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てんこもり ~帰宅部、異世界を征く  作者: Podos
第二章

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第102話 学院二年目 ~自宅という名の


 前期試験が終わり、学院は夏休みに入った。

 その間、魔石の補充は完了し、ナルバノの依頼も達成できた。

 いずれもランク1だが、斬撃強化や耐久力強化など、武器に適した効果に仕上がっている。

 納品したときのナルバノは、まさに狂喜乱舞だった。

「魔道具に相応しい鞘を用意する」と言い捨て、鍛冶場を飛び出してしまう。

 すぐ、ケイティの工房でばったり()(くわ)したが。


 そんなこともありつつの夏真っ盛り、俺は鍛冶場兼工房に籠もっていた。

 全身を汗で濡らしながら(ふいご)を動かし、炉へ投じた鉄に目を凝らす。

 黄色くなるほどに加熱すると、取り出して鎚で成形。

 繰り返すたび、鉄の塊は形を変えていく。

 できあがったのは、長さ三十センチほどのダガーだった。


 感慨に耽る間もなく、俺は水を触媒に《氷柱の短矢(アイスボルト)》を発動、塩をひとつまみ口に放ってから、氷水で流し込む。

 鎚を打つときは鍛冶場を締め切っているため、中はとんでもない暑さだった。

 頻繁に塩と水を摂取し、《氷柱の短矢(アイスボルト)》と《水流操作(オペレイトウォーター)》で身体を冷やしながら強引に作業しているが、はっきり言って夏場にやることじゃない。魔法がなかったらとっくに断念している。

 それと、砂糖もほしいところだ。

 残念ながら嗜好品のため高額で、気軽に消費できない。塩はトルプス岩塩坑の他、帝国領には塩鉱山がいくつかあり、比較的安いので助かっている。



 一息入れると、自作のダガーを眺めた。

 できればファンタジーの王道、ショートソードかロングソードにしたかったが、鉄を精錬するにも時間と労力、費用が掛かってしまう。

 鍛冶ギルドに所属していれば、安価で多様な形状の錬鉄が購入できる。後はそれを熱して成形するだけなので、小さな鍛冶場では精錬しないことも多い。

 もちろん俺は未所属なので、正規の値段で買うか自分で精錬するしかなかった。


 少し――歪んでる?

 炉の炎に照らし、確認する。

 やはり歪んでるな。

 まだ『鍛冶』スキルは習得できていない。形になってるだけ及第点か。


 ナルバノの講習を受けたとき、前世の記憶は役に立たないと知った。

 まず、鉄を溶かさない。

 炉の上部にある孔から鉄鉱石を投入して加熱するが、下から流れ出てくるのは不純物だった。

 肝心の鉄はスポンジのような状態で炉の下部から取り出され、それを熱いうちに叩き、折り曲げ、固めていく。

 そのまま武器などに成形することもあるが、インゴットや鉄板にして保管することも多かった。鍛冶ギルドで売っているのはこれである。


 また、日本刀のように鍛えない。

 折り返して叩くのは、鍛えるというより不純物を出す作業である。

 前世の記憶ではそのときに何かをまぶしていたが、ナルバノは何もしなかったし、質問しても首を傾げていた。


 うろ覚えと未熟なれど職人、どちらが正しいか判断がつかない。

 試しにダガーは十回ほど折り返したが、市販の剣と見た目に違いはなかった。

 耐久性や粘りは増しているのだろうか。

 リードヴァルトに戻ったらエギル――ではなく、ラグに相談してみよう。


「何やってんのよ」


 不意の声に顔を向ければ、扉を少し開け、エルフィミアが覗いていた。

 見て分からんのかね。自作のダガーを()でてるんだ。


「良く来た。入りたまえ、僕の作品を見せてやろう」


 誇らしげにダガーを掲げると、なぜかエルフィミアはじと目になった。

 そしていきなり魔法を発動する。


「なんで魔法を――寒ッ!?」


 俺は慌てて鍛冶場を飛び出した。

 やらかしたエルフィミアも遠くへ逃げ、他人事のように鍛冶場を眺めている。


「やっぱり使い勝手が悪いわね」

「なに魔法ぶっ放してんだよ!? いや本当、今のなに!?」


 鍛冶場は異常な冷気に包まれていた。

 結晶は見当たらないから、《氷雪界域(フリージングストーム)》ではなさそうだ。


「《氷霜(アイスフロスト)》よ。涼しくなったでしょ?」

「涼しすぎるわ!」

()(むろ)の冷却とかに使われるからね」


 エルフィミアによると、《氷霜(アイスフロスト)》は氷結系の初級魔法として開発されたそうだ。

 しかし消費魔力が高いうえに持続時間が短く、氷点下まで下げてもすぐ戻ってしまう。

 極めて使い道の少ない魔法に仕上がったため、一般にはほとんど広まらなかった。

 もちろん、魔法体系からも外されている。


 鍛冶場に入ってみれば、少々ひんやりするだけで寒さは消え去っていた。

 心なしか、炉の勢いも弱くなっている。

 せめて冷房代わりになれば良いが、熱気を吹き飛ばすだけでは意味がない。


「まったく、いきなりやってきて魔法を放つなよ。何の用だ?」

「わざわざ持ってきてあげたのよ。魔法金属を見たいって言うから」


 エルフィミアは魔法の鞄(テルパーズ・バッグ)から短杖(ワンド)を取り出した。


結氷の短杖(ワンドオブコンジール)。魔法金属を装飾に使ってるわ」


 そう言って短杖(ワンド)を手渡してきた。

 軸は白い木材、その周囲を(たん)(せき)(しょく)の金属が編み目のように絡みついている。


「テーバー鉱か」


 テーバー鉱はミスリルに次いで流通している魔法金属だ。

 強度はミスリルと鍛え上げた鋼の中間で、武具よりも装身具に使われることが多い。

 当然、魔法金属なので魔道具になりやすかった。


「だけど、本当に鍛冶まで始めるとはね」


 エルフィミアは鍛冶場を覗き込むと、ダガーを手に取った。


 前期試験前、いつものように我が家で勉強会が開かれた。

 そのとき完成して間もない鍛冶場を紹介し、ついでに魔法金属を見せてほしいとエルフィミアに頼んでいた。あれだけ魔道具で固めていれば、一つくらい持っていると思ったからだ。


 俺は結氷の短杖(ワンドオブコンジール)を観察しつつ、掻い摘まんで建設理由を説明すると、エルフィミアは呆れた様子で首を振った。


「確信がないのに、よくやるわ」

「それなりにはあるからな」


 自作の検証はこれからだが、影響はあるはずだ。

 青藍シリーズが生まれたのは一級の工芸品だけでなく、ラグの自作なのも大きいと思う。


「それでも、魔石を集めた方が効率的な気がするけど。自作って時間が掛かるでしょ」

「掛かるな。ただ、僕は剣士でもある。武器の手入れもできるようになりたいんだ。セレンに来た当初、甲犀の剣を手入れできる鍛冶師を探すのが大変だったからな。それはそうと――もう少し杖を借りても良いか?」

「紅茶一杯で手を打つわ」


 交渉は成立し、俺は結氷の短杖(ワンドオブコンジール)を手にエルフィミアを居間へ招いた。

水流操作(オペレイトウォーター)》で汗を流し、紅茶を淹れて干し果物と一緒に差し出す。

 俺は将軍茶を片手に、改めてテーバー鉱を眺めた。


 ミスリル鉱やオリハルコンを代表とする魔法金属は、意外に多くの種類が存在した。

 クラウスの天儀の法剣に使われているラタル()(こう)や、オンクラム黒鉱、ラスルス鉱、ジルズ鉱等々、未発見も多いと言われている。

 これらが魔法金属と呼ばれるのは、成形するだけで魔道具化する確率が高く、また『魔道具作成』や《刻印(パーマネンス)》との相性が一般的な金属を遥かに凌駕するからだった。


 しかし、扱うにはかなりの『鍛冶』スキルが必要と言われ、対応した触媒がなければ加熱すらままならない。人間が加工できるのはミスリルとテーバー鉱くらいで、より強力な魔法金属の加工技術は、ごく一部のドワーフの間で秘伝として継承されていた。

 おまけにゾプトムという有害な魔法金属まで存在し、一概に便利とは言い切れない難物でもある。


 とはいえ――どんな物質も最後には溶けるはず。

 火竜のブレスで魔法の剣が破損するおとぎ話は珍しくない。

 おそらく、触媒は融点を下げる効果があるんだろう。逆に言うと、炉を高温にできれば、どんな魔法金属でも加工可能なはず。


 それに今の炉でも、鉄を溶かすほどの高温にはできるそうだ。

「武器として脆すぎるから」とナルバノは溶かさない理由を説明していた。原理はよく分からん。

 ともかく、試す価値はある。

 魔法金属なら多少脆くなっても強力だし、装身具なら影響も少ない。


 俺は結氷の短杖(ワンドオブコンジール)を眺めながら、エルフィミアに提案する。


「ちょっと削って良い?」

「馬鹿なの?」


 何気ない素振りで頼んでみたが、あっさり却下された。

 ノリの悪い奴だ。


 ま、鉄が溶けるからといっても、魔法金属を溶かせるとはかぎらないか。

 火力をもっと上げるのが先だな。


「さっきの《氷霜(アイスフロスト)》は、火属性もあるのか?」

「無いわ。少なくとも開発されてない」


 カップを持ったまま、エルフィミアは首を振った。


「それは残念だ。もし未発見だとしたら、偶然に習得したりしないかね?」

「どうかしら。魔法の開発は今も行われてるけど、単純なのは出尽くしてる。《氷霜(アイスフロスト)》が生まれたのも百年以上前だし」


 火属性バージョンがあれば、炉の火力を上げるのも簡単だと思ったんだけどな。

 いや――酸素を流し込んだ方が火の勢いは増すか?

 温度を上げるより、風の操作(オペレート)系を覚えるべきかもしれんな。


 気を取り直し、駄目元で《氷霜(アイスフロスト)》を教えてくれないかと頼んでみた。

 あの魔法があれば作業が終わり次第、鍛冶場が使えるようになる。


「さっきから無茶ばっかり言うわね」


 エルフィミアは呆れたように返してきたが、すぐ断らず、そのまま考え込んでしまった。

 さっきのテーバー鉱は冗談だが、今のは少し本気だった。

 だからこそ、失礼だったかもしれん。


「軽率な発言だった。もし借りの件で悩んでいるなら、忘れてくれ」

「そうじゃなくてね……交換条件があれば、考えても良いかなぁって」


 含みのある物言いだった。

 これまでの流れからすると――そうか、惜しいが仕方あるまい。


「分かった。気に入ってくれたのなら是非もない。自作のダガー、お前にくれてやろう」

「いらない」


 即答だった。

 頑張って鉄鉱石から作ったのに。歪んでるのも愛嬌だ。


「そんなものより、あれを教えてくれない?」


 上目遣いで、エルフィミアは俺を見上げてきた。

 そんなもの扱いは酷いと思うが、俺が持っていて魔法使いが欲するもの――か。

 それもエルフィミアクラスの魔法使いなら一つしかない。


「良いぞ」


 あっさり了承すると、エルフィミアは驚く。


「本当に良いの? あれってあれよ?」

「『多重詠唱』な。周囲に誰もいないから、伏せなくても大丈夫だ。『破邪の戦斧』のダニルを覚えているか? 彼にも教えている。ただ、習得は難しいと思うぞ。僕自身がやっていたことをそのまま伝えたが、習得できなかった」

「あれほどのスキルだし、難しいのは当然でしょ。こっちだって魔法書を渡すわけじゃないし」

「それもそうか」


 再び交渉は成立し、俺とエルフィミアはテーブル越しに握手を交わした。



  ◇◇◇◇



 その後、エルフィミア先生による講義が行われた。

氷霜(アイスフロスト)》だけでは釣り合わないと、実演を交えて《氷塊の槌撃(アイスブロウ)》、《光源(ライト)》と《灯明(トーチ)》の光源(ライト)系二種、《暗視(ナイトヴィジョン)》、《魔法探知(マジックサーチ)》、《物品護持(プリザーブアイテム)》などを次々と教えてくれた。

 あまりの大盤振る舞いに心配すると、「『多重詠唱』を軽く考えすぎ」と叱られてしまう。

 そうかもしれないが、お互い様だと思う。

 大量に覚えている所為で、エルフィミアも魔法の価値を低く見積もりがちだった。


 それと、ヘレナの講義でも似たようなことは教えてくれるが、どちらかといえば魔法の種類や傾向が多い。《氷霜(アイスフロスト)》のようなマニアックな魔法は名前すら登場しないし、魔法の実演があっても「こうだ」の一言で終わってしまう。

 ヘレナに比べたら、エルフィミア先生はずいぶん丁寧だった。

 もう講師になれば良いのに。


 次いで、俺の『多重詠唱』の講義が行われたが、こちらはあっと言う間に終わる。

 ダニルに話した発射台の例を挙げつつ、子供の頃にやっていた鍛錬方法を実演しただけだ。

 互いの講義は終わり、俺たちは居間で唸りながら練習を始めた。


「意外と難しいわね……あ、また消えた」


 左手で《火口(フリント)》を発動しようとして、右手の火が掻き消えてしまう。

 俺は練習を中断し、どこぞのパワードスーツのごとく、両手の中央に無数の《火口(フリント)》を発動させてみた。

 途端、俺の目は《光源(ライト)》に潰される。

「目がぁ!」と往年の悪役よろしく連呼してみたが、こちらも通じなかった。

 ちょっと寂しい。


 脱線しつつも練習を続けていると、外の通りに気配を感じた。

 リリーだ。

 まっすぐこちらに向かってくる。

 デイナは仕事だし、ネイルズは留守。

 となると俺に用件だが――嫌な想像しか浮かばない。


「最近、リリーに何かあったか」

「ああ、例の一年生? 特に聞いてないけど」


 そう言って、エルフィミアは小首を傾げた。

 大した被害ではない、もしくは単純に別件か?

 俺はしばらく待ってから立ち上がり、ノックを合図に玄関を開いた。


 いつもの丁寧な挨拶とお辞儀、そしてエルフィミアがいるのにも気付き、二人は笑顔で挨拶を交わす。


「あいつが何かしてきたか?」


 俺の問いかけにリリーは首を振った。


「いえ、特には。たまにお会いして挨拶しますが、偶然みたいです。今日は、これをお持ちしました」


 リリーは笑顔で革袋を差し出してきた。


「あ、将軍茶か。そういや無くなりそうだったな」


 さっき淹れたときも、残り少ないと気付いてたんだが。

 やることが多すぎ、細々としたのを忘れがちだな。


 俺が中身を調べている間、エルフィミアとリリーは雑談を始めた。

 何気に、ロラを加えた三人は仲が良い。

 そんな華やかな会話を前にし、革袋を開いて確認していく。


 品質、管理とも問題なし。良質な将軍草だ。

 後は二階で乾燥させ――。


 そんなことを考えていると、視線を感じ目を向ける。

 リリーが別の革袋を差し出していた。


「アルター様、こちらも見ていただけませんか」


 受け取って中を(あらた)めると、こちらも将軍草だった。

 しかし、先ほどに比べて質が低い。


「誰が採取したんだ?」

「実は……」


 採取したのは、リリーたちが懇意にしている難民の子供たちだった。

 テッドやジェマは冒険者として、リリーも庭園の仕事が軌道に乗り始めている。

 だから、将軍茶納品の仕事を彼らに譲りたいと申し出てきた。

 

「未熟だとは思いますが、私たちで指導します。検討していただけないでしょうか」


 頭を下げるリリーに、俺は何も応えなかった。

 品質の問題ではない。

 テッドたちに頼んだのは互いの利益だけでなく、応援したいと思ったからだ。

 必要ないならそれで構わないが、気軽に譲られるのは困る。


「僕に納品すると知っているのか」

「それとなく、ですが」


 まずは俺の感触を確かめたか。

 難民だから――は助ける理由にならない。

 俺が博愛精神に溢れていれば、とっくに今の生活を投げ捨て慈善事業に奔走している。


「案内してくれ。会ってから決めよう」

「はい!」


 笑顔を浮かべ、リリーは立ち上がった。


 あいつらは、俺という人間をよく知っている。

 何を企んでるのか、見せてもらうとしよう。



  ◇◇◇◇



 俺とリリー、なぜか付いてきたエルフィミアは、北門から難民街に向かった。

 街道に沿って抜けることはあっても、難民街に踏み込んだことは一度もない。


 難民が住む街。

 語感の印象では、ぼろぼろの住居やテントが立ち並ぶ光景を想像するが、実際は少々異なっている。

 そうした住居が多いのは事実でも、粗雑ながら煉瓦や石造りの住居も少なくない。

 一見すると、ただのスラムや貧民街である。


 それも当然で、最初の難民が住み着いたのはアルファスが壁を築いた後、七百年も昔だ。もし壁がなければ、とっくに難民街という呼称は消滅していただろう。



 リリーに先導されながら、家々に目を向けた。

 煉瓦や石造りの住居が粗雑なのは、まともな建築資材を使っていないからだ。

 今も昔も、難民街は廃棄物でできている。


 建物が老朽化して建て直されると、どうしても廃材が出てしまう。

 壁の外にはそれらを集める廃棄場が数カ所あり、難民たちの貴重な資源となっていた。

 また、一定期間ごとに廃棄物は遠方の最終処分場へ運ばれ、この作業もまた、難民や貧民の臨時収入となっている。


 俺がドバルの依頼で石壁に作り替えた廃材は、難民たちでも使い道のない土砂や腐った木材だった。

 それと処分場への運搬は、量の多寡で報酬や時期は変わらないそうだ。少ないほど難民は楽になるらしい。


 そんな難民街を眺めていると、おかしなことに気付く。

 明らかに、割れのない煉瓦や石材も使われている。

 買うのは論外、盗むにしても重すぎた。

 煉瓦なら難民が焼いたとも考えられるが、石材は無理だ。

 誰かが投棄してるのか、使える建築資材を。


 なんとなく、ドバルの仏頂面がちらついた。

 あの変わり者の(いし)()なら、廃棄物に混ぜ込むくらいはやりそうだ。

 誰であれ、不器用な優しさである。



 入り組んだ難民街を、リリーは迷うことなく進んでいく。

 やはりよそ者は気になるようで、多くの難民が遠巻きで俺たちを観察していた。

 住居から目だけを出して覗く者、それとない視線を送ったつもりが二度見で凝視する者と、様々である。

 ただ視線の先は俺ではない。エルフ感満載のエルフィミアだ。

 中には値踏みする視線も感じたが、当の本人は平然としていた。

 視線に慣れているだけでなく、返り討ちにする自信があるのだろう。


 しばらくすると、周囲の雰囲気がみすぼらしくなってきた。

 布を張っただけの住居や、家の形を為していないのも乱立している。

 どうやら新しい難民の区画らしい。


「この先です」


 リリーの指差す方角から、気合と剣戟が聞こえてきた。

 無言で進むと、不意に視界が拓ける。

 難民街にぽつりとできた空間。

 そこで向かい合っていたのは、テッドと二人の少年だった。


 二人は幼く、七、八歳に見えた。

 必死で棒きれを振り回し、外しては反撃を受けている。

 テッドは手加減こそしているが、手は抜いていない。

 打撃音は激しいし、少年たちの身体には無数の蚯蚓腫れができていた。


 ジェマとネイルズが観戦している。

 ネイルズは俺に気付いて挨拶しようとしたが、首を振ってそれを制す。

 稽古の邪魔はしなくて良い。

 少々、あざとくてもな。


「どう思う?」

「弱いわね」


 感想を聞くと、エルフィミアは素気なく斬り捨てた。

 そして言葉を継ぐ。


「でも、最初は誰でもそうよ。あとは才能次第」

「確かにな」


 実力は無くともやる気はある、エルフィミアはそう評価を下した。

 俺も同意見だ。

 背後で聞き耳を立てるリリーを感じつつ、視線を戻す。


 二人とも普通の少年だった。

 テッドやジェマとは違う。

 あいつらは驚くほど必死に生きていた。俺から力を貸したいと思わせるほどに。


 それでも、棒きれを握る少年たちに、出会った頃のテッドが重なる。

 もう一年か。

 入学試験に乗り込み、森で棒を振り回していた少年が、今やEランクの冒険者だ。

 二人の少年たちは打ち据えられても武器を手放さず、涙目で立ち向かっていく。

 テッドは泣きこそしなかったが、負けん気も似ていた。


 だが、分からない。

 なぜ、こんなあざとい真似をしたのか。

 目的は簡単だ。俺の積極的な支援。

 テッドたちには戦い方だけでなく、文字など最低限の教養も教えている。

 少年たちにも、それを求めている。


 だとしても、直接俺にぶつければ済む話だ。

 俺が拒否してもテッドたちで教えれば良いし、この先、説得の機会はいくらでもある。

 その機会がないのか?

 それとも――急いでいる?



 結局、二人の攻撃は(かす)りもせず、体力が尽きて倒れてしまう。

 テッドは汗を拭いながらジェマたちに視線を送り、ようやくこちらに気付いた。

 そして俺を見るなり頭を下げる。


「すまん」

「二度と回りくどい真似をするな」

「分かった。もうしない」


 ジェマとネイルズ、リリーも謝罪してきた。

 少年たちは横になったままやり取りを眺めていたが、リリーが耳打ちすると慌てて飛び起きた。


「は、初めましてアルター様! 僕はクインスです!」

「カイルです!」

「クインスにカイルか。僕はアルター・レス・リードヴァルト。よろしくな」


 二人の少年は、紅潮した顔で頷いた。

 小柄な方がクインス、年齢の割に背が高いのがカイルだった。


「冒険者を目指しているのか?」

「はい、テッドさんたちみたいな冒険者になりたいです!」


 その言葉に、テッドとジェマは照れくさそうに顔を背けてしまう。

 ずいぶんと慕われているようだ。

 昔のテッドたちより肉付きは良いから、鍛錬だけでなく食事の面倒も見ているのだろう。


 ともあれ、なんとなく全体像が見えてきた。

 俺はテッドに視線を向ける。


「二人は同郷だな?」


 テッドは頷いた。

 少年たちは同じ村の出身で、クインスは母親と逃げてきたが二年前に病死、カイルは叔父に連れられてきたものの、すぐに姿を消してしまったそうだ。

 今ではテッドやジェマ、リリーが兄と姉のような立場らしい。


 クインスとカイルは直立不動で話を聞いていた。

 辛い思いもしただろうが、今の彼らに悲壮感は感じられない。

 テッドたちに支えられているためか、それとも冒険者になりたいという一念か。


 何にせよ、また小娘――ルシェナが原因だったわけだ。

 俺は一年と少しでセレンからいなくなる。

 それまでに少しでも学ばせ、早く二人を冒険者ギルドの庇護下に入れたいのだろう。

 まったく、ずいぶん遠回りな甘え方をしたものだ。


 クインスとカイルに視線を戻すと、二人は口を引き結び、硬直する。


「聞いていると思うが、冒険者は過酷な仕事だ。身分を問わず登録できるのは、それだけ死ぬからに他ならない。考える時間は充分にある。見込みがないと思ったら別の道を探すんだ。冒険者だけが生きる道じゃない。それまでの間、ささやかだが応援くらいはしよう」


 手を出すよう促すと、二人は見交わし、恐る恐る小さな手を伸ばした。

 俺は革袋から大銅貨を二枚ずつ取り出し、その上に置く。

 クインスたちは言葉もなく固まった。

 しばらくして状況が飲み込めると、ぎこちなく動き出す。


「これ……僕たちの?」

「正当な報酬だ。もっと上手く採取できていれば、銀貨一枚だな。これからも採取の仕事を続けるか?」

「やります! やらせてください!」

「お、お願いします!」


 大銅貨を握りしめ、二人は元気よく応えた。

 その姿にテッドたちは安堵する。


「では頼む。採取の仕方はリリーやネイルズから教わると良い」

「はい、教わります!」


 さて、これで用件は――っと、肝心なのを忘れていた。


「テッド、鍛錬なら裏庭を使え。暇なら僕も相手してやろう」

「良いのか?」

「始めからそのつもりだろ。一人や二人増えたところで、大して変わらん」


 礼を述べるテッドたちに軽く手を振り、俺とエルフィミアは難民街を後にした。



 行き先不明の往路と異なり、街道に出るのは早かった。

 セレンから出立する旅商人の馬車を見送っていると、剣戟を聞いた気がして俺は振り返った。

 街道の雑踏で、聞こえるはずもない。


 それでも視線を向けたまま、テッドやクインスたちを思い返す。

 多かれ少なかれ人生は辛いものだが、彼らは多すぎた。

 故郷を捨て、両親を失い、子ども同士で支え合って生きている。


「案外、普通の対応だったわね」


 不意にエルフィミアが口を開いた。

 横目で窺えば、彼女もまた、難民街に目を向けている。


「何の話だ?」

「妙なことを言い出すと思って期待したのに。僕が引き取ろう、とかね」

「言うわけないだろ。あいつらは自分の足で歩いてる。邪魔はしない」

「でも稽古はつけるんでしょ。なんかさ、あんたの家って子供ばっかり集まるわね。エリオットのところも増えたし。孤児院?」

「半数は学院生なんだが。お前も含めて」


 エルフィミアは素知らぬ顔でそっぽを向いた。

 住んでいるのは子供の俺だけ、同年代が集まるのは仕方ない。

 せめて『破邪の戦斧』がいれば、平均年齢は上がるんだけどな。今の大人はデイナだけだ。


 セレンに視線を戻せば、外壁の上から尖塔が覗いていた。

 初めて訪れたときも、あれを見上げた気がする。

 時は過ぎ、ここでの生活も半分を切ろうとしていた。

 そろそろ、先を考える時期かもしれない。





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