第117話 学院三年目 ~屋根様、小屋根様
北西の森へ入り、屋根様と小屋根様を出してもらう。
その途端、ジェマが奇声を上げて屋根様に飛び乗った。
道中で事情を説明したのだが、問答無用で飛び乗るのは駄目だろう。
案の定、まるで浮かずに着地してしまう。
「頑張れ!」とジェマは叱咤するも、俺が無理なのに浮かぶはずもない。
ジェマは粘ったが、クインスたちに可哀想だと屋根様から引きずり下ろされる。
続いてテッドも乗るが、やはり無理だった。
そんな二人に笑いつつ、ネイルズが問いかけてくる。
「どんな魔物で試すんですか?」
「色々だな。どこまでできるか見当がつかない。とりあえず――」
不意に屋根様が浮かび上がり、激しい打撃音が頭上で響いた。
「ヌドロークは対応できるようだ」
慌てて戦闘態勢に入る『セレード』。
ヌドロークも板に防がれると思わなかったらしく、体勢を立て直そうと樹上へ跳ねる。
しかし狙い澄ましたネイルズのスリングが直撃、待ち受けていたテッドに斬りつけられる。
まだ息はあるが後ろ足を損傷し、すでに死に体だ。
残りは二体。
「構わない。仕留めてくれ」
即座にエルフィミアの《魔力の短矢》が飛翔、落下するヌドロークを今度はジェマがメイスで殴り飛ばす。
その間にテッドが死に体にとどめを刺し、最後の一体は不利を悟ったのか、戦闘範囲から離脱していく。
「当たらないと思うが――」
弓を構え、木々の合間に放つ。
手応えは……無し。
「魔法にしなさいよ。確実でしょ」
「弓の感覚は遠距離魔法に役立つんだよ。試しに練習してみろ」
誘導魔法は存在しないので、動きを予測しなければならない。
特に相手が素早かったり、《穿風の飛箭》のような遠距離の魔法は必須である。
屋根様たちに皆を守るよう命じ、俺は跳躍する。
さらに空中を蹴って枝に着地し、そのまま追撃を開始した。
やはり『跳兎』は使える。
奇怪な板の登場で完璧に忘れていたが、シンプルながら便利な魔道具だ。
高いところでも跳躍のみで飛び移れるから、動きに無駄がない。
枝の合間を縫うように走るヌドロークを、空中を蹴って最短距離で追い詰めていく。
そして狙い澄ました矢が腹部に命中、短い悲鳴を上げ、ヌドロークは地面に激突する。
俺は何もない空間に飛び出し、真下に向かって跳躍。
逃げようとするヌドロークの首筋にナイフを突き立て、とどめを刺した。
血糊を拭い、死骸へ目を向ける。
逃げに転じたヌドロークは、『高速移動』か《脚力上昇》を発動しないと追いつけなかった。
素の速度で仕留めたのは初めてだ。
連中の領域でも、『跳兎』があれば対等以上に渡り合える。
後ろ足を掴み、引きずりながら皆のところへ戻った。
エルフィミアや『セレード』は平然と、クインスたちは安堵の表情で俺を出迎える。
こちらで仕留めた二体が見当たらない。
エルフィミアが収納してくれたようだ。
「これも頼めるか」
「構わないけど、さっき空中を蹴ったでしょ。あれは何なの?」
「『跳兎』のスキルだ。屋根様たちを作成する前に作った魔道具でな」
エルフィミアでも『跳兎』は知らなかったらしく、ブローチを見せながらソプリックとの遭遇について話す。
すでに経緯を知っているテッドたちは暇だろうからと、跳兎の胸飾りを貸した。
すると、交代で飛び跳ねだす。
楽しそうだが譲れないし、遊び道具にもできない。
俺の戦闘力を底上げする貴重な魔道具だ。
説明を終え、ふと視線を向ければ、なぜかエルフィミアが睨んでいた。
何を不愉快に感じたのか分からず、俺は首を傾げてしまう。
そして少し考え、理解する。
「リスが好きとは知らなかった」
「どうでも良いわ、リスなんて」
違ってた。
困惑する俺に、エルフィミアは続ける。
「まさかとは思うけど――毒を受けた?」
「お、よく気付いたな」
鋭い指摘に声を落とす。
「ここだけの話、久しぶりに本気で死にかけたぞ」
本当、久しぶりである。
セレンでも強力な魔物に遭遇したが、死ぬほどではなかった。
リードヴァルトにいた頃はトゥレンブルキューブに呑み込まれ、ハンターフィッチに殺されかけている。
冒険者ではなかったのに、よく死にかける人生――いや、前世も散々だったか。
事故死して虫人間に殺されてる。
正確に言うなら、よく死んだり死にかける人生、だな。
で、なぜ怒る?
「約束、忘れたんじゃないでしょうね」
その一言に、はたと思い出す。
言ってたな、そういえば。
俺が死んだら約束を果たせないか。
「忘れてないけどな。今回は不可抗力だぞ。街道の復旧なのに、毒持ちと戦うなんて思わんだろ」
「どうにかしなさい! 毒で死のうとドラゴンに食われようと、まず連絡! 私が嘘つきになるでしょ!」
「無茶苦茶言ってるな、お前」
声の大きさにテッドとネイルズはちらりと見てきたが、何も言わずに視線を戻してくれた。
連絡できそうならすると改めて約束し、ひとまず怒りを収めてもらう。
とはいえ、通信の魔法や魔道具は存在しない。
もしあったら世界の構造は一新されているだろう。
『念話』というスキル持ちの魔物はいるそうだが、当の本人じゃないので効果のほどは不明だ。そもそも存在自体が噂の域を出ない。魔石を得るにも、まず探さないとな。
「それで、毒はどうしたの?」
「土に埋めて処分したよ。切り札に使えるが、衝撃で漏れたりしたら自分で食らうからな。扱いが難しすぎる」
「賢明ね。まだ持ってるなら、保管してあげようかと思ったけど」
会話が終わったのを見計らい、テッドが胸飾りを返してきた。
「面白い魔道具だけど、俺たちには使いこなせないな。アルターとかオゼのおっちゃんくらい身軽じゃないと、遊び道具にしかならないよ」
「優れた冒険者ほど欲しがりそうだな。これも人目に晒すのは避けよう」
胸飾りを服の裏側に付ける。
幸い、装飾は丸みを帯びているので肌に触れても痛くない。
そして本題の屋根様、小屋根様の性能テストを再開する。
このまま続けても良かったが、どうせなら乱戦の中でどう動くかも試したい。
テッドたちに使ってもらおうと考えたところで、ふと疑問が浮かぶ。
屋根様と小屋根様は、俺以外の指示に従うのだろうか?
早速、俺も含めて一列に並び、皆で屋根様と小屋根様を呼んでみた。
すると、どちらも俺の下へと飛んでくる。
所有者兼生みの親だ、来なかったら逆に驚く。
次に選ばれた者が列から抜け、同じ要領で優先順位を確かめた。
突如始まった謎の競技は、なぜか白熱する。
皆は「屋根様!」、「小屋根様、こっち!」と大声で呼びかけ、手を叩いて気を引こうとする。
普通に呼んでいるのは、エルフィミアだけだ。
その結果、俺、テッド、ネイルズ、ジェマ、クインス、カイル、エミリとジニーは同率、最下位はエルフィミアに決まる。
エミリとジニーが同率なのは、屋根様はジニーを、小屋根様はエミリを優先したためだ。
エミリはペット感覚で小屋根様に接していた。それで優先が捻れたのだろうか。
またエルフィミアだが、なぜか一切従わず、ぴくりとも動かなかった。
こちらはまったくの謎である。
「ネイルズに負けたぁ!」
悔しがるジェマをよそに、二位のテッドは首を捻っていた。
「どうして、エルフィミアの言うことは聞かないんだろ?」
「なんとなく、こうなる気はしてたけどね」
エルフィミアは肩をすくめ、理由を説明する。
「あくまで推測だけど、名前よ。屋根というのは住人を守るでしょう。この魔道具はあんたの自宅の住人や、関係者を守るために生まれてきたんだと思う。知能も高そうだし、短い時間で力関係を把握しても驚かないわ。あ――す、推測だからね!?」
ジェマの視線を浴び、エルフィミアは慌てて念を押す。
なるほど、有り得る話だ。
エルフィミアは、他の者より訪問回数が圧倒的に少ない。
関係者じゃないと判断され、指示に従わなかったわけか。
だとしたら、ジェマとネイルズの順位は、屋根様たちとの縁の深さが理由だろうか。
ネイルズはデイナを手伝い、クインスたちの面倒を見ることがあった。錬金室に出入りした回数は、ジェマよりも遥かに多い。
ただの板が記憶できるとは思えないが、この世界の万物は、多かれ少なかれ魔力を保有している。魔道具化したとき、過去の経緯が何らかの作用をもたらしたとも考えられる。
ジェマを宥め、エルフィミアは少し疲れたように続ける。
「ただ、確実なこともあるわ。所有者の命令は絶対よ。最初に優先順位を調べると言い出してなければ、あんた以外、誰が呼んでも来なかったと思う」
「ということは、エルフィミアに従えと命令すれば従うのか?」
試しに小屋根様に命令したところ、エルフィミアの周囲を旋回、指示に従うようになる。
そして「戻れ」と命じると、もう指示を聞かなくなった。
「なんとも……これほどの魔道具だったか。完全に言葉を理解してるな」
「スキルにも恵まれたわね。どんなに知能が高くても、意思はスキルでしか表現できないから」
屋根として働いてきたからこそ、生まれた魔道具か。
俺は感心しながら、漂う二枚の板を眺めた。
◇◇◇◇
小屋根様の命令権は、前衛のジェマに与えることにした。
今回の目的は性能の実験だ。最前線に配置した方が分かりやすい。
小屋根様を従えた『セレード』が先頭を進み、かなり遅れて俺、クインスたちを挟んでエルフィミアが続く。
屋根様はクインスたちを守るように、隊列の側面を縦になって移動していた。
ほどなく、ジェマがゴブリン四体と接敵する。
最初、ゴブリンは後方の俺たちに気付かなかったが、漂う屋根様を目にするなり硬直、あっさり仕留められてしまう。
気持ちは分かる。驚くよな、普通。
また狼も近寄ってきたが、こちらも屋根様を視認するや、脱兎のごとく逃げ出してしまった。
これでは実験にならない。
まあ、ゴブリンや狼の攻撃力は、ヌドロークとさして変わらない。試す必要はないか。
夕刻も近いので俺が先行し、『気配察知』で方角を決めることにした。
それからしばらく、俺たちの前には錆だらけの戦斧と棍棒を担いだ二体のオークが立っていた。
手頃なんだが――板と斧では相性最悪だな。
テッドたちはオークを倒したことがないし、まずは棍棒とやらせるか。
「戦斧は僕が引きつける。棍棒を仕留めろ」
クインスたちの守りをエルフィミアと屋根様に任せ、俺は戦斧に突進した。
振り下ろされる斧を掻い潜り、顔面を蹴って挑発する。
そして怒り狂う戦斧をあしらいつつ、戦況を窺った。
『セレード』はいつもの布陣。
ジェマが最前線を受け持ち、テッドは足を生かして一撃離脱、ネイルズはスリングで牽制しながら側面や後方を狙う。
彼らがオークに勝てないのは、体格差が原因である。
肉厚で大柄なオークが相手だと、子供では致命傷を与えづらい。
小屋根様がどこまで穴埋めでき――。
「小屋根様!?」
ひしゃげる音に、クインスたちの悲鳴が上がる。
小屋根様は棍棒の一撃をもろに受け、吹っ飛んでしまった。
目で追うジェマへ、テッドの鋭い指示が飛ぶ。
「視線を外すな!」
慌てて盾を向けるも、オークの棍棒は動き出している。
手遅れだ。
『高速移動』を発動し、素早く棍棒の軌跡とジェマの体勢を比較する。
即死はないと判断、ポーションへ手を伸ばす。
そのときだった。
オークの横薙ぎがジェマに直撃する寸前、ばうん、と異様な音が森に鳴り響く。
驚いた――自分で判断したのか。
棍棒を防いだのは、後方に控えているはずの屋根様だった。
そして小屋根様が戻るのに合わせ、再びクインスたちの守りにつく。
俺は呆れてしまった。
理屈は分かる。
『セレード』が敗走すると、クインスたちが危険に晒されてしまう。
守れという命令に矛盾していないが、それは理屈でも屁理屈だ。
「すまん、もう油断しない!」
ジェマは盾を構え直し、小屋根様に防御ではなく妨害を命じる。
指示を受け、小屋根様はオークの視界を遮り、払われても纏わり付く。
何度も弾かれたが、漂うだけの板を棍棒で破壊するのは難しい。
小屋根様の働きによりオークは無駄振りが増え、テッドやネイルズの斬撃を次々と受けてしまう。
堪らず、棍棒のオークは咆哮を上げて戦斧に助けを求めた。
相手と同じミスをするか。
当然、その隙をジェマは見逃さない。
負けじと咆哮し、メイスを側頭部に叩き付ける。
巨体が膝をつくと、すかさずテッドが駆け寄り首筋目掛けて一閃。
しかし威力が足りず、仕留めきれない。
棍棒のオークは必死に抵抗したが、暴れるほどに傷が開いてしまう。
テッドはそれを冷静に見極め、着実に削っていく。
戦斧のオークは助けに行こうとしたが、俺が動きを封じた。
そしてほどなく、棍棒のオークは絶命する。
小屋根様は――大丈夫そうだな。
次はこいつを相手してもらおう。
「まだ、やれるな?」
「おう!」
すでに『セレード』は戦闘態勢だった。
そして俺が後方へ飛びすさると同時、テッドの合図でジェマが駆け出す。
単騎で突撃?
俺の真似じゃないよな。
オークが戦斧を振り上げ、ジェマを迎え撃つ。
俺の心配をよそに、絶叫を上げたのはオークだった。
「小屋根様が双子になっちまうからな」
手から零れ落ちる戦斧。
ジェマが狙ったのは戦斧を握る手だった。
威勢良く飛び出し、相手の攻撃を誘って武器を無力化したか。
熱くなっていると心配したが、冷静だったらしい。
それに接近されると、戦斧は有効打になりにくい。すぐさま行動に移せたのは、オーク戦を見据え、様々な戦略を練っていたからだろう。
オークが戦斧を拾う間、ジェマは追撃せずテッドたちを待った。
そして合流すると、小屋根様も加えて包囲する。
利き手を潰され、戦斧はほぼ鈍器と化した。
あれなら小屋根様に命中しても、簡単には両断されない。
結局、戦斧のオークは翻弄され続け、棍棒より良いところがなく終わってしまう。
初のオーク討伐にテッドとジェマ、ネイルズまでも雄叫びを上げた。
初戦こそ小屋根様に助けられたが、二戦目は無しでも勝てたと思う。
この先、オークが一体なら負けることはあるまい。
後は複数と遭遇したときどう対処するかだが、二体くらいなら問題なさそうだ。
対照的に、クインスたちは四人で集まり、固まっていた。
オークを見たのは初めてか、すでに息絶えているのに近付こうともしない。
大人よりも大柄な魔物を、さほど年が変わらない『セレード』が撃破する。
言葉で聞くより衝撃だったに違いない。
初心者の壁を乗り越え、盛り上がるテッドたち。
それを笑顔で眺めながら、ふと疑問が浮かぶ。
居間の置物と化しているアイアンゴーレムは、屋根様たちほど知能が高くなかった。
そもそも、ステータスに知力の項目が抜けている。
アルファスやテルパーなら、屋根様たち並みのゴーレムを作れそうだが。
少し下がってエルフィミアと並び、それを口にしてみる。
「役割の違いね」
同じ方向に微笑を向けたまま、エルフィミアは問いに応えた。
「元々、魔道具の知能は鍵なの。盗まれたときや戦闘中に奪われたとき、強力な魔道具ほど危険でしょう。それを防止するため所有者を選別、認識するのよ。さっき試したとおりにね」
「ゴーレムはでかいし、まず盗まれないか。使役する魔道具があれば、そっちが選別する。知能はいらないわけだ」
「判断するくらいの知能はあるけどね。そうでないと、命令を実行できないでしょ」
エルフィミアの言葉に、俺は納得した。
長い年月を経て、今の形に落ち着いたのだろう。
ゴーレムのステータスに知力が表示されないのは、試行錯誤の結果かもしれない。
小屋根様と屋根様は、喜ぶテッドたちの回りを漂っている。
そして勝利を祝うように、くるりと回転した。
人型なのに、単調な命令だけをこなすゴーレム。
人から掛け離れているのに、人のように思考する魔道具。
改めて言葉にすると、どちらも不思議な存在である。
何にせよ、こいつらの知能は高すぎるな。
指示は厳命しないと駄目か。
気が付けば、森の暗闇が深くなっていた。
日もだいぶ傾いている。そろそろ切り上げるとしよう。
「皆、協力に感謝する。性能の実験は充分だ。礼と言ってはなんだが、戻ったら食事にでも行くか。オーク初討伐の祝いも兼ねて」
テッドとジェマは飛び上がって喜び、他の者からも歓声が上がった。
仕留めた獲物はエルフィミアに保管してもらい、明日、解体することにした。
そして一旦、自宅へ戻ると、声を聞きつけデイナがやってくる。
彼女も誘って近場の酒場に向かおうとし、ふと、彼女の順位が気になった。
デイナも加えて調べ直した結果、俺に次ぐ序列二位と判明する。
よもやのダークホースに、エルフィミアも驚いていた。
彼女はクインスたちの後始末をしているので、こぼれた溶液を拭いたり、掃除までしてくれる。
俺の次に縁は深いかもしれないが――。
「待っててね。ご飯に行ってくるから」
驚愕する俺たちを気にもとめず、エミリがペット感覚で小屋根様を撫でた。
すると、自分も撫でろとばかりに屋根様もすり寄っていく。
魔道具の知能が鍵というのは理解した。
屋根様たちの知能が、やたら高いのも。
でもやっぱり……こいつら、ちょっとおかしいと思う。