第132話 学院三年目 ~『半身』のジャリド
サイグス傭兵団の野営地は、俺がばら撒いた《火炎球》で煌々と照らされていた。
至るところで炎上し、《火炎球》を浴びた傭兵が倒れ伏し、また炎から逃げ惑っている。火に怯えた馬の暴走が、混乱に拍車を掛けた。
落ち着かせようと身軽な男が怒鳴り散らし、平服が必死に指示を飛ばす。
だが、悲鳴に掻き消され、まともに声は届かない。
そんな状況でも、偉丈夫は冷静だった。
俺に気付き、剣の柄に手を掛ける。
「誰だ、てめえ。ウォルバーに雇われたか?」
誰何してきたが応える気はないし、俺に応える余裕もなかった。
ただ、四人目の男を見据える。
偉丈夫たち三人は、確かに強者だ。
戦士、軽戦士、魔法使い。
全員がCランク上位の実力がある。『破邪の戦斧』でも苦戦するだろう。
だが、こいつだけは別格も別格だ。
名前 :ジェイムズ
種族 :人間
レベル :59
体力 :324/324
魔力 :163/163
筋力 :15 (脚力:21)
知力 :14
器用 :19
耐久 :15
敏捷 :18-6(12) (機動力:14、加速:18、反応:24)
魅力 :11-4(7)
【スキル】
神槍(槍10、棍6、体術9、投擲:槍10)
強打撃、強撃、斬岩、二連撃、剛撃、剛連撃
穿孔、瞬孔、二連突き、三連突き、螺旋刺錐、倒旋薙、波濤錐撃、
芟除の一槍、綸錘
掌撃、蹴刃、硬身、柔身
脚力強化4、機動力強化2、加速強化5、反応強化8(10)、
火耐性2、氷結耐性3、魔力耐性4、斬撃耐性6、打撃耐性4、
刺突耐性5、苦痛耐性7(9)、精神耐性7、危機察知8(10)
片手剣3、両手剣1、短剣4、投擲:短剣2
風魔法1、無属性魔法1
【魔法】
疾風の短矢、陣風の槌撃、魔力の槌撃
【称号】
Aランク冒険者、神槍、生還者
Aランク冒険者――しかも『聖騎士』と同格の『神槍』到達者だった。
手にするのは称号と同じ名を持つ神槍シツァール、背負うのは魔槍スキプス。
実力に見合った武器なのは一目瞭然だ。
それにスキルも豊富で、『鑑定』で見る限り、火力、範囲、遠距離と揃い踏みのようだ。
考えが甘すぎたか。
クラウスを殺せるほどの連中でも、どうにかできると思っていたが、出てきたのは想像を遥かに越える化け物だった。
「ジャリド、そいつを片付けろ」
「おいおい、とっくに仕事は終わったろ。ただの道連れに命令すんな」
ジャリドと呼ばれた冒険者が笑い飛ばす。
『鑑定』ではジェイムズだが――丸ごと異名らしい。
神槍は投げ槍に見えないが、『投擲10』は伊達ではあるまい。
そんなジャリドに軽戦士が怒りをぶつける。
「少しは働け! お前の飯や酒だって、ただじゃねえぞ!」
「釣り合わねえよ」
ジャリドは、愉快げに野営地を顎で指し示した。
燃え盛る野営地と、傭兵たちの喧噪と呻き声。
それを一望し、偉丈夫は唾を吐き捨てる。
「チッ、強欲な野郎だ。報酬は弾ん――!?」
言い終わるより早く、俺は動いた。
ジャリドは冒険者、サイグス傭兵団ではない。
雇われる前に、こいつらを仕留める。
「避けろッ!」
偉丈夫の警告が終わる前に、俺は『高速移動』で平服の横を通過した。
呆けた顔が、ぼとりと落ちる。
まずは魔法使い。
「てめえ!」
偉丈夫の剣が振るわれるも、即座に転進して回避。
慌てる軽戦士の懐に飛び込み、横薙ぎで心臓を切り裂く。
まだジャリドは動かない。
俺の動きを楽しそうに観察している。
代わりに、またしても偉丈夫が斬りかかってきた。
軽戦士の背後に回り込み盾にしたが、構わず剣を振り下ろしてくる。
仲間の斬撃を受け、軽戦士は完全に静止した。
残るは偉丈夫のみ。
だが、こいつは魔道具の鎖鎧を着込んでいる。
甲犀の剣では仕留めきれない。
偉丈夫の斬撃を掻い潜り、懐に飛び込んで甲犀のスティレットで心臓を貫く。
苦鳴を上げ、偉丈夫はその場に崩れ落ちた。
これで傭兵団の幹部は片付いた。
さて、どう動く?
甲犀の剣を下げ、俺はジャリドに向かい合う。
こいつは偉丈夫たちに手を貸さなかった。根っからの冒険者だ。
おそらく、虐殺にも加担していない。
人知れずの犯罪ならまだしも、イルサナ村には生き残りも多かった。
発覚すればギルドを除名されたうえ、下手すれば賞金首だ。
それに、野営地を破壊するので魔力を使いすぎている。
だから穏便に退いてほしいんだが。
「や、雇う……助け……」
足下の声に、剣を振り抜く。
偉丈夫は首を切断され、絶命した。
まだ息があったのか。
それより――。
「契約成立だ」
視線を上げた俺を、引きつった笑みが出迎えた。
◇◇◇◇
『高速移動』を見せてまで、こいつが出張ってくる要因を排除した。
なのに、確認を怠った所為でこの様だ。
『気配察知』で探ると、ハイメスはまだテントにいた。
騒ぎが起きたら逃げろと言ったのに。
何を手間取ってる。
「大した速さだな。いろんな奴を見てきたが、お前は相当だよ」
準備運動でもするかのように、ジャリドは首を鳴らす。
「『半身』のジャリド――そう呼ばれてる。向かい合うと、半身に構えてるように見えるからだそうだ。ま、別の意味だろうけどな。どっちにしろ、ひでえ異名だと思わねえか?」
「さあな。それより、雇い主は死んだぞ」
「お前を片付けろってのが依頼だ。護衛は頼まれてねえ。お前を殺し、勝手に報酬は頂いてくさ」
ジャリドはにんまり笑い、神槍シツァールを一振りした。
自然、甲犀の剣を握る手に力が入る。
「クラウス・シュメルを殺したのは、お前か?」
「殺したぞ。あれを片付けるのが依頼だ」
やはり、そうか。
傭兵団はまだしも、ジャリドほどの男をすぐ雇えるとは思えない。
タクラズは、クラウスを排除する機会を窺っていたのだろう。
本拠地からの出撃でなければ、手勢はあり合わせ。
実際、クラウスが負けた途端、騎士ですら逃げ出した。
逃げる前から役立たずなのは想像に難くない。
クラウスを孤立させる好機。
傭兵団はその露払いだろうが――ジャリド一人でどうとでもなっただろうな。
クラウスはBランク上位の実力者だが、ジャリドに深手を負った様子はなかった。
しかもパーティー名を名乗らず、仲間が来る気配もない。
こいつはソロでAランクに上り詰めている。
Aランクの中でも上位、おそらくはSランクに匹敵する実力者だ。
内心で、ため息をついた。
前にハレイストが言ってたっけ。Aランク以上は人間ではないと。
Aランクのソロなら、ハレイストが逃げると明言した『憐憫』のセルファと同格だ。
まったく、Bランクにも会ったことがないってのに、いきなりAランクと敵対するかね。
嘆く俺にジャリドが槍を構える。
「んじゃ、そろそろ始めようか。いきなり死ぬなよ?」
言い終わった瞬間、俺は慌てて身を捩った。
胸元を掠めていく神槍に目を見張る。
いつの間に踏み込んだ!?
連続の突きをどうにか躱し、俺も飛び込む。
しかし、片手とは思えぬ器用さで神槍を操り、ジャリドはあっさり甲犀の剣を受け流した。
《脚力上昇》を使う暇もなく、唐突に攻防が始まる。
俺の敏捷は倍以上もあるのに、ジャリドは的確に捉え、こちらの攻撃をいなしていく。
技術力は、クラウスでさえ比較にならない。
「良いねぇ! こいつはどうだ!?」
神槍の切っ先がぶれ、予備動作無しの『二連突き』が放たれる。
それをどうにか『二連撃』で受け流すも、甲犀の剣が悲鳴を上げた。
まずい。武器の質が違いすぎる。
続く『三連突き』を強引に躱しながら踏み込む。
神槍が頭髪を斬り飛ばし、こめかみを掠めるも、がら空きの胴へ『強撃』を放つ。
その瞬間――俺は弾き飛ばされてしまった。
空中を舞い、どうにか着地する。
ジャリドは追撃せず、楽しそうにそれを眺めていた。
今のは、義足の蹴り?
『蹴刃』だと思うが、接触した感触が尋常じゃなかった。
ただの棒きれかと思ったが、義足も魔道具らしい。
俺は『鑑定』を発動し、二度見してしまう。
名称 :イツロの義足
特徴 :世界最高の硬度を誇るイツロの木から削り出された義足。
硬度は鋼鉄はおろか、低位の魔道具をも凌ぐ。
特性 :不明。
やっぱり棒きれじゃねえか。
なんだよ世界最高って……絶対、魔道具より稀少だろ。
甲犀の剣を構え直し、呼吸を整える。
ともかく、『神槍』到達者と正面からやり合うのは無謀だ。
倍以上の敏捷でどうにか槍の間合いと経験の差を埋めているが、実力差は覆せていない。
逃げるだけなら簡単なんだけどな……。
ちらりと『気配察知』を向け、俺は安堵する。
ハイメスの奴、やっと動いてくれたか。
後は野営地を抜け出すまで、こいつを引きつけなければ。
俺が《脚力上昇》を発動するのと同時、ジャリドは『瞬孔』を放つ。
ぎりぎりで躱し、そのまま走り出す。
ジャリドを中心に野営地を走り、崩れた荷物や木箱をすり抜け、燃え上がるテントと焼死体を飛び越える。
時間制限付きでも、今の敏捷は58。
そう簡単には捉えられないはず。
ジャリドは目で追いもせず、静かに待っていた。
立場こそ逆だが、まるでハリエット戦の再現だ。
試合結果は――うん、もう忘れた。
走りながら、ジャリドの装備を確認する。
読まれるなら常に初撃、攪乱と一撃離脱で攻めるしかないが、まずはこっちを試してみよう。
背後から《雷衝の短矢》を放つも、いとも簡単に神槍で叩き落とす。
耐性無しの雷撃は防いだ。
素の状態でも複数の耐性持ちだが、魔道具でどの程度、上乗せしてるか。
どうにかして当てないと判断できんな。
不意に速度を早めて急旋回、一息に斬り込む。
踏み出したときには、ジャリドと向かい合っていた。
甲犀の剣で斬りつけるも神槍で防がれ、反撃の『穿孔』が繰り出される。
身体を捻じ曲げてそれを回避、離脱と同時に《雷衝の短矢》を放ったが、こちらもあっさり払い除けられてしまった。
再び距離を取り、俺は嘆息する。
強すぎだろ……なんで、この速度に対応できんだよ。
接近戦では相手にならず、魔法を当てようにも隙がない。
それに初級を当てたところで、かすり傷だ。
中級魔法の『多重詠唱』しかない。
《火炎球》と《景相石筍》は範囲魔法――不可視の《穿風の飛箭》だ。
あれなら『多重詠唱』を疑われても、確信が持てないはず。
俺が足を止めると、ジャリドはゆっくり向き直った。
「走り回るのは止めたのかい?」
そう言って笑いかけてきたが、俺は無言で前傾姿勢を取る。
何をしても動きを読まれるなら、もっと分かりやすくしてやろう。
俺はジャリドに向け、まっすぐに駆け出した。
ハルヴィスでも反応している。
俺の最高速でも、こいつなら余裕のはず。
すれ違いざまの斬撃を、やはりジャリドは躱す。
そのまま身を捻らせ、神槍シツァールが目の前で唸りを上げた。
強烈な薙ぎ払いを放つ、中位スキル『倒旋薙』。
異常な風切り音が迫る。
その瞬間、俺は空中を蹴った。
薙ぎ払いを『跳兎』で飛び越え、《穿風の飛箭》を至近距離からの『多重詠唱』。
当たる――そう思ったのも束の間だった。
不意に神槍が向きを変え、石突きですべての風弾を叩き落とす。
慌てて空中を蹴り、槍の射程から離脱した。
野営地を舞いながら、俺は驚いていた。
今、何が起きた?
一瞬でも、俺の動きはジャリドの予測から外れたはず。
ましてや『倒旋薙』を発動中に、すべての《穿風の飛箭》を叩き落とすなんて不可能だ。
混乱する俺の視界に、ジャリドが槍を引くのが映る。
初めての構え。
あれは――投擲!
神槍シツァールが大気を切り裂き、空中の俺へと迫る。
即座に《穿風の飛箭》の『多重詠唱』で迎撃、無数の風弾と衝突し、神槍の軌道がずれた。
だが、その先端がくいっと動き、軌道が修正される。
「『飛空』!?」
再び迫る神槍へ、『風牙走咬』を放つ。
風の刃と剣による四連撃。
甲犀の剣は破片を飛び散らせたが、さしもの神槍も勢いを失う。
無事に着地し、落下していく神槍シツァールを見やった。
『飛空』の魔道具だったのか。
危なかった。もし『跳兎』の跳躍回数が残っていても、避けきれない。
そしておそらく、屋根様たちの上位互換だ。
さっきの攻撃を防いだのは、神槍シツァールの『自動防御』に違いない。
そこまで考え、違和感に気付く。
待て、『飛空』持ちが――落下?
気付くのが遅かった。
神槍が地面に突き立った瞬間、異様な気配が周囲に広がる。
俺は全身に衝撃を受け、膝をついてしまった。
異変は俺だけではない。
テントはひしゃげ、近くの傭兵たちも押し潰され、呻き声を上げている。
これは加重……?
上位互換どころじゃないぞ。
どうにか立ち上がると、魔槍スキプスを手に、ジャリドは悠然と効果範囲に踏み込んできた。
「さっきの動き、面白えな。魔道具なのか? ま、何にせよ――これで終わりだ」
ジャリドが魔槍を構える。
俺は切っ先がぶれるより早く、《筋力上昇》と《集中力上昇》を発動した。
ジャリドが放ったのは、一瞬で槍衾を生み出す上位スキル『波濤錐撃』。
槍のスキルでは最高の火力を誇る。
だが、俺にはすべてが見えていた。
《集中力上昇》により、周囲の雑音は消えている。
見えるのは、魔槍スキプスの穂先のみ。
魔槍が鞭のようにしなり、連続突きが繰り出されていく。
その一突き一突きを躱し、掌底で丹念に打ち払う。
加重は《筋力上昇》で軽減できる。
何より、負荷の掛けられた戦闘は低下の魔道具で慣れている。
何十倍にも感じられる一瞬の交差。
魔槍が静止したとき、ジャリドは目を見開いていた。
「凄え……凄えよ、お前! 今のを躱すか!」
口を吊り上げ、ジャリドは歓喜に打ち震える。
その様子にうんざりしつつ、加重が消えたのを確認、盛大に安堵した。
こんな真似、二度とごめんだ……。
素早く距離を取り、《集中力上昇》を解除する。
靄が晴れるように『気配察知』が無数の気配を捕捉し、周囲の雑音も蘇った。
発動中は視野が狭くなってしまう。ジャリドの攻撃に対応しきれない。
ジャリドを警戒しながら、遠くに意識を向けた。
移動する弱々しい気配と複数の気配。
野営地から抜け出すのは成功したが、傭兵に見つかったか。
あの分だと、すぐに捕まってしまう。
頃合いだな。
「これで失礼させてもらう。次は冒険者らしく、ギルドを通して依頼を受けるんだな」
「そう言うなよ。これからだろ」
発言を無視して《火炎球》を放つも、拒否するように魔槍の『倒旋薙』に阻まれた。
さらに炎の中から再び神槍が飛来する。
神槍を蹴り上げる俺の視界に、今度は跳躍するジャリドが飛び込む。
魔槍から放たれる『螺旋刺錐』。
それを受け流すも、衝撃に弾かれてしまう。
追撃の『瞬孔』をぎりぎりで躱し、『跳兎』の二連続で加重の範囲から離脱。
着地と同時、目の前のテントが押し潰された。
こんな奴、相手にしてられん。
俺はジャリドを中心に《八紘炎火》を発動する。
耐性持ちでも、引火したら耐えられまい。
さらに《妨土の壁》を発動、分断する。
わずかでも視線を切った。今のうちに離脱だ。
踵を返そうとした瞬間、頬に衝撃を受けた。
遅れてくる痛み。
綺麗にくり抜かれた石壁の向こうで、ジャリドが神槍を構えていた。
血まみれの頬が引きつる。
今のは……『綸錘』?
石壁を貫くって、どんな威力だよ……。
次々と放たれる見えない刺突。
慌てて《座標点》を発動、ジャリドの位置から回避を試みる。
見た目だけなら《穿風の飛箭》に似ているが、こちらは魔力を消費した。
そして、その魔力は残り少ない。
追加の《八紘炎火》で追撃を牽制、さらに生き残りの傭兵を盾にしたが、ジャリドは構わず『綸錘』を放ってきた。
丁度良い。後片付けを手伝ってもらおう。
野営地を西へ走りながら、傭兵たちを巻き込んでいく。
少し被弾しつつ、俺も斬り捨てる。
傭兵たちは悲鳴を上げ、炎の海を逃げ惑った。
そんな阿鼻叫喚の中、俺はどうにか野営地を抜け出す。
振り返ると、テントが炎を靡かせながら、空高く吹き飛ぶところだった。
《座標点》の目印は、徐々に近付いている。
追いつかれたら終わりだ。雪原では逃げ場がない。
ハイメスを捕らえた傭兵たちは、燃え上がる野営地を呆然と眺めていた。
その一人が俺に気付く。
「こ、こっちに来――」
通り抜けざま、首を刎ねる。
ジャリドの位置に注意しながら、残りも斬り捨てていく。
「何してる、走れ。あいつが追ってくるぞ」
急かすも、足を怪我したのかハイメスは立ち上がれなかった。
もう枯渇寸前なんだが……。
俺はヒーリングポーションをハイメスに振りかけると、《筋力上昇》を発動。
治るのも待たず、ハイメスを背負って雪原を走り出した。