に手を掛けたのは、おそらくランズだろう。あの男には偶然報復したが、兄のラキウスは戦いの中で殺されている。相手はバロマット兵だ。

 家族の姿を鮮明に思い浮かべながら、視線だけをクィードに向ける。


「無理だと思うが、正直、僕にも分からない。納得できる理由があれば許せるのか、そうでないのか。直面しないと答えは出せないと思う。ただ、僕の家族はガーネレスに殺されたわけじゃない。今は協力者として、代表であるお前に意見を述べさせてもらう。もし逆の立場になったなら、好きなように持論を述べてくれて構わない」


 俺はクィードの視線を受け止め、話を続ける。


「殲滅した後、別の群れがやってきたらどうする? もっと厄介な魔物が棲み着いたら? 僕も手を貸すが、ガーネレスとの協力関係が成立すれば、まず彼らの戦力を期待できる。そんな事態にならなくとも、ジセロが以前より安定するのは確実だ。ガーネレスの肩を持っていると思われそうだから、念のために付け加えておく。共存と殲滅、僕にはどちらも利益だ」


『再生』の女王と神聖魔法の親衛隊が五体、『念話』のレド・ガーネレスは三体。

 これだけいれば、いずれかの魔石は手に入るだろう。

 どれも稀少で、戦力を底上げしてくれるのは間違いない。


 ただ長期的な視点で考えた場合、殲滅が最善とは限らなかった。

 ガーネレスはジセロの治安を安定させるだけなく、ゴブリンの死骸と引き換えに魔石や素材を交換できると思う。ガーネレスが狩った魔物以外にも、交渉次第で過去に死亡した親衛隊の魔石を入手できるかもしれない。俺に最も必要な神聖属性の魔石だ。


 俺たちが口論しているのを、女王は無言で眺めていた。

 今は様子を窺っているが、クィードが殲滅を選択した場合、即座にレド・ガーネレスから『念話』が飛び、この場は戦場に早変わりするだろう。

 クィードが決断したなら従うが、リーダーを急襲する計画は失敗しそうだ。

『再生』と『念話』の組み合わせは厄介である。

 クィードの思考は筒抜けなので、言葉にする前に親衛隊が守りを固めてしまう。《火炎球(ファイアボール)》では致命傷を与えづらくなり、直接攻撃や《穿風の飛箭(ペネトゥレイトゲイル)》などの魔法も、『再生』相手では効果が弱いと思う。


 その空気を感じ取ったのか、クィードは顔を歪ませて隣のサーハスを見やる。


「お前なら、どうする?」

「難しいな……」


 問いかけられ、サーハスはしばし考えた。


「俺なら話を持ち帰る。目的はジセロの復興であり、殲滅ではない。しかもガーネレスと講和できるなんて誰も考えなかった。俺が指揮官でも手に余る状況だ」


 サーハスの発言を噛みしめるように俯くと、クィードは大きなため息をついた。

 そして、そのままの姿勢で声を絞り出す。


「もし殲滅と決まったら、力を貸してくれるか」

「引き受けたからな。ただ、穏便に済ます道を閉ざさないでほしい」


 女王が注視しているのを意識しながら言葉を添えると、クィードは無言で頷いた。

 その後、レド・ガーネレスを介して女王に説明し、未決定ながらも共存の可能性を提示すると、女王は悩むことなく承諾した。

 ガーネレスに不利益がはないのもあるが、昨晩の戦いで大きな被害を受けたのも影響したのだろう。いかに女王が死にづらくとも、子供が激減すれば群れは衰退する。

 こうして想定外の話し合いが終わり、俺たちは血を一滴も流さずに地上へ戻ることになった。


 つづら折りの通路を上がって地表の入口を《妨土の壁(アースウォール)》で塞ぎ、冒険者や別の魔物に見つからないよう、《軟土操作(オペレイトソイル)》で偽装を施す。

 そして待機していた獣人たちと拠点へ戻ると、クィードは皆に何が起きたか伝えた。


 当然、全員が驚いていた。

 冗談かと疑う者、信じない者、ジセロの関係者なのか不満そうな者。

 反応は様々だったが、表立って批判の声を上げる者はいなかった。

 どうやら、昨晩の戦いが影響しているのはこちらも同じらしい。


 大量のガーネレスが押し寄せてきたとき、サーハスが拠点に立てこもり、クィードたちも外周で戦ったが、最前線で戦ったのは俺とフィルだった。

 もし俺たちがいなければ、無理をしないで撤退しただろう。


 そして俺は獣人側だが、外野でもある。

 次も戦ってくれるという保証はなく、獣人たちには共倒れを狙った負い目もあった。

 ガーネレスとの戦いが長引けば、手を引くかもしれない。

 たとえ協力してくれても、ガーネレス本隊の規模次第では、獣人との潰し合いになるだろう。人手不足の村から若者が減少すれば、待っているのは衰退だ。

 奇しくも、獣人とガーネレスは同じ立場に立たされていた。


 クィードは率直な意見を求めたが、村に持ち帰るという判断に異を唱える者はいなかった。

 こうして作戦は中断となり、俺たちはジセロの跡地を引き払うこととなった。



  ◇◇◇◇



 久しぶりの迷宮に帰還すると、リザイたちとハイメス、そしてエラス・ライノの子供が俺たちを出迎えてきた。

 突進してくるエラス・ライノの子供を《筋力上昇(フィジカルアップ)》でどうにかやり過ごし、サーハスはどうしたのかと詰め寄るリザイたちに経緯を説明する。

 そして留守の間について尋ねたが、特に問題はなかったそうだ。

 味はさておき熊肉が食糧事情に貢献し、傷を負っても用意しておいたヒーリングポーションが活躍したという。

 メイにも挨拶し、ハイメスに詳細を伝えて情報を整理する。


 普段の生活に戻ってから四日目が過ぎ、サーハスとクィード、四名の獣人が迷宮にやってきた。

 再び、迷宮の広間に俺とハイメス、サーハスとクィードが並ぶ。


「ガーネレスと和解する方向でまとまりました」


 開口一番、クィードは切り出した。

 喜ばしい決断だが、俺は内容よりも言葉遣いに首を傾げてしまう。

 クィードは気にも止めず、話を続ける。


 やはりというか議論は白熱したらしい。

 最初はクィードも殲滅派だったが、ガーネレスが何を求めていたか、なぜジセロが襲われたのかを口にしているうち徐々に冷めていったという。

 家族を殺された恨みが消えるはずもないが、この前の戦いでガーネレスは百体以上の損害を出し、彼らの意思も理解した。恨みは消えなくとも、矛を収める切っ掛けになったらしい。


 それはそうと――いつまで経っても言葉遣いが丁寧なままである。

 話が終わったので問い質すと、クィードは真剣な表情を向けてきた。


「我らは迷宮の勢力を信頼の置ける相手と判断しました。取引だけに留まらず、盟友として迎え入れたいと考えています」

「それは願ってもないが……いきなりだな」


 言葉遣いの理由は分かったが、今度は村の決定に違和感を覚える。あまりにも唐突だ。

 怪訝そうな俺を見て、サーハスが補足する。


「獣人は強者に対し、本能的に畏敬の念を抱いてしまう。意外と単純なんだ」

「そんなことで? 何のために戦ったんだか」

「無駄ではないさ。高圧的な態度で接してきたら村も反発しただろう。畏敬が常に服従とはかぎらない。そしてお前は充分な強者だった。『精霊魔法』や『多重詠唱』を習得し、剣も凄腕、それなのに対等な交渉を求め、こちらの悪意に気付きながらも戦ってくれた。ここまでされても信用しないなら、俺は獣人の血を恥じる」


 容赦ない言葉に、クィードは申し訳なさそうに視線を落とした。

 ただ、申し訳ないのは俺も一緒だ。

 条件を受け入れたのは転移先かどうか知りたかったのと、神聖属性の魔石がほしかったからだ。俺の行動は自身の欲求と利益が根底にある。サーハスが思うような人間ではない。


 そんなことを考えているとは思いもしないようで、サーハスは視線でクィードを促した。

 すると突然、二人揃って頭を下げる。


「謝意と誠意の証しとして、俺とサーハス、四名の獣人がアルター様にお仕えします」


 驚いたが、すぐに苦笑が浮かぶ。


「仕えるか。監視の間違いだろ」

「アルター様が友好的である限り、我らの忠誠は揺るぎません」


 そう言って、クィードも笑みを返してきた。

 まあ、お互い様か。獣人たちも俺を利用しようとした。

 それに村が手の平を返したのは、文字どおりの畏敬だと思う。俺とフィルは獣人の村一つを壊滅できると証明した。村を遠くに移転できないなら、近くで監視した方が安心だ。


「受け入れよう。村との連絡手段は必要だからな。だがサーハス、お前はそれで良いのか?」

「すでに命を預けております」


 サーハスまで畏まった口調に変わっていた。

 どうにも調子が狂うな。それに命を預けたって――あれか。


「あの程度の戦いで死のうとするからだ」

「並みの者なら死んでいます」


 そう言ってサーハスは居住まいを正すと、改めて頭を下げてきた。


「言葉を飾るのが苦手ゆえ、簡潔に。元Bランクパーティー『ベルジリオ』のサーハス。これよりアルター様を主と定め、残りの命を捧げます」

「お前が力を貸してくれるのは素直にうれしいが……リザイたちはどうする?」

「村に行くのを望むなら送ります」

「そうはならんだろ。どう考えても」


 ひとまず話を打ち切って迷宮を出ると、待ってましたとばかりにリザイたちが駆け寄ってきた。

 サーハスはそんな彼らに獣人の村の決定を伝え、今後は俺に仕えると宣言した。

 その途端、予想どおりの反発が巻き起こる。俺をこいつとか人間呼ばわりし、言いたい放題だった。少しは仲良くなったと思ったのに、寂しいかぎりである。

 そんなリザイたちの態度にサーハスは不機嫌になったが、それ以上に呆れていたのがクィードだった。


「よくこんな口が叩けますね。アルター様の実力を知らないので?」

「お前が言うなよ。ただ――そうだな、魔法以外は見せていないかも」


 すると、俺たちのやり取りを無言で聞いていたハイメスが口を開く。


「彼らも迷宮に留まるのであれば、これまでのような態度は慎んでもらわねばなりません。実力差をお示しなられては如何でしょうか」

「模擬戦か? 別に構わんが、先にガーネレスだろう。こちらの決定を待っているはずだ」

「その件ですが、少しお時間をいただけないでしょうか。条件を確認しとうございます」

「ああ、そうか。折角の和解が流れては困るな。分かった、任せよう」


 ハイメスは一礼すると、クィードと共に迷宮へ戻っていった。

 リザイたちは困惑した顔で俺たちを見ていたが、サーハスに促され、半信半疑ながら模擬戦を承諾する。

 とはいえ、木剣なんて代物はない。

 リザイは手持ちを、俺は適当な剣を借りて真剣での勝負となった。

 そして広場の中央で向かい合うと、リザイは鋭い目で俺を睨み付ける。


「剣の腕が立つのは知っている。だが、サーハスさんを上回っているとは思えん」

「自分も含めてか? まあ、思うだけなら自由だが、それほど力が重要かね」

「森での生活で痛感したんだよ。弱ければ死ぬしかない」

「それは(おおむ)ね正解だ。では、お前の力を見せてみろ」


 サーハスの合図と共に、リザイは切り込んできた。

 思い切りの良い踏み出しに感心しつつ、上体を反らして袈裟斬りを躱す。

 リザイは切り返して下段から逆袈裟を放つも、こちらは浅かった。


 続く攻撃をあしらいながら、感心したのが間違いと気付く。

 リザイは片目を失った後、あまり実戦経験を積んでいないようだ。最初の斬撃が鋭かったのは、距離感が掴めていないからだろう。

 しばらく付き合い、適当なところで首筋に剣を突きつける。


「片目に慣れていないな。まずは本来の実力を取り戻せ。手が空いているときは鍛錬に付き合ってやる。次」


 俺は他の獣人に声を掛けたが、誰も前に出てこなかった。

 サーハスの次に腕の立つリザイがあしらわれたことで、すっかり及び腰になっている。


「じゃあ、俺が」


 そう言って進み出たのは、クィードと一緒に来た四人組の一人だった。

 彼らはジセロに同行しているので今更だが、どうやら俺と戦ってみたいらしい。

 その後は四人組の残り、セゲットらも覚悟を決めて挑んできた。

 模擬戦は一巡してもまだ続き、熱が入り始めたのか、俺以外とも戦いたいと言い出した。

 実力が拮抗していると真剣では危ない。

 一旦中断させ、薪用の枝を加工して木剣を用意した。


 迷宮の入口付近に座り、追加の木剣をナイフで削り出していく。

 しばらくしてハイメスとクィードが迷宮から出てくると、目の前の光景に唖然としていた。

 当然だろう。俺が戦っているならまだしも、獣人同士で勝手に盛り上がっているのだから。

 セゲットが四人組の一人に辛勝すると、審判役のサーハスがクィードを呼び寄せる。


「丁度良い。ひと勝負するか」

「いや、お前ら何をしている?」

「力比べだ」

「力――明日には出発するんだぞ!?」


 驚くクィードに、俺はできたばかりの木剣を差し出した。


「この程度で疲れるほど(やわ)なのか?」

「命令なら従いますが……」


 クィードはため息を吐きつつ木剣を手にすると、サーハスの得物をちらりと見やった。


「片手剣は不得意だろう。恥をかいても知らんぞ」

「若造には素手でも負けんさ」


 そして獣人たちが見守る中、二人は広場中央で向かい合った。

 審判役のリザイの合図で模擬戦が始まると、俺は岩肌に背中を預け、二人の戦いを観戦する。


「お飲み物をお持ちいたしました」


 いつの間に淹れたのか、ハイメスが将軍茶を差し出してきた。

 礼を言いながら受け取り、模擬戦に視線を戻す。


 聞き慣れた音だった。

 目を閉じたら、自分がどこにいるのか分からなくなりそうだ。

 リードヴァルト、セレン。

 俺の周りには、いつもこの音が響いていた。


 気配を感じて目を開けると、フィルが隣で観戦していた。

 離れたところでは、エラス・ライノの子供が何事かと眺めている。

 迷宮で暮らすと決めたときは彼らだけだったのに、今ではすっかり大所帯だ。


「くそッ……もう一度!」


 クィードはむきになって叫んだが、また敗北してしまう。

 悔しそうにクィードが引き下がると、再び模擬戦が始まった。

 深殿の森に似つかわしくない笑い声に耳を傾けながら、今後について思考を巡らす。


 ひとまず獣人の村との友好関係は構築できた。

 南の懸念はなくなり、神聖属性の魔石を入手して蘇生薬も一歩前進した。

 次はどうしたものか。

 ゾプトムを回収しないといけないし……やることが多すぎる。

 悩みながら、何とはなしに皆を見渡す。


 獣人、人間、魔物、迷宮、そして元人間。

 本来なら混じらない者たちが、この場に(つど)っている。

 そんな彼らを眺めているうち、漠然とした不安感が消え去っていることに気付く。

 重圧を感じていたのか、俺は。


 考えてみれば当然かもしれない。

 家族の蘇生を決断してから、手探りの状態が続いていた。

 今も大して進展していないが、少なくとも信頼できる者を得た。すでにハイメスが支えてくれているように、これからはサーハスも力を貸してくれるだろう。

 クィードとリザイたちは――まあ、これからだな。

 俺は将軍茶を飲み干し、立ち上がる。


「ひと勝負するか、サーハス」

「……全力で?」

「もちろんだ」


 俺が頷くと、サーハスの口角が吊り上がった。

 何だかんだ言っても、こいつも獣人だな。


 いつの間にか初夏が深まり、深殿の森に夏の兆しが漂い始めていた。

 強い森の香気が鼻孔をくすぐる中、俺とサーハスは向かい合う。

 今だけだ。

 今はすべてを忘れ、このときを楽しもう。




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