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第119話 学院三年目 ~いつか見た光景


 前期野外演習は錬金術の生徒として参加し、何事もなく終了した。

 やったことはこれまでと大差ない。

 錬金術の講義で使うための素材を確保し、場合によっては魔石を得るため戦闘を行う。

 その際、錬金術の生徒は後衛に徹し、戦闘後の治療を担当する。

 俺はロラと一緒に、戦う班員を全力で応援した。声が枯れるほど応援した。

 それなのに、ランベルトから「さぼるな」と怒られてしまう。

 俺は間違ってない。


 そんなわけで、野外演習が終われば前期試験である。

 恒例の勉強会が予定されていたため、その前に自習できる部分は済ませようと朝から図書館に籠もった。


 だが昼過ぎ、俺は早々に切り上げることにした。

 閉門まで勉強する予定だったのだが、こっそり《集中力上昇コンセントレーションアップ》を使っていたら、あっという間に終わってしまったからだ。

 この魔法は冒険者でも職人でもない。学生こそ真価を発揮する。


 想定外に時間が空いたので、日用品の買い出しに行こうと席を立つ。

 そして快晴の中、図書館から学舎を回り込むと、門の周辺に人の気配が密集していた。

 何事かと視線を送り、俺は足を止める。


 門衛と生徒の姿。

 そのそばには――この前の両手剣使い?

 なんでカルティラールに。


 揉めているのか、届く声がやや激しい。

 あいつは大柄なので、平均的な大人の背丈を越えている。

 門衛たちは見下ろされてしまい、少し()()されているようだ。


 そんな両手剣使いに圧倒されながらも、対峙しているのは一人の生徒だった。

 あれは同学年の……誰だっけ。

 一年の野外演習で、ゴブリンを刺して吠えてた奴だ。カルなんとか。


 正直、嫌な予感しかしないので近付きたくないが、十中八九、俺が関わっている。

 そもそも、あそこ以外から出られない。


 仕方ないのでそのまま進むと、両手剣使いはこちらを見るなり嬉しそうに笑った。

 やっぱり俺が目的か。


 生徒も俺に気付き、手を振ってくる。


「良いところに来た! こいつをどうにかしてくれよ!」

「そう言われてもな。どうしたんだ――カ、カル……カルロス」

「カルアスだ! 覚えてないのかよ!?」


 ほぼ正解なのに。器の小さい奴だ。

 ゴブリン殺しのカルアスね。覚えたぞ。


 そんな級友との微笑ましい会話を楽しんでいると、カルロスをぐいと押しのけ、両手剣が近付いてきた。


「やっぱりカルティラールだったか」


 押しのけられてむっとしながらも、カルロスは俺と両手剣を交互に見比べる。


「知り合いなのか?」

「ちょっとな」

「だけど、こいつが探してるのは、変な名前の曲剣使いだぞ?」

「まあ、色々とな」


 これ以上、余計な詮索をされては(たま)らない。

 俺は適当にはぐらかし、両手剣使いを招いて人気のない場所へ移動した。


「それで、こんなところまで何の用だ?」

「俺と戦え、テンコ」

「嫌だけど」


 あっさり拒否すると、両手剣使いは驚愕していた。

 なんで受けると思ったんだ、こいつ。


「用件はそれだけか? 忙しいから帰らせてもらうぞ」

「俺じゃ相手にならねえってのか!?」

「誰がそんなことを言った。試験も近いし、遊んでる時間はないんだよ。じゃ」


 言い捨てて歩き出すと、両手剣使いは慌てて付いてきた。

 心配そうな門衛に一礼し、学院を後にする。


 両手剣使いはしばらく「戦え」と喚いていたが、それでも無視すると、ふて腐れた表情でどこまでも付いてきた。


 ため息を漏らしつつ、そのまま北門を抜ける。

 そして難民街を通過して草原へ、森が近付いてもまったく帰る様子がなかった。


 こいつ、どこまでも付いてくる気か。

 襲いかかって来ないので分別はあるようだが、自宅まで来られても面倒だ。


 俺は足を止め、振り返った。


「分かった。相手してやろう」

「本当か!? だけど、お前の武器は――」


 両手剣使いは俺の腰へ視線を落とす。

 今は護身用の小剣である。


「安心しろ。本来は片手剣だ。この前より強いぞ?」


 それを聞き、両手剣使いは口元を吊り上げる。

 粗野な笑いに、ふと、マーカントの姿が重なった。


 あいつも戦闘狂なところがあったな。

 そういや、『破邪の戦斧』はいつ頃戻ってくるんだろう。

 卒業する前と言ってたし、年が明けてからか。



  ◇◇◇◇



 真夏の草原で、俺はラプナスの三年、タルヴィットと向かい合っていた。

 すっかり忘れていた名前を決闘らしく名乗りを上げて訊きだした後、俺は大事な質問を投げかける。


「戦う前に聞いておきたい。僕がカルティラールの生徒だと、なぜ分かった?」

「ただの勘だ。ハルヴィス・ラズフォールは知ってるよな。演武会で三連覇し、無敗でセレンを去った男だ。そんなハルヴィスが一目置く一年生がいる。うちでは、それなりに知られた話だ」


 演武会でのやり取りか。

 二年前にハルヴィスと戦ったラプナスの三年――今は五年か、あいつから広まったんだろう。


「俺は信じなかったよ。ハルヴィスは圧倒的な強さだった。あれほどの強者が気にする一年なんているはずねえ。だがお前を見たとき、こいつがそうじゃないかと思ったんだ」

「他に知っている者は?」

「確信がなかったからな。俺だけだ」


 俺は安堵する。

 ラプナスにも貴族は多い。両親に伝わるのも困るし、余計な面倒もごめんだ。


「このことは他言無用で頼む」

「良いだろう。それで、無駄話は終わりだな?」


 言いながら、タルヴィットは両手剣を構えた。


 普通、模擬戦は木剣を使うが――本物でも良いか。

 どうせ怪我なんてしないし。


 距離を取り、俺も小剣を抜いた。



 タルヴィットはゼレットから筋力を削り、器用さに振り分けたような男である。

 優れた筋力と体格で、重武器を自在に振り回す。

 マーカントの劣化版と言えなくもないが、こちらは経験に差がありすぎて比較対象にならない。やはりゼレットが近い。


 そんなタルヴィットの筋力は15で、俺が幼かった頃のロランと同等だった。

 今も熱心に鍛えている中年騎士の現在は不明だが、体格も劣っていないし、当時に力比べをしたら拮抗したと思う。


 そして俺の筋力は14。

 一見、張り合えそうだが、平均的な身長と体格なので数字以上に不利だった。

 武器の重量も違いすぎる。


 というわけで、俺は足と体捌きでタルヴィットの猛攻を躱し続けた。

 敏捷は21と11。こちらは一方的だ。


 薙ぎ払いを屈んで避けながら、少しだけ感心する。

 ここまで躱されると熱くなりそうだが、まるで動じない。

 両手剣を振り回しつつ、俺の動きを見極めようと目を凝らしていた。

 攻撃も次第に鋭さを増していく。

 ただの喧嘩好きではないようだが、それだけでは敏捷の差を埋められない。


 俺は好きなだけ攻撃させ、満を持しての『剛連撃』を『二連撃』で受け流す。

 そして返す剣を首元に突きつけた。


「も、もう一勝負だ!」

「次で終わりだぞ」


 再び挑んでくるタルヴィット。

 しかし、何度やっても結果は同じである。

 大振りをさらりと躱し、足を引っかけ転倒したところに剣を突きつけた。

 それをタルヴィットは払い除ける。


「まだだ! まだ負けてねえ!」

「負けたから。二度も」


 構わず斬りかかってきたので、跳躍して距離を取った。


「いい加減にしろ。僕は帰る」


 背を向けて門へ向かうと、タルヴィットは喚きながら付いてきた。

 結局、模擬戦前に戻ってしまう。


 夏の草原で「戦え」と連呼するタルヴィット。

 その騒がしさに、懐かしさを覚えた。


 二年前も似たような経験したな。

 あのときは何回だったか。呆れるほど戦ったから覚えてない。


 それになんとなくだが、タルヴィットの性格が掴めてきた。

 戦えと喚く割に、背中をがら空きにしても斬りかかってこない。

 人目が多いときも騒がなかった。

 粗暴で自分勝手な男だが、(しょう)()はまともである。


 ちらりと振り返り、喚くタルヴィットを見上げた。

 熱意は大したものだが――。


 教えてやるか。上には上がいるってことを。



  ◇◇◇◇



 自宅に到着すると、テッドがクインスとカイルに稽古を付けていた。

 観戦しているのはジェマとネイルズ、エミリ、ジニーだ。


 俺に気付き中断しようとしたので、首を振って続けさせる。

 そのまま裏庭に入り、ジェマたちと並んで観戦した。


 屋根様たちの実験の際、クインスたちはオークや魔物との殺し合いを初めて目にした。

 あれから色々考えたらしく、以前より稽古に打ち込んでいる。

 少女二人も本気で取り組み始めたが、恐怖を拭いきれないのか、こちらは遠距離武器中心の鍛錬である。始めて間もないし、今はそれで充分だろう。


「なあ、あいつ誰だ?」


 もう一人の観戦者に気付き、隣のジェマが顎を動かす。

 タルヴィットは路地から興味深げに稽古を眺めていたが、俺と目が合うなり人差し指を突きつけてくる。


「分かったぞ! ここで特訓してんだな!?」

「違う。僕の自宅だ」

「じゃあ、こいつらは……」

「色々だ」


 稽古が一段落ついたので、タルヴィットを放置して自宅へ入る。

 着替えて裏庭に戻ると、タルヴィットはテッドたちと楽しげに会話していた。

 いきなり馴染みやがったな。


「すげえな、タルヴィットって! 『両手剣3』だってよ!」


 ジェマが笑顔で報告してきた。


 会ったばかりの相手にステータスをばらしたのか。

 確かに凄い。別の意味で。


 タルヴィットは会話を打ち切ると、呆れる俺に今度は両手剣を突きつける。


「勝負しろ、テンコ!」

「二度も負けておきながら、まだ挑むか」

「俺は負けてねえ!」


 駄々っ子のようにタルヴィットは喚く。

 ふと見れば、テッドとジェマがいたく共感していた。


「僕は忙しい。何回、同じことを言わせるつもりだ。それでも戦いたいなら――テッド、こいつと戦ってみるか?」

「良いのか!?」


 喜色満面のテッド。

 対照的に、タルヴィットは眉をひそめる。


「もし全員に――あ、こっちの小さいのは除いてな。この三人に負けを認めさせたら、好きなだけ戦ってやろう」

「絶対だな!? 約束だぞ!?」

「絶対で約束だ」


 大喜びで両手剣を構えるタルヴィットから剣を取り上げ、木剣を渡す。

 念のため、ヒーリングポーションも数本並べておいた。


「僕は買い物に行ってくる。留守を頼んだ」


 そう言って路地へ出ると、早速、木剣を打ち合う音が聞こえてきた。


 あいつらの相手をするのは大変だぞ。

 帰ってくるまで、もてば良いけどな。



 その後、石灰おばさんの店やブレオス商会を回り、ポーションの素材と日用品を買い足していく。

 掘り出し物はないかと露店にも立ち寄り、手頃な装身具を数点、購入した。

 ほどなくして帰宅すると、ジェマとタルヴィットが戦っていた。

 思いのほか奮闘してるな。何巡目だろうか。


 ジェマはあちこちが痣だらけで、観戦するテッドも似たような見た目だった。

 ネイルズは顔を歪めながら、クインスたちに包帯を巻いてもらっている。


 タルヴィットは大して怪我を負っていないが、連戦がきついらしく、汗だくで息もかなり上がっていた。俺が戻ったのに気付く素振りもない。


 正面玄関から自宅へ入って荷物を整理、いつもより元気な掛け声を環境音に、俺は錬金溶液の調合を始めた。


 それからほどなく、二階から裏庭を覗いてみると、なぜかジェマとネイルズが戦っていた。

 タルヴィットはテッドと並んで観戦し、二人に向かって「そこだ!」とか「足の動きを見ろ!」とか叫んでいる。すっかり教官気分だ。


 調合の手を休め、調理場へ向かうと、《清水(ピュアウォーター)》と《氷塊の槌撃(アイスブロウ)》で氷を大量に生み出し、果実水と一緒に裏庭へ運ぶ。

 皆に振る舞いながら、近くのカイルに結果を尋ねた。


「少し前に倒れました」


 タルヴィットを気にしつつ、カイルは小声で答える。


 ま、そうなるだろうな。

 うちに集まる連中でも、テッドとジェマは格別だ。

 あれほど根性があり、強さに貪欲な生徒はいない。


「次は俺たちだな!」


 ジェマが勝利すると、テッドが立ち上がった。

 俺たちが自分を差していると気付き、タルヴィットはあからさまに嫌そうな顔になる。


「またやんのかよ。ちょっと休ませろ」

「もう休んだろ」

「さっき座ったばっかりだよ! せめて飲むまで待ってろ!」


 そう言って、タルヴィットはちびちびと果実水を飲み始める。

 その横で「早くしろー、さっさと飲めー」とテッドが急かした。


 タルヴィットはだんまりを決め込んでいたが、我慢の限界を迎えたのか、一気に果実水を飲み干す。


「分かったよ! やれば良いんだろ、やれば!」

「その次はあたしな」

「連戦は止めようか!? クジにしよう!」

「魔物の群れは待ってくれないぞ?」


 ジェマの正論にタルヴィットは押し黙ってしまう。

 それを見て、クインスたちは笑い転げた。



 タルヴィットは良い練習相手になりそうだ。

 俺は速度重視で、ランベルトとフェリクスは技巧派。

 テッドたちが苦手とするのはどちらでもない、体格差を武器にする魔物だった。


 あいつらも承知しているのだろう。

 そうでなければ、あれほどしつこく絡まない。


 昼下がりの蒸し暑い午後、俺はのんびり模擬戦を見守った。


 ()()っぱちな雄叫びを上げ、木剣を振り回すタルヴィット。

 その眼差しは、どこか楽しげに見えた。



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