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第126話 学院三年目 ~それぞれの道


 マーカントたちが大量の酒を買い込んできたので、テーブルの一角には多種多様な酒瓶が並んでいた。

 王道のワインや蜂蜜酒にエール、それ以外にもカールナ酒やインヴァス酒などの蒸留酒もある。


 皆が料理や飲み物に手を伸ばすのを見ながら、折角だからと《氷塊の槌撃(アイスブロウ)》で氷を用意してみた。

 するとマーカントたちだけでなく、テッドとジェマも果実水に入れ始める。

 エールに氷は不向きなので、「瓶ごと冷やすか?」と提案したところ、マーカントは一も二もなく氷の中に瓶を突っ込もうとした。

 慌てて止め、冷却用の氷を別に用意する。

 酒瓶が綺麗に管理されているとは思えない。口に入れる氷で冷やすのは駄目だろう。


 ちなみに氷を入れた容器や一部の酒や果実水は、小屋根様の上に乗せられている。

 誰かが声を掛けると寄っていき、用が済むと定位置に戻っていく。

 小屋根様を知らないランベルトたちは驚いていたので、「給仕係だ」と伝えておいた。

 眉間に手を当てていたが、特に質問はないようだ。


 それと、さすがに精霊を見せるのはまずいので、事前にメロックを呼び出し、今日明日は勝手に出てこないよう厳命しておいた。

 メロックは熱心に頷いていたが、召喚される個体が同じかは不明である。

 今のところ出てこないので、同じなのか向こうの世界で話が伝わったのだろう。



 皆は、あれが美味いこれが美味いと好き勝手に意見を述べつつ、自由気ままに雑談していた。

 クインスたちのお守りは去年に引き続きデイナが担当で、今年はヴァレリーも一緒になって世話をしている。

 料理の手伝いをしている間に打ち解けたのか、クインスたちを窺いながら二人で大人な会話をしては笑い合っていた。ちょっと、あそこだけ雰囲気が違う。


 そんな中、話題が冒険者活動に及ぶとランベルトが『破邪の戦斧』に話を振る。

 そして彼らが最近まで深殿の森に行っていたと知ると、さらに食い付いた。

 テッドたちにもせがまれ、「では――」とマーカントが代表して切り出す。



 深殿の森は、帝国南部に広がる未知の森である。

 帝国領から南へ進めばどこからでも行き着くが、山岳などの難所もあり、挑戦する者は森に近い町を拠点に選ぶ。

『破邪の戦斧』が活動拠点に定めたのは、その一つ、ファスデンという町だった。

 ファスデンは深殿の森で得られる素材だけでなく、岩塩坑を有することで知られ、子爵領の中ではかなり裕福な領地である。


 前段が終わって話が森の魔物に移行すると、冒険者組やランベルトたちは少し身を乗り出す。


 スキルや魔法を操るゴブリン、人間の領域ではあまり見かけないオーガやトロル、街道復旧の報酬で提示された首なし鳥のカックルと針猫のアシーグキャット、それ以外にもわずかな隙間に潜む軟体の魔物メーム、集合して巨大な蟲となるキトル虫等々。


 奥に踏み込むほど魔物は強くなり、果ての先に何があるかは誰も知らなかった。

 そんな底なし沼のような森の代表格が、竜種だ。

 マーカントは頬の傷を見せながら、地竜の巨大さと強さを語る。


 Bランク相当の実力者である『破邪の戦斧』でも、竜種の前では逃げるしかなかった。

 ランベルトやフェリクス、テッドたちも地竜の強さに唸っていた。


 話が一段落し、マーカントはグラスをぐっと傾ける。


「ま、そんなところだ。偉そうに喋ったが、俺たちも深殿の森の入口にしか踏み込んでねえ。奥にはまだ、とんでもないのがごろごろいるらしいぞ」

「噂は聞きましたね。色々と」


 ダニルの言葉にヴァレリーとオゼ、そしてマーカントも頷いた。


「絶対に見つかるなと言われたのは、アズトルスっていう蝙蝠の魔物だったな。とにかくやべえから、蝙蝠が飛んでたら隠れるのが常識だそうだ」

「竜種より怖がられてたわね。生息地はかなり奥らしいけど」


 ヴァレリーは補足すると、「そういえば……」と小首を傾げる。


「深殿の森には、獣人が住んでるそうですよ」

「そんな魔境に? 信じられんな」

「集落があるのは事実らしいんです。森の浅いところならレクノドの森とさほど変わりませんし、稀に出現する奥地の魔物さえやり過ごせれば、生活は可能でしょう」

「一度もお目に掛からなかったけどな。担がれたんじゃねえの。やり過ごすったって地竜が襲ってきたら、ひとたまりもねえだろ」

「まあ、そうだけどさ……」


 反論できず、ヴァレリーは言葉を濁す。

 マーカントの言い分は尤もだ。

 森の外、草原ならまだしも、すぐに見つからないほどの内側で集落を維持できるとは思えない。


 ただ、集落の真偽はともかく、その逆、奥地の魔物がふらりと草原に出てくることはあるらしい。

 強さの桁は違うが、セレン近郊にクドルガがやってきたようなものだろう。


 ダニルとオゼが拾い集めた情報によると、十年ほど前、亜人の魔物が草原に顔を出し、ファスデンの冒険者に壊滅的な被害を与えたそうだ。

 暴れ回ったのはゴブリンに似た魔物らしいが、噂に尾ひれが付き、討伐されたとも逃げたとも言われていた。どちらであっても、ファスデンの冒険者が総力戦で挑まなければならないほど、強力な魔物だったという。


 深殿の森についての質問が続き、それも終わると戦闘や冒険者としての心構え、帝国領内で危険な魔物やその対処法などを尋ねていた。特にトゥレンブルキューブは彼らも当事者だったので、ランベルトは熱心に話を聞いていた。


 それからほどなく、鐘の音がセレンの街に響き渡る。

 三回目ともなれば慣れたものだった。

 皆は当たり前の顔で、上着を取りに席を立つ。


「うわ、雪が降ってるぞ!」


 真っ先に飛び出したテッドが声を上げる。

 窓から覗いてみれば、灰色の空から小さな結晶が降り注いでいた。

 俺やマーカントたちは平気だろうけど、他の人は寒そうだな。


 テッドたちに手伝ってもらい、毛皮を何枚も屋根に運び込む。

 それを屋根に敷いたり、寒そうにしている者に渡して羽織ってもらった。


 これだけだと降ってくる雪は防げないので、適当な棒を用意し、それに支えられた風を装って屋根様に屋根になってもらう。

 気の所為か、久しぶりの屋根役にちょっと誇らしげだった。

 うん、絶対に気の所為だな。


 微風だったが、それでも横からも雪は吹き込んでしまう。

 小屋根様に側面を守ってもらおうと見渡すと、屋根の上で()(ぐら)を掻くマーカントの横で、酒やつまみを乗せていた。こちらはこちらで、すっかり板についている。板だけ――ま、いいや。


「そういや、セレンで新年を迎えるのは初めてだな。派手に魔法を打ち上げるんだって?」

「ああ、もうすぐだ」


 俺が顎で指し示すと、大通りのかがり火が消えていく。

 そして、新年を告げる鐘の音がセレンの街に鳴り響いた。


 一斉に打ち上がる数々の魔法。

 テッドたちは歓声を上げ、『破邪の戦斧』も驚いた様子で見上げる。


「おお、これはすげえ!」

槍撃(スピア)系や球状(ボール)系もありますね。あの辺りは魔法ギルドですか」

「術者の気分次第だが、範囲(フィールド)系の派手なのも――お、今年は駆り出されたな」


 ライトアップされたカルティラールの上空に、無数の火の玉が広がった。

 やはり炎というのは人の目を引くな。離れていても目立つ。


「危ない、落ちるから!」


 ふらふらとヨナスが歩き出し、エリオットとニルスが必死に押さえていた。

 こいつは引き寄せられすぎだ。


 さらに恒例の《堅塁障壁(ブルワーク)》の魔道具が発動する。

 長い冒険者人生でも、まず見ることのできない最上級魔法に『破邪の戦斧』も見入っていた。


「すげえ……あれが最上級か。セレンには長居しなかったからなぁ。こんなに面白えなら、旅立つ前に見とけば良かったよ」

「同感ですね。折角ですから、今年は参加しましょうか」

「あ、待った」


 片手を上げるダニルを、俺は制止した。

 そしてエルフィミアも呼び寄せ、耳打ちする。

 聞き終わり、ダニルは困惑して俺を見た。


「よろしいんですか。触媒なしでも、しばらくは濡れますよ?」

「屋根様がいるから大丈夫だろう。それに別の手も考えてある」

「分かりました」

「それじゃ、こっちはいつものやつね」

「頼む。僕も協力しよう」


 エルフィミアは頷くと、屋根を中心に《聖域(サンクチュアリ)》を発動する。

 青い輝きに、ご近所さんの視線が集まるのを感じた。

 恒例になりつつあるようだが――申し訳ない。今年で最後なんだ。


 さらにエルフィミアと手分けし、《光源(ライト)》と《灯明(トーチ)》でライトアップしていく。

 準備が整い合図すると、ダニルは頷いた。


「では、先陣を切らしていただきます」


 上空に向かい、ダニルは《水禍球(フラッドボール)》を放つ。

 それと同時に《火炎球(ファイアボール)》を発動、炎の球で水の球を追走した。


 水と火の球は限界距離に達する直前、一斉に弾け飛ぶ。

 炎に照らされる(みず)()(ぶき)

 それを防ごうと屋根様が動くも、困惑したように動きは鈍る。


「なるほど、《力場(フォースフィールド)》ですか」


 すぐに気付き、ダニルは感心した様子で水滴をひょいと避けた。


火炎球(ファイアボール)》で追走した後、俺たちの頭上に《力場(フォースフィールド)》を発動しておいた。

力場(フォースフィールド)》は魔法そのものに効果はないが、結果には影響する。

 この場合、破裂後の落下がそれだ。

 ほとんどは屋根様が防ぐし、これなら避けるのも容易い。


 それと、オンクラム黒鉱でも実験したが、やはり別属性を重ねると発動しにくかった。

 ただ微々たる抵抗で、普通に魔法を使う分には気にならない。

 オンクラム黒鉱も同じくらいの影響で終わるなら、性質を活かした魔道具は諦めるべきだろう。まあ、もう少し検討してみるか。


 ダニルは問題ないと分かり、続けて《水禍球(フラッドボール)》を、俺も《火炎球(ファイアボール)》で追随する。

 炎に煌めき、緩やかに落ちてくる水飛沫。


「おお! なんか上の方が重いぞ!」


 テッドとジェマは俺の配慮を無視し、濡れるのもお構いなしに、ぴょんぴょん跳ねて《力場(フォースフィールド)》に手を入れていた。


「水魔法なんかに!」


 一方、ヨナスは負けじと《火炎の短矢(ファイヤーボルト)》で水の球を狙い撃ちしていた。

 こいつも何してるんだか。


 当然、中級魔法に勝てるはずもなく、相手にされぬままダニルの魔力は限界に達した。

 ダニルが下がり、今度はエルフィミアが進み出る。


「少し上にしましょうか」

「そうだな。ちょっと危ないし」


 エルフィミアは《聖域(サンクチュアリ)》の上に《氷雪界域(フリージングストーム)》を発動した。

 青い輝きの向こうで、魔法の氷雪と自然の雪が混じり合う。


 んじゃ、俺もやるか。

 範囲を注意深く指定し、魔法を発動する。


「《八紘炎火(ファイアスプレッド)》!?」


 やはりというか、真っ先に反応したのはヨナスだった。

 間近での発動に感動が振り切ったのか、奇声を上げながら手を伸ばして飛び跳ねる。

 止めなさい。触れたら熱いじゃ済まないから。


「驚いたな、範囲魔法まで覚えたのかよ」

「講師が優秀でな」


 実のところ、習得したのは《景相石筍(スタラグマイト)》の方が早い。

 暇を見つけては《軟土操作(オペレイトソイル)》や《土塊の短矢(アースボルト)》の『多重詠唱』で疑似《景相石筍(スタラグマイト)》を作成、どうにか感覚を掴み、習得にこぎつけた。


 覚えてしまうと欲が出る。別属性の範囲(フィールド)系も覚えたくなった。

『氷結魔法』はランク3と今ひとつなので《氷雪界域(フリージングストーム)》は諦め、ヘレナに懇願して《八紘炎火(ファイアスプレッド)》を見させてもらった。

 その際、ヘレナは街の外に出向くのを面倒がり、魔法鍛錬場で《八紘炎火(ファイアスプレッド)》をぶっ放した。

 当然、備品に引火する。

 煙と炎と悲鳴に、集まってくる講師たちに俺は平謝りした。

 その後、修繕に奔走したのは余談である。


 それと《景相石筍(スタラグマイト)》の方は、今日はお休みだ。

 接地面が必要だし、見た目が凶悪なうえ地味である。

 祝いの場に相応しくない。



 ほどなくして、氷雪と炎の乱舞が終わる。

 割れんばかりの拍手の中、申し合わせたように俺とエルフィミアは視線を合わせた。

 そろそろ本番か。


「昨年の屈辱、晴らさせてもらうぞ」

「返り討ちにしてあげるわ」


 睨み合う俺たちに、待ってましたとばかりに子供たちが歓声を上げる。


「またやるのかよ」


 うんざりした顔のランベルトを、マーカントたちは不思議そうに眺めていた。


 そして昨年同様、リリーとネイルズが真剣な表情で定位置に付くと、不意にヨナスが手を上げ、リリーの隣に駆け寄った。


「僕も手伝います!」

「手伝うって――お前、《一握の土(ハンディソイル)》を使えるのか?」

「覚えました!」


 土魔法は使えなかったはずだが。


 試しに発動させてみると、手の平から砂粒がぽろぽろと落ちてきた。

 これでは魔法の名称が変わってしまう。どこぞの歌人だ。


「気持ちだけ受け取っておく」

「な……!? 僕たちの共同作業を邪魔するんですか! 僕とリリーさんの魔法が、こう複雑に絡み合って――」

「やましい気持ちしかねえな!? ハウス!」


 意味は分からなくとも通じたらしい。

 ヨナスはぶつぶつ文句を垂れながら下がっていった。


 とはいえ、リリーとネイルズの差は縮まっていない。

 協力者は必要か。


 皆を見回し、一点を見定める。


「クインス、お前をリリーの補佐に任命する」

「ぼ、僕ですか?」


 困惑するクインスだったが、そこへエルフィミアが割り込んでくる。


「ちょっと待ちなさい、彼は《清水(ピュアウォーター)》も使えるでしょ!」

「悪いな、早い者勝ちだ」

「だったら――ダニル、手伝って!」

「それは反則だろ!」


 人差し指を突きつけられ、ダニルは驚いていた。

 俺も驚きだよ、Cランクを招聘するな。


「はいはい、お前ら落ち着け」


 そこへ審判のランベルトが止めに入った。

 審判と『破邪の戦斧』と協議した結果、ネイルズ対リリー、クインスが丁度良いと裁定が下される。

 エルフィミアは不服を申し立てたが、ランベルトは頑として譲らず、ネイルズの「一人でも頑張ります!」のひと言に、渋々、不服を取り下げた。


 新たに《聖域(サンクチュアリ)》や舞台照明を発動し、俺とエルフィミアは向かい合う。

 俺の背後にはリリーとクインス、エルフィミアはネイルズが並ぶ。

 そしてランベルトの合図と同時、三人が一斉に生活魔法を発動した。


「初っ端から飛ばすぞ!」

「はい!」


 次々と生み出される土を《軟土操作(オペレイトソイル)》で操っていく。


「マーカント、地竜はどんな姿だ!?」

「え――巨大な岩みたいで、頭がでかかったけど」


 こんな感じか?

 想像で補い、地竜を青い光のキャンバスに描いていく。


「おお、似てる! もっと鱗はゴツゴツしてたぞ!」


 岩みたいな鱗――丸いクドルガみたいな外見か。

 全身の鱗をささくれだった岩へと変える。


 一方、エルフィミアが生み出したのは、滑らかな流線型の水竜だった。

 恐ろしい竜種とは思えぬ外見に、観客――特に女性陣からは好評価である。

 だが、あいつは肝心なことを忘れてる。


「見たことあるのか、水竜を」

「帝都で絵を見たわ」

「ふ、ただの絵か。こちらは目撃者の証言に基づいてる。ましてやその目撃者、『破邪の戦斧』を蹴散らした地竜だぞ! 絵ごときに負けるか!」

「あんたは負けるのよ、その絵にね!」


 それを号令を二体の竜が動き出した。

 観客が沸く中、マーカントがぼそりとこぼす。


「なんか、酷い言われようだな……」

「まあ、事実ですし。それにしても見事ですね。操作(オペレート)系をここまで操る術者は、そういませんよ」

「魔法の無駄遣いだろ。どっちもすげえけどさ」


 一部の観客は微妙な反応だったが、構わず地竜を操作する。

 無骨な爪が優美な尾とぶつかり互いに崩壊するも、すぐに復元されていく。


 ネイルズも腕を上げたな。

 リリーとクインスを相手にしても、魔力に余裕を感じる。

 初級魔法の習得は時間の問題か。


 何度か攻撃し合い、二体の竜は同時に身を引いた。

 様子見は終わりだ。


 魔法に彩られた夜空と対照的に、屋根の上は静寂に包まれる。

 そしてゆっくり二体の竜は首をもたげると、胸元を膨らませ、(いし)(つぶて)(ほん)(りゅう)のブレスが放たれた。


 ブレスは中央で衝突し、泥となって四方へ飛び散っていく。


「飛ばすな、汚れるだろ!」


 審判から注意が飛ぶも、お構いなしのブレスがぶつかり合う。

 テッドたちは大喜びだ。これが正しい反応である。

 まったく、同い年なのに悲しいね。学院生はすっかり()れてしまって。


「ブレスじゃ(らち)が明かないわね。ところで、水竜の能力って知ってる?」


 無言でいると、エルフィミアはにやりと笑う。


「天候を操るのよ!」


 言い放った途端、舞台の上空に雲が出現した。

 とはいっても、《水流操作(オペレイトウォーター)》で蒸気は操れない。雲を模した水溜まりだ。

 そんなことより、これはまずい。


「地竜に能力はないのか!? 隕石降らせるとか!」

「どんな化け物だと思ってんだ……」

「ブレス以外でしたら硬いくらいですね。あ、魔法も使えますよ」


 魔法は違う気がする。ここは耐えるしかないか。


 外皮の密度を上げて降雨を撥ね除けるも、所詮は土だった。

 地竜は黒ずみ、《軟土操作(オペレイトソイル)》だけでは扱えなくなっていく。

 こうなれば、外皮を捨てながら攻めるしかない。


 俺は土を内側から押し出しつつ、ブレス攻撃を仕掛けた。

 さしものエルフィミアも、降雨とブレスを同時に操作するのは難しいようだ。

 ブレスが命中し、美麗な水竜に泥が混じる。

 エルフィミアは悔しそうに、その部分を裏庭へ捨て去った。


 さすがの判断だ。

 泥混じりでは、折角の水竜が台無しだからな。


 その後も歓声を浴びながら、二体の竜は削り合った。

 しかし、結末は唐突に訪れる。


「クインス、脱落! 下がれ!」

「まだ……やれます」

「駄目だ!」


 クインスの様子を見て、審判が脱落を宣言した。

 そうなってしまうと、じり貧である。

 供給量の差が如実に表れ、地竜は瞬く間に小さくなり、嘆声と共に消滅してしまう。

 二連敗か……。


 謝罪するリリーとクインスを、俺は「好勝負だったぞ」と励ました。

 クインスが脱落するのは予想できた。俺の判断ミスである。

 雨を降らせてきた時点で、もっと積極的に仕掛けるべきだった。

 勝てなくとも、引き分けに持ち込めたかもしれない。



 死闘も終わり、残った魔力を適当に放っていく。


 しばらくしてテッドとジェマが《力場(フォースフィールド)》をせがんできたので、屋根の一部に展開した。

 すると、クインスたちも飛び込んで「重い重い!」と遊び出す。

 しまいには毛皮を丸めて投げ込んだり、飲み物を上からこぼして飲んだりしていた。

 舞い落ちる雪の中、そんな遊びは俺の魔力が乏しくなるまで続いた。



  ◇◇◇◇



 居間に戻った途端、疲労が蓄積していたのかクインスがぱたりと倒れてしまう。

 年始の祝いはお開きとなり、女性はデイナの家へ、残った者たちは居間で雑魚寝することになった。


 まだ体力の残っていたランベルトやテッドたちは、暖炉の灯りを頼りにマーカントたちの冒険譚に耳を傾けていた。

 聞き役に徹したためか、しばらくして一人が眠り、また一人が眠りに落ちる。

 気付けば、起きているのは俺とマーカントたちだけとなった。


 皆を起こさないよう、マーカントたちは離れたところに移動し、静かに酒を傾ける。

 そんな彼らの小声を聞きながら、俺は何とはなしに暖炉を眺めていた。


「少し、話せるか」


 しばらくして、マーカントが親指で裏庭を指し示した。

 無言で頷き、四人で外に出る。


 深夜の凍てつく大気が全身を包み込む。

 断続的に響く魔法の音を聞きながら、俺たちはテーブルへと腰掛けた。


「お前のことだ。もう気付いてるだろ」

「なんとなく――だがな」


 マーカントの問いに、俺は頷く。


「壁に当たったよ。深殿の森に入ってから二年、俺たちはほとんど成長しなかった」


 ダニルとオゼも無言で首肯する。


『鑑定』はしていない。それでも、分かっていた。

 強者と顔を突き合わせれば、感覚が訴えてくる。こいつは強いと。


 以前に感じたより、マーカントたちのそれは薄れていた。

 俺が大きく成長し、彼らが停滞したためだ。


「ステータスがすべてじゃないだろう」

「それでも土台だ。多少の差は経験で覆せるが、その先に何がある? ただ生きるだけなら、冒険者にしがみつく理由はねえ」

「引退するのか」

「そうだ。『破邪の戦斧』は解散する」


 三人は、どこか満足そうに微笑を浮かべていた。

 ヴァレリーがこの場にいたら、同じ表情を向けてきただろう。


「お前たちなら、幾つになっても冒険者を続けると思っていたよ」

「そのつもりだったけどな。潮時ってのがあるさ」

「解散した後はどうする?」


 俺の問いに、不意にマーカントは口ごもった。

 不思議に思っていると、顔を真っ赤にし、言い辛そうに頭を掻く。


「実は……ヴァレリーが妊娠した」


 驚くと同時、俺は納得した。


 ヴァレリーは模擬戦をやらなかったし、やたらデイナと話し込んでいた。

 母親の先輩に色々聞いていたんだな。


 マーカントは、やや恥ずかしそうに続ける。


「俺とあいつが同郷なのは知ってるだろ。これを機に帰ろうと思ってる」

「どこかの村だったな」

「ああ、クレンズリーっていう小さな村だ。ご領主様はエズドル子爵って奴だな」


 俺は記憶を辿る。


「エズドル……ケーテンの近くか」

「一応な。ケーテンの北西だが、山と森に囲まれてるから遠くのお隣だよ。ここに来る途中の街道を南下するとエズドルで、うちの村は領内のさらに西にある。山越えとかを考えると、リードヴァルトよりセレンの方が行きやすいかもしれん」


 言いながら、マーカントはデイナの家へ視線を向ける。


「クレンズリーには今も俺たちの家族が住んでる。ヴァレリーもああ見えて不安そうだし、話し合って、出産するなら家族のそばにしようと決めたんだ」

「良いんじゃないか。ヴァレリーの安心できる環境が一番だ」

「ああ、そうだな。俺もそう思う」


 微笑を浮かべ、マーカントは頷く。

 その表情に、俺は嬉しさと同時、寂しさも感じた。


 視線を外し、ダニルとオゼに向ける。


「二人はどうする?」

「リーダーたちを村まで送った後、私は故郷のイルケネックに戻ります。商人になろうかと」

「ダニルなら成功するさ。オゼは?」

「リードヴァルトへ帰ります」


 意外な言葉に返答が詰まった。

 帰るって――うちの出身だったのか。


 俺の表情に気付き、オゼは続ける。


「俺は貧民街の生まれです」

「すまん、知らなかった」

「いえ、聞いて楽しい話ではないので。俺は捨て子なんです。だから貧民街の連中は兄弟も同然でした」


 そう言うと、オゼは頭を下げてきた。


「お礼を言おうと思いながら、言いそびれてました。アルター様、うちの奴らと遊んで下さり、ありがとうございます」

「何の話か分からんのだが……」

「狩人の家へよく行かれてたでしょう。そのときです」


 狩人――ネリオの家?

 あれか、ネリオと一緒に土下座してた子供たち。


 灰吐病の素材を集めてもらおうと、ネリオを訪ねたのが始まりだ。

 その後も訪ねるたび、どこからともかく集結して一緒に土下座していた。

 なんで集まってくるのか不思議だったが、遊んでいたのか。


「あの中の何人かが冒険者になったらしいんです。俺はリードヴァルトに戻り、あいつらを鍛えたいと考えてます。アルター様のお役に立てるように」

「それはありがたい。オゼが鍛えるなら将来は間違いない」

「いえ、そんな……」


 照れるオゼに、俺たちは笑顔になった。


「それでな、戻ってきたらリードヴァルトまで送ろうと思ってたんだが――」


 言葉を切り、マーカントは暗い夜空を見上げる。


「出産予定が春過ぎなんだ。その頃はヴァレリーが動けなくなっちまう。それに、今年の冬は荒れそうだ」


 長居できない――ということか。

 俺は首を振った。


「気にするな。母子の安全を最優先にしてくれ」


 今年は去年より寒さが厳しかった。

 リードヴァルトを旅立った年も相当だったが、それを上回るかもしれない。

 マーカントが懸念するのも当然だ。


 もちろん、セレンに残るのもありだと思う。

 神聖魔法の使い手もいるし、ミラッド神殿もある。ポーションだって潤沢だ。

 しかしマーカントとヴァレリーで話し合い、家族の下へ帰ると決断した。

 俺の口出しすることではない。


「そういや、今は十三歳だっけ?」


 唐突に、マーカントは話題を変えてきた。


「年が明けたから、もうすぐ十三だな」

「じゃあ、成人まで二年くらいか。その頃には子供も落ち着くはずだ。顔を見せに行くよ」

「では、私もお供します。リーダーたちの子供にも会いたいですし」


 すかさずダニルが手を上げた。

 そんな二人に、自然と笑みがこぼれる。


「ああ、待ってる。オゼと一緒にな」

「はい。待ってます」


 オゼも隣で頷き、微笑を浮かべていた。




 それからしばらくの間、『破邪の戦斧』はセレンに滞在した。

 俺は学院長やラッケンデールに頼み、シスラス草の蜜などを譲ってもらい、ポーションを黙々と作り続けた。

 医療の発達していないこの世界、しかも辺鄙な村であれば、ポーションが母子の命綱だ。

 そして数日後、『破邪の戦斧』は大量のポーションを背負い、セレンを旅立った。


 遠くに消えた彼らの姿を思い描きながら、俺は東の街道に立ち、いつまでも見送る。


 二年の歳月が過ぎ、彼らの立場は大きく変化した。

 それは決して、悪いことではない。

 新たな門出だ。


 ふと、まだ生まれぬ子を想像し、俺は苦笑した。

 彼らの子供か。子育てが大変そうだ。


 彼らにも、子供に会うのも、また二年後。

 成人した俺は、どうなってるんだか。


 振り返り、セレンの街並みへ視線を向ける。


 そのときがどうあれ、彼らの子に恥じない人生を送らないとな。




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― 新着の感想 ―
[良い点] こうなりましたか〜。 卒業と同時に領に一緒戻りいろいろ活躍するのかと思ってましたが、2年の歳月はいろいろですねぇ。 再登場しての活躍楽しみにしてましたが、これも人生って事で。 こうなると…
[良い点] 破邪の戦斧は解散しても、その軌跡は沢山の人達に受け継がれることでしょう(*´-`)
[良い点] 人生いろいろやねー
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