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第16話 八歳児の日々 ~甲犀の剣


 間違いなく新記録。

 三日間の苦闘は無駄ではなかった。あの帰宅できない日々は、俺を一段階上へと押し上げてくれたのだ。満面の笑顔で屋敷の門をくぐり抜けると、母のヘンリエッテが飛びついてきた。発表する前に記録更新を察するとは。さすが俺の母上。


「お帰りなさい、アルター! 大丈夫? 怪我してない?」


 違った。

 母は矢継ぎ早に質問を浴びせ、俺の身体をぺたぺたと触りまくる。その横を正門で見かけた門番が一礼して立ち去っていった。彼が帰還を知らせたのか。


「大丈夫ですよ、母上。怪我はありません」


 一向に離そうとしない母に、俺は強く頷いて安心させた。

 前の世界に例えるなら、八歳児を三泊四日紛争地帯の旅へ送り込むようなもの。心配するのも無理はないか。ただ後ろのロランにも少しは目を向けて欲しい。前髪半分くらい持ってかれたから。もう生えないから。

 騒ぎを聞きつけた父や兄も加わり、ひとまず屋敷に入って帰還の挨拶を済ませる。詳細な報告は夕食後となった。

 そして執務室では堅苦しいと、家族全員とロランが居間へ集合した。


「ふむ。苦いというか、なんというか……」

「そうね、ちょっと独特かも」

「私は結構好きな味ですね」


 早速、将軍茶を振る舞ったところ、兄のラキウス以外は微妙な反応だった。ロランに至っては「私は結構」と拒否しやがった。

 乾燥が進み、前より青臭さは抜けている。芳醇な香りと独特の苦み、緑茶に似てどこか懐かしい。もちろん緑茶を知らなくとも、充分落ち着く味に仕上がっているはずだ。それなのに、どうして微妙な評価を受けねばならんのか。まあ、兄が好意的なので良しとしよう。さすが次代を背負って立つ人物である。我がリードヴァルト家はより発展することだろう。兄に向けぴっと親指を立てると、なぜか苦笑を返された。


「では、報告を聞かせてもらおうか」


 言いながら、父は静かにカップを置き、すっと指先で押しのけた。

 とっても不本意な扱いである。断固、抗議したい。だが、ここは我慢だ。将軍茶は完成していない。いずれは「是非ともお情けを、一滴だけでも!」と懇願するようになるはず。その時までいかなる理不尽にも耐えてみせよう。

 俺は居住まいを正し、この一週間に渡る鍛錬と遠征について報告を始めた。

 日帰りのときも()()まんで話していたが、今回は親子の雑談ではなく領主に対してである。父や兄、時に母の質問に答えながら、初日からの出来事を淡々と報告していく。内容が泊まりがけの遠征に入ると、父と兄はオークの集落と聞いて身構えたが、すでに殲滅済みと知って胸を撫で下ろした。父は「検分のため兵を送るように」とロランに指示を出す。

 そして話は数時間前の出来事、トゥレンブルキューブに差し掛かった。

 やはり外見を想像できなかったようで、全員から何度も問い返されてしまう。そりゃ、四角くてでっかい魔物、と言われてもぴんと来ないよな。仕方ないので羊皮紙にトゥレンブルキューブを描き、大きさが分かるようにロランも添える。もちろん棒人間だ。

 俺の力作を前に、ロランは傷を見せながらその戦術を解説していく。皆は驚いて言葉も出ないようだった。ちなみに俺がすっぽりと呑み込まれたことは、固く口止めしている。主君は父なのでどこまで守ってくれるか不明だが、過保護気味の母に知られなければ問題ない。

 報告を終えたが、父はトゥレンブルキューブの衝撃から抜け出せないようだった。


「そのような魔物がいるとは……。レクノドの森には前から生息していたのか?」

「私の知るかぎり生息域はかなり南方、それも森の奥深くと聞いております。いれば痕跡がはっきり残りますので、まずは心配無用かと。ただ見た目に反し、かなり敏捷に動きます。狙われたら逃げ切るのは困難、遭遇し殺された者は報告以上に多いと考えられます。一概に南方だけと決めつけるのは早計でしょう。北方が拠点だった私でも知っていたくらいですから、冒険者ギルドもそれを懸念して警告を発しているのだと思われます」

「有り得る話だな。巡回の者たちによく教授しておけ。痕跡を発見しても追う必要はない。兵士では逃げ切れんだろう」

「かしこまりました」


 その後、しばらく家族の団らんを過ごし、俺は自室に戻った。

 扉を開けた途端、心が弛緩するのを感じる。

 屋敷に戻ったとはいえ、まだどこかで緊張してしたようだ。

 素材売却の手続など後始末は残っているが、これで本当に一段落。

 ベッドに腰掛け、部屋を見渡す。

 懐かしの我が城。三日留守にしただけだから(おお)(ぎょう)かもしれない。ただ、そう思わせるほど過酷な遠征だった。改めて部屋を眺める。ふと、当たり前になっていたことが目に付いた。ベッドはきちんと整えられているし、床はもちろん、テーブルや机にも(ほこり)一つ見当たらない。俺が部屋を空けているときにメレディが掃除しているのは知っていたが、留守の間も欠かさなかったようだ。日頃の礼も兼ねて、後で感謝の言葉でもかけておくか。

 俺は横になりたい衝動を振り払い、立ち上がった。

 さて、のんびり休むのは後だ。

 大袋を開き、中身を取り出していく。

 ちょっと集めすぎたかね。

 部屋一面を大量の将軍草が覆い尽くした。重ねればそれほどでもないのだが、こうしないと乾燥が進まない。萎びた葉はまだ湿り気が残っているし、手揉みはさらに乾燥が遅い。そもそも、なんで手揉みするんだろうな。早く味を確かめて、その理由やこれからの方針を定めたいものだ。

 紐に括り付けてぶら下げるべきか思案していると、ノックとともに久しぶりのメレディが顔を出した。そして部屋を覗くなり絶叫する。


「なんですかッ、この雑草の山は!?」

「開口一番、失礼な奴だな。こちらにおわすをどなたと心得る」

「雑草です!」

「まったく、これだから凡俗は……。この高貴さが理解できぬとは嘆かわしい」


 開け放たれた扉の向こうを、家令のグレアムが無言で横切っていく。

 あいつ、さっき居間にいたよな……?


「い、いや、でもまだ完成じゃないからな! 味が分からないのは仕方ないさ! うん!」

「これってお茶なんですか? 味とか言われても私、飲んでませんけど。それよりなんで大声なんです? 顔、引き攣ってますよ?」

「気にするな! それで何用だ!」

「紅茶をお持ちしました。そこにある変なのでなく、普通のを」

「一言余計だが僕は今、(きっ)(きん)の未来に憂慮している。感謝の言葉と(そう)(さい)に許して進ぜよう」


 紅茶を受け取り、メレディを下がらせた。

 これは何が何でも完成を急がねば。自慢じゃないが、俺は両親に怒られた経験がほとんどない、とっても良いお子様なのだ。その信頼を維持するためにも、早く将軍茶を仕上げ、素晴らしさを知ってもらわねばならん。



  ◇◇◇◇



 翌日から将軍茶の完成を目指しつつ、息抜きに『多重詠唱』の検証を行った。

 トゥレンブルキューブとの戦いで獲得した『多重詠唱』は、『高速移動』に匹敵する強力なスキルだった。試してみると両手での発動はもとより、片手でも複数の魔法が発動できた。威力の低い初級攻撃魔法でも、同時発動により相当な火力を見込める。また別属性の魔法も発動できるため、攻撃魔法の短矢(ボルト)系と変性魔法の上昇系を一度の詠唱で済ませられる。戦闘において大きなアドバンテージになりそうだ。

 それと魔力の許す限り同時発動可能であるが、正確性は極端に落ちていく。狙ったところに発動できるのは、今のところ三から四が限界だろうか。


 そして帰還してから三日目、屋敷にグロウエン武具店のデリンという男が俺を訪ねてきた。

 知らない名前に首を傾げたが、会ってみて合点がいく。冒険者ギルドのヘリット支部長に頼んでいたエラス・ライノの装備についてだった。角の加工が終わり、皮の下処理も済みそうなので、近いうち寸法を測らせてもらいたい、とのことだった。

 そうか、剣ならともかく鎧は採寸が必要だ。

 突然贈って驚かしたかったが、身体に合わなければ本末転倒。正直に話して測ってもらうか。俺は父や兄の元へ走り、どうにか二日後の午前なら空けられると確認がとれた。

 デリンにその旨を伝え帰ってもらったが、すぐに早まったと思い至る。

 贈り物とはいえ、俺の勝手な行動で公務の時間を浪費させてしまう。兄だって暇じゃない。せめて当日は二人に集中してもらうべきだ。角の剣も完成しているようだし、一度、グロウエン武具店に顔を出すべきかもしれない。ヘリット支部長に丸投げで、どういう店か知らないのも少し気になっていた。また四日後、『破邪の戦斧』を招待する手はずとなっている。売却手続も終えているはずだ。どちらも発端は俺、最後までやり遂げるべきだろう。それに『破邪の戦斧』は少々癖が強いから、使者の人選を間違えるといらぬトラブルに発展しかねない。

 父のところへ戻って事の次第を告げ、外出許可を願い出る。やり遂げるという言葉が良かったのか、簡単に許可をくれた。

 そして俺は久しぶりのリードヴァルトへ繰り出す。

 もちろん、ロランを伴って。


 グロウエン武具店は、大通りから一本逸れたところに店を構えていた。

 二階建ての石造りだが、さっぱりとした外観をしており、重厚な看板を視界から外せば武具を扱う店に見えなかった。外壁はもとより店に面した通りも清掃しているようで、ゴミはおろか小石一つ落ちていない。几帳面できれい好き。デリンの性格がよく分かる。

 そんな様子を荷台から眺めた俺は、御者が扉を開くのを待ち、馬車から降りた。

 馬車に乗ってきたのは、今回の用事に領主である父が関わっているからだ。正直、歩いた方が楽だし鍛錬になるが、俺を通して父が見られている。俺を知っている相手や身分を明かすときは特に注意しなければならない。

 俺とロランが店に向き合うと、丁度、十代半ばほどの若い集団が出てきた。俺たちを見て関わるのは面倒と思ったのか、そそくさと離れていく。見た目や装備から新米の冒険者たちのようだ。その証拠に、少年の一人は立ち去る間も腰の剣を愛おしそうに撫でていた。柄や鞘は綺麗に磨かれているが、少々くたびれている印象を受けた。多分、中古だろう。

 ただの高級店ではなく、客に合わせた商売もできる店のようだな。少しだけグロウエン武具店に対する好感度を上げつつ、ああいう人生もあったかもしれない、と遠ざかる若者らを感慨深げに見送った。


「いらっしゃいませ」


 扉を開けると、デリンが俺たちを出迎えた。

 柔和な顔立ちに細い体つき。相変わらず服飾店の店長の方が似合いそうな男だ。


「これは、ご子息様」


 デリンは驚きつつも、慇懃に、しかし嫌味なく頭を下げた。


「会って早々だが、訪問させてもらったぞ。実は採寸について話があってな」

「二日後の午前と伺っておりますが。変更なされますか」

「予定に変更はない。ただ父と兄が忙しい身というのを失念していてな。二人の時間を無為に費やすわけにはいかん。そこで僕の寸法は先に済ませようと思ったのだ」

「左様でしたか。承知致しました。すぐに採寸させて頂きます。こちらへどうぞ」


 デリンは懐から商売道具を取り出し、手早く俺の寸法を計り始めた。

 中に着る服や俺の得意とする戦闘技術、細かい要望をつぶさに聞き取り書き取っていく。

 計り終えると、デリンは俺に断りを入れてから奥へと声を掛けた。話の内容から、エラス・ライノの剣を持ってこさせるようだ。その間、ただ待つのも勿体ないので店内の品を見させてもらった。

 ざっくり言えば、入って右側が安価な品、左手が高価な品で、奥に行くほど価格が上がっていくようだ。右手の壁の隅には中古のお買い得品、店の中央はデリンお薦めの品が並べられている。魔法の武具はごく一部が奥に陳列され、ほとんどは倉庫にしまわれているという。魔道具に興味はあるが先立つものが無い。欲しくなっても辛いので、あまり見ないようにした。

 しばらくして、従業員の若者が二振りの剣を抱えてやってきた。

 それを受取り、デリンはカウンターの上に並べる。


「こちらがご注文の品、エラス・ライノの角を使った剣となります。ご確認下さい」


 どちらも反りのない直剣だった。

 鞘は革製で金属の補強が施されている。その補強や柄などの金属部分には精緻な彫刻が彫り込まれ、それだけでもちょっとした芸術作品だった。

 スモールソードを手に取り、俺は目を見張る。

 これは――やけに軽いな。

 鞘を払うと、純白の剣身はどこまでも白く、滑らかな光沢が目を引きつけた。窓から差し込む陽光に翳せば、光を吸い取っているかのように輝きが増していく。角度を変え刃を見るも、鋭利すぎてほとんど目視できなかった。


「……想像以上だ。エラス・ライノの角を加工するとこうなるのか」

「大抵は角を削り出しただけの剣となってしまいますが、腕の良い職人が手がけると独特な光沢を生み出すのです」


 デリンがどこか誇らしげに答えた。

 出来映えは想像を遥かに超えている。確かに、誇るだけの職人だ。

 しかし、やはり軽い。手首に負担をまるで感じない。これはこれで扱いやすいが……。

 俺の様子にデリンは微笑を曇らせた。


「どうしても角や牙は軽量になってしまいます。それを嫌って武器に加工しない冒険者もいるくらいでして」

「なるほど。ああ、すまない。気に入らないのではないぞ。むしろ逆だ。僕は力が強くないからな。軽い武器の方が長期戦では助かる。今までと勝手が違うから驚いただけだ」


 俺は微笑を返したが、実際には問題もある。

 疲れない分、重量による威力増加が期待できない。刃はかなり鋭いので、振り回しただけで大抵の相手は斬り裂けるが、硬い魔物には通用しないだろう。ただでさえ俺の体重は軽い。諸手を挙げて喜べなかった。

 観察する振りをしながら、『鑑定』を発動させる。



名称  :(こう)(さい)の剣

特徴  :エラス・ライノの長い角から削り出したスモールソード。

     光を吸い込むような純白な剣身が特徴。

特性  :軽量でありながら強靱、また靱性に富む。

     手入れを怠ると光沢は薄れ、使用用途により剣身の色が変化。

     酸に強い性質を持つ。



 やはり特性が解放されてるな。

 遠征中、ダニルから薬草について教わった後、さらに検証を行った。

 結果、大抵の武具やアイテムは使用か接触で特性が解放されると分かった。しかし聖撃の斧とアルア・セーロは、持たせてもらい素振りまでしてみたが、特性は不明のままだった。この違いは明白である。魔道具か一般の道具か、だ。

 そもそも、『鑑定』スキルを持っていないマーカントやヴァレリーが、どうやって魔道具の力を引き出しているのか。それを訊ねてみたら簡単な話だった。魔道具にはいわゆる所有権が設定されているらしいのだ。そして魔道具は所有者に、自分にはこういう力があります、と伝えてくるという。ただ、すべての魔道具が素直なわけではない。魔道具には知性とも言うべき思考回路があるらしく、それが高いと容易に持ち主だと認めず、盗品であれば確実に拒否されるらしい。反面、低い知性の魔道具は、持っただけで持ち主と認定し、盗品であってもあっさり使いこなされてしまうそうだ。大抵の場合、強力な魔道具ほど前者らしい。俺が持っても聖撃の斧とアルア・セーロが何も伝えてこなかったのは、これらの魔道具が高い知性を持つからだ。ちなみにダニルの剣を持たせてもらったら、あっさりと認められてしまった。耐久、切れ味強化という単純な能力ながらも優秀な魔道具らしいが、少々お馬鹿なようだ。魔道具は持ち主に似ない、と。

 情報が脳内に流れ込んでくる感覚は興味深かったが、それよりも『鑑定』結果に新たな発見があった。

 魔道具には一般の道具に存在しない、スキル欄があるのだ。ダニルの剣なら『耐久強化4』、『切れ味強化2』が記載されていた。聖撃の斧などに「スキル欄:不明」の記述がないので、特性の一部と思われる。


 では、甲犀の剣は魔道具か。

 もちろん違う。どんなに優れていようと魔法のような能力を持っていようと、特性が解放されているのにスキル欄がないなら一般の道具、あくまで素材の効果だ。銅の剣より鋼鉄の剣が強靱でも、『耐久強化』のスキルが無いのと同じ理屈である。

 念のため、甲犀のスティレットも『鑑定』したが、結果は変わらず名称が違うだけだった。

 魔道具でないのは残念だが、角を削り出しただけで魔道具が作れたら苦労しない。これだけの剣に仕上げてくれただけで充分すぎる。

 俺は改めて『鑑定』結果を眺めた。

 酸に強いのか。あの時持っていてもさほど状況は変わらないだろうが、皮肉な感じもするな。それと剣身の色が変化するのは、血液などが剣に染みこむからだろう。凶悪な見た目になりそうだし、呪いの剣にジョブチェンジしかねない。そうなったらなったで面白そうだけど、手入れは欠かさないようにしよう。


「いかがでしょうか。握りに違和感はございませんか」

「問題ない、素晴らしい剣だ。ところで名前はあるのか?」

「名前ですか。大抵は素材の名称で呼ばれることが多いですね。この場合、エラス・ライノの剣でしょうか。もちろん、ご子息様が名付けるのが一番かと」

「ふむ、名付けか」


 ちょっと注意が必要だな。間違って鑑定結果で呼んでしまいそうだ。『基礎鑑定』持ちと遭遇したとき面倒の種になりかねない。まあ、滅多にいないらしいし、「見て」もらったと言えば済む話か。

 そして鋭利な刃を眺めているうち、ふと疑念が浮かんだ。


「もし――僕の剣とエラス・ライノの剣で打ち合ったら、どうなると思う?」


 腰のスモールソードを差し出し、デリンに尋ねた。

 切れ味が良いということは、下手すれば相手の剣を切り落とすかもしれない。当然、先端部分はこちらに向かって飛んでくる。

 受け取ったデリンはスモールソードを鞘から抜き、しばらく眺めた。


「そうですね……この剣なら両断するでしょう」

「やはりそうか。気をつけねば、いらぬ怪我をしそうだな」

「良い武器は使い手を選ぶと言います。ご子息様なら使いこなせるかと」


 鷹揚に応えながら、軽く不快に感じた。

 しかし、それもすぐに打ち消す。一瞬、無責任な発言と思ったのだが、たぶん違う。エラス・ライノの素材を持ち込んでいるし、遠征の話はヘリット支部長辺りから聞いているはずだ。父も『破邪の戦斧』も八歳で森に入るのは早いと考えていた。ならそれを実行している俺は何なのか。少なくとも凡庸な腕ではない。デリンの発言はそこから来ているのだろう。もしかしたら剣を持つ素振りだけで、ある程度実力を推察できるのかもしれない。職業柄、さっきの初心者から熟練者まで見てきたはず。有り得る話だ。

 発言の真意はともかくとして、色々と癖はあっても優秀な剣なのは確かである。使いこなすしかあるまい。


「ところで、その剣はまだ使えそうか? 買って一週間ほどだが不要になってしまった。まだ役に立つようなら引き取ってやってくれないか」


 デリンはスモールソードを明かりに翳すと、何度か剣身を指で叩く。


「表面に疲労は見られますが、造りはしっかりしていますね。これなら少しの手直しで新品同様になるでしょう。剣として引き取らせて頂きます」


 デリンは素早く査定を終え、大銅貨五枚を提示した。

 それを受け取ろうとして、手を止める。そういえば、制作費はいくらになるんだろうか。


「まだ聞いてなかった。制作費の総額はいくらになる?」

「どちらも素材を提供して頂いておりますから、すでにお支払いになっている分を差し引きますと、残金は金貨四十枚にございます」


 俺は「そうか」と頷き、内心の動揺を隠す。

 (たけ)えよ……初級の魔法書どころじゃないぞ。下手したら三冊買えるだろ。絶対、革鎧の代金がほとんどだよな、これ。だって剣は一週間掛かってないし、革鎧は三着分だもんな。調子に乗って「父や兄にも」とか言うんじゃなかった。デリンは冒険者ギルドの支部長が発注するだけの商売人。剣の出来映えも見ても、リードヴァルト有数の職人に依頼しているはず。その分、技術料が高いのか。まあ、ケチって質を落とすよりはマシだけどさ。


「細かいのを受け取っても邪魔になりそうだ。代金に充てておいてくれ」


 少しでも支払って、憂いを軽くしよう。

 ダニルは請け負っていたけど、本当に分配で制作費は足りるのか? スティレットは愛着があるし、俺にとって初めての武器。大銅貨数枚で手放したくないな。足りなかったら、こっそり森へ行って金策するしかないか。

 それでは、と立ち去ろうとする俺をデリンが呼び止めた。


「ご子息様、剣はよろしいので?」

「よろしいも何も、代金はまだ支払っていないぞ」

「革鎧の精算とご一緒で構いませんよ。どうぞ、お持ちになって下さい」

「しかしな……」

「職人も久々に良い仕事をしたと喜んでおりました。それほどの剣であれば、本来の持ち主の手元にあるべきです」


 デリンの言葉に俺は悩んだ。

 良い仕事や持ち主云々は話半分くらいに聞いておくとして、単に俺が領主の息子だから信用しているのだろう。革鎧はその贈り物だし。

 それにしても、やっぱり最後は領主の息子、なんだな。どうも自力で歩いている気がしない。

 俺は逡巡した後、差し出された二振りの剣を受け取った。


「分かった、受け取っておこう。革鎧も頼むぞ」

「お任せ下さい」


 お辞儀するデリンを背に、俺はグロウエン武具店を後にした。



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[気になる点] 発酵茶である紅茶があるなら無発酵茶もあると思うけど…
[気になる点] 前髪よ、サラバ…
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