第140話 帰路 ~ケーテンへ
少しだけ投稿を再開します。
今回は全7話で、字数は5万文字です。
予定していた半分ほどのため、中途半端なところで終わってしまいます。
そうした事情から感想・コメントの返信は一時休止とさせてください。
残りの投稿が終わり次第、改めて返信させていただきます。
セレンを出立した俺たちは、南の森に踏み込んでいた。
バルナーとヴェロットが報告したとおり、森は冬の様相である。
何台かの馬車が通過したのか、街道には深い轍がどこまでも続いていた。
俺たちはそれに沿って森を南下していく。
中途半端に溶けているより、雪が残っている方が歩きやすい。
セキエスたちは苦もなく、ランベルトとフェリクスも鍛えているだけあって、さほど労せず進んだ。
少しヴェロットの体力は不安だったが、たぶん大丈夫だろう。
それに俺たちは身軽である。
森の入口を進んだところで荷物を整理し、すぐに使用しない物は魔法の鞄に収納していた。背負っているのは必要最低限の保存食や水、各自が手元に置いておきたい荷物だけである。おかげで散策と大差ない。
白い息を吐きつつ森を進んでいると、先頭のセキエスが「そういえば」と振り返った。
「今更だが、訊いておきたい。どう接すれば良いんだ?」
「そうだな……冒険者は何かとまずい。アルターで頼む。ただ、あまり畏まる必要はないぞ。戦闘時は特に」
「俺もだ。身分を隠しての旅は、かえって面倒を呼び込む」
「了解しました。ランベルト様、アルター様」
笑みを浮かべ、セキエスは頭を下げてきた。
そんなやり取りを受けてか、ランベルトが言葉を継ぐ。
「やけに親しそうだが、野外演習か?」
「いや、その少し前に知り合った。もうすぐ二年になるか。途中に牧場があっただろ。あそこが魔物に襲われて――」
俺は牧場の防衛戦について話した。
家畜の死から始まり、デクラマを堆肥舎で待ち受けて殲滅したこと、蜻蛉の魔物ドレッペンを相手にしていたら、いきなり大物に出会したことにも触れていく。
クドルガとの戦いは誰にも話していないので、牧夫たちに話した内容を思い出しつつ語っておいた。
すべて聞き終わると、ランベルトは森へ視線を向ける。
「Bランク推奨か。とんでもない魔物と戦っていたんだな……」
「下手したらBランクな。僕が戦ったのはCランク中位くらいだぞ。あ、忘れてた」
矢を番えて放つと、遠くでゴブリンが倒れた。
同時に仲間のゴブリンが奇声を上げ、一目散に逃げていく。
雪を掻き分けゴブリンに接近、眉間から矢を引き抜いて魔法の鞄に収納すると、皆のところへ戻った。
「意外に美味かったぞ」
ランベルトは頑強の剣を構えた姿勢で呆けていたが、すぐに気付いて首を振る。
「話の合間に戦うんじゃない。それに食ったって……どっちが魔物か分からん」
「きちんと消費してやらないと失礼だろ。勿体ないし」
「それでも蛇はない」
「あ、でも本当に美味かったですよ。クドルガ」
横からセキエスが同意してきた。
すると他の者も次々に頷き、味や食感、どの料理が美味かったかで議論を始める。
そんな話を聞けば誰でも興味を持つ。
呆れ気味だったランベルトも加わり、クドルガ料理談義がしばらく続いた。
◇◇◇◇
やはり悪路は時間が掛かってしまうらしい。
初日で森を抜ける予定だったのに、気が付けば日が傾いていた。
セキエスの提案を受け入れ、俺たちは南の森で野営することになった。
手頃な巨木を探し、その根元で焚き火の準備を始める。
火の管理と夕食をヴェロットに任せ、他の者は手頃な枯れ木を集め出した。
セキエスは俺たちに休むよう薦めてきたが、俺は今更、ランベルトも野営の経験者である。しかもフェリクスと二人で、ケーテンやセレンの森に潜っていた。
貴族の息子でも、守られるだけの箱入りではない。
その甲斐あってかその所為か、ほどなくして大量の枯れ木が山積みになった。
「ちょっと集めすぎか」
「多い分には困らんぞ。森を抜けたら、ほとんど草原だ。燃料なんてどこにもない」
そう言って、ランベルトはさらに積み上げる。
「途中に町はあるんだろ?」
「ジューテルとシルヴェックがある。そこで薪の補充はできるが、この道ではな」
「移動に手間取ると足りなくなるか。分かった、収納しておこう」
使う分だけ残し、俺は魔法の鞄に枯れ木を放り込んだ。
その後、焚き火を囲んで夕食となる。
ヴェロットの拵えたスープを味わい、雑談に興じた。
そして夕食も終わりかけた頃、セキエスが改まった態度で発言の許可を求めてきた。
ランベルトが許可すると、一礼して口を開く。
「長旅の場合、事前に情報のすり合わせを行います。ですが、私たちが雇われたのは出発直前で、依頼の機密性もあってそれが叶いませんでした。この場を借り、情報の共有をしたいと考えます」
「良いだろう。続けてくれ」
「では――まずは旅程です」
そう言って、セキエスは話し出す。
南の森を抜けてジューテルの町へ、そこから南東に進みシルヴェックの町、東に進んでラザラーグ山を越えるか迂回、その後、エズレイト男爵領を北上すると、ようやくケーテン子爵領だった。
通常であれば徒歩でも一週間前後だが、大寒波の影響が残っているため日数が伸びるのは確実だった。
またランベルトの補足によると、エズレイト男爵の寄親はケーテン子爵らしい。
百五十年ほど前、エズレイトの町を管理していたケーテン子爵の弟が叙爵により独立、後押ししたのはケーテン子爵で、南方からの魔物を防いでくれた感謝とのこと。
穿った見方をするなら、領有するより出費が少ないと判断したのだろう。
それはともかくとして、先ほどランベルトが言ったように街道のほとんどが草原だった。
見通しの良い場所での襲撃は難しい。
危険度が一番高いのは、ラザラーグ山だと思うが……。
セキエスも同じ考えらしく、真っ先にラザラーグ山の山越えを、続けて山の南側を通る迂回路を危険な場所として挙げた。
ふと気になり、セキエスに問いかける。
「山の北側はどうなってる?」
「森林地帯なんですが――」
「湖沼地帯でもある」
セキエスの言葉をランベルトが引き継ぐ。
「三年前、セレンに向かったときは山越えだったが、北の森には入るなと御者が何度も念を押してきた。下手に近付くと、沼地に呑み込まれてしまうそうだ」
「なるほど、今年は特に危険そうだな。雪に埋もれている可能性が高い。気付いた頃には沼の中か」
俺は『跳兎』や魔法があるので抜け出せるが、他の者は無理だろう。
北を通るのは論外か。
「最後に、ラザラーグ山周辺の次に危険なのはここです。積雪で襲撃しづらい状況とはいえ、充分に警戒して進みましょう」
「了解した。長旅だが頼むぞ」
「お任せください」
そう言って、『破翔』は一斉に頭を下げた。
結局、具体的にどうするかは話題にでなかった。
それも仕方ない。こちらが掴んでいる情報は皆無で、本当に襲撃してくるかすら定かでなかった。
また、『破翔』にはお家騒動と伝えていないので、これで対策しろというのは無茶振りである。
少し悩み、口を開く。
「無関係だと思うが、これも共有しておきたい」
俺は数ヶ月前に遭遇した男について話した。
平民の姿で学院前を歩いていたこと、直感だが、最低でもCランク上位の斥候であること。
もちろん、冒険者や別件の可能性もあった。
それでも襲撃者の一人なら、相当な実力者である。
ヴェロットから背格好について問われたので、覚えているかぎりを答えた。
思い当たる節があるのかと思ったが、残念ながら見ず知らずの人物だった。
少なくとも、冒険者で該当する人物はいないという。
何者にせよ、気配を殺しながら平民の格好で歩く奴はまともじゃない。
今度こそ話は終わり、就寝することになった。
皆が毛皮などを引っ張り出して準備する間、俺はランベルトに呼びかけると、セキエスたちに「内輪の話」と断りを入れ、焚き火から離れた。
炎の明かりが届くか届かないかの距離まで移動し、俺は切り出す。
「確認したいことがある。ケーテン南方のエズレイト男爵だが、どんな人物だ?」
「妙なことを訊くな。なぜ知りたい」
「どの道を通ろうと、必ずエズレイト男爵領を通過する。待ち受けるのに格好の場所だと思うが」
少し考え、ランベルトは首を振る。
「通過するといっても、どこを通るか分からんぞ。男爵領はほとんどが草原、人の目も多い。エズレイト男爵を巻き込もうにも、彼は気骨のある男だ。次兄の口車に乗せられるとは思えん」
「そうか。なら、もう一つ。出発前にも確認したが、本当にケーテンは安全なんだな?」
「安全だ」
今度は即答だった。
「次兄は俺を殺したいわけじゃない。父の後継者になるのが狙いだ。ケーテンで俺が暗殺されれば、父や兄は徹底的に調査する。特に長兄が目を光らせているからな。もし発覚すれば、信頼は地の底まで落ちる。後継者どころの騒ぎではない」
「なるほど。お前だけでなく、父親と長兄を同時に殺さないと自分の首を絞めるだけか。ということは、ケーテンの外でも暗殺と知られては困るわけだ」
「そうなるな。行方不明なら、次兄はなんとでも言える」
ランベルトの答えを聞き、俺は納得した。
やはり道中――それも、人のいない場所での襲撃。
町や町の近くでは人目だけなく、遺体を処理するのも手間が掛かる。
道中なら身分を示す物を奪うだけで充分だ。魔物や動物が食い荒らすから、遺体が発見されても個人の特定は難しい。
「了解した。何があっても送り届けよう」
「感謝する。お前が頼りだ」
俺とランベルトは頷き合い、野営地に戻った。
◇◇◇◇
弱々しい陽光を受けながら、俺は目を覚ました。
焚き火の音に耳を傾けつつ、横たわったまま伸びをする。
横目で見れば、最後の見張りだったランベルトとフェリクスが、焚き火を囲んで暖を取っていた。
息が白い。
俺は『氷結耐性2』のおかげでそれほどでもないが、かなり寒い朝のようだ。
起き上がると、二人に並んで腰掛ける。
「異常はなかったか?」
「寒さを除けばな。何か飲むか。湯なら沸いてるぞ」
「ありがたい」
昨日の緊張感はどこへやら、暢気な会話を交わしてコップを取り出した。
それにお湯を注ぎ、茶葉を少量加える。
将軍茶で身体を温めていると、他の者も目覚め始めた。
昨晩、戻った後に一悶着あった。
俺とランベルトも見張ると主張したためだ。
自分で言うのもなんだが、俺は誰よりも斥候スキルに長けている。外す理由がない。
セキエスは早々に俺を諦めるも、ランベルトには休んでもらいたいと訴えた。
それに対し、「長旅で護衛が消耗されては困る。全員で負担すべきだ」とランベルトは撥ね除ける。
依頼主に言われては引き下がるしかない。
だが、問題はそこで終わらなかった。人数である。
セキエスとアンベル、バルナーとヴェロット、ランベルトはフェリクスと組む。
俺の相手がいなかった。
セキエスたちが交代で二回見張ると言ってきたが、俺は断った。
二、三日の野営ならともかく長旅である。不規則にすれば、微弱でも疲れが蓄積してしまう。『破翔』には、万全の状態を維持してほしかった。
結局、セキエスたちは折れたのだが、決め手はランベルトの素っ気ない発言である。
「いつものことだぞ。演習のときも、一人でほっつき歩いてたからな」
エルフィミアとの戦いを思い出したのか、『破翔』は苦笑いだった。
大体合ってるんだが――本気の単独行動はちょっとしかしてないぞ。
そんな反論を心にしまいつつ、全員で見張りを分担することになった。
俺たちは簡単な朝食を取り、野営地を引き払った。
隊列の先頭はセキエスで、ヴェロット、アンベルと続き、中央に俺、次にランベルトとフェリクス、最後がバルナーである。
俺が中央に陣取っているのは、全方位を警戒するためだ。
歩き始めた頃は白かった息も、時間が経つにつれ薄くなり、いつしか消える。
そんな行進が数時間続いた頃、樹間が広くなってきた。
ようやく森を抜けるらしい。
「やっと抜けられそうで嬉しいかぎりだが、その前にお客さんだ」
緊張が走り、皆は武器を構える。
そして俺が示す先を注視するなり、アンベルは間髪入れずに後退、顔をしかめた。
冒険者として駄目だと思うが――ランベルトより下がらないだけましか。
「なんなの、あれ!」
「蛇だろ。ちょっと、でかいけど」
大木の樹上で、大蛇がとぐろを巻いていた。
位置からして、通りかかった旅人を狙っているようだ。
草原が見えて油断したところを樹上から襲撃、か。
よく考えてるが、今更のメルーガとは。
「もしや、あれが――」
昨日の雑談を思い出したらしく、ランベルトが食い付いた。
「だったら何かと美味いんだけどな。あいつはメルーガだ。でっかいだけの大蛇で、ただの大食らい」
「美味くはないのか」
「どうだろう。通行の邪魔だし、狩っておくか?」
ランベルトの首肯にセキエスは前に出ようとしたが、それを押さえた。
解体すると分かるが、蛇の顎は連結していないので、かなり大きな獲物でも呑み込める。
メルーガの頭部は横幅四十センチほど。大人どころか、馬でもひと飲みにしそうだ。
しかもこの手の魔物は筋肉の塊なので、見た目以上に敏捷である。
最も速い者が囮になるべきだ。
俺が近付くにつれ、メルーガは体勢を変えていく。
そして大木に振動を与えないよう全身を発条のようにくねらせ、音もなく飛び降りてきた。
巨大な口を躱し、それを足場に飛び退く。
メルーガは頭から地面に激突、派手に雪と土砂を巻き上げた。
衝撃で脳震盪を起こしたらしい。
地面にめり込みはしなかったが、そのまま動かなくなってしまう。
なんか……前にも見たな、この光景。大蛇一門のお家芸なんだろうか。
「後は頼む」
「了解!」
入れ替わるようにセキエスが突進、幅広の剣で首筋を切りつけた。
さらにバルナーが走り抜けながら追い打ちの斬撃を浴びせると、激痛にメルーガはのたうち回る。
正気に戻ったメルーガは食らいつこうと首を伸ばすも、セキエスが盾で防き、その隙を突いてバルナーが剣を振るう。
問題なさそうだな。
『破翔』は優秀だが、純粋な戦闘要員はセキエスとバルナーだけで、火力不足は否めない。
それでもセキエスの安定感とバルナーの機動力、加えて――。
「破られた! 頼む!」
「任せて!」
尾の一撃でセキエスを守る半透明の防壁が弾け飛ぶと、すかさずアンベルが《聖威の薄片》を掛け直した。
彼女の支援があれば、守りだけでなく戦闘中でも回復可能だ。
常に戦力を維持できるため、多少なら無理もできる。
三人が奮闘する中、ヴェロットは短剣を構え、遠巻きに戦況を眺めていた。
アンベルを守っている体だが、手持ち無沙汰は明らかである。
まあ、あれだ。彼の真価は戦闘以外で発揮されるから。うん。
そんな『破翔』の戦いを眺めていると、ランベルトが隣に立つ。
「手伝わなくて良いのか?」
「彼らだけで充分だ。それに、こういうときこそ気をつけないとな」
言いながら、森に視線を向けた。
その動きにランベルトとフェリクスは警戒する。
「ああ、大丈夫だ。今はな。二人は極力、戦いを控えてくれ。乱戦になると守り切れん」
「見てるだけでは落ち着かんが……仕方ない。承知した」
生命力の高い蛇の魔物だけあって、メルーガは奮闘した。
それでも『破翔』の安定した戦いで削られていき、起死回生の突撃もセキエスの手斧に真っ向から迎え撃たれてしまう。
その一撃が決め手となり、メルーガは瞬く間に追い込まれていった。
ほどなくして、俺は前に出た。
そしてのたうち回るメルーガを魔法の鞄に収納する。
「もう死んでいたのか」
「蛇は分かりづらいよな。クドルガのときも判断に迷ったよ」
メルーガは動いていたが、ただの反射作用だ。
魔物によっては死が分かりづらい。
ちなみに生死を判断したのは、『鑑定』である。
生きているように見えても、死ねばステータスは消滅、死骸扱いだった。
全身が死にきらない魔物を相手にしたとき、判断に迷わないから助かる。
セキエスたちに大きな怪我はなく、損耗は武器の刃こぼれとアンベルの魔力だけだった。
彼らが装備を点検するのを待ち、俺たちは再び歩き出した。
そしてメルーガを越えるとすぐに森は途切れ、一面の草原が視界に広がる。
俺は大きく深呼吸し、周囲を見渡した。
波打つように連なる丘陵。
遠くに石壁と小さな砦が見える。あれがジューテルの町だろうか。
振り返ると、薄暗い森が草原に沿って延びていた。
セレン領と直轄領の境目だ。
「ジューテルが見えてきましたね。行きましょう」
言いながら、セキエスが歩き出す。
俺は視線を戻し、そのまま足下へ向けた。
外に出るのは初めてではないが――。
草原を踏むと、なんとも言えない気持ちが胸中を過った。
三年に及ぶ学院生活は終わり、俺は今、正式にセレン領から踏み出していた。




