第115話 学院三年目 ~跳兎
★ 講義名「戦闘術」 → 「軍学」に変更
★ 計算ミス 「第111話 学院三年目 ~狂奔の復讐者」にて
『高速移動』+《脚力上昇》 → 敏捷63× 52○
※ 修正済みです。
三年目の学院生活が始まってから、数日が経過した。
教養の講義が終わり、皆は次の講義や図書館、寮へ戻るため一斉に退室していく。
俺も立ち上がって鍛錬場に行こうとし、足を止めた。
そうだった。すっかり習慣付いてるな。
「次の講義の後――そうか、お前は帰るんだったな」
「鍛錬のお誘いか?」
「そうだが、明日にしよう。待たせるのも悪い」
ランベルトは軽く手を振り、フェリクスを連れて退室した。
少しの寂しさを感じながら、それを見送る。
三年目に入り、俺は軍学の講義を辞めた。
理由は、拘束される時間と学ぶ内容が釣り合わないと考えたためだ。
本来、スキルは簡単に習得できず、二年目の段階で講義内容に変化がないと感じていた。
また講師のデシンドが常識人なのもあり、錬金術や魔法学に比べ、得られる知識や技術も少ない。
今年になってから、忙しさにも拍車が掛かっている。
卒業資格は三科目の修了なので、ほぼ確実な錬金術と魔法学、必須の教養を履修していれば事足りる。
思い切って、軍学を辞めることにした。
早々に学院を出ると、露店を冷やかしながらラルセン商会へ向かう。
街道復旧依頼で甲犀の剣とスティレットを多用したため、戻ってすぐ、商会を介してイスターに手入れを頼んでいる。そろそろ終わっている頃だ。
復旧依頼といえば、魔法ギルドから提示された良質な魔石は、オーガ、カックル、アシーグキャット、ヒルジャイアントの四種だった。
カックルはダチョウに似た鳥の魔物で、アシーグキャットは暖かい気候を好む猫の魔物である。この四種なら希少性はアシーグキャット、価格はヒルジャイアントだろうか。
ただ『魔道具作成4』では効果の推測が難しく、どれを選んでも博打である。
悩んだ末、無難にヒルジャイアントを選択した。
ラルセン商会に到着し、ショーウィンドウを眺めつつ入店する。
すると俺の来訪に気付いていたのか、ラウリが奥から姿を見せた。
手入れを頼んだときは留守だったので、会うのは久しぶりだ。
ラウリは甲犀の剣とスティレットを捧げ持ち、まっすぐ近付いてくる。
そして俺の前に立つと、深々と頭を下げた。
「いらっしゃいませ、アルター様。ご依頼いただいた甲犀の剣とスティレット、滞りなく修理を終えております」
礼を言いながら、俺は甲犀の剣とスティレットを受け取る。
「それとこちらを」
さらに、ラウリは包みを差し出してきた。
開いてみると、スクロールと本が入っている。
「これは?」
「日頃の感謝の印にございます」
魔法書は《集中力上昇》、スクロールは《軽傷治癒》だった。
レイモンどころか、隊舎での一件も把握済みのようだ。
治療のスクロールは――ああ、前に物欲しそうに眺めたかも。
「アルター様には、ご贔屓にしていただいております。今後ともラルセン商会をよろしくお願いいたします」
「分かった。ありがたく頂戴しよう」
俺は遠慮なく受け取った。
魔法書は金貨十枚を下らず、希少価値はそれ以上。
スクロールは手頃でも、回復魔法なら魔法書と遜色なかった。
普段なら、これほど高価なものを貰ったりはしない。
だが、レイモンはそれだけのことをしてしまった。
俺が本名を名乗らず、ラウリも正体を伝えなかったとはいえ、男爵の次子に暴力を振るおうとしたのは事実。相当な落ち度だ。
俺でなければホルガーたちに捕まり、暴力を振るわれた挙げ句、身分を証明するまで監禁されていただろう。証明したらしたで、ホルガーなら口封じを提案しかねない。
当然、守備隊のブレントやギルドの受付が証言する。ラルセン商会は消滅だ。
甲犀の剣とスティレットを腰に下げ、包みを背負う。
「また剣の手入れを頼む」
「お待ち申し上げております」
そう言って、ラウリは厳つい顔を緩ませた。
◇◇◇◇
自宅に到着すると、今日は誰もいなかった。
普段着に着替え、早速、錬金室に向かう。
そしてテーブルで包みを開き、魔法書とスクロールを並べた。
今は無理でも、昨年なら魔法書に手を出す余裕はあった。
それでも購入に踏み切らなかったのは、初級なら自力で習得できたし、中級以上は高額すぎたからだ。
金の装飾が施された魔法書を眺める。
ソプリックの毒で意識が混濁したとき、俺は《集中力上昇》に命を救われた。
魔法の効果を考えると、今の俺でも役に立つのではないか。
視線を外し、隣のスクロールへ移す。
こちらは一部だが、長年の疑問を解決してくれる。
天稟水晶は神聖魔法に才能ありと示したが、これほど習得できないのであれば、俺に神聖魔法の才能はない。
ただ、才能がないだけなのか、神聖魔法を発動できない身体なのかが不明だった。
このスクロールで、はっきりするだろう。
「純粋な回復量は俺のポーションが上回ってる。ラウリには申し訳ないが、実験させてもらおう」
俺はナイフで指先を切りつけた。
そして傷口に向け、《軽傷治癒》を発動させる。
羊皮紙に描かれた文様や意味不明な文字が消失、指先の傷が消えていく。
指に残る血を拭い、傷を検めた。
「完全に消えたか。アンベルの魔法を受けたときと同じだな」
ものによって異なるが、このスクロールは制作者の能力に依存している。
発動を命じたのが俺で、発動そのものは制作者、というわけだ。
ともかく、これで確定だな。
俺に神聖魔法の資質はないか、あってもかなり低い。
小太りの設定ミスかは分からないが、自力の習得はまず無理だろう。
次の調査は魔法書を入手してからだ。
リードヴァルトに戻れば懐具合も落ち着く。それまでは棚上げである。
「さて、本番だ」
無地の羊皮紙を脇へ置くと、魔法書を引き寄せ、本の留め金を外す。
びっしり書き込まれていたのはスクロールと同じ、文字列や抽象的な記号、数字、謎の文様だった。
やはり言語どころか単語にすらなっていない。『言語習熟』でも、さっぱりである。
何度か深呼吸し、魔法書に視線を落とす。
そして習得したいという意思を向け捲っていくと、数ページ開いた途端、文字列などが一瞬ぼやけた。
その直後、脳内に情報が流れ込んでくる。
魔道具に認められたときや『調合』に似ているが、より明瞭とした形、他人の記憶を追想しているような感覚だった。
目は自然に文字や記号を追うも、その形状すら頭に入ってこない。
ただ流れ込んでくる情報が、無秩序に脳の中で構築されていく。
そして最後のピースが嵌まると同時、情報の流入はぴたりと止んだ。
ステータスに《集中力上昇》が追記されているのを確認、視線を戻す。
魔法書はすべて白紙になっていた。
「確かに、これはずるだ」
幼い頃の講義を思い返し、一人頷く。
記憶領域に魔法の情報を埋め込まれた気分で、習得の達成感は欠片もなかった。
ともかく、これで習得完了だ。
魔法の説明によれば、持続時間は『変性魔法』のランクに依存とあるが、どれくらいだろうか。
俺は砂時計を返し、発動してみた。
ほう……これは面白い。
意識の視野狭窄とでも言えば良いのか。
室内を見渡し、壁のひび割れ、テーブルの染み、漂う埃。
どれに意識を向けても、周囲の雑音は一瞬で消え去った。
ケリール村では朦朧としていたのでまるで覚えていないが、これほどの効果なら伝言を残すくらいは可能だろう。
ただ、戦闘で使うのは危なそうだ。
対象に集中しすぎてしまい、他への注意がおろそかになってしまう。
バージルは乱戦に重宝すると言っていたが、あくまで後衛の話だろう。前衛、ましてやソロには不向きである。
不意に《集中力上昇》が途切れた。
効果時間を過ぎたらしい。
砂時計は二分から三分――体感でもそのくらいだ。
その後、重ね掛けや魔力の追加を試したが、持続時間は延長されず、魔力の追加もできなかった。
他の能力上昇系と同じく、応用は利かないようだ。
「三分近く発動できれば充分だ。後は効果だな。どんな影響が出るか」
軽量の両手剣をテーブルに置き、《集中力上昇》と《魔力操作》を発動、軽量の両手剣を調べてみた。
前にやったときは表面に粗さを感じ取ったが――。
まるで違うな。
感触は同じでも、より精密に理解できる。
魔力の蔦の操作も、正確さや細かさが遥かに増していた。
集中力の違いで、ここまで変化が出るのか。
無数にある粗の幅や長さ、深さまで手に取るように把握できた。
そして検分しているうち、やたらと深い溝を発見する。
物は試しと、蔦を針のように細くして潜らせる。
溝はかなり深く、両手剣の中心に迫る勢いだった。
反対側まで続いてる?
そんなことを考えた瞬間、不意に蔦が滑り落ちる。
嫌な感触に慌てて魔法を中断した。
今、動いてはいけない方向に動いたような……。
恐る恐る『鑑定』を発動、思わず額に手を当てる。
名称の横には、「破損」が追記されていた。
「嘘だろ……こんな簡単に壊れるか?」
否定しても、現実は変わってくれなかった。
一応、完全には壊れず、『軽量化』の能力が不安定になっただけのようだ。
どうあれ、こうもあっさり魔道具が壊れては堪らない。
低下の魔道具を並べて試したところ、質が悪いほど同じことが起きると判明した。
ただ確率はかなり低く、徹底的に調べ尽くし、どうにか一部の魔道具で急所を発見できる程度だった。
あっさり破損した軽量の両手剣は、運が悪かったとしか言いようがない。
軽量の両手剣(破損)をテーブルに置き、ぽんと手を叩く。
「見なかったことにしよう!」
誰に言うでもなく宣言し、両手剣、ついでに白紙の魔法書とスクロールも棚に収めた。
軽量の両手剣(破損)を見捨てたわけではない。
『魔道具作成』の派生スキル『魔道具改変』は、魔道具の修理も可能である。
俺は習得の最低条件『魔道具作成4』に到達しているので、自作の魔道具で練習し、いずれ復活させるつもりだ。
それと、使用済みの魔法書などは再利用できた。
どちらも店で買い取ってくれるし、一応、『魔道具作成』の分野ではある。
残念ながらスクロールを作るにはランクが足りないし、魔法書の作成には上級魔法の《刻印》が必要である。
特に後者に手を出すのは、遥か先だろう。
些細なトラブルはあったが、《集中力上昇》は理解できた。
『魔道具作成』、『鍛冶』、装飾――この魔法は間違いなく、生産職こそ真価を発揮する。
錬金溶液が残り少ないので今日は調合しまくる予定だったが、《集中力上昇》を習得したからには試してみたい。
俺は容器を覗き込み、小さな青い魔石を取り出す。
これはソプリックの魔石である。
溶液が浸透する時間は素材によって様々だった。
同じ種類の魔石でさえ、個体差がある。
良質な魔石ほど浸透する時間は長いが、一概にそうとも言い切れず、溶液の質や浸している環境の影響も受けてしまう。
ラッケンデールの言葉どおり、『魔道具作成』は何かと揺らぎが大きい。
そして、ソプリックの魔石はすべて浸透していた。
恐ろしい魔物だが、ステータス自体は低い。
魔石も比例して品質が悪いのか、単に浸透しやすいだけなのか。
さらに容器から自作のブローチを手に取る。
素材は金と銅の合金で、使い道の少ない小さな魔石を填め込むため、五つの穴を空けていた。
「ぴたりと填まるな……」
ソプリックの魔石は、誂えたように穴へと収まった。
ひっくり返して魔石を外し、ブローチと並べて考える。
倒したソプリックは百を優に越えているが、魔石は衝撃に弱く、ほとんど割れていたり砕けていた。
無傷はたったの三個で、発見した残りの十数個は砕けて砂粒である。
一応、ラグの真似をして溶液に浸しているが、俺に細かい破片を填め込む技術はない。
ただの貧乏性だ。
残りの二個も掬い上げ、穴に填めてみた。
こちらも問題なく、固定できそうだ。
ただ――どうしたものか。
ソプリックの魔石はまず手に入らない。
《集中力上昇》を試すにしても、入手しやすい魔石にすべきではないか。
「だけど、集中力を高めるなんだよな……」
土台は自作の装身具、漬けているのは良質の錬金溶液。
《集中力上昇》が後押ししてくれれば、妙な結果にはならないはずだ。
「やってみるか。今も後も大して変わらん。何事も挑戦だ」
意を決すると、再び容器を覗き込んで残りの穴に填める魔石を物色した。
他にも砕けた魔石や、ソプリック程度の大きさはいくらでもある。
填め込むだけなら候補は多い。
色々悩み、ふと気付く。
あ、そうか。
ここでも《集中力上昇》を使えば良いんだ。
早速、魔法を発動し、ソプリックの魔石とブローチをじっと眺め、容器内の魔石を見比べる。
どれが補助に相応しいか。
脳裏に可能性が浮かんでは消えていく。
効果時間が過ぎたら掛け直し、さらに悩み続ける。
そして質の良いヌドロークの魔石二個を選び出し、作業を開始した。
いざ始めれば、あっという間である。
魔石を填め込み、爪を動かして固定するだけだ。
作業を終えると、背もたれに身体を預けながら『鑑定』を発動。
期待通りの魔道具か確認する。
名称 : 跳兎の胸飾り
特徴 : 赤金でできたブローチ。
スキル『跳兎』が発動可能。
特性 : 『跳兎』のランクに応じ回数、足場の安定時間は変化。
回数を超えた場合、どこかに足を着かなければ再発動はできない。
スキル : 『跳兎3』
「うまくいったか。欲しかったんだよなぁ、このスキル」
ランク3なのでソプリックにはだいぶ劣るが、どれくらいの能力なのか。
ブローチを付け、軽く跳んでみた。
「お!?」
最高到達点に達した途端、足の裏に感触を感じた。
慌てて跳び直すと、勢い余って天井に当たりそうになる。
「はは、これは凄い!」
子供のように笑い、俺は室内を飛び跳ねまくった。
試した結果、『跳兎3』で蹴れる回数は二回、足場が保持されるのは一秒ほどだった。
また最高到達点でなくとも跳躍できるし、使いまくっても発動不能にならなかった。懸念した一日の回数制限はないようだ。
やはり、《集中力上昇》は生産に使える。
ソプリックの魔石は毒関連の可能性も秘めており、むしろそちらが主流だった。
『跳兎』に誘導できたのは《集中力上昇》のおかげだろう。
とはいえ、前言撤回か。
普通の職人に、こんな真似はできないと思う。
変性魔法と《集中力上昇》を習得したうえ、潤沢な魔力、エルフィミアくらいでなければすぐ枯渇してしまう。
もし魔法を習得した職人がいても、ここぞと言うときに限られるだろう。
「こんにちはー!」
そのとき、階下から元気な声が聞こえてきた。
降りてみると、袋を抱えてクインスたちが並んでいる。
「今日は採取だったか」
「はい! たくさん取ってきました、将軍草!」
誇らしげに、膨らんだ皮袋を掲げてみせた。
なかなかの収穫のようだ。
戦闘に不慣れな少女二人がいるため、セレン外周から離れるのを禁じている。
他の素材なら冒険者や難民と競合するが、悲しいことに将軍草は見向きもされない。
街の外周でも容易に採取できた。
それでもどんな危険に遭うか分からないので、クインスとカイルにはダガー、エミリとジニーはオークの腱を張った小振りな弓を与えたが、幸い、使用した形跡はなかった。
クインスたちは二階へ上がり、作業部屋へと入っていく。
屋根と壁を補修した部屋が、今も作業部屋である。
通気性が悪くなってしまったので、窓周辺の石材を触媒にして拡張、ドバルに頼み微調整と大きな窓に入れ替えてもらった。
和気藹々と作業を始めるクインスたち。
その声を聞きながら『跳兎』を発動、無駄に二段抜かしをしつつ、俺は錬金部屋へと戻っていった。




