表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/191

第116話 学院三年目 ~第三の人生


 クインス、カイル、ジニー、エミリ。

 我が家に通う幼い子供たちは、冒険者になると宣言していた。


 将軍草の採取と処理、錬金溶液の交換などが終われば裏庭で素振りし、テッドたち、ときに俺とも模擬戦を行っている。

 クインスとカイルは剣、ジニーとエミリに近接はまだ早いので弓を持たせた。

 威力はともかく、四人とも武器の扱いに慣れてきている。


 ただ、どれほど熱心でも将来は未定だ。

 テッドの必死さを見てきた俺からすると、どうしても普通の努力に見えてしまう。

 冒険者は些細なことで簡単に命を落とす。

 クインスたちが本当にやっていけるのか、時折、不安に感じていた。


 もし才能がなければ別の道を薦めるのだが、困ったことに正反対だった。

 クインスは特に才能豊かな少年である。

 俺とエルフィミアで魔法の適性を調べたところ、火、水、風、土の四属性に資質があった。派生などの資質次第で、さらに増えるかもしれない。

 一応、エルフィミアの意見では器用貧乏なので、相当に鍛え上げても中級に届くかどうからしい。それでも、魔法の資質がない他の三人と比べたら破格である。


 そしてカイルの方は、ランベルトとフェリクスが評価していた。

 彼は骨が太いので、体格や筋力に恵まれるそうだ。

 まだ子供なのは否めないが、感情の動きやすいクインスに比べ、落ち着きがある。

 近接戦の筋も良いので、優秀な戦士に成長する可能性を秘めていた。


 ジニーは身軽なので、後衛や軽戦士に向いている。

 弓もそれなりに上達しそうだ。

 男子二人と比較したら見劣りこそするが、気の強い性格も相まって冒険者向きではある。


 ただエミリは、どこにでもいる女の子だった。

 弓の命中率はジニーよりわずかに高いが、威力はかなり低く、(まと)に当たっても刺さるのを見たことがない。

 資質を調べにくい特殊な属性の三種か、それ以外の才能を(みい)()さない限り、彼女は冒険者を考え直すべきだろう。


 どうあれ、俺は外野である。一年もしないでセレンを去っていく。

 決断を下すのは彼ら自身、助言はテッドたちの役目だ。

 俺にできることは、それまでの繋ぎである。



 遠くの笑い声に、テーブルの染みへ視線を動かす。


 (あら)(かた)乾いていたが、まだうっすらと色づいている。

 深い容器や細かい魔石もあるため、彼らは肘まで濡らして必死に魔石や素材を取り出していた。零してしまうのも仕方ない。


 微笑を浮かべてテーブルを眺めていると、不意に奇妙な感覚に囚われた。

 首を傾げ、違和感の正体を探る。

 いや……まさかな。


 俺は『鑑定』を発動し、つぶさに読み上げた。

 そして内容に嘘偽りがないか、叩いたり撫でたりして確かめる。


 本当か、これ……?



名称  : 木の板(溶液浸透)

特徴  : 栗の木から切り出された板材。

特性  : 水に強く、固さは中程度。



 へえ、栗の木だったんだ。


「いやいやいや、なんで板が浸透して――」


 言葉を切り、染みへと視線を向ける。

 基本、溶液は毎日取り換えないと浸透が途切れてしまう。


 そんなに零してたのか……。

 どうりで、消費が激しいわけだ。


 容器やテーブル、椅子や床も『鑑定』してみたが、浸透しているのは板だけだった。

 偶然、染みこみやすかったのか、それこそ揺らぎの為せる技か。


 それより――これ、どうしよう。

 目の前の光景は、奇跡の瞬間かもしれん。

 いつ途切れるか分からないし、こんな馬鹿でかい板を浸透させようとしたら、どれほどの溶液が必要になるか。


 だけど、板なんだよな……。


 悩んでいると、再びクインスたちの笑い声が聞こえてきた。

 ある意味、彼らの成果と言えなくもない。


 自らを促すように、パンッと膝を打つ。


「よし、やってみよう! 『耐久力強化』を付ければ、テーブルの負担も減るし!」


 本音を言えば興味があるし、ここで止めたら、後で絶対に後悔する。

 もし魔石を無駄にしたら、また掻き集めれば良い。



 決断すると、板の上から容器を下ろし、床の上へ並べていった。

 久しぶりに降ろして気付く。

 板はテーブルと形が合わなかったため、一部を切断し、組み合わせて敷いていた。


 さすがと褒めるべきか。

 どちらもきっちり浸透しているな。


 ひとまず小さい板をどかし、大きい方を前に《集中力上昇コンセントレーションアップ》を発動した。


 魔石を埋め込むのは手間が掛かる。

 入手しやすさも考えると、ゴブリンかヌドロークを解放するのが無難か。


 そんなことを考えながら魔石用の容器を覗き込み、俺は動きを止める。


『魔道具作成』のランクが上がるに従い、溶液が浸透さえしていれば、素材と魔石の相性、結果の予測が多少はできるようになった。

 だが、これは予想外である。


 板が求める魔石は、砂粒のようなクズ魔石だった。


 砕けているのはソプリックの魔石だけではない。

 仕留めたときに破損することは多々あるし、漬けている最中に(はく)()することもあった。

 クインスたちはご丁寧に、それら砂粒の魔石も掻き集めていた。

 やたらと(こぼ)す一番の原因だろう。


 ま、この方がありがたいか。

 こんな魔石で良いなら、気兼ねなく魔道具化できる。


 俺は容器に手を突っ込み、砂粒を掻き集めた。

『魔道具作成』で確認すると、まだ足りないと感覚が伝えてくる。

 意外な(どん)(よく)さに驚きつつ、さらに集める。


 そして充分な量が揃ったところで、次々に砂粒を解放、微細な魔力が板へと浸透していく。

『耐久力強化』は無事に付きそうだが――まだ足りないか?

 失敗しては、クインスたちの意図せぬ努力が水の泡だ。

 追加を掬い上げ、解放する。


 それからほどなく、俺は頭を抱えていた。


「どうしてこうなった……」



名称  : 屋根

特徴  : 栗の木から切り出された板材。

      高い防御能力を有する。

特性  : 水に強く、固さは中程度。

      魔道具となり、耐久性が大幅に向上した。

スキル : 耐久力強化3、修復5、飛空4、危機察知4、自動防御



 馬鹿でかい板が、テーブルの上をふわふわと浮かんでいた。


 なに、この強力な魔道具……。

 板なんだけど? 屋根って何?

 名付けた覚え――あるけどさ。


 (ちょう)()の胸飾りの興奮は、すっかり吹き飛んでしまった。

 初の強力な魔道具が、ただの板。

 しかもスキル構成からして、こいつは勝手に動いて守ってくれる。板なのに。


「能力の持ち腐れだろ。飛んでても邪魔すぎるぞ」


 タワーシールドよりもでかいから、広い空間でなければまともに移動できない。


 疲れ切った目で漂う板を眺めていると、もう一枚を視界の隅に捉える。

 もう、やけだ。



名称  : ()()()

特徴  : 栗の木から切り出された板材。

      高い防御能力を有する。

特性  : 水に強く、固さは中程度。

      魔道具となり、耐久性が大幅に向上した。

スキル : 耐久力強化2、修復4、飛空4、危機察知3、自動防御



 できるのかよ……。

 ちょっとだけ能力が低いだけの、まったく同種の魔道具だった。

 小屋根って何? さすがに名付けてないぞ。


 屋根の長さは一メートル半で、幅は一メートル。

 小屋根は長さ一メートル、幅は五十センチほど。


 屋根が据え置きの盾だとしたら、小屋根はタワーシールドくらいである。

 ただの板なので重くはないが、のっぺりしている分、圧迫感が凄い。

 まあ、重量なんて関係ないんだが。浮いてるし。


 頭を抱えながら階下へ降りていくと、二枚の板はふよふよと付いてきた。

 屋根の方は迷うことなく縦になり、狭い扉を通り抜けている。

 こいつら……絶対、知能あるな。



  ◇◇◇◇



 調理場で湯を沸かし、居間のテーブルで将軍茶を淹れる。

 ほどよい渋みに、俺はほっと一息ついた。


 はあ、美味い。

 周りをなんか飛んでるけど、たぶん気のせいだ。


「な――なんですか、それ!?」


 作業が終わったのか、クインスは下りて来るなり目を見張った。

 カイル、エミリ、ジニーも呆けた顔で眺めている。

 何って何かな。さっぱり分かりません。


「飛んでますよ!」

「これって、テーブルに敷いてあった板じゃない?」


 小屋根を突っつきながら、ジニーが言い当てた。

 俺はぐいっと将軍茶を飲み干し、「魔道具にしてみた」と告げる。


 クインスたちは『魔道具作成』の素晴らしさに感銘を受けたようだが、それ以上に空飛ぶ板に興味津々だった。

 板の下に入り込んだり、四方八方から突っつき回している。

 さすがに攻撃と認識しないようで、屋根も小屋根もされるがままだった。


「もしかして――乗れるんですか?」


 恐る恐る、カイルが訊いてきた。

 とても良い質問だ。乗れるのか、これ?


 屋根を呼び寄せ、中央付近に乗ってみる。

 すると、ゆっくり落下して床に着陸、動かなくなった。


 無理か。

 速度が遅くても、乗れるなら便利だったんだが。

 いや、体重が軽ければ浮くかも。


 俺は質問者のカイルを抱え上げ、中央に座らせてみた。

 すると、屋根は浮かび上がり、かなり遅いが移動を開始する。

 驚きと喜びで、カイルは意味不明な歓声を上げていた。


 子供を乗せて居間を漂う巨大な板。

 それに群がる子供たちと、護衛艦のごとくその回りを漂う、もう一枚の板。

 なんだろうね、この絵面。


 残念ながら小屋根は無理だったので、俺は砂時計を置き、交代で屋根に乗せることにした。

 一巡して慣れてくると、クインスは壁際に積まれたアイアンゴーレムを発着場に見立て、そこから屋根を発進させる。

 まるで遊園地だ。この魔道具はアトラクションだったらしい。


 そんな様子を微笑ましく見守る俺に、


「板さんは、他に何かできるんですか?」


 と、小屋根を持ちながらエミリが訊いてきた。


 俺は立ち上がり、小屋根を受け取る。

 そして鞘に収まったままのナイフを取り出し、真上に投げた。


 天井ぎりぎりまで上がったナイフは、俺目掛けてまっすぐ落下。

 それが当たる寸前、漂っていた小屋根は急旋回しナイフを弾き飛ばした。

 いざというときは速いんだな。


「この魔道具は防御に特化している。ただ見た目があれだし、大きい方は持ち運ぶのが難しい。この家の守り神ってところだ」


 子供たちは「凄い」を連呼し、二枚の板に群がった。

 本当、素材が良ければ俺も群がりたいよ。


「名前はなんて言うんですか!?」

「断っておくが、僕が付けたんじゃないぞ。大きいのは屋根、小さいのは()()()だ」

「屋根様!」

「小屋根様!」


 いきなり様付けに昇格してしまった。

 守り神なんて言ったからか。ま、そのままより良いな。紛らわしいし。


「アルター様、裏庭で乗っても良いですか!」


 屋根様を摘まみ、ジニーが訊いてきた。


 居間でも充分広いが、外ならもっと楽しいだろうな。

 許可しかけ、俺は口を(つぐ)む。


 こいつら……人目に(さら)したらまずくないか?


 この世界に飛行魔法は存在しない。

 子供限定という制約があっても、空を飛べる魔道具はどれほど稀少なのか。

 似たような魔道具はどこかにあると思うが――。


「出かけてくる。戻るまでは居間で我慢してくれ」


 俺は自宅を出て、学院へ向かう。

 折角だ、性能も確かめてみようか。



  ◇◇◇◇



 自宅の前に立ったエルフィミアは、怪訝そうに首を傾げていた。

 中からは、子供たちの笑い声が聞こえてくる。

 飽きずにまだ乗っているようだ。


「ずいぶん楽しそうね。何やってるの?」

「見れば分かる」


 俺が扉を開けると、クインス、エミリ、ジニー、そして屋根様の上のカイルが「お帰りなさい!」と挨拶してきた。

 それをエルフィミアは呆けた顔で見つめる。


「で……何やってるの?」

「見てのとおりだ」

「分からないわよ! なんで板が浮いてるの!? なんで子供が乗ってるの!?」


 俺の両肩を鷲掴みにし、激しく前後に揺らす。

 この様子だと、かなり珍しい能力のようだ。あと痛いから離してくれ。


 ひとまず中へ招き入れて紅茶を差し出し、事情を説明した。


「はぁ、そういうことね……」


 エルフィミアは漂う屋根様を眺めつつ、ため息交じりに納得する。


 留守の間に遊びは進化し、乗っている者がロープを握り、他の者が引っ張っていた。

 どちらも楽しそうだ。


「『飛空』はどれほど珍しいんだ?」

「かなりね。魔道具はあまり詳しくないけど、人を乗せて運べるのは聞いたことないわ」

「小さな子供限定だけどな。僕でも無理だったし。乗ってみるか?」

「やめとく」


 間髪入れずに拒否してきた。


 ふむ……体重かね。

 こいつも気にするんだな、そういうの。

 リーズほどではないにせよ、エルフィミアも小柄だ。

 ぎりでいけると思うが――あ、だからか。


 エルフィミアの視線が刺々しくなってきたので、すぐさま話題を戻す。


「じゃあ、外で遊ばせるのはまずいか」

「そうね、あまり見せない方が良いと思う。男爵家の次子が所有者と(けん)(でん)すれば、盗む人はいないでしょうけど――」

「別のを呼び寄せるか。分かった、室内限定にしよう」


 男爵だからこそ貴族間で話題になりやすい。どうなるかは自明だ。


 クインスたちは少し残念そうだったが、事情が分かれば諦めるしかない。

 エミリに至っては盗まれると聞き、小屋根様を抱きかかえてしまった。

 ほとんど隠れて、手しか見えてないけど。


 それにこの食い付きようでは、近隣の子供が集結するだろう。

 託児所を飛び越え、遊園地の開園だ。


「それより、なんで私を呼んだの? 魔道具ならラッケンデール先生の専門でしょ」

「あ、そうだった。もう一つ頼みがあるんだよ」


 小声で屋根様たちの能力を伝えた。

 すると、エルフィミアは呆れ顔で板二枚へ視線を向ける。


「飛ぶだけでも珍しいのに――『危機察知』に『自動防御』? 本当、あんた何やってんの? なんで板?」

「言わんでくれ。『耐久力強化』を優先したら、こうなったんだよ」

「要するに、性能を試したいのね」

「そういうことだ。魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)で運んでくれるか」

「良いわ。私も興味あるし」


 エルフィミアの快諾を得て、魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)で森へ運ぶこととなった。

 そのままでも可能だが、大きな板を抱えて出歩けば、かなり目立ってしまう。

 屋根様たちの存在も露見しかねない。


 そして早速、向かおうと立ち上がったとき、「来たぞー」とテッドたちがやってきた。

 入るなり、漂う屋根様に硬直する。

 あまりの驚きに、小屋根様は視界に入っていないようだ。


「なんだ、これ!?」

「丁度良い、お前らも来るか? 屋根様、小屋根様の(うい)(じん)だ」


 俺はエルフィミアと共に、呆然とする『セレード』、なぜか一緒に行くと言い張るクインスたちを引き連れ、森へと向かった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 屋根様、小屋根様、なんだかかわいい
[良い点] 116話まで読んできましたが 板が強力な魔道具になるのに笑いました。 ある意味一番印象深いかも
[一言] めっちゃ面白いです! 続き楽しみに待ってます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ