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てんこもり ~帰宅部、異世界を征く  作者: Podos
第三章

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第154話 別れと再会


 真上から降り注ぐ太陽に、俺は目を覚ました。

 周囲に異常がないのを確認すると、身体を起こして隣の家族に挨拶する。

 リードヴァルトの東に広がるレクノドの森、その外周から少し入った森の中で、俺は仮眠を取っていた。


 ロランたちが埋められていた場所は町から離れていないため、巡回が来ればすぐ見つかってしまう。

 それを警戒して森に向かったのだと思うが――よく覚えていない。


 座ったまま、何気なく辺りを見渡す。

 樹冠から溶け出した雪が葉を伝い、滴り落ちている。

 それに刺激されたのか、囀りながら小鳥が飛び立った。


 見慣れた光景だった。

 植物の種類はセレンの森とさほど変わらないのに、空気まで懐かしく感じる。

 八歳で初めての実戦を経験し、マーカントたちや狩人のネリオと何度も潜った森。

 ここが俺の原点。


 心地良い記憶を辿りながら、森をぼんやり眺める。

 そうしているうち、不意に支部長の言葉が蘇り、俺は表情を曇らせた。

 この森のどこかで、オゼたち――『青藍』は死んだのか。


 オゼは、斥候の基礎を教えてくれた。

 物静かで、常に注意を怠らない優秀な斥候でもあった。

 ただ――運が悪かったと思う。

 スィーカーたちが相手では、オゼ一人でも逃げ切るのは難しい。

 若手を連れていたなら、まず不可能だ。


 その若手は、冒険者になったという孤児たちだろう。

 ネリオと一緒に土下座して遊んでいたらしいから、俺とも面識があったはず。

 ああ、だからか。

 ネリオと知り合いだったのは、彼らもだ。

 案外、狩人の捜索に積極的だったのは彼らかもしれない。


 俺は清廉な空気を吸い込み、(わだかま)りごと吐き出すと、家族へ視線を向ける。

 正しい判断だったのだろうか。

 踏みとどまり、リードヴァルトを解放するべきではなかったのか。

 そう自問してみたが、後悔はおろか、何の感情も浮かばない。


 たぶん……正しかったと思う。

 魔力もスタミナも無限ではない。俺一人では、いずれ戦うことができなくなる。軍と戦うのは軍が必要だ。

 それに奪還できても、維持が難しい。

 指揮官をすべて失い、指揮系統も破壊されている。それを立て直さなければならない。

 平時でも難題なのに有事の今、俺にできるとは思えなかった。

 それが分かっていたから、ヘリット支部長はブラスラッド侯を頼るよう進言したのだろう。


 ブラスラッド侯を頼れば、騎士や内政官を派遣してくれると思う。

 北方のナルセル伯爵領などからも、援軍が送られてくるはずだ。

 だが、最後は本人の証明が必要になる。

 祖父のトーディス子爵は、俺に母の面影を見出すかもしれないが、それだけで納得するほど貴族は甘くない。


『ステータス偽装』でブラスラッド侯たちを欺けたとしても、次は宮廷だ。

 もし『鑑定』で偽装が看破されれば、貴族に化けた魔物として賞金が掛けられるだろう。

 理由を説明しても分かってもらえないし、分かってくれたところで魔物であることに変わりはない。エルフやドワーフ、獣人を軽んじる貴族たちが、魔物を受け入れるはずもない。


 セレンに支援を求めるのも無理だ。

 評議員である学院長とはかなり親しいが、俺個人のためにセレンを危険に晒すような真似はしない。

 もし支援を得られたとしても、寄親でなくセレンを選んだことに宮廷は疑念を抱く。場合によっては、俺を口実にセレンの自治に干渉しようとするかもしれない。

 だから、評議会は支援しない。身を寄せるのも拒否するだろう。

 そもそも、テッドたちを戦争に巻き込んでしまう。論外だ。


 そこまで考え、大きくため息を吐く。

 やはり――自力での奪還しかないか。

 その後、身分の放棄を宣言し、ブラスラッド侯に(ゆだ)ねる。

 ケーテン子爵が保護名目で村を占領しているが、相手がブラスラッド侯なら、ごねたりできないだろう。旧領は維持できる。誰が統治するかは、俺には関係ない。

 これが最善だが……。


 ただ、なぜかは分からない。

 自力で奪還するのもブラスラッド侯を頼るのも、まるで気が乗らなかった。

 何か見落としているのだろうか。

 しばらく悩んでみたが、答えは得られなかった。

 それどころか、あえて除外していた選択肢がちらつく。


 迷宮。

 あらゆる可能性を潰す原因であり、俺が生きている理由。


 すぐに行動しないなら……ありかもしれない。

 ブラスラッドでもセレンでも、どこかに身を寄せれば、その先も決まってしまう。

 なにより、今は考える時間がほしい。


「あの迷宮なら、交渉できるはず――」


 俺は決断を促すように立ち上がると、リードヴァルトの方角へ視線を向けた。


 次に戻るのは、いつになるか。

 それ以前に、俺は戻れるのだろうか。


 そんなことを考えてみたが、不思議と感情は動かなかった。

 俺は無言で視線を戻し、ロープを肩に掛ける。

 そして一路、迷宮を目指して歩き始めた。



  ◇◇◇◇



 人目と日差しを避け、森の外周から少し入ったところを進んでいく。

 地形の凹凸や張り出す木の根は《筋力上昇(フィジカルアップ)》を使い、家族を揺らさないように乗り越えた。

 歩き始めてしばらくして、獣人の聴覚が異音を聞き取る。

 振り返ると、家族を包んだ布に(はえ)が付着していた。

 すぐさま《氷霜(アイスフロスト)》を『多重詠唱』で発動し、凍死させる。

 さらに、《清水(ピュアウォーター)》と《氷柱の短矢(アイスボルト)》で氷を生み出して袋の中に敷き詰めると、《氷霜(アイスフロスト)》で固めた。

 その後も定期的に冷却しながら、先へと急ぐ。


 リードヴァルトが陥落して間もない所為か、冒険者は見当たらなかった。

 探せば見つかると思うが、すでに何人も殺されているため、外に出るのを控えているのかもしれない。

 遭遇したのは、ゴブリンや狼くらいである。

 俺は襲ってくる魔物や肉食獣を魔法で始末し、日が落ちても黙々と板を引き続けた。


 ほぼ最速でも、二日ほど掛かっている。

 今の速度だと、いつ戻れるのか。

 そんな不安を抱きながら、二日目の陽が落ちる。

 俺は《暗視(ナイトヴィジョン)》を発動し、黙々と引き続けた。


 夜が深まるにつれ、冷え込みが強まる。

 そして白い息が流れ出した頃、拓けた場所を見つけた。

 まだ体力は残っていたが、二日目の移動をそこで終える。

 俺はノルトからもらった服の襟を合わせ、家族の隣で横になった。


 迎えた三日目の朝。

 額に柔らかい何かが触れ、目を覚ます。

 横たわったまま、俺は視線を動かした。


「お前か。三年振りだな」


 純白に浮かぶ赤い目――ハンターフィッチの変異種だった。

 俺が身じろぎすると前足を額から降ろし、変異種は軽やかに距離を取る。

 着地したのは板の上だった。


「降りろ」


 思わず漏れた鋭い声に、変異種は一瞬で飛び退(すさ)る。

 そして全身を逆立て、警戒を露わにした。


「僕の家族だ。二度と乗るな」


 そう言うと、変異種は小首を傾げてきた。

 警戒しながらも板に近付き、鼻をひくつかせる。


「兄弟はどうした?」


『気配察知』には何も引っかからない。こいつだけだ。

 俺の問いかけに変異種は赤い目を向けてくると、大きな尻尾を左右に動かす。

 さっぱり分からないが、本来、ハンターフィッチは単独で行動する魔物である。

 とっくに自立したのだろう。


 俺は立ち上がると、日課となった《清水(ピュアウォーター)》と《氷柱の短矢(アイスボルト)》、《氷霜(アイスフロスト)》を『多重詠唱』し、家族を冷却する。

 周囲一帯を包む冷気に変異種はまた距離を取ったが、害がないと分かったようで、すぐに戻ってきた。


「久しぶりの再会を祝いたいところだが、僕は先を急いでいる。いつか戻ったら、そのときに会おう」


 ロープを肩に掛けて踏み出し――俺は足を止めた。

 三日目ともなれば、身体が重さを覚えている。

 振り返ると、変異種が板の上に乗っていた。警告に従い、一応、端の方に座っている。


「何のつもりだ?」


 問いかけても尻尾を振るだけだった。

 こいつは『言語理解』のスキルを習得している。話せないだけで意味は理解できるはずだが――どうだろう。スキルがどこまで補填するか不明だ。魔物に存在しない表現などは、かなり大雑把かもしれない。


 結局、変異種は降りようとしなかったので、そのまま進むことにした。

 敵意はないようだし、負荷は微々たるものだった。


 その後、《氷霜(アイスフロスト)》を掛け直しながら、変異種を道連れに歩き続ける。

 そして魔物と遭遇することなく深夜を迎え、適当な場所で仮眠を取った。

 翌朝、目覚めると変異種は消えていた。


 付いてくるのに飽きたのだろう。

 そう思って起き上がると、不意に目の前が霞み、変異種が姿を現す。

 二羽の鳥を咥えており、器用に一羽を放ってきた。


「なんだ、これは。くれるのか?」


 変異種は尻尾を一振りすると、鳥を食べ始める。

 恩返しのつもりだろうか。

 以前に戦いはしたが、結局、兄弟も含めてポーションで治療している。

 だとしても、まるで餌付けだな。


 鳥を眺めながら苦笑していると、不意に空腹を感じた。

 そういえば、最後に食べたのはいつだったか。町を出てからは何も食べていない。その前は――保存食を少し齧ったくらいだ。

 折角だし、いただくか。


 俺は羽を(むし)ると、コンラードに詫びながら雷相の剣で頭部を切り落とし、内臓を掻き出した。

 そして切り放した脚を《火口(フリント)》で(あぶ)り、口に放る。

 塩すら振られていない肉なのに、唾液が溢れてきた。かなり飢えていたらしい。


 他の部位も切り分けていると、変異種は食べるのを止め、俺の作業をじっと見つめていた。そして食べかけの鳥を一閃、脚を放ってくる。


「焼けってことか?」


 尻尾を振る変異種に肩をすくめ、炙ってから投げ返す。

 それを口で受け止めると、鼻をひくつかせながら骨まで平らげる。

 すると、今度は鳥を縦に両断し、また放ってきた。


「仰せのままに」


 自分の食事を後回しに、俺は肉を炙った。

 そして生肉と焼肉を交互に味わう変異種を眺めつつ、綺麗な雪を探した。

 器の形に成形し、《氷霜(アイスフロスト)》で固めて《清水(ピュアウォーター)》で満たす。


「焼いた肉は喉が渇く。顔も血塗れだぞ」


 変異種は水面に映る自分の顔を眺め、不思議そうに俺を見上げてきた。

 渇きはともかく、見た目は気にしないか。


「血の臭いがすると、魔物に気付かれるだろ」


 これには納得したらしい。

 変異種は手早く鳥を平らげると、いきなり顔を器に沈めた。

 そして全身を震わせて水を弾き飛ばす。

 その間に俺も食事を済ませ、《清水(ピュアウォーター)》で水分を補給する。


 久しぶりに食事を取り、充足感を感じた。

 森を眺めながら脚を伸ばし、しばらくの間、休息する。

 考えてみれば、ずっと旅続きだった。

 まともな寝床で横になったのは、セレンの自宅が最後だ。

 それなのに、迷宮を目指すのか。


 俺は苦笑しながら立ち上がると、ロープに手を伸ばす。

 そのとき、不意に変異種が動き出した。

 草原に向かって走り出し、視認できるぎりぎりのところで立ち止まる。

 誘うように振り返る姿は、まるで数日前の再現だった。


 こいつはどこに誘導するつもりなんだか。

 念のため『獣化』を発動し、ロープを引っ張りながら付いていく。

 そして草原を進み始めてからほどなく、変異種の目的地が分かってきた。

 微かに感じる気配。


 変異種に従い、草原の起伏を上がる。

 その先に見えたのは、横たわる二頭のエラス・ライノだった。




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― 新着の感想 ―
[気になる点]  正直、ブラスラット侯もちょっとキナ臭いよな……あの悪逆令嬢がちらついて仕方ない。
[気になる点]  家族を板に乗せて引きずっているとなるとその跡を たどられて追跡とかされませんかね?  [一言]  迷宮共生種なので迷宮に呼ばれてるとか?  ともかく彼の心がまだ立ち直って居ない気…
[良い点] 久々のハンターフィッチ! いい相棒になれるといいなぁ [気になる点] エラス・ライノ……新しい武器でも作るとか? [一言] 主人公が復讐や故郷の奪還に乗り気じゃないのは例のスキルのせいか、…
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