表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/191

第145話 帰路 ~八人目の同行者


 深殿の森は、帝国有数の危険地帯である。

 多くの冒険者を飲み込み、誰一人、抜けた先に何があるのか知らない。

 ランベルトの決断により、俺たちはその森を目指すことになった。

 目的は襲撃者を焦らせ、襲撃を誘発すること。


 危険を感じないと言えば嘘になるが、そこまで心配していなかった。

 冒険者ギルドでCランク推奨なのは、長期間活動できるかの目安であり、森は深さによって難易度が変化する。

 当然、周囲の草原や森の浅い地点なら魔物も弱くなるし、それを狙ってDランクの冒険者も活動していた。


 さらに現在は魔物が減少している。

 Cランクの『破翔』はもちろん、ランベルトやフェリクスでも、どうにか対処できるはずだ。この場にいる中で、周囲の草原でも殺されてしまうのはユネクだけである。


 ランベルトの許可を取り、シルヴェック近郊から離れる前に(あし)(かせ)を外すことにした。

 引き渡さないと決めたのであれば不要だし、この先、移動速度も重要となる。


 まだ恐怖が解け切れていないのか、ユネクは座ったまま動けなかった。

 そのそばに座り、足を伸ばすよう指示を出す。

 隷属の魔道具なら厄介だが、首輪も足枷も鉄製。

 ただ、頑丈そうだ。


 作りを調べていると、ユネクが不思議そうな顔で俺を眺めてきた。

 頬に濡れた後を見つけ、無理に笑いかける。

 ランベルトが連れて行くと決断した後、ユネクは泣きながら何度も礼を言ってきた。

 二人の口論を聞いて、捨てられると思っていたようだ。


 奴隷も様々だが、ユネクに自主性は皆無である。

 南に行けと言われれば従い、俺たちに拾われたら逃げもせず従っている。

 たとえ自由を得られても何をすれば良いのか分からず、途方に暮れると思う。

 根深い。この子は心まで縛り付けられている。

 枷を外すことで気持ちが変化すれば良いが。


 鍵穴を覗き込み、《魔力操作(オペレイトエナジー)》で内部を探ってみる。

 形状は把握できたが、シリンダーを動かせるほどの力はなかった。

 今度は《軟土操作(オペレイトソイル)》を発動し、土の密度を高めて解錠を試みたが、こちらも動かせない。

 まあ、当然か。

 操作(オペレイト)系でどうにかできるなら、《解錠(アンロック)》の魔法は不要である。

 習得しておけば良かったが、エルフィミアも覚えてなかった。それに覚えたところで《解錠(アンロック)》の実力はお子様だ。たぶん、途中で諦める。


 魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)から装飾に使う工具を取り出し、《魔力操作(オペレイトエナジー)》で内部を確認しつつ工具を差し込む。

 最初はうまくいかなかったが、なんだかんだ言っても器用18である。

 センスの問われる作業ならまだしも、小手先だけは一流だ。

 悪戦苦闘しているうち、なんとなく構造が見えてくる。

 そして不意に、かちりとシリンダーが動いた。


 足枷が外れ、地面に落ちる。

 残るは首輪か。移動にはあまり関係ないが、折角だ。外してしまおう。

 そう思って顔を上げると、ユネクは困惑していた。

 喜んでる――というより、驚いてる?


「あの……外れてます」

「そうだな。外したし」


 応えながら足首を見ると、枷の痕跡がくっきりと残っていた。

 見るからに皮膚が厚い。

 枷で擦れては治りを繰り返し、いつしかこうなったのだろう。

 道中で痛みを訴えなかったのも納得だ。そんな時期はとっくに過ぎている。


 視線を上げ、首輪に取りかかった。

 構造は大差なく、鍵の形状が違うだけだった。

魔力操作(オペレイトエナジー)》で確認しながら、工具を動かしていく。


 その間、ユネクは横目で俺を見ていた。

 正直、間近で視線を感じるとやりづらいのだが、注意しづらく自由にさせた。

 妙な圧力を受けつつ、どうにか首輪も解錠する。

 それを遠目で見ていたランベルトが、軽口を叩く。


「いつでも脱獄できるな」

「人聞きの悪い。冒険者の技能だぞ。一応」


 反論しながら、首輪と足枷を魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)に収納する。


 まあ、冒険者も滅多に解錠しないが。

 迷宮は存在していても、理由もなく宝箱が置いてあったりしない。

 見つかったとしたら、盗賊の(たぐい)か知性ある魔物の私物だ。


「待たせた」


 立ち上がったとき、ユネクが魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)を見つめていることに気付く。


「もう不要だ」


 そう言ってもユネクは応えず、ただ不安げに俺と魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)を見つめていた。

 ああ、また捨てられると思ったな。

 ユネクにとって、解放と捨てられるは同じか。

 本当に根深い。


「この先は歩速――ええと、歩く早さを上げる。身体が軽くなっただろ?」


 ひょいと持ち上げて立たすと、ユネクは足の軽さに驚いていた。

 少しだけ嬉しそうに笑ったが、まだ不安は拭いきれないようで、ちらちらと魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)を見てくる。

 仕方ないので「何かに入れて背負うか?」と尋ねたところ、笑顔で頷いた。

 無駄な荷物になるが、重さ自体は今までと変わらない。安心するなら良しとしよう。


 適当なバッグに首輪と足枷を入れて背負わせると、さらに毛皮を追加して頭巾のように被らせ、耳や顔付きを隠した。

 子爵の追っ手に見つかると面倒だ。


 今度こそ出発となり、俺たちは東に向かって歩き出した。

 隊列は今までと変わらず、俺は中央で全体の監視、ユネクはその斜め後ろを進む。


 出発してすぐ、そばで動く気配がしたので横目で確認すると、ユネクが肩紐を気にしていた。

 位置はおかしくないから、少し痛むか収まりが悪いのだろう。

 それもほどなくして落ち着いたが、今度は何やら難しい顔で考え始めた。

 よく分からんが、忙しい少年である。


 夕刻は迫っていたが、思いのほかラザラーグ山は近かったらしい。

 ラザラーグ山の陰影が色濃くなっていき、ほどなく、街道の先に三叉路が見えてきた。

 直進するとラザラーグ山方面、南に進むとファスデンの町である。


 三叉路に差し掛かり、セキエスは立ち止まって空を眺めた。


「もうすぐ日が落ちます。ここで野営にしませんか」


 セキエスが指差す方には、いつもの広場があった。

 炭化した薪や轍、足跡が残っている。


 皆に離れたところで待っていてもらい、俺とヴェロットで痕跡を調べた。

 特に不審な点は見つからず、俺たちは野営の準備を始める。

 そして夕食ができた頃には、緋色だった草原は闇一色に染まっていた。


 ふと気付けば、いつもより暗かった。

 空を見上げれば、分厚い雲が一面を覆い尽くしている。

 奇襲日和か。


 三叉路に野営地があるのは、多くの旅人が夜の山越えを嫌ったためだろう。

 皆がここで朝を待つなら、俺たちが野営するのも想像に(かた)くない。


『破翔』も気付いているようだ。

 セキエスとバルナーはそれとなくランベルトたちの死角を固め、アンベルとヴェロットもシチューを皿によそいつつ、何気ない素振りで周囲に視線を送っていた。


 特に接近する者はなく、俺たちは夕食を食べ始めた。

 周囲を警戒しながらシチューを頬張り、雑談を交わす。

 ただ、先ほどの口論が尾を引いているのか、あまり話は弾まなかった。

 昨日よりも静かな夕食が進むうち、ふと、ユネクまで静かなことに気付く。

 食事は進んでいるので、口に合わないわけではなさそうだ。


 まだ、考え込んでる。

 何というのか、知育玩具で悩む子供のような顔付きだ。


 結局、夕食が済んでもユネクが口を開くことはなく、早めの就寝となった。

 そして見張りはいつもの順番で、と話していたとき、


「アルター様、僕が見張ります!」


 と、いきなりユネクが名乗りを上げた。

 唐突な発言に、俺たちは顔を見合わせる。


「皆さんもお休みして下さい! ずっと見張ります!」

「皆さんもって……一晩中見張るつもりか?」

「見張ります!」


 呆れる俺に、ユネクは力強く頷いてきた。


 これもさっきの口論が原因か。

 捨てられる不安から、どうにかして役に立とうと考えていたんだな。


「俺は賛成です」


 珍しく、バルナーが率先して賛意を示した。

 俺が(いぶか)しげな視線を送ると、慌てて手を振る。


「一晩中ではなく、見張りに参加するのをです。アルター様はお一人で見張りをなさっていましたので」

「人数はな。明日からはさらに強行軍だぞ?」


 襲撃者を焦らせるために、山越えすると見せかけて一気に南下する予定だった。

 それでも深殿の森までは二、三日は掛かるだろう。

 ユネクに倒れられると、セキエスの指摘どおり足手まといになってしまう。

 渋る俺に、今度はヴェロットが手を上げる。


「私も賛成します。皆より早く就寝すれば、見張りもこなせると思います。探知能力に優れていますし、獣人の聴覚は頼りになりますよ。ユネクさんが斥候として働いてくれるのであれば、心強いです」


 ヴェロットに褒められ、ユネクは嬉しそうに耳を撫でた。


 精神衛生上、何かやらせた方が良いのは確かだが。

 見張りで一番危険なのは、今日である。

 明日からは計画が崩れ、夜襲どころじゃなくなるはずだ。

 襲ってきたところで、強引な襲撃なら大歓迎だった。


 ランベルトやセキエスたちは積極的に同意しなかったが、特に反対もしなかった。

 張り切るユネクを眺め、内心で嘆息する。

 まあ、そのつもりで俺も賛成したし、いつも以上に警戒すれば良いか……。


「分かった。見張りを頼むとしよう」

「ありがとうございます! 頑張ります!」

「そうと決まったら休んでおけ。僕たちの順番は、ずっと後だ」


 意気込むユネクに毛皮を渡し、眠るよう言い聞かせた。

 興奮して眠れないかと思ったが、横になった途端、寝息が聞こえてくる。

 本調子ではないし、移動しっぱなしだ。疲れてない方がおかしい。

 これで見張りなんてできるのかね。


 疑問に思いつつ俺たちも就寝、そして深夜遅く、見張りの順番が回ってきた。

 ユネクはすっかり寝ぼけていて、なぜ起こされたのか分からない様子だったが、


「見張りはしないのか?」


 そう言った途端、飛び起きた。

 苦笑するバルナーとヴェロットに代わり、俺とユネクが見張りに付く。


 まずは周囲を観察し、異常がないか自分の目で確かめた。

 ユネクも隣で難しい顔で眺めている。

 つい笑ってしまいそうになったが、その目が光るのを見て認識を改めた。


『暗視』か。

 俺も《暗視(ナイトヴィジョン)》は使えるが、魔力を消費する。発動し続けるのは無理だ。

 さらに本能なのか、耳も動かして音を探っている。

 今日のような闇夜だと、俺たちより優秀かもしれない。

 俺はしばらく警戒した後、ユネクに問いかけた。


「何か見えたり、聞こえるか?」

「いえ……ごめんなさい」

「何もないならそれで良い。さて、お茶でも飲みながら見張りを続けよう」


 俺は焚き火の前に向かうと、薪を()べながら湯を沸かし、濃いめの将軍茶を準備した。

 ユネクには紅茶を出そうと思っていたが、やたらと興味を持ったので少し飲ませてみた。


「苦いだろう」

「い、いえ、美味しいです……」


 表情と真逆な言葉に、思わず吹き出してしまった。

 そういや昔、オゼが言っていたな。眠気が飛ぶから野営に便利だと。

 あれはいつだったか。


 将軍茶の苦味を味わいつつ、気晴らしに昔話を始めた。

 懐かしかったのもあるが、ユネクとオゼが似てると思ったからだ。

 戦闘力が低く、斥候の技術に長けている。オゼから学ぶことは多いと思う。

 ちなみにピドシオスもそうだが――あれはなんか違う。


 戦いが苦手な冒険者というのは、驚きだったらしい。

 ユネクは思いのほか食いつき、斥候がどんな役割か、仲間にどうやって貢献するかと質問してきた。

 周囲を警戒しながら、俺は話を続ける。


 いつしかそれも終わると、数字や簡単な言葉をユネクに教えた。

 スキルの効果は発動で理解できるが、立ち位置がはっきりしないのは危険である。

 数字を覚えたユネクは自分のステータスと見比べ、大喜びで報告してきた。

 それを褒めつつ、気軽に教えたり開示したりしないよう忠告しておく。

 ぴんと来なかったようだが、この先どう生きるにせよ、必須の常識だった。


 そんなやり取りをしているうち見張りの時間は過ぎ去り、夜襲を受けることなく俺たちは朝を迎えた。



  ◇◇◇◇



「――よって、事前に打ち合わせたとおり我々は一気に街道を南下、ファスデン近郊を経由し、深殿の森に向かう。焦った襲撃者が動くかもしれん。皆、充分に警戒してくれ。以上、質問はあるか」


 全員の了承を受け、ランベルトは出発の号令を掛けた。

 野営地を引き払うと、ラザラーグ山の山並みを横目に三叉路を南へ進む。

 目指すは帝国領有数の危険地帯、深殿の森だ。


 だいぶ南に下ってきたこともあり、草原の風に春の陽気を感じた。

 無理に通過した者たちの影響で街道は荒れているが、ぬかるみ自体は乾燥している。

 ようやく草の上ではなく街道を歩き、俺たちは速度を上げて先を急いだ。


 街道付近は警戒するのか、魔物に遭遇することなく午後を迎える。

 そしてやはりというか、午前中でユネクのスタミナが尽きてしまった。

 普段よりも短い小休止の間、疲労回復付随のヒーリングポーションを渡す。

 陶器の小瓶を渡されてもぽかんとしていたが、口にするなりユネクは目を見開く。


「甘いです!」

「そうか。全部飲んでおけ」


 大した量ではないので、ユネクはすぐに飲み終えた。

 よほど美味しかったのか、小瓶を逆さにして最後の一滴まで飲もうと奮闘している。


 本当に魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)は便利だ。

 作り置きしていた分と今回の旅用に生産したのを加えれば、収納されているポーションは七十本は優にある。疲労回復は多めに生産しているし、付随効果も多種多様に揃えた。部位欠損以外なら大抵の状況に対応できる。


 ポーションが効いたようで、ユネクは復活した。

 その後はさすが獣人と言うべきか、移動速度にも慣れ、景色を眺める余裕も生まれてきた。午前中は遅れ気味に俺の後方を歩いていたが、今は斜め後ろにぴったりと付いている。

 何気なく視線を送ると、待っていたとばかりにユネクは見上げてきた。


「あの、アルター様。昨日の冒険者ですが……」

「オゼか?」

「はい。オゼさんは、どうやって魔物を見つけるんでしょうか」

「経験の積み重ねだが――そうだな、『気配察知』は視覚や聴覚も重要になる。スキルは魔力の補助を受けるが、原動力は個人の力だ」


 街道に刻まれた足跡を指差す。


「足跡の形状と深さから、種類や大まかな体格を推測できる。慣れてくれば前後左右の深さでどこに向かっているか、急いでいるかも分かるようになる」


 ユネクは何度も頷くと、街道を見渡して乾いた足跡を観察する。

 その所為で隊列から遅れてしまい、小走りで戻ってきた。


「街道は魔物も警戒するからな。足跡よりも、音や臭いで探ってみたらどうだ?」

「分かりました!」


 ユネクは顔を上げると、鋭い視線で周囲を眺め始めた。

 耳も動かし、探りを入れている。その顔付きは肉食獣を連想させた。

 どんなに子供でも、獣人の血は健在らしい。


 ほどなくして、ユネクはネズミの一種を見つけた。

 俺たちの接近に気付き、ネズミの方も逃げていく。

『気配察知3』の範囲外だな。獣人の聴覚で捉えたか。

 動物でも発見は発見、俺が褒めるとユネクはさらに張り切った。


 急ぐ旅ながらも平和なやり取りが続き、索敵の精度は徐々に増していく。

 素直な分、吸収は早そうだった。

 この調子なら、旅の間にランクが上がるかもしれない。

 リードヴァルトで雇うのも良いが、本人が望むなら冒険者も悪くないか。

 オゼに頼めば鍛えてくれるし、テッドたちと話が合えば、クランに誘われるかもしれない。優秀な斥候は、彼らの力にもなるはずだ。


「アルター様! おっきいのがいます!」


 そんなことを思っていると、再びユネクが報告してきた。

 警戒する『破翔』を手で押さえ、皆を先へと促す。


「報告は正確にな」

「も、申し訳ありません! ええと……僕より大きいのがいます」


 ユネクの訂正に、セキエスは周囲を見渡す。


「ゴブリンか?」

「ゴブリンだ。前方の茂みに潜んでるな。接敵はもう少し掛かりそうだ。ユネク、数は分かるか」


 問いかけると、ユネクは目を細めて耳を前方に向けた。


「七……いえ、六です。一つだけ、ちょっと大きいです」

「正解。すべてゴブリンだが、一体は強そうだ。深殿の森が近い。スキルか魔法持ちかもしれんな」


 了承するセキエスの後ろで、ヴェロットが目を細める。


「参りました。数どころか、どこにいるのかも分かりません」

「他で圧倒してるだろ。欲張りすぎだ」

(もっ)(たい)なきお言葉」


 照れ隠しか、仰々しくヴェロットは頭を下げてきた。


 進みながら、『破翔』は盾を握り直し、柄や弓に手を伸ばす。

 ほどなく、茂みからゴブリンたちが元気よく飛び出してきた。

 直後、バルナーの射撃で一体が転倒するも、四体が先頭のセキエスに殺到する。


「アルター様は周囲の警戒と守りを!」

「分かった。後ろの一体も忘れるな」

「了解!」


 セキエスたちに任せ、俺は後方に下がる。

 背後にはランベルト、その後ろにユネク。最後方をフェリクスが固めていた。


 入り乱れる『破翔』とゴブリンを、ざっと『鑑定』で眺めた。

 それなりの強さだ。

 こいつらなら、セレン周辺のオークにも勝てるだろう。

 後方に控えるゴブリンは、さらに頭一つ抜けている。

土塊の短矢(アースボルト)》の使い手で、武器は魔道具の短剣。

 だが、俺たちの脅威ではない。


 Cランクともなれば短矢(ボルド)系に慣れているし、短剣は耐久力強化辺りだ。名称がそのままである。

 Dランクくらいなら苦戦しそうだが、奇襲は見破られ、迎え撃ったのはCランクでも実力者の『破翔』だった。


 案の定、それなりのゴブリンは次々と討ち取られていく。

 こうもあっさりやられるとは、予想外だったらしい。

 前衛が崩されると後方のゴブリンは混乱、苦し紛れに魔法を放った。

 咄嗟に身を捻るアンベルの横をすり抜け、俺目掛けて土の矢が飛翔、《礫土の盾(アースシールド)》で弾け飛ぶ。


「せめて石まで強化しろ。焦ったにしても、土でどうにかなると思ったか?」

「すみません、アルター様!」

「気にするな。アンベルが怪我をしては困る。それより逃げていくぞ」


 背を向け、一目散に走る魔法のゴブリン。

 バルナーの矢が(かす)めるも、刺さるまでには至らない。

 俺が魔法で追撃しようと狙いを付けた矢先、セキエスの手斧が綺麗な放物線を描く。

 それは吸い込まれるように後頭部に命中し、ゴブリンは短い悲鳴を上げ息絶えた。


「お見事」

「いえ、警告をいただいたのに油断しました」

「あれは不可抗力だろ。それに守りを頼まれている。仕事をさせてくれ」

「ありがとうございます」


 セキエスは頭を下げると、テパ・タートルに注意しながらゴブリンに接近、手斧ごと街道まで運んできた。

 解体する時間が惜しいので、持ち物だけ確認する。

 結果、魔法ゴブリンの短剣は『耐久力強化2』の魔道具と分かった。

 ゴブリンらしく汚らしいが、傷みが少ないので入手して間もないようだ。


 そういえば、ユネクに武器を持たせてない。

 戦利品の短剣は無理でも、何か渡しておこう。

 魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)の収納物を思い返しながら振り返り、俺は動きを止める。

 ああ、そうだよな。


 硬直したユネクを、フェリクスが困った顔で見下ろしていた。

 立っているだけましに見えるが、恐怖が限界を越え、うずくまることもできないのだろう。

 口論を聞いただけで怯えきっていた。殺し合いを間近で見たら、こうもなるか。

 どんなに資質が高くても、暴力の気配で萎縮してしまうのでは、斥候も冒険者も務まらない。武器を持たせても無意味だな。

 ランベルトは剣を収めつつ、顎をユネクに向ける。


「優秀なのは分かった。だが、あれでは困る」

「どうにかしよう」


 ユネクを落ち着かせるため、鎮静効果付随のヒーリングポーションを与えた。

 恐怖心は消えないが、大きな感情の揺れを抑えてくれるはずだ。

 すぐに効果は出たようで、少しびくつきながらも礼を言ってきた。



  ◇◇◇◇



 ゴブリンの死骸を魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)に放り込み、移動を再開する。


 ユネクは歩けるくらいには落ち着いたが、挙動不審だった。

 それを眺めながら、幼い頃の自分を思い出す。

 初めて命を奪った魔物はゴブリンだった。

 実際の俺はかなり怖かったと思うが、『精神耐性』のおかげで平常心を保てた。


 気になって皆に話を振ったところ、セキエスとバルナーもゴブリンで、相当な恐怖だったと当時を語る。またアンベルはオークと戦う先輩冒険者の後ろで動くことができず、ヴェロットは狼に追いかけ回され森を逃げ回ったという。

 そしてランベルトとフェリクスもゴブリンだったが、生き延びるのに必死で、ほとんど覚えていないそうだ。


 そんな話を聞いているうち、ユネクはすっかり持ち直した。

 魔物との戦いは殺し合い。誰だって、最初は怖いに決まってる。


 その後、ユネクは索敵に奮闘し、いくつかの動物を発見、魔物と遭遇しないまま辺りが暗くなる。

 街道の先を眺めてみたが、中途半端な距離らしく野営地は見つからなかった。

 道の状態が悪くとも移動速度を早めている。

 ユネクは足を引っ張っていないので、原因はゴブリンだろう。


 ここで休息したら意味がない。

 俺は『気配察知』に集中、ユネクは『暗視』で警戒しながら、暗い街道を進む。

 そしてほどなく、俺たちは野営地に辿り着いた。


 (ひと)()のない野営地を眺め、異常がないか確認する。

 その後は広場の下に《妨土の壁(アースウォール)》で石壁を敷き詰め、ようやく皆は荷物を降ろした。

 早速、バルナーは広場脇の木に布を張っていた。

 俺は周囲を見渡してから、声を掛ける。


「少し待ってくれるか」

「あ、はい。了解です」


 バルナーが作業の手を止めると、俺は枝を掴んで飛び乗り、周囲を見渡した。

 今日も暗いな。

暗視(ナイトヴィジョン)》を発動すると、闇が払われ、視界に草原が出現する。


 草原がどこまでもうねっているだけで、監視する者は見当たらなかった。

 起伏や茂みに潜まれたら見破るのは難しいが、少なくとも『気配察知』の範囲に反応はない。

 凄腕の追跡者なら、俺の『気配察知7』でも看破できないが――どうだろうな。

 見かけた男を『鑑定』したわけじゃない。

 あれが襲撃者でも、それほどの実力だったか。


 枝から下り、バルナーに「邪魔した」と声を掛けた。

 そしてランベルトに視線を送ると、視線で焚き火の外へ誘導、魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)からポーションを取り出し、ランベルトに渡す。


「念のため、いくつか持っていてくれ。ああ、フェリクスも」


 二人は受け取ると、ランベルトは懐にしまいつつ目線で俺を促してきた。

『破翔』がこちらを窺ってないのを確認し、切り出す。


「この前、聞きそびれたことだ。気を悪くしないでくれよ。長兄と次兄が組んでいる可能性はあるか?」


 兄たちが気にするほど、ランベルトは成長した。

 であれば、長兄にとっても障害になるのではないか。


 続けてそんな話をしたが、ランベルトは「ありえん」と即答する。


「長兄が俺を排除したがる動機がない。お前の言うことも分かる。評価に感謝もしよう。だが、父は正反対の評価を下すはず。父は戦いがお嫌いだ。争うことがじゃない。剣を抜くのは最後の手段、愚策と考えられている。俺がどういう人間か知ってるだろう。どれほど知恵を絞ろうと、本質は戦士だ。後継者に据えたいとは、決して思われない」

「そうか、余計な勘繰りだった。では、無事に旅を終えても身辺には気をつけてくれ。次兄に暴走されては敵わんからな。フェリクスも頼むぞ」

「お任せください。命に代えても、ランベルト様をお守りします」


 ランベルトの後方に立ち、フェリクスはいつもどおりに請け負った。


 その後、何ごともなく夕食を終え、就寝となった。

 ユネクは早めに休ませ、俺と同じ時刻に起こす。

 そして周囲を警戒しつつ、焚き火を囲んで雑談した。

 俺はもちろん、ユネクも将軍茶である。


 明らかに苦そうなので紅茶を勧めたのだが、やはり同じものをと要求された。

 そんな流れもあり、将軍茶を作るに至った経緯や愛飲家、セレンでの扱いについて話す。

 テッドたちについては触れた程度だが、ユネクは同年代の子供たちに興味を持ったようだった。

 小銭程度ながら将軍茶で生活費を稼いでいたと知り、感慨深げにコップの中身を眺めていた。


 それからほどなく、追加の将軍茶を淹れていたとき、俺とユネクはほぼ同時に空を見上げた。

 面倒な。


「アルター様、雨です」

「そのようだ。本降りにならないと良いが」


 バルナーは空模様を心配し、布を張っていた。

 おかげで焚き火が消えることはないが、皆が寝ている場所は布の外だ。


 そして残念ながら、俺の懸念は当たった。

 雨脚が強くなると、皆は起き出し、俺に預けていた毛皮やマントを受け取る。

 身を寄せ合うように焚き火の周りに集まり、もう(ひと)(ねむ)りしようと目を閉じたが、さらに強まる雨脚に断念した。

 湿気や雨音もあるが、これに紛れて襲撃者が近付くのを警戒したためだろう。

 結局、直前まで見張っていたバルナーとヴェロットだけが、少しでも睡眠を取ろうとどうにか眠り、交代の時刻に俺とユネクも眠ることにした。

 ユネクは疲労から、俺はセキエスたちが起きている安心感と『精神耐性』により、すぐ眠りに落ちる。

 そして翌朝、変わらぬ雨音の中、俺は目覚めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ