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第131話 学院三年目 ~サイグス傭兵団


 ラプゼルの町から森へと伸びる街道は、ウォルバー領をひたすら南下していた。

 街道と呼ぶには細く、雪が降り積もっているため、傭兵団の痕跡がなければ見失ってしまいそうになるほどだった。


 優に百を越える足跡と、何台もの馬車。

 その痕跡を辿り、走り続ける。


 そして夕刻、俺は森を抜け草原へと出た。

 セレンを目指すならここで西に向かうはずだが、痕跡はまっすぐ南へ進んでいる。


 嫌な予感を抱きながら、それを追って小高い丘を登頂。

 先へ視線を送り、俺は表情を引き締めた。



 ウォルバー領の南西端、イルサナ村。

 セレンへ向かう道中、ヴェレーネ村の次に訪れた場所だ。

 あのときは日程に余裕がなかったため、素通りしている。


 ケリール村と同じくセレンへの最後の休息地だが、この先は草原なので、夕刻でなければ通過することが多い。

 だからか、普通より大きな村――それがイルサナ村の印象だった。


 丘の上でそよ風を受けながら、俺は数時間前と違う臭いを嗅ぎ取っていた。

 濃い血の臭い。

 剣の柄に手を掛け、イルサナ村へと進む。


 強くなっていく血の臭いに警戒を強めたが、『気配察知』の範囲に入り、わずかに安堵する。

 全滅はしていない。

 遠目からでも、村人らしき姿が動いているのが見えた。


 そんな村人たちは俺の姿に気付くと、顔を引きつらせ、物陰に隠れてしまった。

 俺は遮る者のいない門を潜り、その場で立ち尽くす。


 ラプゼルも酷い有様だった。

 だが、イルサナ村はそれ以上だ。


 門の周辺には、少数の守備兵と冒険者の遺体が無造作に転がり、村内の至るところで村民が息絶えていた。

 血まみれの男の隣で母親らしき老婆が(うずくま)り、横たわる男女のそばでは、幼い子供が並んで座っている。

 運ぶ気力もないのか、それとも生き残りが少なすぎるのか。

 動いている人はわずかだった。



 奥歯を噛みしめ、俺は歩を進める。

 しばらくして、武器を構えた数人の男が現れた。

 俺は立ち止まって敵意がないことを示し、先頭の中年に話しかける。


「村長か?」

「父は死んだ」

「そうか。僕はセレンの冒険者だ」


 そう言ってバックパックを降ろし、皮袋を取り出す。


「使ってくれ。ヒーリングポーションだ」


 村長の息子は驚きながらも手を伸ばし、中身を見てさらに驚く。


「これ……すべて?」

「ああ。すまんが、八本しか渡せない。使い道は任せる」


 皮袋を抱きしめ、男たちは深々と頭を下げてきた。

 そして男の一人がポーションの袋を持ち、大きな建物に駆けていく。

 あそこに重傷者が集められているのだろう。


 それを見送り、村長の息子に問いかける。


「僕はラプゼルの町から傭兵団を追ってきた。襲ってきたのは連中だな?」

「そうだ。明け方、いきなりだった。逃げる暇もなかったよ」


 俺は、村内に横たわる無数の遺体を見回す。


 キネールと話していた頃だ。

 すぐ隣の村で、虐殺が行われていたのか。

 もし、ラプゼルに向かうときイルサナ村を経由していれば、守るのは間に合わなくとも、重傷者を助けることは――いや、それは違う。


 湧き上がる後悔を、内心で否定する。


 ラプゼルで話を聞くまで、傭兵団の存在すら知らなかった。南下したことも。

 遠回りする理由がない。

 もしもで悔やむのは、自己嫌悪に酔っているだけだ。


 思考を打ち切り、視線を戻す。


「傭兵団はセレンに?」

「いや」


 首を振ると、東を見やった。

 予想外の反応に、俺も視線を向ける。


「東だ。場所は知らないが、ローフマーという町に向かったらしい」


 ローフマー?

 中立派の重鎮、ローフマー侯の本拠地だ。

 ウェルド領の北方だが――中立派はよそと揉めることが少ない。

 次の仕事ではないな。傭兵団の拠点があるんだ。


 なら、この惨状は……帰りがけの駄賃か。


 胸に渦巻く不快感を、俺は必死に押さえた。


 冒険者も戦場に出ることはあるが、主な活動は平時だ。

 あからさまな略奪や殺戮には、まず加担しない。

 そんなことをすれば普段の仕事ができなくなるし、冒険者ギルドも容認していなかった。


 対して、傭兵は正反対だ。

 魔物とも戦うが、活動は主として戦場である。

 そして依頼主である領主の許可が下りれば、領主の自領でさえ略奪する。

 数十人、数百人の戦士を維持するには、報酬だけでは足りない。納得できるかは別にして、彼らにも言い分はある。

 だから貴族たちの間で、傭兵団の行為は必要悪と()()されていた。


 だとしても――限度があるだろう。

 これでは、ただの野盗だ。


 夕日を受け、東の地平線は緋色に染まっていた。


 ローフマーへは、ウェルド領を必ず通過する。

 街道をまっすぐ進むのなら、まだ良い。

 だが、逸れるようなら……。



  ◇◇◇◇



 月明かりに照らされ、無数のテントが浮かび上がっていた。

 雪の積もる草原にテントが円形に立ち並び、外周にはかがり火が焚かれている。


 サイグス傭兵団の野営地。

 虐殺したイルサナ村から数時間ほど東に進んだ草原で、彼らは平然と休息していた。


 丘陵の影に身を伏せて観察すると、何ヶ所かの見張り、そして巡回の姿が見えた。

 多少の高低差はあっても、草原は見晴らしが良い。

 何かが接近すればすぐに分かるし、今の草原は白一色。見逃す方が難しい。


 俺は甲犀の剣を少し引き抜き、また戻す。

 純白の剣身は好都合か。

 どちらかといえば、青藍のマントの方が目立ちそうだ。

(とこ)(やみ)の探索者』は夜間こそ本領を発揮するが、雪を想定していない。


 少し考え、首を振る。


 このままで良いだろう。

 野営地に入り込んでしまえば、影は深い。


 俺は最低限の装備を残し、雪を掘ってバックパックを隠した。

 そして『隠密』と『気配察知』を発動、遠巻きに野営地を一周する。


 それなりの数で警戒しているが、穴も多い。

 この辺りの魔物は弱いし、百人を越える集団を襲う者はいないと高をくくっているようだ。

 また数名が斥候技術を習得していたが、冒険者ならDランク程度である。

 今の『隠密』はランク6、『常闇の探索者』が発動すればランク7だ。

 オゼでも発見に苦労するから、見つかる可能性は皆無に等しい。


 巡回の動きを注視し、傭兵団の痕跡を辿って接近、野営地に忍び込む。

 そして、しばらく静止して気付かれていないのを確認し、かがり火の生み出す影にそっと潜んだ。


 近くで三人の見張りが談笑している。


「……った方が良かったんじゃねえか?」

「敵地はやべえだろ。それに隣はセレンだぞ」

「あいつらは動かねえって」

「万が一があるだろ。冒険者どもを殺したし、ギルドが動いたら面倒だ」

「まあ、そうだけどさ。しかし、くそ(さみ)いな。あとどれくらいだ?」

「サーレ村まで三日、そっからローフマーだから――」

「それなんだけどよ、近道があるらしいぞ」

「近道?」

「団長たちが話しているのを聞いたんだ。よく知らんが、森を抜けるってよ。かなり短縮できるそうだ」

「そりゃ、ありがたい」


 喜ぶ見張りとは対照的に、俺は心が冷えていくのを感じていた。


 森や山を抜ければ、どこからでもウェルド領へ入れる。

 ただ、それを近道とは呼ばない。

 やはり、こいつらはヴェレーネ村を通るつもりだ。


 湧き上がる様々な感情を静めるように、細く息を吐き出す。


 ラプゼルの町やイルサナ村は、タクラズに雇われたという大義名分があった。

 だが、そんなひと言で片付けられるような死ではない。虐殺だった。


 無関係のウェルド領は襲わないかもしれない。

 ヴェレーネ村は通過するだけ、被害を受けたとしてもロニーたちが被害を受けるとは限らない。


 それでも、何かあったら後悔しても仕切れない。

 希望的観測に(すが)るより、今ここで、確実に芽を摘み取るべきだ。


 決意し、ふと過去を思い出す。


 そういや、前にもあったな。決断を迫られた瞬間が。

 あのときもヴェレーネ村だった。

 テスが盗賊に捕まり、命の危険に晒された。

 運良く助けられたから先送りになったが――。


 今回は思い直す理由がない。

 皆殺しにする。

 それが無理でも、傭兵団を再起不能に追い込む。

 ただ、懸念が二つ。


 俺は大型テントに『気配察知』を集中させた。


 弱々しい気配。

 怪我をした傭兵なら構わないが、誰かが監禁されているのかもしれない。


 もう一つの懸念は野営地中央、他よりも立派なテントだ。

 複数の強力な気配と、異様な気配が漂っている。

 間違いなく、傭兵団の幹部たちだろう。

 タクラズに優秀な騎士がいる可能性よりも、こいつらがクラウスを殺したと考えた方が納得できる。

 それに異様な気配も気になった。

 酷く(いびつ)で、均整がまるで取れていない。こんな気配を感じたのは初めてだ。


 視線を戻し、弱々しい気配へ向ける。

 ともかく、確認が先だ。


 幹部たちのテントに注意しながら、大型テントへ近付く。

 入口を二人の傭兵が見張っていた。


 テントの大きさや見張りがいるということは、略奪品や貴重品の保管所か。

 やはり怪我の傭兵ではなさそうだ。


 後方へ回り、甲犀の剣で静かに天幕を裂いていく。

 そしてどうにか通れるくらいまで広げ、慎重に内部へ侵入した。


 分厚い生地に阻まれ、中は暗闇に近かった。

 俺はエルフィミアに感謝しつつ、《暗視(ナイトヴィジョン)》を発動する。


 大量の木箱に皮袋、乱雑に置かれた武具。略奪品の保管所で間違いない。

 気配の主は、略奪品扱いのようだ。


 弱い気配と(かす)かに漂う血の臭いを辿り、木箱の間を進む。

 そして、支柱に縛り付けられた男を発見した。


 男は(うな)()れたまま動かない。

『鑑定』によれば、名はハイメス。

 戦闘力は皆無だが、知力がかなり高い。ラプゼルの関係者か、商人だと思う。

 どうあれ、まだ生きている。

 死亡していれば、個人情報は消滅だ。


 俺は『隠密』を発動したまま男に接近、いきなり口を塞ぎ、首にナイフを突きつける。


「大声を出すな。騒ぐ素振りを見せたら、殺す」


 腫れた顔に驚愕を浮かべ、男は小刻みに頷いた。

 ゆっくり手を離すと、男は闇を透かすように俺のいる方角へ目を凝らす。


「あなたは……?」

「質問はこちらがする。お前は何者だ?」

「私はハイメス、ラプゼルの執政官です」


 執政官――逃げたのではなく、傭兵団に捕まっていたのか。

 声の抑揚を抑え、俺は質問を続ける。


「なぜ、執政官が監禁されている」

「町がタクラズ兵の襲撃を受け、そのときに捕らえられました。身代金が目的かと……」


 そう言って、ハイメスは唇を震わせた。


 身分の高い者が、身代金目的で捕まるのはよくある話だ。

 ただ貴族でない執政官に、どれほどの価値があるのか。


暗視(ナイトヴィジョン)》を通し、男を眺めた。

 顔の形が変わっているので判然としないが、三十代と思われる。

 この若さで執政官に任命されたのだから、かなり優秀か上に取り入るのが上手いのだろう。


 しかし、どうしたものか。

 はっきり言って、ウォルバー伯の執政官がどうなろうと俺の知ったことではない。

 巻き込んで死なすには忍びないが、積極的に守る義理もなかった。

 これなら、民間人の方が対応しやすかったな。


 そもそも、どうして執政官が捕まるほどの紛争になったのか。

 それ次第で、放置決定だ。


 理由を問うと、ハイメスは力なく項垂れた。


「私の失態です。少し前、レディルの森へ魔物を狩りに行かせました。冒険者を雇い、部隊を編成して。タクラズ子爵が森の領有権を主張しているのは把握しておりましたが、まさか侵攻と捉えるとは……」

「確かに失態だな。冒険者に任せるべきだった」


 ハイメスは首を振り、俺の言葉を否定する。


「獲物はラティラでした。冒険者だけに任せては、持ち逃げされたでしょう」

「ラティラ……あのラティラか」


 思わず、眉間を押さえてしまった。

 聞かなければ良かった。嫌な線が繋がりやがって……。


 執政官が兵を動員してまで、ラティラを狩りに行かせた。

 理由は一つしかない。ルシェナだ。

 ドリスの衣装にあしらわれていたラティラの毛皮。

 ルシェナは自尊心を保つため、ずっと探させていたのだろう。


 このタイミングでの発見は――寒波の影響か。

 ソプリックも長雨でケリール村周辺にやってきた。

 ラティラが移動しても不思議はない。


 理由は何にせよ、この男もあいつに振り回されたらしい。

 それに、紛争の根本原因はともかく、歯車の一つは間違いなく俺だ。

 同じ被害者だし、見捨てられないよな。


 俺はハイメスの後ろに回り、ロープを切った。

 感謝するハイメスを押さえ、テントの外へ視線を向ける。


「しばらくしたら傭兵たちが騒ぎ出す。それに乗じて逃げろ」

「分かりました」


 ハイメスは承諾したが、なぜか四つん這いで奥へと進んでいく。

 出口や俺が開けた穴とも違う。


「何をしてる?」

「この辺りに、シュメル卿の剣があるはずなんです」


 そう言うと、手探りで木箱や武具を漁り始めた。


 天儀の法剣とノスヴァールか。

 クラウスが持っていなかったら、どこかに保管されていると勝手に思い込んでいた。

 だが、これではっきりしたな。クラウスを殺したのは傭兵団だ。

 あれほどの剣、タクラズだってほしいはず。


暗視(ナイトヴィジョン)》と『鑑定』で、テントの内部を眺める。

 一部でも視界に入れば――。


「そこにある木箱の後ろだ」


 指差すと、ハイメスは物陰から二振りの剣を大事そうに抱え上げた。


 ぼろぼろの身体で運ぶのは無理だろう。

 すでにふらついている。


「ヒーリングポーションだ。飲んでおけ」


 俺は鎮痛付随のポーションを手渡した。


 恐る恐るハイメスは飲み干すと、すぐに顔の腫れが引いていく。

 身体の痛みも消えたようだ。


「これは……かなりの高級品では?」

「足を引っ張られても困るんでな」


 剣を抱え、ハイメスは深々と頭を下げた。


 懸念の一つは解消された。

 これで野営地にいるのは、傭兵団だけだ。



  ◇◇◇◇



 夜が更けても、テントの中から談笑する声がいくつも漏れ聞こえてきた。

 酒が入ってるのか、かなり陽気に語らっている。


 今に限れば、寒波が功を奏したな。

 凍てつく風のおかげで見張りと巡回以外、外に出ている者はいない。


 目蓋を閉じ、『気配察知』に集中した。

 巡回から最も遠く、周囲のテントが寝静まっている見張りは――あそこか。


 俺は大きく深呼吸して覚悟を決めると、テントの合間をすり抜け、見張りに近付いていく。

 そして視界に入った瞬間、魔力を込めた《穿風の飛箭(ベネトゥレイトゲイル)》を『多重詠唱』する。

 不可視の風弾で見張り二人の眼球を貫き、脳を破壊。

 同時に強襲し、『強撃』で残る一人の首を()ね飛ばす。


 一瞬で見張り三人を仕留め、俺は再び息を潜めた。

 人数の多さが(あだ)となり、見張りが消えたことに誰も気付いていない。

 次の見張りを――。


 そう思って視線を動かしたとき、俺は異変を感じた。


 手が……震えてる?


 手だけではなかった。

 不意に膝の力が抜け、その場で(うずくま)ってしまう。

 困惑する俺の目に、転がる物体が飛び込む。


 俺の殺した人間たち。


 意識した途端、奥歯も震え出し、震えは全身へ広がる。

 どうにか抑えようと身体を抱きすくめるも、腕の感触さえ(おぼ)(つか)なかった。


 駄目だ。

 父や兄の剣として生きるなら、いつかはやらねばならない。

 これまで散々、命を奪ってきた。

 人間だけは例外なんて通用しない。


 見張りの死体に這い寄り、震える手を伸ばす。

 そしてまだ暖かい男の顎を掴み、うつろな目を覗き込んだ。

 強烈な吐き気を押し殺し、尚も覗き込む。


 個人的な恨みはない。

 友人たちを守るため、殺してでも止める。


 言い聞かせるように何度も反芻したが、それでも震えは治まらない。

 今日見てきた光景を思い返し、それがヴェレーネ村に起きたらと想像しようとする。

 そのとき、重なったのは数年前の光景だった。

 突然、震えが止まる。


「なんだ――お前らも人間の敵じゃないか」


 思い出したのは、ゴブリンの集落だった。

 冒険者に皆殺しにされ、腐敗し、ボルニスに食われていた。

 イルサナ村よりも酷い惨状。

 それでも許容できたのは、彼らが人間を捕食するからだ。


 村を襲って虐殺するこいつらとゴブリン、何が違うのか。


 男の顎を無造作に離し、両手をゆっくり動かして力が戻っているのを確かめる。

 もう大丈夫だ。

 男たちの死体を眺めても、感情はまるで動かない。

 どうにか心の整理をつけられたようだが……ちょっと反応が極端すぎやしないか?


 気になってステータスを開き、苦笑が漏れる。


 『精神耐性8』


 ランクが二つも上がってる。

 どれだけ人殺しが嫌だったんだ、俺は。


 まあ、今回は『精神耐性』に感謝しよう。

 あんな状態が続いたら、傭兵団殲滅どころか二度と剣を握れない。



 俺は『隠密』を発動し、そっと周囲を窺った。


 わずかな時間だったが、『隠密』が切れている。

 斥候には――気付かれてないな。

 では、再開だ。


 甲犀の剣を握り直し、俺は駆け出す。

『気配察知』で捉えた見張りや巡回は、視界に入ると同時に《穿風の飛箭(ベネトゥレイトゲイル)》を打ち込む。

 そして残りの見張りが何が起きたか気付くよりも早く、首を刎ね、スティレットで心臓を貫いていく。


 そのまま外周を走り、次々と見張りと巡回を仕留めた。

 立て続けの気配消失に反応する斥候もいたが、警告を発する前に《穿風の飛箭(ベネトゥレイトゲイル)》で射抜いて黙らせる。

 ほどなく、すべての見張りと巡回は息絶えた。


 最初の殺害現場に立ち野営地を見回すと、まだ騒ぐ声が聞こえてきた。


 仲間がこれだけ死んだのに気付きもしないか。

 残虐な傭兵団が呆れる。


 (あざ)(わら)っていると、テントの一つで気配が動く。

 用でも足しにきたのか、鼻歌を唄いながら千鳥足で外へ出てきた。

 そして見張りの死骸を発見、顔色が赤から青へと変わる。


「て、敵襲――!!」


 張り上げた声に、テントが一斉に騒々しくなった。

 さて、ここからが本番だ。


 俺は布で口元を覆うと、全速で外周を走り、手近なテントに《火炎球(ファイアボール)》を放っていく。


 見張りからの警告や報告がないまま、立て続けの《火炎球(ファイアボール)》がテントや荷物に引火、瞬く間に燃え広がった。

 まさか敵が一人とは思わず、傭兵たちは混乱する。

 炎から逃げるように内側へ集まり、《火炎球(ファイアボール)》で吹き飛んでいく。

 火だるまでのたうち回る仲間に、他の傭兵はさらに混乱した。


「何ごとだ!」


 悲鳴と怒号が飛び交う中、野営地中央のテントから偉丈夫が現れた。

 その背後に身軽そうな男と平服の男。

 ようやく幹部のお出ましだが――。


 俺の視線が吸い寄せられたのは、遅れて登場した四人目、歪な気配の男だった。

 見た瞬間、全身に強烈な悪寒が走る。


 あいつか……あいつがクラウスを殺したんだ。


 四人目の男は、左半身が欠けていた。

 片手片足、片目。

 頭髪も半分が抜け落ち――いや、頭皮ごと削り取られている。


 男は棒きれの義足で雪を踏みしめ、優美な槍を杖代わりに野営地を見渡す。

 そして部下を叱咤する偉丈夫たちをよそに、まっすぐ俺に視線を合わせ、口元を吊り上げた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 仲間でこれだけ死んだのに気付きもしないか。 →仲間が是だけ死んだのに気付きもしないか。
[一言] どうにか心の整理をつけられたようが →如何にか心の整理を付けられた様だが
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