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第12話 八歳児の日々 ~分配


 闖入者たちの来訪に備え、翌日を休みとした。

 しかしいつまで経ってもやってこないため、ロランに様子を見に行かせ、丁重に屋敷へと招き入れた。なぜか『破邪の戦斧』が闖入者数名をがっちり掴んでいたり、冒険者ギルドのヘリット支部長まで渋い顔で付いてきたが、ただの()()だろう。気にすることではあるまい。

 父からは公平に対応するよう仰せつかっていたので、ヘリット支部長にそれを伝えたうえ、揉めるに至った経緯を客観的に説明した。そして闖入者からも感情たっぷりの供述を聞き出すと、ヘリット支部長はこめかみをひくつかせながら、所有権は俺たちにあると宣言した。

 闖入者は罠で仕留めると言い張っていたが、現地にそのような痕跡はなく、具体的にどのような罠かまともな回答をできなかったからだ。たとえそれが事実であっても、彼らのつけた傷は俺たちが戦っている間につけられた矢傷のみ。横取りを証明することは不可能だった。切れ気味の支部長に追求されると、草原でエラス・ライノに遭遇、森に逃げ込んだだけと白状した。

 支部長は監督不行届だったと俺に謝罪、闖入者は追い払われ、そそくさと屋敷を去って行った。ちなみに彼らはDランクの『セッテ』というパーティーで、この町に来て日が浅く、『破邪の戦斧』とはあの時初めて会ったそうな。面識があれば状況はかなり違っていただろうに。

 こうして「俺たちの獲物騒動」は落着した。


「エラス・ライノを運び入れたのは久しぶりでした」


 弛緩した空気の中、薄くなった髪を揺らし、ヘリット支部長が切り出した。

 聞けば、エラス・ライノの肉は安価のため、わざわざ運んだりしないそうだ。実際、あの巨体を運ぶのは一苦労だったらしく、報告を受けたギルドは急遽運搬人をかき集め、それを守る護衛を二組雇い入れて出発、町へ帰還したのは夜半過ぎだったという。

 ヘリット支部長は書類を取り出した。


「それでは、内訳を説明させていただきます。肉や骨は金貨六枚、皮が金貨三枚、角は長い方が金貨八枚、短い方は金貨四枚、なかなかの魔石が見つかりましたので金貨六十枚で買い取らせていただきます。人足と護衛の人件費が金貨八枚ですので、すべて売却していただくと金貨七十三枚となります」

「魔石がやたら高いな」

「なかなかと言いましたが、魔石としては、という意味です。小さかったり、そもそも見つからないことも多々ございます。今回は運がよろしかったかと」


 話しながら、支部長は指先で輪っかを作った。

 どうやら魔石の大きさらしい。ゴルフボールくらいか。基準が分からず『破邪の戦斧』を見たが、特に表情は変わっていなかった。どうやらCランク上位の実力者なら、見慣れた大きさらしい。それと売却額だが、平均的な平民の月収は金貨二枚から三枚。頭割りとなるので一人当たり金貨十二枚ほどになる。命をかけた値段として高いかは判断の難しいところだ。

 俺は書類を眺めながら、『破邪の戦斧』とロランに問いかけた。


「欲しい素材はあるか? すべて売却する必要もないだろう。攻撃魔法を使うダニルなら魔石の使い道もあるんじゃないか?」

「一番の高額を薦められても困りますよ。それに私は杖を持ち歩きませんから」

「杖?」

「それくらいの大きさであれば、杖の頭部に填め込むことが多いんです。私は剣士でもありますから、必要ありません」


 特に遠慮している様子も見られなかった。本当に不要らしい。

 魔石はともかくとして他の素材もある。もう一度、皆に同じ質問をしてみると、まずマーカントが首を振った。


「特にいらねえかな。武器はこいつがあるし、鎧はヴァルセットだ」

「私も一緒。角は剣に加工できそうだけど、必要ないわ」

「俺は少し皮をもらって良いですか? 今の鎧が傷んできたので。エラス・ライノはあまり手に入りませんから」


 オゼだけが革を所望した。

 ヴァルセットは硬い鱗を持つ魔物で、アルマジロやセンザンコウに似た外見らしい。それより格は落ちるが、エラス・ライノの皮も捨てた物ではないはず。そうでなければオゼが欲しがらないだろう。


「坊ちゃんも新調なされては?」


 背後からロランが提案してきた。


「新調? 僕の鎧は購入したばかりだぞ」

「エラス・ライノなら交換する価値があります。牛革より軽く、柔らかいうえに強靱。簡単に入手できませんよ。今の鎧は予備にすれば良いでしょう」

「そういうことなら新調しても良いが……。ん、そうだ。どうせなら父上や兄上にも贈ったらどうだろうか」

「それは妙案、家族お揃いですな」


 朗らかに笑うロランに、ちょっと気恥ずかしさを覚えた。あ、母が除け者になってる。また拗ねそうだ。別に贈り物を考えよう。


「あー、ちょっといいか」


 どんな鎧にするかロランと話していると、遠慮がちにマーカントが口を開いた。


「エラス・ライノは俺たち全員で倒した。それは紛れもない事実だ。だが、とどめを刺したのはアルター……様だ。皮も良いが、いっそ魔石をもらってくれないか」

「何を言い出すかと思えば――僕の真似か? 杖ならいらんぞ。魔石の価値は金貨六十枚、お前たちなら差額分を出せるかもしれんが、僕にそんな金があると思うなよ」

「そうじゃない。言葉の通り、もらってくれって意味だ。エラス・ライノを監視している間、俺たちもちょっと反省してな。ロラン……様が防いでくれたが、俺たちはエラス・ライノを押さえきれなかった。依頼には手に余る魔物を排除、とあった。俺たちは護衛任務を失敗したんだよ。その謝罪と、二度と同じ間違いを犯さないっていう誓いを込めてだ」


 言葉は雑だが、今までにない真摯な態度だった。他の者たちも同意とばかりに頷いている。

 マーカントの言い分は間違っていない。厳密に言えば失敗ではある。しかしロランもまた護衛の一人だ。今にして思えば、ああいう事態に備えて俺のそばから離れなかったのだと分かる。それに魔石はまずい、売却益のほとんどだ。こんな話が知れ渡ったら、権力を振りかざして奪ったと思われかねない。そんなことはしないぞ。ちゃんと闖入者の諸君とも話し合ったし。名前なんだっけ。

 どうでも良いことを思い出そうとしている俺に、ヴァレリーが追い打ちをかけてきた。


「それなら角もいかがでしょうか。アルター様の武器はスモールソードとスティレット。二本ございますし、丁度よろしいかと」

「待て待て、丁度よろしくないぞ。ほとんど僕の総取りじゃないか。父から公平にせよと、きつく言われているんだからな」

「それなら問題ありませんよ。今回の任務では戦利品の取り決めがなされておりません。この場合、雇い主がすべての権利を主張しても、きちんと契約で定めなかった冒険者に非があるのです。ですから、ご領主様の意を損なうことはございません。それにエラス・ライノとの戦いは、初の実戦にして初勝利。アルター様には魔石共々、生涯の宝となられるはずです。私たちはその手助けができた、それで充分です」


 言い切り、ヴァレリーはにっこり微笑んだ。

 なんだこれ。普通、奪い合いだろ。なんで戦利品押しつけ合ってんだ? ロランがここまで見抜いて彼らを選んでいたら、大したものだよ。

 確かにあれほどの大物と戦い、武器や魔石を得たのなら生涯忘れることはない。なかなかにうまいことを言う。しれっとゴブリンとの初戦闘を無かったことにしているが、気付かなかったことにしよう。農村生まれでゴブリンを()(かつ)のごとく嫌っていても、『遙かなる双峻』の持ち主は悪意なんて抱くはずもない。あれは登山家を優しく包み込む、無限の慈愛が詰まっているんだ。

『破邪の戦斧』は折れそうもないし、ここまで言われたら受けざるを得ないか。

 感謝しつつ承諾しかけたが、一点、気になることがあった。


「一つ訊きたい。さきほど、ロランやオゼはエラス・ライノが手に入りにくいと言ったな。それは狩られ続けて減少したのか? それとも元々稀少な魔物なのか?」


 前世を知る俺には、犀の角と聞いて良い印象を抱けない。偽善ぶる気はないが、こちらでも狩られまくっていたら同情してしまう。そんなものを身に纏えば、俺の庶民が非難を浴びせてくるだろう。

『破邪の戦斧』は顔を見合わせ、首を傾げる。

 その様子を受け、ヘリット支部長が代わりに口を開いた。


「一口ではお答えできかねますが、まずエラス・ライノの生息地は主に草原です。どうしても人間の領域と重なり、出現した村落は農作物に甚大な被害を受けます。その結果、多くのエラス・ライノが討伐されてきました」

「それでは……」

「いえ、減少しているとは言えないでしょう。さきほど久しぶりと言ったのは、そもそもの生息地がここよりもかなり南だからです。当地の冒険者ギルドによれば、数年に一度は群れが確認され、近隣の村々へ警戒が発令されています。またエラス・ライノの素材が珍しいのは、強力な魔物でありながら群れで行動するためです。此度のように単独で行動しているのは稀ですが、エラス・ライノ自体は決して稀少ではございません。もし新たな素材をお求めなら、いくらでも機会はございましょう」


 最後の最後で支部長が勘違いしていると分かったが、ともあれ疑問には答えてくれた。絶滅にはほど遠いようで一安心だ。


「分かった。では受け取ろう。皆、感謝する」


 頭を下げる俺に、『破邪の戦斧』は慌てて頭を下げ返した。

 しかし彼らは甘い。下げた俺の顔が歪んでいることに気付いておるまい。父にお願いして、魔石と角の分を護衛任務の報酬に上乗せしてやる。はっはっは、簡単に恩を売れると思うなよ、『破邪の戦斧』。

 ロランから妙に温かい視線を感じたので、これ以上考えるのは止めた。


 俺は魔石と二本の角、加えて三人分の皮まで受け取ったのだが、その後の話し合いでなぜか残りの売却益すべてを独占することになってしまう。結局は総取りである。こんな事態になったのは、剣や鎧の制作費を完全に忘れていたからだ。しかもまだ足りないらしく、エラス・ライノの売却益を手付けに、残金は遠征による獲物の分配から拠出することで話が付いた。この先、稼ぐかもしれない金で支払う。このような無茶苦茶な契約でもヘリット支部長が快く引き受けてくれたのは、ひとえに俺が領主の息子だからだ。

『破邪の戦斧』とヘリット支部長を見送り、俺は申し訳なさと情けなさに(さいな)まれつつ、明日から稼ぐと心に誓うのだった。



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