第138話 学院三年目 ~卒業
広い講堂の内部は、壁に掛けられた無数の魔法の角灯と、色ガラスから差し込む陽光に照らし出されていた。
光量の割に冷える。
例年なら並べられた座席が埋まり、もう少し暖かかったと思う。
閑散とする講堂で、俺は学院最後の行事、卒業式に参列していた。
三年の大多数、五年と少数の四年、式を執り行う講師と来賓に加え、卒業生を迎えに来た保護者の関係者が講堂に集まっている。
総数は百名ほどか。
寒波に見舞われていなければ、敷地内に馬車が連なり、着飾った貴族らが我が物顔で闊歩していたはずだ。
迎えを断っているので、当然、俺の関係者も来ていない。
この集まりの悪さを見ると、断るまでもなかった。
庭師から学院長に転職したコルミス・ハリカルが、皇帝陛下から送られてきた祝辞を読み上げる。
そして羊皮紙に恭しく一礼すると、学院長として祝辞を述べ、続けて来賓代表である評議会議長、ラヴィ・バーティンケインが登壇する。
慣例か寒波の影響なのか、挨拶したのは二人だけだった。
貴族はこういう場が大好物だし、たぶん慣例だろう。
その後、卒業証書とカルティラール卒業を示す胸飾りの授与となる。
卒業証書は二つ折りの皮革で装丁され、胸飾りは銀を土台にしたシンプルな作りだった。
次々に名が呼ばれて、卒業生が登壇する。
稀に来賓から拍手が起きるものの、静かに式は進行していく。
入学式に負けず劣らず、こちらもかなり事務的だ。
俺も含めて全員に授与が終わると、やはりというか、あっさり閉式となった。
司会のフヴァルが指示を出し、卒業生が講堂から退場する。
流れに乗って学舎を出ると、そこでようやく、見覚えのある光景が広がっていた。
卒業生たちが友人との別れに涙し、また軽口を叩いて笑い合っている。
俺は前世を含めると三度目だ。初めての彼らには、さぞかし辛い経験なのだろう。
そんな学友たちを眺めていると、背後から声を掛けられる。
「出発はいつ?」
振り返れば、エルフィミアとロラが立っていた。
ロラはエルフィミアの腕にしがみつき、見事に号泣している。
「明後日だ」
「見送りするって張り切ってたけど、父は間に合いそうにないわね。たぶん、悔しがるわ」
「そんな子供じゃないだろ」
「あれでも子供なのよ。じゃ、明後日ね。代わりに見送るわ」
「ああ」
俺が頷くと、ロラも嗚咽しながら何か言ってきた。
意味不明の言語だが、別れの言葉らしい。
笑いながら声を掛けようとしたとき、
「あら、アルターさんが女の子を泣かせてるわ」
突然、不本意な発言が投げかけられた。
向き直り、頭を下げる。
「泣かせたら駄目でしょう」
「申し訳ございません。何分、田舎育ちゆえ」
俺が謝罪すると、なぜか庇われたはずのロラが恐縮する。
どうにか頭を下げ、そそくさとエルフィミアの背後へ隠れてしまった。
緊張はともかくとして、縋っている相手も同格なんだけどな。
そんなロラに、珍しくドリスは困っていた。
リーズがいれば上手く助け船を出すだろうが、今はカーマルとねじ金だけで金髪ドリルも見当たらなかった。
まだ固まるロラに「冗談ですよ」とドリスは笑いかけ、そのままの笑顔を俺に向けてきた。
「この三年で悔いが残るとしたら、あなたを迎えられなかったことね」
「勿体なきお言葉」
「今からでも間に合いますよ?」
「お断りします」
慣れたやり取りに、俺とドリスは笑い合う。
「その節はお世話になりました。ドリス様にお力添えいただけなければ、僕はどうなっていたか」
「あなたなら自力で対処したでしょう。暴れたりね?」
「まだ誤解なさっているようで。そういえば、誤解の張本人はどちらへ」
「リーズとシリジアは、祝賀会の招待状を届けに行きました」
「祝賀会――ですか」
首を傾げると、エルフィミアが羊皮紙をひらひらと動かした。
「欠席するわ。こういうのは苦手なの」
「それは残念です」
予想していたようで、言葉とは裏腹にドリスは平然と応えた。
学院は煌びやかな催しを徹底的に排除してる。公式でやるはずがない。
主催はディオルト伯か。
そんなことを考えていると、ドリスが目で詫びてくる。
「アルターさんはご迷惑かと思いまして」
「まあ、はい……そうですね」
同意しづらい発言に、少々言葉を濁した。
貴族にとって、祝い事は呼吸も同じである。
ディオルト伯に招待されたら、まず断れない。仕官とはわけが違う。
それに祝賀会と言えば、舞踏だ。公衆の面前で恥を晒してたまるか。
トラウマに震えていると、
「もしかして――勘違いしてない?」
と、エルフィミアが覗き込んできた。
ドリスが配慮して、俺を招待から外してくれたんだろう。
何を勘違いするんだ?
そんな俺を見て、エルフィミアは首を振る。
「分かってなさそうね。あんたは演武会の総合優勝で注目されてるのよ。しかも三年なのに圧勝したでしょ。注目されない方がおかしいじゃない。そんなあんたが貴族の群れに飛び込んだらどうなると思う? だから、ドリスは気を遣って招待しなかったのよ」
「いや、注目と言ってもな。騒がれたことなんて一度もないぞ」
「大雪の所為ね。例年なら、あんたの自宅は貴族に囲まれてるわ」
「父からは責っ付かれてますよ? アルターさんを引き入れろと」
そう言ってドリスは微笑を浮かべたが、目は笑っていなかった。
ちょっと怖い。
「あと、私にも感謝しなさいよ。宮廷魔術師は伯爵と同格。そんなのの娘が近くにいたら、下級貴族の子弟は寄ってこないでしょ。生徒は、ね」
意味深な物言いに周囲を探ると、無数の気配がこちらを窺っていた。
こいつら……俺を狙ってるのか?
思わず、背筋に怖気が走った。
その後、それとなくエルフィミアとドリスを盾にしていると、人混みを掻き分け、リーズと金髪ドリルが戻ってきた。招待状を配り終わったらしい。
二人の報告を受け、ドリスは優雅にお辞儀する。
「それでは皆さん、いつかまたお会いしましょう」
「またお目にかかれる日を楽しみにしております。それと、何かございましたらいつでもお呼びください。すぐに駆けつけます」
「はい。その際はお願いしますね」
そう言って微笑むと、ドリスは立ち去っていった。
一礼してカーマルとねじ金が続き、金髪ドリルはエルフィミアだけに頭を下げる。
そして最後に残ったリーズが俺の前に立った。
「あなたには迷惑かけられたけど、世話にもなったわ」
「こちらこそ。野外演習、楽しかったぞ」
「そうね。あのときは殺してやろうかと思ったけど」
貴族の令嬢らしからぬ言葉を吐き、リーズは笑う。
「縁があれば、また会いましょう」
「ああ、元気でな」
リーズは頷くと、エルフィミアに一礼、ロラに目礼を送った。
学年最高位の御一行が立ち去り、入れ替わってランベルトとフェリクス、エリオット、ニルスがやってきた。いなくなるのを待っていたようだ。
ロラも緊張が解けたのか、思い出したようにエルフィミアの腕にしがみついた。
その姿に苦笑しつつ、ランベルトに話しかける。
「明後日の早朝、南門でな」
「分かった」
そんな会話をしながら目線で問いかけると、ランベルトも目線で返していた。
出発まで、ランベルトは寮に引き籠もる手筈となっている。
卒業と同時に寮から人は減っていくが、寒波の影響で動きが取れない生徒が多い。下手に宿を取るより安全だった。
問題ないと分かると、皆にもひと声掛けていく。
そして最後に「手紙を書く」とロラに笑いかけ、俺は皆と別れた。
残された時間は二日。
意外にやることが残っている。
◇◇◇◇
学院を出る前、俺は講師たちを訪れた。
講堂で見かけていたので探したところ、デシンドは後片付けに奔走していた。
呼びかけ、手短に挨拶する。
三年目こそ軍学を辞めたが、演習などで直接会話することが多かった。
それに俺は演武会の総合優勝である。
エルフィミアによれば、とっても凄いらしいので、さぞかし鼻が高いだろう。
そう思ったのだが、「お前の将来が心配で仕方ない」と嘆かれてしまった。
釈然としないまま、今度は学舎へ入る。
ヘレナに別れを告げると、「これからも精進しろ」と簡潔ながら、らしくないお言葉を頂戴した。彼女にしてみれば、最大級の餞かもしれない。
次にラッケンデールの部屋に向かったところ、師弟並んで扉から顔を出していた。
俺を見た途端に引っ込み、素知らぬ素振りで迎え入れる。
「いつでも戻っておいで」
講師っぽい顔を作り、ラッケンデールは丸い顔をさらに丸くさせる。
コディも涙目で、必死に笑顔を浮かべていた。
三年経っても相変わらずだな。
俺が騎士を目指しているのを、二人は知っている。
だからもう会えないと思っているのだろう。
ラッケンデールには最後まで世話になったし、話しておくべきか。
計画中の交易について話すと、二人はいつもの調子に戻っていく。
そして聞き終わると同時、
「じゃあさ! セレンに戻ったら、うちに泊まりなよ!」
そう言って、ラッケンデールは丸い手をぱたぱたと振り出す。
「ありがたい申し出ですが、泊まる場所は決まってますので」
「そう言わずにさ! 広い家に住んでるし、何日でも大丈夫だよ!」
断ったが、まるで引き下がらなかった。
言わなければ良かったか。
もし泊まったら、寝る間も惜しんで『調合』と『魔道具作成』をやらされる。
疲れなんて取れやしない。
「考えておきます」
一応、住所を書いたメモを受け取って、俺は退出する。
その背に「絶対だよ!」と声は掛けられるも、聞き流して庭園へ向かった。
卒業式が終わったばかりなので、学院長は誰かと面会している可能性が高い。
そう思ったのだが、途中でばったり学院長と鉢合わせた。
しかも、さきほどと同じ格好である。
どうやら着替える時間すら惜しみ、リリーのところへ馳せ参じるつもりだったらしい。
正装していると凄腕の魔法使いに見えるが、中身は庭いじりが日課で、リリーを孫にしようと目論む困った爺さんだった。
学舎横で立ち止まり、学院長にも世話になったと礼を述べる。
この人にはリリーの仕事だけでなく、見えない屋敷の一件でも助けられた。
もし学院長が積極的に動いてくれなかったら、臨時評議会は開かれなかったと思う。
感謝を込めて頭を下げていると、学院長は俺の両肩に手を置く。
「いつでも戻っておいで」
「ラッケンデール先生にも言われましたよ」
「はは、そうかい。君はお気に入りだったからね。だけど私も本気だよ。君なら、いつでも講師として迎えるから」
「それは……ありがとうございます」
言葉に詰まり、陳腐な礼を言うのが精一杯だった。
講師か。想像もしなかった人生だ。
エルフィミアは大変そうと嫌がっていたが、案外、楽しいかもしれない。
そんな有り得ない人生を想像していると、学舎の中から小走りが聞こえてきた。
「君たち、学院長を見なかったかい!?」
「いえ、私たちは――」
問いかけたのはフヴァル、答えているのは下級生らしい。
何かあったのか?
視線を戻すと、学院長が壁に張り付いていた。
まさか、この人……。
「面会をすっぽかしたんじゃ――」
「元気でね、アルター君!」
学院長はしゅたっと片手を挙げ、庭園へ逃げていった。
威厳もへったくれもない後ろ姿に、俺は呆れる。
講師になったとしても……ここはやめておこう。
◇◇◇◇
学院を出た俺は、挨拶回りに向かった。
まずは大通りを進みラルセン商会のラウリ、次いでブレオス商会でロラの両親に別れを告げた。特にブレオス商会は石灰おばさんの店と並び、俺だけでなくテッドたちも常連である。「今後もテッドたちを頼む」と伝え、店を後にした。
その後、冒険者ギルドに向かう。
学院の次に通った道だが、それも今日が最後だ。
街並みを記憶に刻もうと、周囲を眺めながら進んでいく。
そして冒険者ギルドの看板が見えてきたとき、俺は足を止めた。
あれは――ハリエット?
演武会で出会った少女が、四人の男と談笑しながら冒険者ギルドを出てくるところだった。
仲間が見つかった――にしては、少し年が離れているような。
大丈夫か、あれ。
五人は、俺と逆方向へ歩いていく。
話しかけるか悩み、ハリエットに《座標点》を発動させた。
ギルドから出てきたなら、誰か経緯を知っているはず。
情報がなければ追えば良い。セレンから出ない限り、消費魔力は微々たるものだ。
それと気の所為かもしれないが、男たちに見覚えがあった。
ギルドに入ると、昼過ぎなのもあり、中は閑散としていた。
そして受付のレベッカは俺を見るなり、ふて腐れたような表情を浮かべた。
「もう来ないかと思ったわ」
「何かと忙しかったもので」
「別に構いませんけどね。いつ出発するの?」
「明後日です」
「そう」
レベッカは手元の書類を片付けると、カウンターの下から何やら取り出した。
「はい、これ」
「ああ、そうでしたね。忘れてました」
「はぁ……みんな必死で依頼をこなしてるっていうのに。もう少し喜びなさい」
「喜んでますって。それに感謝もしてますよ」
礼を言いながら冒険者証を返し、新しい冒険者証を首から提げる。
刻印されているのはCランクを示す文字だ。
街道復旧依頼で昇格は決まったが、Cランクは目立つため、レベッカに頼んで昇格を止めてもらっていた。
また昇格は告知されないので、テンコはDランクと思われたまま、セレンを旅立つことになる。
後は情報が届く前に、両親に事情を説明する。
直接伝えれば、そんなに怒られないだろう。たぶん。
レベッカの話は終わったようなので、《座標点》を確認しつつ、俺は切り出した。
「ところで、レベッカさんがぽろりと失言した新人冒険者ですが――」
「それは謝ったでしょ」
「その件ではなく。彼女は仲間を見つけたんですか?」
それとなく扉を見やると、レベッカは察したようだ。
「ああ、見かけたのね。仲間じゃなくて助っ人よ。『ギーテス』っていうパーティーが、ずっと斥候を探していたの。何でも、隊商の護衛中に酷い目に遭ったらしくて――」
隊商……そうか。
見覚えあると思ったら、復旧依頼のCランクもどきじゃない方だ。
一年近くも探してたんだな。専門職は人手不足らしい。
「彼女もまだ新人だし、しばらく一緒に行動してみるそうよ」
「人格は問題ないですか」
「それは保証する。新人の頃から知ってる人たちよ。そうでなかったら薦めないでしょ」
そう言って、レベッカは太鼓判を押した。
いくらセレンでも、魔法を使える一般人は極めて少ない。
おそらく、レベッカは元冒険者だ。それに『ギーテス』とさほど年齢が違わないし、現役時代の知り合いなのだろう。
俺は納得し、《座標点》を解除した。
「では、そろそろ行きます。レベッカさん、お世話になりました」
「こちらこそ。向こうでも元気でね」
「はい、レベッカさんもお元気で。ああ、それと――近い将来、またちっこいのが冒険者登録しに来ると思います」
「……それ、本当?」
不意に、レベッカは笑顔を引きつらせた。
「ご心配なく。テッドたちがしっかり鍛えますし、実力が付くまで冒険者にさせませんよ」
「なら良いけどさ……。忠告するからね?」
「もちろんです。使い物になるかの判断もお任せします。それでは」
レベッカに別れを告げ、受付から離れる。
そして何気なく隣の食堂に『気配察知』を向けたが、『万年満作』や『破翔』はいなかった。
彼らには挨拶したかったが、留守では仕方ない。
いずれセレンに戻ってくるし、改めて会う機会もあるだろう。
諦めて出ようとしたとき、扉の横に男が立っているのに気付く。
俺は笑いかけ、横を通り過ぎる。
「じゃあな。ハレイスト」
「またな、テンコ」
軽く拳を合わせ、俺は冒険者ギルドを後にした。
◇◇◇◇
ギルドを出てからほどなく、俺は聳える学舎を見上げていた。
「まだ残っていれば良いが……」
ラプナス学術院。
俺と同じ『多重詠唱』の使い手、ラプナスの名を冠した学院だが、訪れたのは初めてである。
こちらも卒業式だったようで、敷地内に馬車が並び、生徒や保護者がうろうろしていた。
俺は門衛の一人に近付き、名乗りを上げた。
「カルティラール高等学術院三年、アルター・レス・リードヴァルトと申します。タルヴィット・サブロワに会いに来ました」
学生証は返還済みなので、卒業証明である胸飾りを示す。
すると、門衛たちは俺の顔を凝視してきた。
胸飾りでは身分証明にならないか。
指輪の紋章を見せても分からないだろうし――卒業証書を見せようにも、魔法の鞄に放り込んでしまった。あまり魔法の鞄持ちと知られたくないんだが。
困っていると、門衛が口を開く。
「もしや……演武会の?」
「あ、それです。三年の決勝でサブロワと戦いました」
「やっぱり! そうではないかと思ったんです!」
いきなり破顔し、門衛は握手を求めてきた。
困惑しながら、それに応じる。
なんだ――この反応?
そして門衛の一人がタルヴィットを探しに行くと、その間も演武会の話題で振られ、困惑しながら受け答えした。
エルフィミアの言っていた、注目されてるってやつか。
よもや守衛で実感するとはな。
まあ、考えてみれば、ラディなんとかの二連覇が掛かっていたし、タルヴィットは期待の三年だ。それを破ったのだから、知られていても不思議はない。思いっきり、敵だったけど。
しばらくして、門衛に連れられてタルヴィットがやってきた。
俺に驚きながらも入れと手招きし、外壁沿いの人気がないところへ導いた。
「そっちも卒業式だったか」
「まあな。うちの婆さんは話が長くて疲れちまう」
そう言って、タルヴィットは口を捻じ曲げる。
ラプナスの学院長か。
顔を合わせたのは臨時評議会だけだが、あの人も個性的だった。
うちの爺ちゃんと仲良しみたいだし、ラプナスに入っていたら、それはそれで面白かった気もする。
「それで、用件はなんだ?」
「聞きたいことがあってな。卒業後の予定は?」
「そんなことを聞きに来たのか。暇な奴だな」
怪訝な表情を浮かべながらも、タルヴィットは続ける。
「俺が帝都から出てきたのは、守備隊に入るためだった」
「へえ、帝都出身だったのか。知らなかったな。それで、入れそうか?」
「俺を誰だと思ってやがる。ただな……」
不意にタルヴィットは顔を曇らせた。
そして人の目を気にする素振りを見せ、声を落とす。
「お前から見て、セレンの守備隊はどうだ?」
俺は少し悩み、
「それなりだ。魔法使いを抱えているのは珍しいが、全体的に練度が足りない。セレン守備隊の主な仕事は街の治安維持。さらに周囲の魔物が弱いのとゴーレムに囲まれている所為で、対魔物の経験が不足してると思う」
と、牧場防衛戦の時に感じたことをありのまま伝えた。
同意見だったのか、タルヴィットは頷く。
「やっぱりか。守備隊に入るのは早そうだな。いずれは爺さんの下で働くが、それまでは冒険者でもやって鍛えようかと思ってる」
「間違いなく実戦経験は積めるな。仲間は?」
「いない。決心が付いたのは、演武会でお前に負けてからだ」
そう言って、タルヴィットは口を噤んだ。
演武会が終わってから、まだ日は浅い。
仲間なんてすぐ見つからないし、タルヴィットと釣り合う生徒がいるとも思えなかった。
それに冒険者という選択が浮かんだのは、テッドたちと出会ったからだろう。
あいつらは、すでにパーティーを組んでいる。
自分が入る余地はないと、初めから除外してるんだろうな。
「だったら、『疎屋の城』に参加してみるか?」
俺が切り出すと、タルヴィットは首を傾げてきた。
どこかの冒険者だと思ったらしい。
「テッドたちが作ったクランというやつでな。所属する者同士で協力し、情報を共有する。俺の自宅を拠点にしてるから、興味があるなら訪ねてみろ。ま、行ったら最後、無理矢理仲間にされるけどな」
「なんだそれは。迷惑な話だ」
言いながらも、タルヴィットは愉快そうに笑った。
「実のところ、会いに来た理由は別にある。お前がどのような将来を選ぼうと構わない。これを受け取ってくれ」
魔法の鞄から両手剣を取り出した。
タルヴィットは怪訝な表情で手を伸ばし、掴んだ途端、唸り声を上げる。
「認められたか。名は軽重の両手剣。ある程度まで重さを自在に変えられるが、事情があって癖が強い」
元は、ゴブリンリーダーが使っていた軽量の両手剣だった。
誤って破損させてしまい『魔道具改変』で修復、さらに街道復旧依頼の報酬であるヒルジャイアントの魔石を解放して破損部分を補った。
その結果、軽重の両手剣が誕生した。
ただ修復しきれなかったようで、時折、能力が勝手に発動してしまう。
俺には重量も相まって難物だが、体格に優れたタルヴィットであれば使いこなせるはずだ。
「これほどの剣をもらうわけには……」
「僕では扱いきれん。それに、例のゴブリンが使っていた剣だぞ」
それを聞き、タルヴィットの目の色が変わる。
「この剣を使っていたのか」
「能力は少し違うけどな。一部を破損させてしまい、修復したんだよ。前よりも強力になったが扱いにくくもなった。もし使いこなせれば、お前はあいつを越える」
タルヴィットは軽重の両手剣に食い入った。
「もし……冒険者にならなかったら?」
「関係ない、お前のものだよ。確かにテッドたちは気になるが、三年間過ごしたセレンにも愛着がある。お前が強くなればなるほど、セレンは平和になる」
「もし帝都に帰ると決めたら――」
「無意味な想定をするな。祖父の危機なら飛んでくるだろ。どこにいようとも」
「違えねえ」
タルヴィットはにやりと笑い、意を決したように頷いた。
「良いだろう。あいつらを鍛えてやる。そしてこの剣と共に、セレンを守り抜いてみせよう」
「頼むぞ。ただ――決心したところに恐縮だが、そこまで突出した魔道具じゃない。重量を変えられるだけだからな。物足りなくなったらリードヴァルトに送って――いや、僕が来たときに渡してくれ。その頃なら再強化できると思う。素材にする魔石や魔道具の用意も忘れずにな」
「……色々と聞き捨てならんが」
怪訝なタルヴィットに、交易について話す。
それが終わる頃、すっかり間の抜けた顔になっていた。
「お前、二度と来ないような口振りだったろ」
「父の決断次第だからな。まあ、拒否されても休みをもらって遊びに来るが」
なぜかタルヴィットは、呆れた様子で首を振っていた。
そしておもむろに真顔へ戻ると、無骨な手を差し出してくる。
「感謝する。お前に出会わなかったら、自分の弱さに気付けなかった。人生を遠回りしていた」
「僕も感謝しよう。そんなお前がセレンにいるからこそ、安心して旅立てる」
俺たちは握手を交わし、再会を約束した。




