第137話 学院三年目 ~『疎屋の城』
頷きかけると、サミーニが前に進み出た。
「待たせたな」
「とんでもございません。楽しゅうございました。それに、予備の魔道具を売っていただけるようですし」
「分かったよ。後でな」
しれっと要求するサミーニに、呆れながらも承諾する。
そんなやり取りを受け、皆の視線がそれとなく集まった。
「テッド。決意したところ申し訳ないが、お前にはまだある」
名指しすると、テッドの表情が強張った。
「僕の自宅と裏手にある集合住宅の権利を、お前に贈りたい。ああ、言いたいことはあるだろうが、ひとまず聞いてくれ」
先回りし、テッドの反発を抑える。
「僕にとって、この家こそがセレンの生活だった。自力で補修し、ここで多くを学んだ。だが僕が退去した後、権利は商業ギルドに戻ってしまう。魔道具同様、誰の手に渡るか分からない。お前たちに活用してもらいたいんだ」
「ま、待てって――さすがに家は!」
堪りかねてテッドが叫ぶも、片手を上げ、それを制す。
「そうだよな、さすがに家はない。僕だって断るぞ。だから代案を考えた」
きょとんとするテッドに、サミーニが書類を差し出した。
「こちらは賃貸契約書にございます」
「賃貸……?」
「所有者は僕のまま、お前が借主となる。騙し討ちしたくないから伝えておくが、いつの日か家や集合住宅を買い取りたいと思ったとき、売却額からそれまで支払った家賃が差し引かれる契約になっている。要は、契約が長いほど将来の購入金額が安くなるわけだ。もちろん強制するつもりはないが、考えてほしい。難民出身と難民街に住む冒険者、どちらにギルドは大きな仕事を頼む? 依頼主なら尚更だろう。上を目指すなら、どれほど愛着があっても難民街から抜け出すべきだ」
テッドは押し黙り、ちらりとクインスとカイルに視線を向けた。
結局は、そういうことだ。
今のテッドたちなら、安宿くらいは余裕で泊まれる。
それでも難民街に留まっているのは、クインスとカイルがいるからだ。
もしかすると、まだ面倒を見ている子供がいるかもしれない。
だから自宅だけでなく、集合住宅も買い取った。
雑魚寝になるが、かなりの人数が安全に寝泊まりできる。
「良い話だと思います」
悩むテッドに、エリオットが賛成する。
「テッドさん、難民街はやはり限界があります。タクラズとウォルバーの紛争で治安は前より悪化していますし、ここなら近隣住民とも知り合いです。治安はずっと良いです。それと私事になりますが――僕とニルスは住むところが決まっていません。集合住宅に部屋を借りられるなら、とても助かります」
「そうだなぁ。安宿より住みやすそうだ」
エリオットの言葉にニルスも同意を示すと、なぜかヨナスも手を上げる。
「じゃあ、僕も部屋を借ります」
「え――お前、寮はどうした?」
「卒業したら、お二人はどこか定宿を探すでしょう。僕もお世話になろうと思って。節約ですよ」
図々しい発言に、ニルスだけでなくエリオットも呆れていた。
そんな会話を聞き、テッドは大袈裟にため息をつく。
「最後まで世話になりっぱなしか。こんなの、返しきれないぞ」
「のんびり返してくれ。さっきは将来がどうのと言ったが、死んだら元も子もないからな。それと集合住宅についてだが、裏手のゴミ溜めを改修してある。リリー、小さいが畑になってるぞ」
畑という言葉に、リリーは慌てて窓へ駆け寄る。
「大きな布が――」
「お披露目まで隠しておいた。ついでに部屋も見てきたらどうだ? エミリ、ジニー。案内を頼む」
「は、はい!」
二人の少女に先導され、全員で集合住宅へ向かった。
俺はサミーニと居間に残り、それを見送る。
劣化の酷い部屋はこっそり修繕済みだ。
中を見たら驚くだろうな。
「さて、どうにか希望どおりに運んだか」
「アルター様は心配性でいらしたのですね。家だけでなく、あれほどの魔道具までお譲りなされるとは」
「物欲しそうな顔をするな。予備で我慢してくれ」
「もちろんです。ところで、この漂っている板はお売りいただけないのですか」
「あ……忘れてた」
広くなった居間を、小屋根様が優雅に散歩していた。
壁際の屋根様も、思い出せとばかりに身じろぎしている。
「彼らはこの家の守り神だ。売る気はない。こいつらもテッドに譲っておかないとな」
小屋根様を突っついて移動させると、魔法の鞄から革の部分鎧を取り出した。
「そちらは?」
「言いそびれた防具一式だ。あいつらは成長期だから、誂えてもすぐに着られなくなる。部分鎧なら体格の影響を受けにくいし、皆で使い回しもできるだろ」
俺はサミーニから生暖かい視線を受けつつ、防具を積んでいく。
素材はドーコルやオークの革で、裏地には行商人のハンスからもらった織物を利用している。どれも魔道具ではないが、ケイティの手掛けた良品だ。
それとジェマがよく振り回している両手用のメイスは、重量化のメイスに作り替えておいた。今でも重いが、発動すれば相当な重量になる。持ち上げるだけで一苦労だろう。
あとは――こいつだな。
俺は二本のナイフをテーブルに並べた。
両方とも『加重2』と『刺突強化1』の魔道具である。
『加重』はジャリド戦で経験したが、本来は刺した相手に効果を発揮する。
軽戦士や斥候が愛用することが多く、おそらくはオゼも加重のナイフ持ちだ。
五年前、エラス・ライノの『突進』を止めたのはロランだったが、その直前、オゼの投擲で動きが鈍っていた。今思うと、あれは『加重』の効果によく似ている。
ナイフを眺め、演武会で出会った少女を思い浮かべた。
彼女には彼女の人生がある。俺が干渉することではない。
ただ、テッドたちの仲間になるのなら、加重のナイフは大いに役立つはずだ。
◇◇◇◇
その後、賃貸契約の内容を確認する。
テッドはこの家と集合住宅そのものを借りるので、家賃はテッドの収入になる。
とはいえ家賃の安い貧民街であり、将来は身内だらけだ。そちらの収入は期待できない。
だから賃料を破格に設定した。
自宅と集合住宅を合わせても、俺が支払っていた家賃より安い。
それでも並みの平民は手を出せないが、冒険者パーティーが二組いれば問題ない。
Dランクに上がれば余裕も生まれるだろうから、いずれ残金を一括で支払う日が来ると思う。
必要箇所にサインすると、予備の魔道具の査定を任せ、俺も裏庭に出た。
いつの間にか時が過ぎていたようで、空は赤く染まっていた。
夕刻の雑踏に混ざり、集合住宅から皆の話し声が聞こえてくる。
それを聞きながら、林立する雪の樹を眺めた。
ここ数日の天候で、だいぶ劣化は進んでいる。
ほとんどの枝は落ち、幹から崩れるのは時間の問題だった。
何とはなしに眺めているうち、皆が集合住宅から戻ってきた。
そして俺に気付き、興奮冷めやらぬ様子でお礼や感想を捲し立てる。
受け答えしていると、ふと、ネイルズがこぼす。
「ここが、僕たちの拠点になるんですね……」
何気ないひと言に、テッドたちも周囲を見渡した。
今までも拠点同然だったが、あくまで俺の自宅だった。
これからは、誰に気を遣う必要もない。
俺の元自宅、集合住宅、ネイルズ親子の平屋。この貧民街の一角が彼らの拠点となる。
そして、二組の冒険者が集まり、数年後にクインスたちが加わると三組の冒険者がこの地に集合する。彼らはパーティーこそ別れていても、実質、仲間同士だ。
こういう集まり、前世にもあったな。
呼び方はばらばらで、代表格はギルド。
他に有名なのは――クランか。
内心の呟きが声に出てしまったらしい。
テッドが聞きつけ、首を傾げてきた。
そういえば、この世界には存在しなかったか。
冒険者同士が協力し合っても、あれほど密接に繋がることはない。
どこかで聞いた言葉だが、と前置きし、クランについて説明する。
「――というわけで、同じ目的意識を持つ集団だ。小さなギルドだな」
テッドとエリオットは顔を見合わせた。
そして不意に、エリオットが手を差し出す。
「テッドさんのクラン、僕たちも参加させてください」
「今更だな。とっくに参加してるだろ」
互いに笑みを返すと、二人のリーダーは固い握手を交わした。
皆が笑顔で見守る中、なぜかジェマだけが難しい顔になる。
「あのさ、そのクランって名前は決めねえの? 別の奴らも作ったら区別できなくなるだろ」
「あ、確かに」
ジェマの指摘に今度は困惑し、二人は顔を見合わせる。
名前と言われてもすぐに浮かばないようで、ネイルズたちも首を捻っていた。
ジェマの言い分は尤もだ。
前の世界――と言っても架空の世界だったが、そちらでも名前があった。
先々を考えれば、決めておくべきである。
ただ……こういうのは、俺も苦手なんだよな。
改めて周囲を眺めていく。
夕日に陰る自宅と集合住宅。
赤い空を背景に、暗いシルエットを描き出している。
まるで城だ。
貧民街に佇む城……あばら屋の城か。
そういや子供の頃、父の書斎で読んだ本に載っていた。
確か古い言葉で――。
「疎屋……疎屋の城」
小さな呟きに視線が集まる。
「良い意味ではないぞ。古い言葉で、廃屋のような建物を疎屋と呼ぶんだ。疎屋が立ち並ぶ貧民街。そしてここは、お前たちの城だろ」
「だから疎屋の城か」
「良いな、それ!」
ジェマが真っ先に賛同すると、テッドたちは改めて言葉を噛みしめた。
そして次々と頷いていく。
「決まりだな! 俺たちのクランは『疎屋の城』だ」
「待て待て、急いで決める必要はない。適当に言っただけだし――」
「いや、『疎屋の城』にする。もう決めた。あと、二階の寝室はそのままにしておくからな。あそこはお前の部屋だ」
向けられる笑顔に、俺は呆れて首を振った。
頑固だからな、こいつは。言い出したら聞かないか。
「分かったよ。セレンに戻ったら世話になるとしよう。そうと決まれば、さっさと書類にサインしてこい。サミーニが待ちくたびれてるぞ。きちんと中身も読めよ」
「おう!」
テッドは威勢良く返事し、先頭に立って居間に戻っていった。
言葉として明確になったことで、彼らの団結力は高まったようだ。
適当な発言からとんとん拍子に決まってしまったが、これで良かったのかもしれない。
さて――。
テッドたちが入ったのを見計らい、自宅への扉を閉めた。
俺の他、裏庭に残っているのはランベルトとフェリクスだった。
フェリクスはランベルトに一礼し、裏庭の外れに立つ。
そして腰の剣に手を置き、路地や周囲の住宅に鋭い視線を走らせた。
『気配察知』は何も捉えていない。
居る居ないに関係なく、警戒しなければならない事態か。
どうやら、再戦なんて平和な話ではなさそうだ。
自宅の窓が閉まっているのを確かめながら、ランベルトが口を開く。
「相変わらず面白いことになってるな。お前の周りは」
「偶然の積み重ねだよ。狙ってるわけじゃない」
俺は肩をすくめてみせた。
「で――この前、言いそびれた話だな?」
「そうだ。こういう席には似つかわしくない話だが……」
ランベルトは言葉を切り、フェリクスを見やった。
主従は静かに見交わす。
そしてランベルトは小さく頷き、いつもの強い視線を俺に向けてきた。
「帰還するとき、ケーテンまで同行してくれないだろうか」
「理由は?」
俺の問いかけに、ほんの一瞬、ランベルトは苦しそうな表情を浮かべる。
「他言無用で頼む」
「分かった。誰にも話さない」
「実は――数ヶ月前、長兄のクルネスから手紙が届いた。次兄のリスケンが俺の命を狙っていると」
「……暗殺か」
「俺は父の意向に従う。後継者はクルネスだ」
「次兄はお前が邪魔になったわけか。狙われるほど成長したんだな」
俺の軽口に、ランベルトは面白くもなさそうに口角を吊り上げた。
ケーテン子爵の意向は不明だが、二人の兄は今のランベルトを高く評価しているらしい。
そうでなければ殺そうとしないし、警告の手紙もしないだろう。
「手紙はいつ頃届いた?」
「今年に入ってからすぐ」
ランベルトの答えを聞き、俺は納得した。
演武会が理由で様子がおかしいと思っていたが、別件も原因だったか。
それも、身内による暗殺。
俺も幼い頃、兄と拗れたら殺し合いになるかもしれないと覚悟していた。
よもや、ランベルトがそんな境遇に置かれるとはな。
「周囲に異変は?」
「ないと思う。手紙が届いてから余計な外出は控えていた。いくらリスケンでも、人の多い学院では手を出せまい」
「そうだな。学院なら安全だ」
警備が常駐しているし、一部の施設に限定されるが防御魔法も掛けられている。
それに学院で手出しすれば、他の貴族を巻き込んだ大事に発展しかねない。
やはり狙うなら街中――。
待てよ、長兄が気付いたのが最近だとしたら、もっと前から機会を窺っていた可能性もある。
いつだったか、妙な男を見かけたな。
見た目は平民だったが、オゼ並みの実力者だった。
もし、あの男が暗殺者だとしたら……かなりの手練れだ。
ランベルトとフェリクスでは、太刀打ちできない。
「同行しよう。弟を害そうとする奴にケーテンを継がれては困る。僕の交易計画が台無しだ」
不安を払拭するように、俺はランベルトへ笑いかけた。
「それより帰還後はどうする? 戻っても安全ではなさそうだが」
「問題ない。ケーテンなら父や長兄の目があるからな。俺に手を掛けたと発覚すれば、軽い処罰では済まん」
「手を掛けられてからでは遅いぞ。無事に戻っても気を抜くな」
「そうだな。長兄に相談し、対応しよう」
ランベルトがそう言った瞬間、勢い良く居間の窓が開け放たれた。
思わずフェリクスが反応し、剣を抜きかける。
「何やってんだよ! 祝杯あげるぞ、クラン結成の!」
ジェマが窓から頭を突き出し、俺たちを急かしてきた。
すぐ戻ると応え、窓を閉めるのを見届ける。
「出発は?」
「頼んだのはこっちだ。お前の都合に合わせる」
「では、卒業の二日後に」
短くやり取りし、俺たちは暖かい室内に戻った。
すでに契約は終えたようで、皆はテーブルを囲んで杯を手にしていた。
そしてクランマスターに就任したテッドが即興で挨拶し、祝杯が挙げられる。
別れの寂しさと将来への展望。
二つの異なった感情が皆の心を満たしていた。
誰しもが笑顔の中、ランベルトのそれには陰りが窺えた。
「濃かったですか、将軍茶」
杯が進まないのに気付き、リリーが不安げな様子で問いかけてきた。
俺は心中のわだかまりを押し殺し、笑顔を作る。
「そんなことはない。美味いぞ」
そう言って杯を傾け、心地よい苦味を味わった。
そして談笑の輪に加わると、テッドがリードヴァルトについて質問してきた。
草原地帯やレクノドの森、関わりのある町の住民、領地内に点在する村々、周辺の領地について話していくと、テッドたちは熱心に耳を傾けていた。
一年後か二年後か。
いずれ、彼らがリードヴァルトの町を歩く日が来るだろう。
だが――俺にはやることができた。
未来を語るにはまだ早い。
談笑に加わっていても、ランベルトはどこか遠くを見つめていた。
そんな友人の姿に、俺は心を引き締めた。




