第116話 学院三年目 ~第三の人生
クインス、カイル、ジニー、エミリ。
我が家に通う幼い子供たちは、冒険者になると宣言していた。
将軍草の採取と処理、錬金溶液の交換などが終われば裏庭で素振りし、テッドたち、ときに俺とも模擬戦を行っている。
クインスとカイルは剣、ジニーとエミリに近接はまだ早いので弓を持たせた。
威力はともかく、四人とも武器の扱いに慣れてきている。
ただ、どれほど熱心でも将来は未定だ。
テッドの必死さを見てきた俺からすると、どうしても普通の努力に見えてしまう。
冒険者は些細なことで簡単に命を落とす。
クインスたちが本当にやっていけるのか、時折、不安に感じていた。
もし才能がなければ別の道を薦めるのだが、困ったことに正反対だった。
クインスは特に才能豊かな少年である。
俺とエルフィミアで魔法の適性を調べたところ、火、水、風、土の四属性に資質があった。派生などの資質次第で、さらに増えるかもしれない。
一応、エルフィミアの意見では器用貧乏なので、相当に鍛え上げても中級に届くかどうからしい。それでも、魔法の資質がない他の三人と比べたら破格である。
そしてカイルの方は、ランベルトとフェリクスが評価していた。
彼は骨が太いので、体格や筋力に恵まれるそうだ。
まだ子供なのは否めないが、感情の動きやすいクインスに比べ、落ち着きがある。
近接戦の筋も良いので、優秀な戦士に成長する可能性を秘めていた。
ジニーは身軽なので、後衛や軽戦士に向いている。
弓もそれなりに上達しそうだ。
男子二人と比較したら見劣りこそするが、気の強い性格も相まって冒険者向きではある。
ただエミリは、どこにでもいる女の子だった。
弓の命中率はジニーよりわずかに高いが、威力はかなり低く、的に当たっても刺さるのを見たことがない。
資質を調べにくい特殊な属性の三種か、それ以外の才能を見出さない限り、彼女は冒険者を考え直すべきだろう。
どうあれ、俺は外野である。一年もしないでセレンを去っていく。
決断を下すのは彼ら自身、助言はテッドたちの役目だ。
俺にできることは、それまでの繋ぎである。
遠くの笑い声に、テーブルの染みへ視線を動かす。
粗方乾いていたが、まだうっすらと色づいている。
深い容器や細かい魔石もあるため、彼らは肘まで濡らして必死に魔石や素材を取り出していた。零してしまうのも仕方ない。
微笑を浮かべてテーブルを眺めていると、不意に奇妙な感覚に囚われた。
首を傾げ、違和感の正体を探る。
いや……まさかな。
俺は『鑑定』を発動し、つぶさに読み上げた。
そして内容に嘘偽りがないか、叩いたり撫でたりして確かめる。
本当か、これ……?
名称 : 木の板(溶液浸透)
特徴 : 栗の木から切り出された板材。
特性 : 水に強く、固さは中程度。
へえ、栗の木だったんだ。
「いやいやいや、なんで板が浸透して――」
言葉を切り、染みへと視線を向ける。
基本、溶液は毎日取り換えないと浸透が途切れてしまう。
そんなに零してたのか……。
どうりで、消費が激しいわけだ。
容器やテーブル、椅子や床も『鑑定』してみたが、浸透しているのは板だけだった。
偶然、染みこみやすかったのか、それこそ揺らぎの為せる技か。
それより――これ、どうしよう。
目の前の光景は、奇跡の瞬間かもしれん。
いつ途切れるか分からないし、こんな馬鹿でかい板を浸透させようとしたら、どれほどの溶液が必要になるか。
だけど、板なんだよな……。
悩んでいると、再びクインスたちの笑い声が聞こえてきた。
ある意味、彼らの成果と言えなくもない。
自らを促すように、パンッと膝を打つ。
「よし、やってみよう! 『耐久力強化』を付ければ、テーブルの負担も減るし!」
本音を言えば興味があるし、ここで止めたら、後で絶対に後悔する。
もし魔石を無駄にしたら、また掻き集めれば良い。
決断すると、板の上から容器を下ろし、床の上へ並べていった。
久しぶりに降ろして気付く。
板はテーブルと形が合わなかったため、一部を切断し、組み合わせて敷いていた。
さすがと褒めるべきか。
どちらもきっちり浸透しているな。
ひとまず小さい板をどかし、大きい方を前に《集中力上昇》を発動した。
魔石を埋め込むのは手間が掛かる。
入手しやすさも考えると、ゴブリンかヌドロークを解放するのが無難か。
そんなことを考えながら魔石用の容器を覗き込み、俺は動きを止める。
『魔道具作成』のランクが上がるに従い、溶液が浸透さえしていれば、素材と魔石の相性、結果の予測が多少はできるようになった。
だが、これは予想外である。
板が求める魔石は、砂粒のようなクズ魔石だった。
砕けているのはソプリックの魔石だけではない。
仕留めたときに破損することは多々あるし、漬けている最中に剥離することもあった。
クインスたちはご丁寧に、それら砂粒の魔石も掻き集めていた。
やたらと零す一番の原因だろう。
ま、この方がありがたいか。
こんな魔石で良いなら、気兼ねなく魔道具化できる。
俺は容器に手を突っ込み、砂粒を掻き集めた。
『魔道具作成』で確認すると、まだ足りないと感覚が伝えてくる。
意外な貪欲さに驚きつつ、さらに集める。
そして充分な量が揃ったところで、次々に砂粒を解放、微細な魔力が板へと浸透していく。
『耐久力強化』は無事に付きそうだが――まだ足りないか?
失敗しては、クインスたちの意図せぬ努力が水の泡だ。
追加を掬い上げ、解放する。
それからほどなく、俺は頭を抱えていた。
「どうしてこうなった……」
名称 : 屋根
特徴 : 栗の木から切り出された板材。
高い防御能力を有する。
特性 : 水に強く、固さは中程度。
魔道具となり、耐久性が大幅に向上した。
スキル : 耐久力強化3、修復5、飛空4、危機察知4、自動防御
馬鹿でかい板が、テーブルの上をふわふわと浮かんでいた。
なに、この強力な魔道具……。
板なんだけど? 屋根って何?
名付けた覚え――あるけどさ。
跳兎の胸飾りの興奮は、すっかり吹き飛んでしまった。
初の強力な魔道具が、ただの板。
しかもスキル構成からして、こいつは勝手に動いて守ってくれる。板なのに。
「能力の持ち腐れだろ。飛んでても邪魔すぎるぞ」
タワーシールドよりもでかいから、広い空間でなければまともに移動できない。
疲れ切った目で漂う板を眺めていると、もう一枚を視界の隅に捉える。
もう、やけだ。
名称 : 小屋根
特徴 : 栗の木から切り出された板材。
高い防御能力を有する。
特性 : 水に強く、固さは中程度。
魔道具となり、耐久性が大幅に向上した。
スキル : 耐久力強化2、修復4、飛空4、危機察知3、自動防御
できるのかよ……。
ちょっとだけ能力が低いだけの、まったく同種の魔道具だった。
小屋根って何? さすがに名付けてないぞ。
屋根の長さは一メートル半で、幅は一メートル。
小屋根は長さ一メートル、幅は五十センチほど。
屋根が据え置きの盾だとしたら、小屋根はタワーシールドくらいである。
ただの板なので重くはないが、のっぺりしている分、圧迫感が凄い。
まあ、重量なんて関係ないんだが。浮いてるし。
頭を抱えながら階下へ降りていくと、二枚の板はふよふよと付いてきた。
屋根の方は迷うことなく縦になり、狭い扉を通り抜けている。
こいつら……絶対、知能あるな。
◇◇◇◇
調理場で湯を沸かし、居間のテーブルで将軍茶を淹れる。
ほどよい渋みに、俺はほっと一息ついた。
はあ、美味い。
周りをなんか飛んでるけど、たぶん気のせいだ。
「な――なんですか、それ!?」
作業が終わったのか、クインスは下りて来るなり目を見張った。
カイル、エミリ、ジニーも呆けた顔で眺めている。
何って何かな。さっぱり分かりません。
「飛んでますよ!」
「これって、テーブルに敷いてあった板じゃない?」
小屋根を突っつきながら、ジニーが言い当てた。
俺はぐいっと将軍茶を飲み干し、「魔道具にしてみた」と告げる。
クインスたちは『魔道具作成』の素晴らしさに感銘を受けたようだが、それ以上に空飛ぶ板に興味津々だった。
板の下に入り込んだり、四方八方から突っつき回している。
さすがに攻撃と認識しないようで、屋根も小屋根もされるがままだった。
「もしかして――乗れるんですか?」
恐る恐る、カイルが訊いてきた。
とても良い質問だ。乗れるのか、これ?
屋根を呼び寄せ、中央付近に乗ってみる。
すると、ゆっくり落下して床に着陸、動かなくなった。
無理か。
速度が遅くても、乗れるなら便利だったんだが。
いや、体重が軽ければ浮くかも。
俺は質問者のカイルを抱え上げ、中央に座らせてみた。
すると、屋根は浮かび上がり、かなり遅いが移動を開始する。
驚きと喜びで、カイルは意味不明な歓声を上げていた。
子供を乗せて居間を漂う巨大な板。
それに群がる子供たちと、護衛艦のごとくその回りを漂う、もう一枚の板。
なんだろうね、この絵面。
残念ながら小屋根は無理だったので、俺は砂時計を置き、交代で屋根に乗せることにした。
一巡して慣れてくると、クインスは壁際に積まれたアイアンゴーレムを発着場に見立て、そこから屋根を発進させる。
まるで遊園地だ。この魔道具はアトラクションだったらしい。
そんな様子を微笑ましく見守る俺に、
「板さんは、他に何かできるんですか?」
と、小屋根を持ちながらエミリが訊いてきた。
俺は立ち上がり、小屋根を受け取る。
そして鞘に収まったままのナイフを取り出し、真上に投げた。
天井ぎりぎりまで上がったナイフは、俺目掛けてまっすぐ落下。
それが当たる寸前、漂っていた小屋根は急旋回しナイフを弾き飛ばした。
いざというときは速いんだな。
「この魔道具は防御に特化している。ただ見た目があれだし、大きい方は持ち運ぶのが難しい。この家の守り神ってところだ」
子供たちは「凄い」を連呼し、二枚の板に群がった。
本当、素材が良ければ俺も群がりたいよ。
「名前はなんて言うんですか!?」
「断っておくが、僕が付けたんじゃないぞ。大きいのは屋根、小さいのは小屋根だ」
「屋根様!」
「小屋根様!」
いきなり様付けに昇格してしまった。
守り神なんて言ったからか。ま、そのままより良いな。紛らわしいし。
「アルター様、裏庭で乗っても良いですか!」
屋根様を摘まみ、ジニーが訊いてきた。
居間でも充分広いが、外ならもっと楽しいだろうな。
許可しかけ、俺は口を噤む。
こいつら……人目に晒したらまずくないか?
この世界に飛行魔法は存在しない。
子供限定という制約があっても、空を飛べる魔道具はどれほど稀少なのか。
似たような魔道具はどこかにあると思うが――。
「出かけてくる。戻るまでは居間で我慢してくれ」
俺は自宅を出て、学院へ向かう。
折角だ、性能も確かめてみようか。
◇◇◇◇
自宅の前に立ったエルフィミアは、怪訝そうに首を傾げていた。
中からは、子供たちの笑い声が聞こえてくる。
飽きずにまだ乗っているようだ。
「ずいぶん楽しそうね。何やってるの?」
「見れば分かる」
俺が扉を開けると、クインス、エミリ、ジニー、そして屋根様の上のカイルが「お帰りなさい!」と挨拶してきた。
それをエルフィミアは呆けた顔で見つめる。
「で……何やってるの?」
「見てのとおりだ」
「分からないわよ! なんで板が浮いてるの!? なんで子供が乗ってるの!?」
俺の両肩を鷲掴みにし、激しく前後に揺らす。
この様子だと、かなり珍しい能力のようだ。あと痛いから離してくれ。
ひとまず中へ招き入れて紅茶を差し出し、事情を説明した。
「はぁ、そういうことね……」
エルフィミアは漂う屋根様を眺めつつ、ため息交じりに納得する。
留守の間に遊びは進化し、乗っている者がロープを握り、他の者が引っ張っていた。
どちらも楽しそうだ。
「『飛空』はどれほど珍しいんだ?」
「かなりね。魔道具はあまり詳しくないけど、人を乗せて運べるのは聞いたことないわ」
「小さな子供限定だけどな。僕でも無理だったし。乗ってみるか?」
「やめとく」
間髪入れずに拒否してきた。
ふむ……体重かね。
こいつも気にするんだな、そういうの。
リーズほどではないにせよ、エルフィミアも小柄だ。
ぎりでいけると思うが――あ、だからか。
エルフィミアの視線が刺々しくなってきたので、すぐさま話題を戻す。
「じゃあ、外で遊ばせるのはまずいか」
「そうね、あまり見せない方が良いと思う。男爵家の次子が所有者と喧伝すれば、盗む人はいないでしょうけど――」
「別のを呼び寄せるか。分かった、室内限定にしよう」
男爵だからこそ貴族間で話題になりやすい。どうなるかは自明だ。
クインスたちは少し残念そうだったが、事情が分かれば諦めるしかない。
エミリに至っては盗まれると聞き、小屋根様を抱きかかえてしまった。
ほとんど隠れて、手しか見えてないけど。
それにこの食い付きようでは、近隣の子供が集結するだろう。
託児所を飛び越え、遊園地の開園だ。
「それより、なんで私を呼んだの? 魔道具ならラッケンデール先生の専門でしょ」
「あ、そうだった。もう一つ頼みがあるんだよ」
小声で屋根様たちの能力を伝えた。
すると、エルフィミアは呆れ顔で板二枚へ視線を向ける。
「飛ぶだけでも珍しいのに――『危機察知』に『自動防御』? 本当、あんた何やってんの? なんで板?」
「言わんでくれ。『耐久力強化』を優先したら、こうなったんだよ」
「要するに、性能を試したいのね」
「そういうことだ。魔法の鞄で運んでくれるか」
「良いわ。私も興味あるし」
エルフィミアの快諾を得て、魔法の鞄で森へ運ぶこととなった。
そのままでも可能だが、大きな板を抱えて出歩けば、かなり目立ってしまう。
屋根様たちの存在も露見しかねない。
そして早速、向かおうと立ち上がったとき、「来たぞー」とテッドたちがやってきた。
入るなり、漂う屋根様に硬直する。
あまりの驚きに、小屋根様は視界に入っていないようだ。
「なんだ、これ!?」
「丁度良い、お前らも来るか? 屋根様、小屋根様の初陣だ」
俺はエルフィミアと共に、呆然とする『セレード』、なぜか一緒に行くと言い張るクインスたちを引き連れ、森へと向かった。