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第127話 学院三年目 ~演武会予選


 マーカントの読みは正しく、天候は徐々に悪化した。

 連日の降雪に見舞われ、たまの晴れ間も積雪を溶かすには至らなかった。

 聞きかじった情報によれば、帝国全域が強い寒波に襲われているという。


 そんな白一色の日常が半月も過ぎた頃、俺はケイティの店を訪れていた。


「アルター君、ありがとうね」


 商談が片付き、互いに将軍茶で談笑していると、不意にケイティが切り出してきた。

 何の話か察し、俺は首を振る。


「僕は関係ないですよ。サミーニはやり手です。実力不足と判断したら、すぐに打ち切ったでしょう。発注が続いているのは、ケイティさんの実力です」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない。でもさ、百歩譲ってそうだとしても、切っ掛けは大事でしょ」

「どうしてもとおっしゃるなら、仕事でお願いします」

「無欲だねぇ。じゃ、最優先でやっておくよ」


 そう言って、ケイティは数枚の羊皮紙を持ち上げた。


 この羊皮紙は訪れた目的、デザイン画である。

 彼女から装飾の手解きを受けて素人から抜け出したが、やはり本職――しかも才能のある本職には遠く及ばない。

 だから失敗できない稀少な素材、またその土台となる装身具などは、ケイティに依頼していた。


「そういや、もうすぐだね。アルター君はどっちに出るの?」


 今度は意味が分からず、俺は首を傾げた。


「演武会だよ。剣も魔法も使えるでしょ」

「あ、もうそんな時期ですか。忙しくって、つい忘れてました。日程は重なってませんし――両方でしょうか」


 言いながら、閉じられた木窓へ視線を向ける。


「それに、この天候では家族も観戦に来られません。気楽に挑みますよ」

「なら、代わりに応援してあげる」

「それは負けられませんね。決勝まで頑張るとしますか」


 俺は笑顔で応えた。


 そしてしばらく談笑した後、(いとま)を告げる。

 店を出ると、粉雪が降り注いでいた。


 襟元を合わせ、そんなセレンの街を自宅へ向かう。

 行き交う人々も億劫そうに、雪に隠れた歩道を踏みしめていた。

 職人たちの立てる作業の音も、どこか遠くに聞こえた。


 例年の冬は『氷結耐性2』で凌げたが、今年の寒さは俺でも(こた)える。

 白い息を吐きながら、俺は薄暗い空を見上げた。



『破邪の戦斧』が出立して数日が過ぎた頃、前触れもなく、ランベルトが俺の自宅を訪れた。


「演武会が終わるまで、お前とは会わない」


 いきなり宣言し、俺の反応を待たずに帰っていく。

 あまりにも唐突すぎ、何も言えなかった。


 その後、我に返った俺は、ランベルトの言葉を理解する。

 彼がセレンに来た目的は、父に認められるためだった。

 すでに彼は高い評価を得ているが、演武会優勝は分かりやすい手土産だ。

 意気込むのも分かる。


 それにランベルトは、入学当初より一回りも二回りも成長していた。

『片手剣3』と十三歳にしてはかなり高く、『盾』や攻撃系スキルも習得、精神面ではフェリクスをも上回っている。

 カルティラールに限れば、上級生を含めても彼以上の実力者はいなかった。


 だが、それでも――俺は苦戦すらしない。

 ハルヴィスが同学年にいたらランベルトはまず勝てないし、今の俺は卒業前のハルヴィスより強かった。


 ランベルトの覚悟に、気が重くなった。

 俺もリードヴァルト男爵家を背負っている。簡単には負けられない。

 それに勝ちを譲ったところで、ランベルトが喜ぶはずもなかった。



 見上げる頬に粉雪が触れ、溶けることなく滑り落ちた。

 その感触に、歩道へ視線を戻す。


 お互い、やるべきことをやるしかない。

 どういう結果になろうと、それも運命だ。



  ◇◇◇◇



 坦々と講義をこなし、空いた時間は魔道具とポーション作り、鍛冶などに費やして日々を過ごす。

 時は流れて二月、演武会の初日を迎えた。


 新調した貴族服を着込み、手配した馬車に揺られてルルクト学院の敷地に到着する。

 闘技場の控え室へ向かうと、広い室内は出場者で埋め尽くされていた。


 今年の演武会に参加する三年生は、総勢二百五十一名。

 二月は予選、本戦は三月から始まる。

 そして三月の半ばが最終日で、三年による剣の部優勝者と、上級生による剣の部優勝者の模擬戦が行われる。

 魔法のお披露目は模擬戦前なので、順調に勝ち進むと、一ヶ月半を(せわ)しなく過ごすことになる。



 しばらく待機していると、係の者が開会式が始まると告げに来た。

 闘技場へ入る俺たちを拍手が出迎えたが、二年前に比べ、かなり寂しい印象を受けた。


 ここでも大雪が影響しているようだ。

 今日は弱い日差しこそ降り注いでいるが、流れる雲は重いし気温も低い。

 ルルクトの応援団も、どこか元気がなかった。


 そしてルルクト学院の学院長ベンス・パラクスが登壇、開会を宣言する。

 やはり本戦からが本番なのか、評議会議長の姿はなく、代わりに見慣れぬ講師が壇に上がり、演武会規定を読み上げた。



 武器は刃引き、もしくは鋭利でないものを使う。

 防具は魔道具でなければ自由だが、金属鎧で転倒して起き上がれない場合、敗退と()()される。

 いかなる魔法も禁止で、魔法効果に類似した攻撃系スキルも禁止。

 俺なら『(ふう)()(そう)(こう)』だ。

 さらに急所攻撃も禁止、体術以外での頭部への攻撃も禁止。


 ざっと、こんなところである。

 要するに、貴族や騎士らしく正々堂々、死なないように戦え、と言うことだ。


 それと一次予選の試合時間は十分で、闘技場を四分割にして行われる。

 二次予選からの試合時間は三十分で闘技場を二分割、それ以降は時間をそのままに一試合ずつ執り行われる。

 消化試合をさっさと終わらせるための処置だが、参加者の多かった時代はもっと雑で、バトルロイヤル形式で(ふるい)に掛けたそうだ。



 開会式が終わり、第一試合に出場する者を残して控え室へ戻される。

 その後は自由らしいので、俺は客席で観戦しようと足を向けた。


「緊張しますね」


 声に見やれば、エリオットとニルスが立っていた。


「意外だな。エリオットも緊張するのか」

「もちろんですよ」


 硬い笑顔でエリオットは頷く。

 その隣では、ニルスが不安げに控え室を見回していた。


「少しは落ち着け。お前たちの実力なら、おいそれと負けはしない」

「ありがとうございます。でも、シードにいるんですよ……タルヴィットさんが」

「俺はランベルト様だぞ!? まったく勝てる気がしないんだけど!」


 嘆くエリオットに、ニルスが不運で張り合った。

 俺は呆れつつ、口を開く。


「確かにあいつらは強いが、勝負に絶対はない。やる前から諦めるな」

「そうですね。幸い、本戦までアルター様と当たりませんし」

「そうだな! 絶対無理のアルター様とは当たらない!」

「お前らな……」


 頷き合う二人に、俺は額を押さえた。


 前年の優勝者を輩出した学院と三大学院は、シード枠が与えられている。

 うちはランベルトと俺だ。


 嘆く彼らには申し訳ないが、俺のブロックは名の知れた実力者がいなかった。

 まともな戦いになりそうな相手は、本戦までお預けだ。


 というわけで、シードの俺は初日に試合がない。

 エリオットとニルスに健闘を伝え、俺は客席に向かった。



 俺たちが出場するのもあってか、三年目にしてテッドたちは初めて観戦に来ていた。

 もちろん、クインスたちも一緒だ。


 客席を探すと、クインスとカイルが元気に手を振ってきた。

 そちらに向かい、エルフィミアが取っておいてくれた席に座る。


 妙に静かだと思い眺めると、テッドたちは観戦に集中していた。

 戦っているのは――カーマルか。

 不慣れな片手剣を振るい、体捌きと盾でどうにか凌いでいる。

 あいつもやる方だが、相手が少し(うわ)()のようだ。


「なんか……ちぐはぐだな」


 テッドが感想を漏らすと、ジェマとネイルズも同意する。

 近接戦や戦いに縁遠いエルフィミアとロラ、リリーは、顔を見合わせて首を傾げた。


「そうなの? 普通に見えるけど」

「あいつは『片手剣』が不得手なんだよ」


 なんとなく納得したのか、ロラとリリーは頷いた。

 そしてエルフィミアには、目線で促す。


「鎌?」


 小声でぼそりと呟いた。


「おそらく、そっちが本命だ」

「『片手剣』もランク1だけど?」

「鍛練を重ねて、それだぞ。『盾1』と『体術2』で、どうにか形にしてるだけだ」

「騎士向きじゃないのね」

「はっきり言うとな」


 結局、カーマルは制限時間いっぱいまで戦い、敗北した。


 その後、フェリクス、エリオット、ニルスが出場し、危なげなく勝利する。

 伏兵を期待して観戦したが、彼らを越える選手はいなかった。

 一次予選は数日続く。意外な実力者が潜んでいると思うが――。

 だとしても、シードだろうな。

 タルヴィットのように。



  ◇◇◇◇



 初日だけ観戦し、俺はいつもの作業に没頭する。

 そして数日後、二次予選が始まった。


 昼過ぎに名を呼ばれて試合会場に出ると、隣で別の試合が行われていた。

 戦っているのはシグラスだ。

 相手は知らなかったが、好勝負を繰り広げている。


 彼は男爵の息子にしては珍しく、偏見の少ない少年だった。

 一年の野外演習でゴブリンに立ち向かい、瀕死のエリオットを守るため死に物狂いで戦った。その後もエリオットやニルスと仲良くやっている。

 三年の合同演習こそ今ひとつだったが、人格はもちろん、実力も悪くない。

 だから頑張ってほしいんだが――駄目か。

 わずかな隙を突かれ、惜しくも敗退してしまった。



 立ち去っていくシグラスを見送っていると、正面に気配を感じた。

 反対側の入場口から、対戦者が入ってくる。

 俺の相手は――こっちも見た顔だな。


 対戦相手は俺の前に立ち、不敵に笑う。


「お前がシードで残念だ。演武会もお前との戦いで幕を開けたかったよ」

「うん?」


 カルティラールだよな。それは分かる。


「あれから腕を上げたようだが、僕も同じだ。お前を倒し、勝利を父に捧げてみせる!」

「お、おう」


 少年は芝居がかった仕草で、刃引きの剣を向けてきた。

 その姿に記憶が蘇る。


 あ――ゴブリン殺しのカルロスか!


 軍学も辞めたし、あんまり見かけないから忘れてたよ。

 そういえば、こいつも一年の野外演習で目立ってたなぁ。駄目な方で。


 だけど、言ってることがさっぱりだな。

 タルヴィットのとき、門の前でちょっと話したくらいだが。

 あれと演武会がどう繋がる?


 悩んでいるうち、いつの間にか紹介や試合の説明が終わったらしい。

 気が付くと、審判が試合開始を告げていた。


 雄叫びを上げ、ゴブリンのカルロスが突っ込んでくる。

 俺は考え考え相手し、五分ほど付き合ってから剣を打ち払った。


 首元へ剣を突きつけると、審判が俺の勝利を宣告する。


 悔しそうに顔を歪めるカルロス。

 よく分からんが見せ場は作っ――思い出した! 


「入学直後、模擬戦したよな!」

「今!? 今、思い出したのか!?」


 カルロスは愕然と俺を見上げてきた。


「いや、懐かしい。他にも色々あったな。ゴブリン刺したり、刺して吠えたり」

「もっとあるよな!? 合同演習とか頑張ったぞ!」


 えぇ……そう言われても。

 どうにか思い出そうと記憶を探ったが、該当する人物はどこにもいなかった。

 そしてしまいには、審判に邪魔だと追い払われてしまう。


 カルロスは不満げに立ち去っていく。

 その後ろ姿を眺め、俺は三年の歳月を振り返った。


 初めての模擬戦の相手だったり、ゴブリン刺してるのを見学したり、タルヴィットに圧倒されて、ちょっと挙動不審だったり。


 あるにはあるんだが……やっぱり、大して関わってないよな。

 まだ何か忘れてる気もするけど――ま、いっか。

 たぶん、こっちも大したことじゃない。



  ◇◇◇◇



 三年間の集大成、演武会。

 その後も、出場者たちは一喜一憂の二月を過ごすことになる。


 二次予選でフェリクスとねじ金が戦い、無難にフェリクスが勝利。

 三次予選ではニルスの不安が的中。ランベルトと対戦し、終始崩せずニルスは敗退した。

 そして最後の四次予選では、エリオットがタルヴィットに挑むも、テッドたちの応援も空しく、盾ごと押し潰されて敗退する。


 ちなみに俺の対戦相手は初顔だったり、知っていてもよく知らない者たちばかりだった。

 仕方ないので初戦と同じく見せ場を作ってから勝利している。


 そんな日々が過ぎ、本戦出場者八名が出揃った。

 ランベルト、フェリクス、タルヴィットも危なげなく勝ち残る。

 残りの出場者も決して弱くないが、やはりこの三人が頭一つ抜けていた。


 それぞれが順当に勝ち進むと、俺は準決勝でランベルト、決勝でフェリクスかタルヴィットのどちらかと戦うことになるだろう。


 波乱は――なさそうだ。




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