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てんこもり ~帰宅部、異世界を征く  作者: Podos
第三章

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第152話 敗者の町


 どれほどの時間、そうしていたか分からない。

 不意に呼びかけられて振り返ると、皺だらけの老人が暗い路地に立っていた。

 驚愕の表情を浮かべ、俺を上から下まで眺めている。


「もしや……坊ちゃん?」


 庭師のノルトだった。

 懐かしい顔に微笑が浮かぶ。


「久しいな。元気そうじゃないか」

「本当に坊ちゃん? そのお姿は……」

「ちょっとした変装だ」


『獣化』を解除すると、ノルトはさらに目を見開いた。

 そして慌てて周囲を窺い、俺を暗がりへ引っ張っていく。


「こんなところに居てはいけません! 町の状況をご存じないのですか!」

「戻ってきたばかりでな。何も存じない。それより、少し待ってくれるか。積もる話は後にしよう」


 そう言って歩き出すと、ノルトは怪訝な顔で首を傾げた。


「坊ちゃん、何を――」

「父上たちを早く下ろして差し上げねばならん」

「いけません!!」


 ノルトは自分の声に驚き、慌てて口を押さえる。


「お気持ちは分かります。ですが、今はお逃げください」

「あのような辱めを受けているのに、逃げろと?」

「もはや手遅れ、すでに――」


 言いかけ、ノルトは視線を動かす。

 俺もそちらを見やり、『獣化』を発動し直すと、獣人の聴覚が会話の断片を捉えた。


 殺した巡回が発見されたようだ。

 その騒ぎを聞きつけたのか、広場の方も慌ただしくなっている。

 まあ、どんなに騒ごうと、あの程度の兵士なら簡単に片付く。

 構わず広場に向かおうとして、腕を掴まれた。

 振り返ると、ノルトが厳しい表情を浮かべていた。


「放せ」

「放しません」


 俺は苛立ちを覚えた。

 そして引き剥がそうと力を込めたとき、ノルトは慌てて言葉を継ぐ。


「今は人が多うございます。どうしてもと仰るなら、どうか夜更けまでお待ちください」


 そう懇願してきた。

 俺は暗い空を眺め、広場へ視線を落とす。

 苦戦はしないが、ぞろぞろ出てこられると面倒かもしれない。


「分かった。それまで待とう」


 俺が了承すると、ノルトはそのまま腕を引っ張り出した。

 抵抗することなく、引かれるまま夜道を進んでいく。

 しばらくして、見たことのある路地へと入った。


 どうやら、自宅へ連れて行くつもりらしい。

 そういえば以前、何かの詫びで帰宅路を洗い直したことがあった。

 あれは、いつだったか……。


 ぼんやり記憶を辿っているうち、見覚えのある家に到着した。

 ノルトは驚く妻を制し、奥の部屋へ俺を押し込むと、ばたばたと退室する。

 俺は椅子に腰掛け、夜が更けるのを待つことにした。

 

 壁の向こうから、老夫婦の会話が聞こえてくる。

 俺が何者か、どこで会ったかを説明しているようだ。

 ノルトの妻と近くで顔を合わせたのは、二度目である。最初は洗い直しのときだ。

 いきなり俺を連れてきて――ああ、今は獣人か。

 どのみち、さぞかし驚いただろうな。


 話し声が止むと、簡素な衣服と()()を手にノルトが戻ってきた。

 そして申し訳なさそうに衣服を差し出す。


「こんな服しかありませんが、よろしければお着替えください」


 妙なことを言い出すと思ったが、自分の格好を見て納得する。

 刺突とカックルに噛まれた所為で、服はぼろぼろだった。

 出血の跡も酷い染みになっている。

 俺は服を脱ぎ捨てると、ノルトの服に着替えた。

 そして白湯を手に座り直し、何とはなしにコップを覗き込む。


 水面に獣人の少年が映っていた。

 顔付きは(せい)(かん)で、髪の色は金から黒に変わっている。

 まるで別人だが、どことなくユネクに似ていた。


 そうして眺めていると、ふと違和感を感じた。

 頬に手を当て、撫でてみる。

 特におかしなところはない。顔付きや髪の色が違うだけだ。

 それでも違和感を拭えず撫で続けていると、不意に自分と目が合った。

 ああ、なるほど。

 俺の目は、死んでるんだ。


「坊ちゃん?」


 ノルトが不安げに問いかけてきた。

 俺は視線を上げ、無理に微笑を作る。


「こんな姿なのに、よく気付いたな」

「坊ちゃんを見間違ったりはしません。たとえ変装なされていようとも」

「庭師の眼力か。大したものだ」


 そう言って首を振ると、俺は微笑を消す。


「それで――何があった?」


 俺の問いかけに、ノルトは表情を曇らせた。

 そして(とつ)(とつ)と話し始める。


 リードヴァルトが攻撃を受けたのは、四日前だった。

 商会の別邸で仕事を終え、帰路についた。

 そして屋敷の近くを通りかかると、突然、邸内から喧噪が聞こえてきた。

 最初は庭で鍛錬をしているのかと思ったが、それにしては騒がしい。

 様子を見ようと屋敷へ向かうと、今度は大通りの先から激しい怒号や悲鳴が聞こえ、人々が逃げてくるのが見えた。

 ここでようやく、ただならぬ事態が起きていると気付いたらしい。

 そして半日も経たずに、リードヴァルトは陥落した。

 あまりにも唐突で、あまりにも呆気なかったという。

 正門や中央から離れている住民は、しばらくの間、陥落したことに気付かなかったそうだ。

 そこまで話し、ノルトは(うな)()れた。


 四日前――俺が刺された日と、さほど遠くない。

 偶然ではないだろう。ケーテン子爵はバロマットと内通している。

 見返りは南方の村。

 もしかすると、他の村も保護という名目で占領しているかもしれない。

 考え込む俺に、ノルトは(うな)()れたまま続ける。


「私にできることはありませんでした。屋敷から逃げてきた者を(かくま)うのが精一杯で――」

「匿ったのか?」

「はい。家令のグレアム様を始め、何人もお亡くなりになりましたが、逃げてきた使用人は庭師ギルドで保護いたしました。メレディも無事です」

「そうか、あいつは生きてるんだな」


 無気力なメイドを思い出し、自然と頬が緩む。

 だが、危ない行動でもあった。使用人ごと殺されても不思議ではない。

 それを尋ねると、暗い表情ながらも皺を深くする。


「庭師ギルドは弱小ですが、商業ギルドや鍛冶ギルドなどと深い繋がりがございます。おいそれと手は出せません。皆に協力してもらい、多くは北のナルセルに落ち延びました」

「メレディの実家はナルセルだったな。ロランや他の騎士も?」

「それは……」


 ノルトは言い淀み、諦めたように首を振る。


「私も詳しくは分かりません。あのとき、騎士団長は町の外にいたようです。伝え聞いた話によれば、バロマットと戦って討ち取られたと……。他の方々も戦死なされたか、行方知れずと聞いております」


 メレディの生存で抱いた微かな希望は、あっさり打ち砕かれた。

 形にならない感情の揺れを感じながら、俺は絞り出すように問いかける。


「他に、他には誰が生き残っている……?」


 そんな問いかけに、ノルトは視線を伏せ、言い辛そうに口を開く。


「従騎士の――元従騎士のお三方は、存命のようです」

「ランズたちか。捕虜になってるのか?」

「いえ……私には分かりかねます」


 歯切れの悪い答えを聞き、心が冷えていくのを感じた。

 そういうことか。リードヴァルトがこうも簡単に落ちた理由。


「あいつらはどこにいる」

「坊ちゃん、今はお逃げに――」

「答えよ、ノルト」


 有無も言わせず命じると、ノルトは(うつむ)きながら、「お屋敷に」と呟いた。



  ◇◇◇◇



『隠密』で気配を殺しながら、暗がりに立つ。

 目の前には屋敷の壁、左手の先は広場だ。

 見張りは変わらず、十二名。

 さきほどより警戒しているのは、巡回を殺した所為だろう。

 俺は父上たちに向かい、頭を下げた。


「今しばらくお待ちください。用事を済ましたら、すぐに戻ります」


 そして屋敷に向き直ると、敷地内を索敵した。

 無数の気配を感じるが、ほとんどは出入り口か邸内だ。

 俺は『跳兎』で壁を飛び越え、木立のそばに着地する。

 気取られた様子はない。


 息を潜めながら十年間過ごした記憶と、気配を照らし合わせる。

 侵入できそうな場所も兵士が固めている。

 邸内を数人で動いているのも警備、それ以外は一般人だろう。

 それと、やや強そうな気配を執務室辺りで感じるが、苦戦するほどの相手ではなさそうだ。

 いずれにしても突破するのは簡単だが――ノルトも目撃したわけではない。

 どうするかは、本人に話を聞いてからにしよう。それまで騒ぎを起こすのはまずい。


 そして侵入できそうなところを探していると、俺の部屋が視界に入った。

 木窓は閉め切られ、隙間から光も漏れていない。

 それに二階は警備が少ないので、多少の物音なら気付かれないはず。

 ただ、鍵が開いているとは思えない。


 窓枠に飛び移って木窓を引いてみると、やはり鍵が掛かっていた。

 他の部屋を試しても良いが、どこも施錠されているだろう。


 少し悩んだ後、部屋の隅辺りに移動する。

 そして壁に手を当てると、石材を触媒に《軟土操作(オペレイトソイル)》を発動した。

 激しく抵抗したが、魔力を追加して強引に押し通す。

 土に変化した壁は庭に撒き、通り抜けられる大きさまで広げた。


 室内に侵入し、《暗視(ナイトヴィジョン)》を発動する。

 その直後、部屋を間違えたのかと思った。

 俺の私物はほぼ見当たらず、開け放たれたクローゼットに大人用の服が掛けられている。

 中央のテーブルには、飲みかけの酒瓶まで置かれていた。

 誰かが使っているのか。俺の部屋を。


 父が使用を許可するとは思えない。

 陥落した数日の間に、入り込んだ奴がいる。

 滲み出る不快感に眉を潜めていると、獣人の聴覚が足音を捉えた。

 同時に聞こえてくる会話。

 気配も声も一致する。近付いてくるのは元従騎士のランズ、ネサルク、ヴィルサスの三人だった。


 俺は机の上に視線を走らせ、ペーパーナイフを手に部屋の隅へと移動した。

 侵入した穴を身体で塞ぎ、息を殺す。

 ほどなくして、三人はずかずかと俺の部屋に入ってきた。


 ランズはランタンをテーブルに置くなり、飲みかけの酒瓶に手を伸ばす。

 そしてグラスに注がず、そのまま(あお)り出した。

 ネサルクは呆れていたが、ようやく口を離したのを見て切り出す。


「少しは落ち着いてくれないか」

「落ち着けだと!? お前は平気なのか!」


 (なだ)めるネサルクに、ランズは激しく反発する。


「何日経ったと思っている! 未だ、リスラント伯から言葉一つ掛けられてないのだぞ!」

「政務でお忙しいのだ。シーガス卿もそう仰っていたではないか」


 それを聞き、さらにランズの顔色が朱に染まった。


「シーガス……! お前らも見たか、奴の見下しきった目を! 誰のおかげでリードヴァルトを落とせたと思っている!」

「充分、承知しているさ。それより、もっと先を見てくれ。我らは陛下の騎士となる。シーガス卿と同格になるんだ」

「それまで我慢しろと!?」


 一向に収まらない怒りに、ネサルクは困り果てた様子でヴィルサスに援護を求めた。

 しかしランズの激しさに萎縮してしまい、口を開こうとしない。

 ネサルクの口元に侮蔑が浮かぶも、すぐ真顔に戻る。


「とにかく、騒ぎは起こさないでくれ。頼むぞ」


 ネサルクは釘を刺すと、ヴィルサスを連れて退室した。

 残されたランズは酒瓶を叩き付けようと振りかぶり、どうにか思いとどまる。

 代わりに荒々しく腰掛けると、テーブルを殴打した。


 怒りをぶつけて、少しは落ち着いたらしい。

 不意に背筋を震わせ、窓へ視線を向ける。

 閉められていると分かり、暖炉に向かいながら透火の軸木(イージーフリント)を懐から取り出した。

 短い棒から発せられる火花を火種に移し、暖炉へ投じる。

 そして薪に手を伸ばした瞬間、


「――ッ!?」


 俺に口を塞がれ、ランズは硬直した。

 振りほどこうと暴れたが、ペーパーナイフの切っ先を背中に突きつけ、動きを封じる。


「僕の部屋を我が物顔で使うようになったか。ずいぶん出世したな」


 これで正体に気付いたらしい。

 手の平越しにランズの驚愕が伝わってくる。


「お前にも言い分はあると思う。だが、聞きたくないし興味もない。まずは死んでおけ」


 口を塞ぐ手と、ペーパーナイフに力を込めていく。

 ランズは抵抗しようとしたが、それより早く切っ先が心臓を貫いた。

 痙攣するランズを抱きかかえ、『鑑定』で死にきったのを確認する。

 そして床に寝かせると、ランズを見下ろした。


 ノルトの話どおりか。少しでも期待した俺が馬鹿だったな。

 三人揃っていたのに、機会も逃してしまった。

 まあ、良い。あの様子なら屋敷から出ないはず。順番に片付けるとしよう。


 ネサルクとヴィルサスの所在を探ろうと、『気配察知』に意識を向ける。

 そのとき、接近する別の気配に気付いた。


 誰かが階段を上ってくる。

 気配は弱く、(きぬ)()れは女。

 二階には使用人の部屋もあるが――ここに向かっている。


 俺はランズをベッドの影に引きずり、また身を潜めた。

 その直後、気配が扉の前に立つ。

 ノックの音が響き、残響が消え去っても身じろぎしない。

 反応がないのを疑問に思ったのか、ほどなくして扉が開かれた。


「お飲み物をお持ちしました」


 入ってきたのはメイド服の女だった。

 俺はランズの剣をちらりと見て、女に『鑑定』を発動させながら剣へと手を伸ばす。

 その瞬間、脳内に情報が入り乱れた。

 しまった――この剣、魔道具!?


 意識を戻したとき、女は掻き消えていた。

 床を這うように疾風が迫り、蹴りが繰り出される。

 咄嗟に上半身を逸らすも、顎を(かす)め、靴先に仕込まれた刃を追って鮮血が走った。


 女は厚手のスカートを翻し、流れるように手刀を放つ。

 俺は顔を捻って躱し、続く肘打ちを手で打ち払った。

 そして反撃に転じようと踏み出すと同時、女は軽やかに宙を舞い、距離を取った。

 だが、甘い。


 女が着地するより早く、俺はそこにいた。

 驚愕も一瞬、女は踵を振り下ろしたが、躱しざまに《一塊の槌撃(ストーンブロウ)》を『多重詠唱』で叩き込む。

 女はくの字に折れ曲がり、絶命した。


 靴の刃を『鑑定』し、毒が塗られていないこと、魔道具でもないことを確認する。

 そこでようやく息を吐き、女を見下ろした。


 何者だろうか。

 魔法の剣に気を逸らされたとはいえ、一撃もらってしまった。

 高ランクの『体術』習得者なのは間違いないが、兵士ならメイド服を着込んだりしないし、戦い方が奇妙だ。冒険者とも、少し違う気がする。

 それに直前まで弱々しい気配だった。『隠密』にも相当、長けている。

 待て、だとしたら――。


 俺は邸内全域に『気配察知』を向けた。

 急速に接近する無数の気配。

 そのどれもが弱々しく、一般人や下級兵士と変わらない。


 俺はランズの剣を奪い取り、木窓を蹴破って外へと躍り出た。

 そして着地と同時、後方に剣を振り抜く。

 弾かれた細身のナイフが煌めき、庭に突き刺さる。


 振り返ると、窓の下に執事服の男が佇んでいた。

 服装に似つかわしくない、冷たい目。

 生まれ育った屋敷の庭先で、俺は謎の男と対峙した。




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― 新着の感想 ―
[一言] 死にすぎて流石にビビる もうちょいわかりやすい伏線とかで、心の準備させてほしかった でもこれはこれでおもろいからいいや
[気になる点] 魔法の剣、もしかしてノスヴァール?
[一言] さあ盛り上がってまいりました!
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