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第167話 実りの地




 オークとの戦いは終わり、獣人たちは武器の点検や負傷者を手当していた。

 クィードは同行した獣人二人の報告を聞いた後、サーハスに目線で尋ね、俺を(いち)(べつ)してから冒険者がいた方角を見やる。

 彼らが『蒼雷』という確証はなくとも、人間が()(ろつ)いていたのは疑う余地がない。

 クィードはしばらく考え込んだ後、獣人たちに偵察を増やすと伝えた。


 その後、速度を落としながら南西へ向かい、狼を狩るヌドロークの群れと接触しかけたり、オーガの足跡を発見したが、警戒が功を奏して被害を受けることなくやり過ごした。

 唯一、奇襲を受けたのはメームという軟体の魔物である。


『隠密』スキルはほどほどながら、生来の擬態能力を持っているという。

 傷を負った獣人は、いきなり樹皮に攻撃されたと訴え、三センチほどの鉤爪を見せてきた。揉み合って剥がれたのかと思ったが、それにしては出血の跡がない。どうやらスズメバチの毒針のように、剥がれる前提の構造のようだ。

 マーカントの雑談に登場したので実物を見てみたかったが、メームはすでに逃走し、それらしき気配はかなり遠方だった。

 個人的な興味に時間は浪費できず、俺は諦めた。


 それ以外に大きな問題はなく、無事に夜を迎える。

 いつもどおり獣人たちが見張りに立ち、俺は休息、フィルがひっそりと見張りに付く。

 そしてクィードに動きはないまま、四日目の朝となり、いつもの隊列で深殿の森を進んだ。

 早ければ今日にも目的地に到着する――そう思った矢先である。

 慌ただしく偵察が戻ってきた。


「ジセロです!」


 俺たちは小走りで森を進み、不意にクィードが立ち止まる。

 感極まった横顔で到着したと知ったが、俺の視界には自然が広がっていた。


 深殿の森は樹齢数百年の巨木が立ち並び、人の侵入を阻むように大地がうねっている。

 確かに目の前の空間は開けており、他よりも歩きやすそうだ。

 しかし、少なからずの木々が生い茂り、高低差のある大地は深い下草に覆われている。村と呼ぶには自然すぎた。もし一人でここを訪れたら、気付かなかったと思う。


 俺の心情を読んだわけではないだろう。

 クィードは自らに言い聞かせるように口を開く。


「十四年も放置されていた。人の手が入らねば森に呑み込まれる」

「維持できないか、人以外が居着いても」


 俺の視線を追い、クィードは跡地の奥を睨む。


「ゴブリンか」

「手伝おう。二十はいそうだ」

「前哨戦にもならん」

「では、何かあれば呼んでくれ」


 俺はそう言うと、ジセロの跡地へ踏み込んでいった。


 戦闘の準備を始める獣人たちを背に、下草を足で掻き分けながら進む。

 村の痕跡はほとんど残っていない。

 しかもあのときは夜で、炎上する家屋と月明かりでぼんやり見えるだけだった。

 もし転移が昼だったとしても、ここまで原形を留めていないと見分けるのは難しい。


 何かないか見渡していると、フィルが肩から飛び降りた。

 獣人たちから離れたので、警戒を解いたらしい。

 まだ眠そうに欠伸(あくび)をするフィルを眺めると、その足元が平らな石だった。

 探してみれば、草や土に埋もれて同じような石が並んでいる。

 この石はアプローチだ。

 石を視線で追っていくと、家の土台らしき石組みが下草に隠れていた。


 本当に村だったんだな。

 こんな森の奥地で、獣人たちはどのような生活を送っていたのだろうか。

 その様子を思い描こうとして、不意の喧噪に振り向く。


 ゴブリンの掃討が始まったらしい。

 立ち止まって耳を澄ましていると、今が十四年前の喧噪と重なっていく。

 燃え盛る家。

 暗闇から抜け出す異形の群れ。

 十四年の歳月は多くに変化をもたらすが、ほとんど変わらないものもある。


 俺は記憶を呼び覚ましながら、周囲の大木や巨木を見やった。

 月の光に滲む墨絵のような風景。

 今と昔を照らし合わせ、跡地を進んでいく。

 そしてとある地点に差し掛かったとき、足を止める。


 似ている。

 ガーネレスに囲まれ、逃げ場を探したときに見た景色と。

 ここが降り立った地点なら、あの家は扉が破壊され、向こうの家は炎上していた。

 ということは……。


 一歩進むごとに記憶は鮮明になっていく。

 俺は歩きながら爪を避け、飛びかかるガーネレスを躱す。

 そして辿り着いた家の前。

 屈み込んで地面に手を当てると、指先に硬い感触が触れた。

 力を込め、その感触を引きずり出す。


「それは?」

「剣、だった……」


 俺が握っているのは、剣身すらない朽ちた(つか)だった。

 少し力を込めただけで、柄は悲鳴を上げて砕け散った。

 それを地面に戻して立ち上がり、サーハスを見やる。


「終わったのか」

「終わった。ゴブリンたちのねぐらは元倉庫らしい。多少だが、壁や天井が残っている。そこを拠点にするそうだ」

「ゴブリンのねぐらか。酷そうだな」

「贅沢は言ってられん」

「まあな」


 頷きながら、足元に視線を戻す。

 ここに俺の一部が埋まっているかもしれない。

 一瞬、馬鹿なことを考えて苦笑した。

 掘り出してどうするつもりか。

 それに、あれは小太りが複製した別人だ。本物はこの世界に来ていない。

 サーハスが怪訝そうに柄を眺めていたので、元倉庫に首を振る。


「戦いの跡だ。このまま眠らせよう」


 そう言い捨て、俺は歩き出した。



  ◇◇◇◇



 ゴブリンが住み着いていた元倉庫は、跡地の西側だった。

 比較的しっかりした土台で、一部の壁と天井が残っている。あまりにも不衛生で死骸と一緒に撤去されていたが、それらに枝を立てかけて簡易的な住居を作っていたらしい。


 獣人たちに混じり、比較的綺麗な場所にバックパックを下ろす。

 そしてひと息つこうとして、クィードが見当たらないことに気付く。

『気配察知』を使うまでもなく、居場所は判明した。

 クィードは跡地の中央付近、大きな木のそばに佇んでいるが、どことなく雰囲気がおかしい。

 少し悩んでからそちらに向かうと、気配で察したのか、振り返りもせずに呟いた。


「ここが始まりだ」


 隣に並び、俺も見上げる。


「メーレか。随分な大木だな」

「当然だ。少なくとも三百年は生きている」


 言いながら、クィードは俺を見据えた。


「帝国に追われた祖先が深殿の森に逃げ込んだ。魔物に襲われ、食料も尽きて多くの仲間を失った。そのとき、この木に救われたんだ。それ以来、祖先はこの木を始まりの樹と呼び、大切に管理した。収穫した実でメーレを増やし、周辺から別の果樹も探し出した。それからは、実りの地ジセロと呼ばれている」


 言われて見渡せば、跡地の木はどれも果樹だった。

 メーレ、アクルー、マスラン、他にも食用になりそうな木の実。

 ただ世話をする獣人を失い、立ち枯れたり根元だけになった木も少なくなかった。

 それはそうと――始まりの樹か。

 何の奇縁か、俺にとっても始まりの地だ。


「深殿の森に住む獣人たちは、ここが始まりなんだな」

「そうではない。俺の祖先だけだ。例えばレジェ――」


 感慨深く呟くも、クィードは否定してきた。

 そして慌てて口を閉ざし、苦い顔で俺を見る。


 レジェなんとかがサーハスの向かった村だろうか。

 それにこの口振りだと、他にもありそうだ。思ったより、獣人たちは深殿の森に根を張っているらしい。

 気まずい雰囲気が流れ出したので、俺は話題を変える。


「昨日見かけた冒険者だが、ここに来た形跡は?」

「今のところ見当たらない。何人かで調べさせているが、ジセロは広い。見つかるかは運だ」

「ゴブリンが巣くっていたなら近付かないかもな。倒したところで得るものが少ない。他の冒険者は?」

「それもなさそうだ。森に呑まれていても、木々がよそより細い。ここでは丸見えだ。野営するなら森を選ぶだろう。それに――」


 またクィードは言葉を切ったが、今度は鋭い視線を森へ向けた。

 俺も横目で見やると、水の匂いが鼻孔を刺激する。


「長居すればガーネレスの餌だ」

「湖は近いのか」

「それほどでもないが、遠すぎると水の確保が難しい」


 遠すぎれば不便、近すぎても危険なわけだ。

 折角、安全圏を保ったのに狩り場の範囲に入ってしまったらしいが、百体を越える集団が移住すれば獣人たちも気付くはず。

 少数が湖に棲み着き、次第に繁殖したのだろう。


「増える前に叩きたかったな」

「気付かなくとも無理はない。大きな湖だ。それに必要がないときは近付かなかった」


 頷きながらも、俺は拠点を眺める。


「ジセロが狩り場に入るなら、ここも襲われるのでは?」

「大丈夫だ。調査隊が何度か拠点にしたが、ガーネレスは姿を見せなかった。連中は水場から離れすぎるのを嫌う」

「なら、どうして村は襲われた?」


 俺の問いにクィードは首を振る。


「分からん。誰かがガーネレスを攻撃したか、食糧が不足したか。理由はどうあれ、連中は獣人を喰らう。人口が増えれば、また襲ってくるだろう」


 そう語るクィードの目には、怒りが滲んでいた。

 当時は子供だったそうだが、家族がどうなったかは聞いていない。

 ガーネレスに殺されたのだろうか。

 クィードの様子に気付かぬふりをして、話を続ける。


「どうにかしないと定住は難しいか。巣を探すのは大変そうだが、位置の検討は?」

「その話は夜にしよう。皆にも聞かせたい」

「了解」


 話を打ち切って拠点に戻ると、探索に出ていた残りの獣人たちが帰還してきた。

 冒険者の足跡は見つからず、ガーネレスや厄介な魔物も見かけなかったらしい。

 報告を受けるクィードを眺めながら、俺は状況を整理する。


 元々、獣人が深殿の森に住んでいるという噂はあった。

 ここに人工物が残っていたことで噂は真実になってしまうが、たぶん今更だろう。

 隠蔽の魔法や魔道具の有無に関係なく、ゴブリンが棲み着いたのであれば機能していない。そして十四年も放置されていたのであれば、冒険者が発見しているはずだ。

 案外、ファスデンを訪れたという獣人の噂を、廃村となったジセロが裏付けたのかもしれない。


 道中で見かけた『蒼雷』を思い浮かべる。

 連中が獣人の村を探しに来た、もしくは滅びているのを確かめに来たのだとしたら、雇ったのはファスデン子爵か、注文を受けた奴隷商だろう。

 後者なら無理はしないと思うが、前者なら厄介だな。


 その後、日がだいぶ傾いた頃に早めの夕食を取り始めた。

 見張り以外の獣人たちが干し肉を齧るのを見渡し、クィードは切り出す。


「そのまま聞いてくれ。改めて説明する。俺たちの目的はガーネレスの殲滅、それが不可能でもジセロの支配地域から追い出す。そのためにも巣の発見は不可欠だが、場所は分かっていない。もちろん、すべて調査したわけではない。ガーネレスに発見され、追い返されたこともあった。これまでは戦力不足で撤退せざるを得なかったが、今回は応戦する。もし守りが堅ければ、そこに巣のある可能性が高い」


 獣人たちは決死の表情を浮かべていたが、クィードは冒険者についてまるで触れなかった。

 それを獣人たちは疑問に思っていない。

 何らかの隠蔽は確定だが――獣人にそれほどの魔法技術があるのだろうか。

 考えすぎかもしれないが、どことなくエルフの影を感じる。

 獣人同様、彼らも迫害された種族だ。魔法に長けたエルフなら隠蔽も()(やす)いだろう。

 それを尋ねたところで答えるはずもないので、俺は別の疑問を問いかける。


「応戦すると言ったが相手は百体以上だ。どう戦う?」

「正面からぶつかれば勝ち目はない。そのために足の速い者たちで編成した。数が多ければ、撤退して立て直す。連中は水場から離れるのを嫌うからな」

「分かったが、もう一つ。ガーネレスの知能は? こちらの思惑に気付けば、何らかの手を打ってくるかもしれん」

「心配いらない。あいつらは感情が乏しい。希薄と言っても良いくらいだ。さほど知恵は回らないだろう」


 クィードは言い切ったが、それには納得しかねた。

 なぜガーネレスの感情が乏しいと分かるのか。

『調教』スキルはある程度の意思疎通ができるらしいが、甲殻類と通じ合えるほどの凄腕がいるのだろうか。

 それに親衛隊の知力は人間の平均を越えている。

 感情の多寡はともかく、あれを知恵が回らないと言うなら、人間の大半は無能だ。


 俺が黙っていたため他に質問はないと判断したらしい。

 クィードは調査の担当について話し始めた。

 それを無言で見つめ、考える。


 ジセロを襲ったガーネレスのほとんどは労働と兵隊だった。

 あの状況で生き残ったのなら、子供時代のクィードは早々に森へ逃げたはず。

 それに調査隊を追い払うためだけに、親衛隊が出張ってくるとは思えない。

 獣人たちは親衛隊の存在を知らないのだろうか。


 もし知っていて情報を伏せたのなら――俺を当てるつもりか。

 親衛隊ならサーハスでも手こずる。

 さらに大量の兵隊や労働が群がってきたら、俺やフィルでも苦戦は必至。

 そう考えているのかもしれない。


 真偽は不明だが、獣人たちはガーネレスを軽視している気がした。

 クィードの話が終わると、俺は荷物を点検する素振りで距離を取り、フィルに囁く。


「この戦い、想定外を覚悟しよう。何が起きるか予測がつかない」


 尻尾が振られるのを頼もしく思いながら、十四年前を(はん)(すう)する。

 下手な軍隊より遥かに統率が取れていた。獣人たちが考えるほど、ガーネレスは甘くない。

 そしてジセロ到着の深夜、早くも想定外が発生する。


「敵襲ッ! ガーネレスです!」


 駆け込んできた見張りに騒然とする中、俺とフィルは伸びをしながら立ち上がった。





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