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第11話 八歳児の日々 ~草原の王


 皆のところへ戻ると、ロランがあくびをしながら小言を言ってきた。


「坊ちゃん、あんまり離れないで下さいよ」

「ダニルから薬草について教わっていたのだ。護衛なら付いてこい」


 のうのうと休んでいて文句を垂れるんじゃない。まあ、それとなく俺を見ていたのは気付いていたが。

 そんな会話を聞いていたマーカントが、干し果物をかじりながら口を開いた。


「薬草? そんなもん、あったか?」

「ええ、ありますよ」


 なぜかダニルが苦笑を返す。

 マーカントは口をへの字に曲げながら周囲を見渡した。何気なくその様子を眺めていると、視線はジェネルラル草やファラエル草を綺麗に素通りしていく。こいつ、まさか。


「お前、もしかして薬草の区別がつかないのか?」

「はっはっはっ」


 笑いながらそっぽを向いた。


「よくそれでCランクまで上り詰めたな。大方、皆に助けてもらったんだろうが」


 呆れながら『破邪の戦斧』を見やると、ヴァレリーだけスッと視線を逸らした。おい。

 ダニルが小さく首を振る。


「二人は昔から不得手なんですよ」

「だって、おんなじような草ばっかりじゃない! 集めてきても全部毒って言われたし!」


 全部毒って……むしろ才能だろ。

 俺とダニルが笑い合っていると、おもむろにオゼが立ち上がった。

 突然の動作に全員の視線が集まる。

 オゼは無言のまま森を睨み付け、音もなく駆け出す。

 マーカントは首を回しながら斧を掴み、ヴァレリーとダニルも剣に手をかける。ロランは盾を構えながら俺の前に陣取った。明らかに戦闘態勢。

 何かいるのか?

 周囲に気配はしない。


「どうした?」

「さて。何か来るようですが、ひとまずお下がりください」


 ロランの言葉が終わると同時、オゼが駆け戻ってきた。


「エラス・ライノだ! 向かってくる!」

「は!? 森の中だぞ!?」


 マーカントは驚きながらも、俺に「下がれ!」と指示を飛ばす。

『破邪の戦斧』をその場に残し、ロランは俺と一緒に下がる。

 樹木のへし折れる音が森に響く。

 地鳴りに微かな振動。相手は相当な巨体らしい。


「どういう魔物だ?」

「草原にいるサイの魔物です。あとは――ま、すぐ分かりますよ」


 草原? なんでそんなのがこんなところに?


「アルター、前へ出るなよ! あれに吹っ飛ばされたら、ただじゃ済まん!」


 マーカントの忠告はすぐに理解した。

 木々を吹き飛ばしながら巨体が姿を見せる。体高は二メートル半はあろうか。太い二本の角を持つ巨大なサイ、まるで戦車だ。

 呆気にとられていると、こちらの存在に気付き咆哮を上げた。


「来るぞ!」


 先頭で斧を構えるマーカントへ向け、エラス・ライノが突進を仕掛ける。

 全員が一斉に散開してそれを避けると、すれ違いざまマーカントが斬撃を放ち、オゼはスリングで目を狙った。斬撃はエラス・ライノの分厚い鎧を傷つけたが、スリングは目蓋に弾かれてしまう。


「おら、こっちだ!」


 マーカントが腰の手斧を投擲、エラス・ライノの首元に突き刺さる。苦痛の吠え声を上げ、血走った目でマーカントを見据えた。前衛らしく敵の注意を引きつけたか。

 俺はロランに守られながら、後方で『鑑定』を発動した。



名前  :-

種族  :エラス・ライノ

レベル :16

体力  :142/151

魔力  :51/51

筋力  :32

知力  :4

器用  :5

耐久  :18(27)

敏捷  :14

魅力  :10


【スキル】

 突進、装甲

【魔法】

 無し

【称号】

 無し



 あっさり人間を越えてきたな。

 圧倒的な筋力と耐久。耐久は『装甲』の補正効果っぽいが、何にせよかなりの強敵だ。さらにステータスに表示されない重要な要素がある。

 その巨体だ。

 歩幅は大きく、身体を振れば体重も相まって下手な鈍器以上の破壊力。現に木をあっさりへし折っている。同じ事を人間がやろうとしたら、どれほどの労力が必要か。


 そんな化け物相手に、マーカントたちは接近戦を挑んでいた。

 マーカントとダニルは注意を引き、ヴァレリーとオゼが目まぐるしく移動しながら死角から飛び込む。特にオゼは短剣片手に足を狙って攻撃を仕掛けている。あれだけの巨体であれば支える脚の負担も大きいだろうが、弱点だとしても足下に飛び込むのは相当な勇気がいる。スキル構成から戦闘職じゃないと決めつけていたが、伊達にCランクのメンバーではないということか。

『破邪の戦斧』が無茶な近接戦を挑んでいるのは、最初に見せた突進を警戒しているのだと思う。角の貫通力と巨体による体当たり。接触すれば吹き飛ぶだけでは済まない。距離を殺せばその突進を封じられる。だとしても、接近戦もまた大きな危険を孕んでいる。角の長さは長剣以上もあり、頭部の大きさも合わせれば人間を遥かに超える攻撃範囲。距離感を誤れば即死も有り得る。

 ここにロランが加われば、『破邪の戦斧』の負担は減るはずだ。

 そう考えたが、ロランはあっさり首を振った。


「こういう時のために彼らを雇ったんですよ?」


 薄情な気もするだが、その通りではある。しかし、らしくない。

 そう思いロランの背を眺めていると、理由がなんとなく分かった。ロランは俺の護衛であり盾役。鉄板で補強された盾にチェインメイルを着込んでいる。重装備だった。革鎧の『破邪の戦斧』に比べたら、どうしても機動力が劣ってしまう。エラス・ライノの一撃は、盾でどうにかできる威力では無かった。冒険者時代のロランなら、皆と同じく機動性を重視した装備だったろう。俺を守るという役目がそれを捨てさせているのだ。


「ヴァレリー!」

「了解!」


 指示を飛ばす声に、そちらへ視線を向けた。

 素早くマーカントが後退し、穴を埋めるようにヴァレリーが飛び出す。

 マーカントに怪我をした様子はない。何をするつもりだ?

 充分な距離を取り、マーカントは集中を始める。その途端、いきなり全身が分厚くなった。

 あれは、とっても凄い脳筋――じゃなくて《筋力上昇(フィジカルアツプ)》、変性魔法か。

『鑑定』で見てみると15だった筋力が19へ、腕力だけ21の人外となっていた。

 アルア・セーロが煌めき、エラス・ライノの頬が裂ける。怒りの形相で角を突き上げるも、すでにヴァレリーは攻撃範囲から離脱、空を切る頭部へマーカントが肉薄した。


「強撃ッ!!」


 地を這うように聖撃の斧を掬い上げる。

 斧は強固な外皮を突き破り、筋肉を引き裂き、下顎の骨に激突。鐘を鳴らすような音を立て、三トンを超えるであろう巨体が派手に揺れた。

 エラス・ライノの筋力は32、いくらマーカントが筋力を増強しても、真っ正面からぶつかれば吹き飛ばされてしまう。しかし首は伸びきり、狙ったのは頭部の先端。さらに戦闘系スキル、『強撃』で威力を上げている。衝撃を逃がすことができず、マーカント渾身の一撃はまるごと下顎に叩き付けられた。

 骨にこそ防がれたが、エラス・ライノは完全に体勢を崩した。

 好機とばかり、『破邪の戦斧』が一斉に攻撃を仕掛けよう動く。

 その時だった。


「――ッ!?」


 不意に視線を切り、ロランは森へ剣を向ける。

 それよりも早くオゼは反応していたようで、『破邪の戦斧』もエラス・ライノの攻撃範囲から飛び退いた。


「俺たちの獲物だ、横取りする気か!」


 木々の合間から四人の若者が現れた。

 そしていきなりの、俺たちの獲物宣言。

 こちらの俺たちは呆けてしまったが、言葉が脳に浸透するや否や、一様に冷ややかな視線を浴びせた。草原の魔物がなぜ森にいるのか。経緯は知らんが、原因はよく分かった。

 しかし、こういう場合はどうするのだろうか。感情はともかくとして、冒険者なりのルールかギルドの規約がありそうだが。

 答えを求めてマーカントを見ようとした瞬間、足下の揺れに蹈鞴(たたら)を踏む。

 覚醒したエラス・ライノが、包囲から抜け出したのだ。

 若者らの登場で包囲の輪が厚くなった。事実はどうあれ、エラス・ライノにはそう見える。だから最も薄い部分を狙い、突破を図った。すなわち、俺とロランだ。

 目を血走らせながら迫り来る重戦車に、トラックに撥ねられたときを思い浮かべた。もし馬鹿犬に意識が向いていなければ、こんな光景を最後に見たのだろう。


「坊ちゃん、下がって!」


 盾を突き出し、ロランが前で身構える。

 それで防ぐつもりか? いくらなんでも無謀だ。突進するための助走は短くとも、馬力があまりにも違う。桁外れだ。

 我に返った『破邪の戦斧』がエラス・ライノを追う。

 しかしマーカントに遠距離攻撃の手段はなく、ヴァレリーの斬撃やダニルの《鋭水の短矢(ウォーターボルト)》も意に介さない。オゼの投擲した短剣が後ろ足に突き刺さると、やっと効いてきたのかエラス・ライノは突進を鈍らせたが、それとて押さえ込むには至らなかった。

 息を呑む。

 自身の身を案じたのではない。俺には『高速移動』がある。回避は造作もない。

 だが、ロランは無理だ。避けきれないし、本人にそのつもりがない。目の前の男に死の臭いを嗅ぎ取った。このままではロランが危ない。

 どうする?

 中途半端な攻撃は無意味。一撃で仕留めるしかない。それでも慣性で巨体は突っ込んでくるが、ただの塊ならロランは死なないはず。重傷ならポーションで治せる。それに正面からどいてくれれば、怪我すら免れるかもしれない。

 スティレットに手をかける。


「ロラン! 横へ飛――」

「下がっていなさい!」


 指示は打ち消され、次なるロランの行動に俺は唖然とした。

 盾を投げ捨てたのだ。

 片手剣の(つか)(がしら)に左手を添え、呼気を吐きながら剣を引いていく。まるで居合いのような構え。こちらが逃げないと分かったのか、エラス・ライノは角を下げた。その先端はまっすぐロランに向けられている。

 地響きを立てる巨体。

 そして角の先端がロランの間合いに入った瞬間、(れっ)(ぱく)と轟音に森が揺れた。


「さすが草原の王。角を弾くが精一杯か」


 エラス・ライノは動きを止めていた。

 首は真横を向き、怒りに燃えていた目は(うつ)ろ。

 剣一本。

 たったそれだけで、重量が数十倍の突進を封殺してしまった。ロランが使ったのは間違いなくスキルだ。つま先から指の先端までを流れるように連動させ、全身の力を一点に集約した妙技。

 生まれた直後、俺は人間の弱さに絶望したことを思い出していた。単純な力比べなら、今でも変わらない。しかし技術を磨けば、形を変え、能力値の差を撥ね除けることができるのだ。人は決して弱いままではない。ロランはそれを体現してみせた。

 その背に感動していると、不意に何かが空気を斬り裂く。

 途端、目の前の巨体が再び動き出した。今度は何だよ?

 方向転換したエラス・ライノの尻に、矢が突き刺さっているのが見え、俺はため息をついてしまう。

 八つ当たり気味の怒りが向けられたのは、乱入者の若者たち。

 チャンスと思ったようだが、元気なエラス・ライノを見て慌てふためいた。いや本当に何がしたいの、君たち? 角を弾いただけって言ったよね?


「ぜ、前衛ッ、前へ!」

「ふざけんな、なんで仕留めねえんだよ!」


 あたふたする若者らにエラス・ライノが突進を仕掛けた。

 どうやらこの中で一番弱いところに気付いてしまったようだ。

 放置……したらまずいよな、やっぱり。

 スモールソードを鞘に収め、スティレットを抜く。

 人数も多いし、突っ込んだら被害が大きそうだな。ま、良いか。ロランじゃないし。

 俺は『高速移動』を発動した。

 途端、世界の速度が落ちる。

『高速移動』は動作に関わるすべての能力を倍加させる。脚力、加速力、最高速度、動体視力までもだ。だが思考だけは変わらない。そのため動き出すと制御しきれなかった。

 駆ける巨体を見据え、イメージする。

 現在の敏捷は24、人間の限界を越えた速度だ。直進なら一メートルを0.1秒も掛からず移動できる。ロランのように磨き上げた技術でなく、ただのチートだ。

 スティレットを逆手に狙いを定め、地面を蹴った。

 瞬きほどの一瞬、直線と直線が交差する。

 俺は必死に速度を抑え、巨木に激突する寸前、なんとか静止した。

 眼前の木肌に手をつき、胸を撫で下ろす。

 背後では地鳴りと無数の悲鳴。

 腕の痺れを気にしつつ振り返れば、若者らが逃げ惑っていた。エラス・ライノはそれを蹴散らした後、徐々に動きが鈍り、いきなり片膝をついたかと思えば、木々をへし折りながら崩れ落ちた。不意に訪れた静寂に、若者らは尻餅をついたまま呆然と巨体を見上げる。

 上手くいったか。

 俺はエラス・ライノに飛び乗り、スティレットを引き抜いた。

 強い抵抗に剣身を見れば、微妙に曲がっていた。これ、直せるかな。初めての剣だから愛着あるんだけど。


「坊ちゃん、今のは……」


 スティレットを気にしつつ飛び降りると、ロランが驚いた表情で問いかけてきた。

 俺がやったのは単純だ。脳を目掛け、頭部の根元からスティレットを突き刺しただけである。眼から狙うには角度が悪すぎ、そこしか選択肢がなかった。顎や歯に防がれるより可能性は高いと考えたのだが、骨に当たった感触はあったので、かなり分の悪い賭けだったようだ。頭蓋骨の構造なんて知らん。

 そもそも脳に届いたかどうかも定かでない。即死に至るどこかを破壊できたのは運が良かった以外、何物でもないだろう。

 スティレットの血糊を拭い、ロランへ視線を向ける。


「僕は変性魔法の《脚力上昇(ムーヴィングアップ)》が使える。黙っていて悪かった。安易に手札を晒すべきでは無いと思ってな。ロランの剣技も見事だったぞ。あの突進を押さえ込むとは」

「あれは(かい)(せん)(しょう)と呼ばれています。近接武器専用の攻撃スキルですが……変性魔法? かなり高ランクでなければ、あれほどは……」

「話せないが、なかなかだぞ」


 一応、嘘はついていない。そっちの上昇値は微増だけど。

 俺は自信ありげに頷いてみせたが、ロランの表情を見て失敗だったと悟る。あそこまで速度を上げるには、どれほどのランクが必要だろうか。下手したら最高ランクでも無理かもしれない。


「マジかよ! すげえ!」


 俺の後悔を煽るように、マーカントが叫びながら駆け寄ってきた。


「どんだけランク高いんだよ!? ろくに見えなかったぞ!」

「冒険者……じゃないが、詮索はしてくれるな」


 うん、頼みます。ぼろ出まくるから。

 俺がポーカーフェイスをキメていると、ヴァレリーが朗らかな笑顔でマーカントの隣に立った。


「やっぱり昨日の試合、手を抜いてたんだ」


 マーカントの動きが止まる。


「俺だって本気じゃねえし!」


 起動するや、子供じみた言い訳を始めるマーカント。

 ダニルが慰めるも、「全力でもねえし!」と余計意固地になってしまった。

 そんな騒ぎに元凶である若者らも正気に戻る。


「お前ら、そいつを寄こせ! 俺たちの獲物だぞ!」


 おお、すげえ。ここまで行くと感心する。ロランとは正反対の意味で。それにずいぶん元気だな。逃げ腰になっていたのが功を奏したのか。ちっ。

 それにしても、この期に及んでも主張してくるとは。単に馬鹿なのか似たような強奪を繰り返す常習犯なのか。もはや『破邪の戦斧』も相手にしていない。というより、まだマーカントがまだ愚図ってる。ガキか。

 乱入してきた若者、語感的に(ちん)(にゅう)(しゃ)と呼ぼう。その闖入者だが、年齢は二十歳前後に見える。四人のうち三人が金属で補強した革鎧、一人が革鎧のみで弓矢を携えていた。ちょっかい出したのはこいつか。年齢だけならオゼと同じくらいだが、それ以外は雲泥の差である。うちの斥候は優秀だ。なんせ「俺の方が(つえ)え!」と喚いているリーダーを無視して、淡々とエラス・ライノの死を確認してるからな。

 ひとしきり泣き喚いて落ち着いたらしく、ほどなくしてマーカントがじろりと闖入者を見据えた。さっきまでの醜態はどこへやら、なかなかの威圧感だ。この切り替えは見習うべきか? なんかやだ。

 気付けば、『破邪の戦斧』はさりげなく展開を終えていた。

 斧を担いだマーカントの斜め後ろにダニルが立ち、ヴァレリーは距離を取って柄に手をかけている。一番遠くのオゼは興味のない顔を向けているが、相手から見えない角度でスリングを用意していた。今にも戦闘に入りそうな雰囲気だ。ロランもそのつもりのようで、俺の隣に陣取っている。

 正直、俺が身分を明かせば、この場はあっさりと収まるだろう。指輪の紋章を知らなくともロランは明らかに騎士の格好だし、子供がこれほどの強者に囲まれていればそれだけで充分な証である。いくら何でも領主の息子に剣を向けるほど愚かではあるまい。

 そんな簡単な解決策があるのに、俺は躊躇していた。

 もし明かせば、強い不満を抱きながらも闖入者は退く。しかし、それでは権力を振りかざすのと一緒ではなかろうか。強奪の常習犯でなければ、ちょっと思考回路が可哀想なだけの連中である。話し合えば分かり合えるはずだ。それに彼らの不満がどのような波紋となるか分かったものではない。父の評判に傷がつくかもしれないし、回り回って領内の不和の芽となる可能性だって捨てきれない。ましてや俺の前世は庶民。できる限り穏便に済ませたかった。

 マーカントの圧力に押されつつも、闖入者は同じ要求を繰り返す。

 さすがにマーカントも呆れて首を振った。


「俺たちのって言われてもなぁ。取り逃した獲物に権利はねえだろ。手負いだったら話し合いの余地もあるが、あいつが現れたとき傷一つ無かったぞ。見たところ魔法使いもいないようだな。なあ教えてくれよ、どう戦ったら傷が付かねえんだ?」

「森に誘い込んで仕留めるつもりだったんだ!」

「その大物を仕留めたのは八歳児だけどな。なにお前ら、ガキに出し抜かれたの?」

「マーカント、私たちも当て嵌まるので止めてください。あとアルター様に失礼です」


 情けなさそうにダニルがこぼす。

 まあ、仕留めたって言っても(とど)めを刺しただけだ。ロランが言ったように『破邪の戦斧』だけで充分倒せた。実際、誰一人大した怪我をしていない。

 闖入者の諸君は、生意気にも馬鹿にされたことだけは理解できたようだ。顔色を変えて柄に手をかけた。


「どうしても渡さない気か」


 張り詰めた空気が辺りに満ちる。

 些細な切っ掛けで戦闘に陥りそうだな。尤も、戦力が違いすぎて一方的だろうけど。しかし困った。こいつら、まるで引こうとしない。一応、助けたんだけど? そういや感謝の言葉、もらってないぞ。

 やりきれない気持ちを抱きながら、ふとエラス・ライノの巨体を見上げた。

 倒れていてもでかいな。横取りしたとして、この後どうするつもりなのかね? この重量じゃ運ぶのも一苦労だろう。闖入者全員で引っ張っても動かないよな。解体すれば多少は運べるだろうが、皮だけでも相当な重量だ。本当にどうするつもり――ん?

 いやいや、ちょっと待て。俺たちもどうするんだ? これだけの大物、絶対に持ち帰りたいぞ。サイなら肉だって食べられるはず。多少でも町の食糧事情は潤うし、廃棄したらこいつに申し訳ない。だがどうやって運ぶ? 往復したらどれほど時間が……あ。

 その時、驚愕の事実に思い至ってしまう。

 慌てて体内時計に意識を合わせ、空を振り仰ぐ。

 なんてこった、もうすぐ夕方じゃないか! 今日は日帰りだぞ!

 ロランを押しのけ、前へ飛び出す。


「お前ら!」


 不意の呼びかけに闖入者は怪訝な顔を浮かべた。


「エラス・ライノをどうやって運ぶつもりだ!」

「何言ってる、このガキ。角と魔石だけ取るに決まって――」

「却下だ! お前らにこいつは渡せん!」

「なんだと!」


 ああ、時間が――。


「うるさい、黙れ! 僕はアルター・レス・リードヴァルト、文句があるなら領主の屋敷に来い! それまでこいつは預かっておく!」


 今は緊急事態。権力を振りかざしても、すべての民が晴れやかな笑顔で許してくれるに決まってる。俺は大慌てで帰宅の準備をしながらマーカントに問いかけた。


「大物はどうやって運ぶ?」

「え……ああ、普通は誰か送って運搬人を集めるが。この辺りならリードヴァルトのギルドに――」

「よし、オゼ!」

「あ、はい」


 直立でオゼが応える。


「お前は足が速い、先行して知らせてくれ! 僕とロランも出立するが護衛は気にしなくて良い! マーカントたちはエラス・ライノが喰い荒らされないよう見張ってくれ。無理はするなよ、強敵が来たら迷わず撤退だ。それからお前ら!」


 ぽかんとしていた男たちが、慌てて姿勢を正した。


「必ず来るんだ! 文句があるなら――じゃない、話し……そう話し合いはその時だ! 絶対に来いよ!」


 俺は何度も念を押し、オゼを走らせた。

 そして後を追うように、力強く第一歩を踏み出す。

 我ながら惚れ惚れするフォーム。

 羨望の視線を感じるが、一分一秒を争うこのとき、観衆に応える余裕が俺には無かった。



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