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第123話 学院三年目 ~傍観者の合同演習


 もしこの世界に木枯らしがあるとしたら、今日が一号だろう。

 寒風が吹き荒れる秋空の下、俺は草原に立ち、東西に分かれた陣地を眺めていた。


 東の部隊を指揮するのは、クルトス・ノーバート・ペシム。

 ペシム子爵家の次期当主であり、自信過剰のきらいはあるが、三年の中では頭一つ抜けている。

 そして西の指揮官はランベルト・アロイス・ケーテン。

 同じく子爵家の三男で、個人技、統率力、判断力など、すべてで三年のトップクラスだ。

 忠臣のフェリクスや俺のような変わり種を除けば、上級生でも彼以上の存在は見当たらない。

 二年を加えた合同演習――その初戦はどちらが勝利するか。


 両陣営、審判役の上級生が配置につく。

 そして中央の天幕で陣鐘が響き渡ると同時、両陣営は動き出した。


 定石に従い、クルトス隊は機動部隊を先行させる。

 対して、ランベルト隊の動きはやや鈍かった。

 しかも班を再編成せず、そのままの構成で迎え撃つつもりのようだ。


 眺めていると、俺の横をクルトス隊のカーマルとねじ金が駆け抜けていく。


「審判、お疲れ様です!」

「お前らも頑張れー」


 二人に気の抜けた返答を返す。

 そして彼らに続くクルトスの機動部隊を見送っていると、近くにいた上級生が目で合図してきた。

 では、お仕事しますか。


 機動部隊を追い、俺もランベルト隊の陣地へ向かう。

 少し速度を上げて機動部隊を追い抜くと、先行するカーマルたちは困惑した様子で後ろを振り返っていた。

 ランベルト隊が戦場の切り取りを捨てたため、想定以上に突出してしまったようだ。

 折角、敵陣深くまで踏み込んだのに、カーマルとねじ金は反転、後方の機動部隊と合流する。

 無駄に体力を使ったな。


 二人は孤立するのを免れたが、機動部隊そのものが突出してるのは変わりない。

 ゆっくり前線を押し上げるランベルト隊と接触、機動部隊は戦闘に入った。


 遅れてクルトス隊の伝令が到着し、後退して味方前衛と合流するよう指示が飛ぶ。

 完全に後手だ。

 重要な役割なのに、機動部隊より伝令の足が遅い。

 戦力の低下を嫌い、非戦闘員を配置したためだろう。

 それに伝令の足が遅くとも、ランベルトが陣地の切り取りを捨てると予想できれば、カーマルたちに()(ぜん)の策を指示できたはず。


 読めなかったんだろうな。

 エルフィミアは審判だし、エリオットはランベルト班だ。

 知恵が回りそうなのはリーズのみ、荷が重いか。


 孤立したクルトス隊の機動部隊と、エリオット率いる前線中央部隊が激突する。

 カーマルたちは奮戦しているが、本人たちはどこまで分かっているか。

 押し潰されていないのは、対峙するエリオット班や三年が前に出ず、戦闘を二年に任せっきりだからだ。

 去年のソーバルに(なら)い、下級生に経験を積ませる魂胆なのだろう。


 そんな思惑を知ってか知らずか、ニルスが元気よく飛び出した。

 エリオットが下がるよう指示するも、カーマルとねじ金は冷静に対処、あっさり討ち取られてしまう。


「はい、ニルスは脱落。待機所へ下がれ」


 脱落を示す白い布を放りつつ、宣言する。


「アルター様に良いところを見せたかったのに……」

「そんな理由で布陣を乱すな。お前が死ぬだけでなく、仲間も巻き込むぞ」

「まったくです! 反省してください!」


 エリオットからも叱られ、ニルスは肩を落として戦場を去っていった。


 その後、カーマルとねじ金は粘るも、合流しようとしたクルトス隊の前衛はランベルト隊に側面を突かれて足止め、結局、孤立したまま機動部隊もろとも敗走する。

 それを機に、戦況は一気に傾いた。


 班員同士の連携を重視したランベルト隊は、地力の差もあり、着実にクルトス隊を撃破していく。

 そして前衛が崩壊し本陣近くまで侵攻されると、リーズが魔法使いを率い、玉砕覚悟で突撃を仕掛けた。

 とはいえ、攻撃魔法無しの魔法使いはただの子供である。

 エリオットは二年に対処を任せ、最後は物量でクルトス本陣を陥落させる。

 初戦はランベルト隊が勝利した。



 怪我を負った者たちは手当を、それ以外の者はテントへ戻っていく。

 俺は審判役の報告会に出席、上級生から明日の注意点が伝達される。

 報告会も終わって自分のテントへ戻ろうとすると、エルフィミアが近寄ってきた。


「圧勝したわね」

「戦力に差があったからな。ランベルトの指揮能力は生徒の域を越えてるし、フェリクスやエリオット班もいる」

「あんたの信奉者は、待機所で丸くなってたけど? 序盤で」

「触れてやるな。普段は頼れる戦力らしいから」


 皆は夕食の準備をしたり、明日に備えて休息している。

 今頃、あのどこかでエリオットに叱責されていると思う。


 それと、もう一人の『ラナイン』であるヨナスも、ランベルト隊で戦っていた。

 彼は補助系の魔法がまったく使えないので伝令を務めていたが、最後は攻撃部隊に混ざり、リーズの突撃部隊を蹴散らしていた。

 同じ魔法使いでも、近接戦への覚悟と経験が雲泥の差だ。

 リーズの突撃部隊がヨナスのような連中ばかりなら、クルトスはもう少し生き延びられただろう。


「明日は、どうなるかしら」

「そんなの決まってる。荒れるだろ?」


 去年を思い出したのか、エルフィミアは薄く笑った。



  ◇◇◇◇



 翌朝、隊分けが発表されると、ランベルトは厳しい顔付きで、クルトスは余裕の中に緊張を隠しながら、(おの)(おの)のテントへ戻っていった。


 前日に圧勝した所為か、ランベルト隊は戦力を大幅に削られてしまった。

 エリオット班を始め、三年の主立った者たちがランベルト隊からクルトス隊へ移動させられ、残されたまともな戦力はフェリクスだけである。

 唯一の救いは、二年の戦力差が拮抗していることか。


 ランベルトは苦しい立場に追いやられたが、クルトスもまた辛いと思う。

 これくらいの差を付けなければ、ランベルトは苦戦しないと講師たちが評価したことになる。もし負けたら、クルトスは立つ瀬がない。

 そして講師の目論みどおり、どちらも必死で戦うことになるだろう。



 俺はランベルト隊の本陣近くへ移動許可をもらった。

 戦力の劣るランベルト隊は、戦線を広げられない。各個撃破されて終わりだ。

 主戦場はランベルト隊の本陣付近になるはずだ。


 すべての準備が整い、陣鐘が森に響く。

 合同演習二日目の開始だ。


 動き出すクルトス隊に対し、ランベルトは本陣を中心に円陣を組んだ。

 徹底した守勢の構えだが、フェリクスだけは円陣正面から前に出ている。

 一人でクルトス隊の先鋒を迎え撃つつもりらしい。

 フェリクスも無茶をする。


 何にせよ、ここまで守備を固められたら、中途半端な攻撃は弾き返されてしまう。

 一点突破を図るか、包囲して総攻撃するしかない。


 去年の経験が、どう影響するかだな。

 クルトスは奇襲部隊に加わっていたから、ランベルトが同じ手を使うと予想できる。

 たとえ奇襲の可能性が低いと読んでも、クルトスは博打を打つタイプではない。


 となると――中途半端な手を打つか。

 それも見抜いてそうだな、ランベルトなら。



 索敵しつつ、クルトス隊の攻撃部隊が本陣前に到達、円陣を包囲するため展開していく。

 そして案の定、後衛は両陣地の中間地点で停止した。

 奇襲を警戒しながら前衛だけで攻撃、様子を見て総攻撃に切り替える作戦だろう。

 ひとまず包囲してしまえば、奇襲部隊は自由に動けない。無駄に兵を損耗させてしまうが、確実な手ではある。

 すべてはあいつ次第か。


 そんなフェリクスの正面には、攻撃部隊の指揮官を務めるシグラス班が展開し、そばにエリオット班も控えていた。三年の中でも戦闘力の高い二班を配置したのは、最も厄介なフェリクスを押さえるためだろうが、エリオットの表情は冴えない。

 配置に納得していないようだ。



「かかれ!」


 包囲が完成すると、シグラスの号令で攻撃が開始された。

 凄まじい剣戟と怒号が静寂を打ち破り、百名に及ぶ生徒が入り乱れる。


 ランベルト隊の円陣は強固だった。

 すぐそばで味方が戦い、背後には後詰めと魔法使いが控えている。

 それに比べ攻撃部隊は包囲している分、どうしても戦線が広がってしまう。

 後衛を動かしていないので兵数も劣っていた。


 クルトス隊は円陣を崩そうと(やっ)()になって攻め立てるが、ランベルト隊は声を掛け合い、攻撃を跳ね返していく。

 攻撃部隊の一部が円陣中央へ弓を放つも、後詰めが盾を構えて防ぎきった。


 攻めあぐねているのは、士気や兵数の多寡だけではない。

 手傷を負ったランベルト隊は後詰めと交代、応急手当しながら補助魔法を掛け直してもらい、再び円陣へと戻っている。

 内側に魔法使いを抱え込んでいるから、できる芸当だ。

 対して、クルトス隊は敵本陣まで攻め寄せているため、補助魔法を使える者はほとんど後衛か味方本陣だった。補助魔法が切れるのも時間の問題だ。

 クルトスの攻撃部隊は楽観していなかったと思うが、甘く見積もりすぎたな。


 とはいえ、仲間同士の協力や魔法の支援も限度がある。

 応急手当では癒やしきれないし、魔力も枯渇してしまう。

 円陣は徐々に乱れ、脱落する者も増えてきた。


 その中で、一人奮戦するのはフェリクスだった。

 攻撃部隊をものともせず、次々と脱落させていく。

 ニルスは格上相手に奮闘するも、殴り飛ばされて木に激突、そのまま意識を失ってしまう。

 あまりの勢いに、二年が怯んだ。


 それを見逃すフェリクスではない。

 瞬時に守勢から攻勢に転じ、シグラス班へ斬り込んでいく。

 慌ててエリオットが斬りかかるが、フェリクスの猛攻を凌ぎきれず脱落。


「怖じけるな! 奴を押さえ――」


 迫るフェリクスにシグラスが叫ぶも、言い切るよりも早く、木剣の直撃を受けシグラスは昏倒してしまった。

 指揮官、そして代行できるエリオットを失い、攻撃部隊は揺らいだ。


 これで負けたら、敗因はシグラスか。

 フェリクスは守り、前には出られない。

 押さえるだけなら、総攻撃までエリオット班に守りを固めさせれば良い。

 無理に攻めた所為でエリオットとニルスを失った。

 そもそも指揮官が死地に立つべきではないし、ご丁寧にフェリクスの目の前で号令を掛けた。襲ってくれと言っているようなものだ。

 まあ、配置がクルトスの指示だとしたら、シグラスを責めるのは酷か。


「行け、フェリクス!」


 喧噪を突き破り、大喝のごとき号令が飛ぶ。

 主君の命を受け、弾かれるようにフェリクスが駆け出す。

 さらに円陣中央から六名が出撃、その後を追った。


 正面部隊は慌てて押さえようとするも、円陣正面が攻勢に転じ、それを妨害する。


「俺の名はランベルト・アロイス・ケーテン! 首が欲しくば取りに来い!」


 さらに、フェリクスの抜けた穴を隊長自ら塞ぎに掛かった。


 旗を奪取するか、隊長を討ち取るべきか。

 目標が二つになり、指揮官不在の攻撃部隊は混乱してしまう。

 戦況を知らせるべくクルトス隊の伝令は走るが、間に合うはずもない。

 ここは敵本陣の目の前だ。


 偶然が重なったとはいえ、ランベルトの目論みどおりに進んでいるな。

 クルトスの性格を読み、守りを固めて敵前衛を釣りだした。

 そして戦闘力の高い者を撃破、即座にフェリクスを突撃させる。

 攻撃部隊の指揮官クラスをまとめて片付けられたのは、幸運だった。

 まあ、エリオットはこの状況を怖れていたようだが。


 ただ、程度の差はあれ、似たような結果になったと思う。

 フェリクスは人生をランベルトに捧げている。

 守りの(かなめ)にして、反撃の(くさび)

 そんな大役を任され、奮起しない方がおかしい。



 奮戦するランベルトを眺め、密かに苦笑する。

 フェリクスだけかと思ったが、こっちも張り切ってるな。


 しかも死地に飛び込み、自ら名乗りまで上げた。

 やっていることはシグラスと同じだが、偶然と狙い澄ました行動では、意味と効果は別物だ。


 それに――旗の守りを二年に任せたのか。

 こんな状況でも後進に勉強させるとは。

 まったくもって、先輩の(かがみ)だな。


 俺は他の審判に目配せし、その場を離れる。

 では、見届けるとしよう。フェリクスの戦いを。



  ◇◇◇◇



 森を疾走するフェリクスを邪魔しないよう、俺は離れて併走する。


 同時に出撃した六名は、なぜかフェリクスを追わず、分散して森を走っていた。

 そしてクルトス隊の伝令や斥候の前に飛び出し、戦うでもなく再び森へ消えていく。

 不審に思って覗きに行くと、六名は全員、顔を布で覆っていた。


 目的は攪乱か。

 顔を隠しているのは――なるほど、判断を鈍らすためだな。


 三年は戦力に乏しくても、二年はそれなりに揃っている。

 しかし顔を隠されては、注意すべき相手か判別できない。


 攪乱部隊の構成は、ほぼ平民だろう。

 大抵の貴族や騎士の息子は、顔を隠すのを嫌がる。

 それでもやるような連中は士気も高いし、平民なら尚更だ。


 そんなランベルト隊の攪乱部隊により、警戒網まで混乱に陥った。

 森の各所で後衛があらぬ方向へ移動したり、その場で静止、(らち)が明かないとクルトス隊の本陣へ戻る者も現れる。


 戻るのは正解だ。

 冷静に分析すれば、ほとんどは大した脅威でないと分かるはず。

 ただ、本物の脅威は全速で突っ走っているけどな。


 いきなり現れたフェリクスに、後衛の一班が瞬く間に討ち取られる。

 それがまた、混乱に拍車を掛けていく。


 フェリクスは中央を突破し、クルトス隊本陣へと迫る。

 その足が、不意に止まった。


「まっすぐ突き進んでくると思いました」


 カーマルとねじ金だった。

 断片的な情報から、フェリクスが突撃を仕掛けていると気付き、迎撃部隊を率いて待ち伏せていたようだ。


「まだ面倒なのが残っていたか」


 呼吸を整えながら、フェリクスは木剣を構える。


 この二人が相手では、無傷で突破するのは難しい。

 何より、ここまでの消耗が激しすぎた。


 カーマルとねじ金は迎撃部隊に指示を出し、フェリクスを包囲する。


「フェリクス様!」


 突然の声に包囲が割れる。

 飛び出してきたのは、三名のランベルト隊だった。


「ランベルト様が手助けせよと!」


 そう言ってフェリクスと並び、二年生たちは木剣を構えた。

 彼らもまた、フェリクス同様、傷だらけである。

 用意していた反撃部隊ではなく、円陣を組んでいた者たちのようだ。


 予定していなかった増援なのだろう。

 フェリクスは驚いていたが、不意に笑みへと変わる。


「よし、ついてこい! ともに敵本陣を攻め落とすぞ!」


 カーマルたちに剣を突きつけ、フェリクスが突撃する。

 三名も喚声を上げ、迎撃部隊に斬り込んだ。


 迎撃部隊は、わずかに及び腰になった。

 フェリクスたちの勢いだけではない。

 増援が来たということは、前衛が押し返されている可能性があった。

 もしそうなら、ここだけを死守しても無意味である。

 実際は今もランベルトが奮戦しているのだが、伝令が攪乱されているため、判断する情報が届かなかった。


 フェリクスたちの猛攻を凌ぎながら、カーマルが叫ぶ。


「ラステアン、君は本陣へ戻れ!」

「何を――」

「立て直すんだ! 今ならまだ間に合う!」


 カーマルの言葉に、ねじ金ことラステアンが苦渋の表情を浮かべた。

 そして「本陣で待ってるぞ!」と踵を返す。


 判断自体は正解だと思う。

 立て直せるかどうかはともかく、今のままだとクルトスはすべての指揮官を失ってしまう。ねじ金がいれば、まだ打つ手もあるだろう。

 ただ――大した時間稼ぎになりそうもない。


 カーマルは苦手な剣を振るい、足りない部分を『体術』で補うも、()(かん)せん地力に差がありすぎた。

 着実に追い詰められ、最後は上段をまともに受けて昏倒してしまう。

 そうなると後は脆い。

 迎撃部隊はフェリクスと増援に脱落させられ、何人かは本陣へと撤退していった。


 これで最後の障害を撥ね除けた。

 ねじ金の報告を受けたクルトスは、フェリクス率いる反撃部隊を本陣で迎え撃つことになる。


 ふと気になって『気配察知』を向けてみれば、攪乱部隊の何人かが集結し、本陣目指して進んでいた。

 あれも予定どおりか。


 増援を連れ、フェリクスは走り出す。

 だが――再び、その足を止めた。

 俺も耳を疑い、振り返る。


 森に鳴り響く陣鐘。

 フェリクス、そして俺や増援の二年たちも、ただ呆然としていた。

 反撃部隊はもちろん、攪乱部隊もクルトス本陣に到達していない。


 旗が――やられたか。


「演習終了だ。本陣へ戻れ」


 宣告する俺に、フェリクスは呆けた顔を向けてきた。

 そして二年たちは俯き、静かに嗚咽した。



  ◇◇◇◇



 審判の待機場所へ戻ると、周囲の雰囲気が妙だった。

 皆、遠巻きに救護所を眺めている。


 誰か、大怪我したのか。

 ランベルトは――有り得んな。


 その場に立ち様子を窺っていると、しばらくして救護所からエルフィミアが顔を出す。

 そして待ち構えていた講師と話し始めた。


「気を失ってますが、大丈夫です」

「そうか、良かった」


 安堵する講師に一礼したところで、エルフィミアも俺に気付く。

 そして近付くなり、「《雷衝の短矢(ショックボルト)》よ」と呟いた。


「誰がやられた?」

「クルトス隊の二年。誰がやったか分かる?」

「もしかして……あいつか」

「ご明察」


 円陣の中にいたんだな、ルシェナ。


「あんたから話は聞いてたけどさ――」


 神聖魔法の行使で疲れたのか、エルフィミアは軽く伸びをする。


「本当に凄いわね、あの子。講師が数人掛かりで叱ってたけど、なんて言い返したと思う?」

「分からんよ。あれの考えることなんざ」

「攻撃魔法禁止が(ぬる)いそうよ」


 エルフィミアが面白くもなさそうに笑うと、釣られて俺も苦笑する。


「馬鹿だな」

「馬鹿よね。得意属性の耐性持ちと遭遇したら、どうするつもりかしら」

「お供の皆さんがどうにかするんだろ。『剣閃』もいるしな。ま、あれと関わると碌なことにならんよ」

「もうなったみたいだけど?」


 視線を追えば、ランベルトとフェリクスが向かってくるところだった。

 そしてランベルトは俺を見つけるなり、地面を踏み抜きそうな勢いで迫ってきた。


「失格負けだ! 何を考えてやがる、あのお嬢様!」


 怒り覚めやらぬランベルトを、フェリクスが(なだ)める。

 主人が激高している所為か、落ち込んでもいられないようだ。


 少しランベルトが落ち着いたところで話を振ってみると、フェリクスは照れた様子で微笑を浮かべた。


「負けたと分かったときは落ち込みました。自分の力が足りなかったからだと。でも敗因を知り、少し安心したんです。やはりランベルト様の策は正しかった。できれば、証明したかったですけどね」

「されてるだろ?」


 俺の視線を追いフェリクス、そしてランベルトも振り返る。

 通りかかった数名の二年が、ランベルトに一礼していた。


 ランベルト隊で戦った者たちだろう。

 皆、傷だらけだが、敗者の顔ではなかった。


「伝わってるさ。誰も失策とは思ってない。お前たちは先輩としての役目を充分果たした。次は彼らの番だ」


 照れ隠しか、ランベルトは厳しい顔で頷きかける。

 彼らは笑顔を返すと、もう一度頭を下げてから、自分のテントへ戻っていった。


「残念です。お二人にとっても最後の演習でしたのに」


 そんな後輩を見送り、フェリクスがこぼす。


「構わないさ。僕らは後輩の参考にならんだろ」

「まとめないでくれる?」


 間髪入れずエルフィミアが拒否するも、ランベルトは首を振る。


「俺からしたら、お前らは同類だぞ。戦術もへったくれもない」


 ランベルトが言い切ると即座に反論しかけ、エルフィミアは口を(つぐ)む。

 そして俺を横目に、分かってないとばかりにため息をついた。



 こうして学院最後の演習は終わった。

 昨年同様、生徒たちは多くの教訓を得、また経験を積めたと思う。

 俺は審判にされてしまったが、彼らの戦いを客観的に観戦できたのは貴重な体験だった。


 そして撤収のためテントを畳んでいると、ランベルトとクルトスが握手を交わしているのが目に止まる。

 見渡せば、似たような光景が至るところで広がっていた。


 近い将来、この演習で活躍した者たちから、帝国を支える人材が輩出されるかもしれない。

 ランベルトもどうせなら、宮廷騎士を目指せば良いのにな。

 ケーテンに置いておくのは勿体ない。


 ま、人のことは言えないか。

 お互い、田舎領地を守るため奮闘するとしよう。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 読み直し中。 改めて学院編を読み直しても、学院がアルターに教えられた事は少なく、ほぼとっかかりだけ、殆ど独学だわ、学習より他人の世話ばかりして時間を取られてるわで、あげくに強すぎるから、卒…
[一言] 久しぶりにルシェナ出てきたな。すっかり忘れてたよwこいつへのお仕置きはいつになるのかな~
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