第102話 学院二年目 ~自宅という名の
前期試験が終わり、学院は夏休みに入った。
その間、魔石の補充は完了し、ナルバノの依頼も達成できた。
いずれもランク1だが、斬撃強化や耐久力強化など、武器に適した効果に仕上がっている。
納品したときのナルバノは、まさに狂喜乱舞だった。
「魔道具に相応しい鞘を用意する」と言い捨て、鍛冶場を飛び出してしまう。
すぐ、ケイティの工房でばったり出会したが。
そんなこともありつつの夏真っ盛り、俺は鍛冶場兼工房に籠もっていた。
全身を汗で濡らしながら鞴を動かし、炉へ投じた鉄に目を凝らす。
黄色くなるほどに加熱すると、取り出して鎚で成形。
繰り返すたび、鉄の塊は形を変えていく。
できあがったのは、長さ三十センチほどのダガーだった。
感慨に耽る間もなく、俺は水を触媒に《氷柱の短矢》を発動、塩をひとつまみ口に放ってから、氷水で流し込む。
鎚を打つときは鍛冶場を締め切っているため、中はとんでもない暑さだった。
頻繁に塩と水を摂取し、《氷柱の短矢》と《水流操作》で身体を冷やしながら強引に作業しているが、はっきり言って夏場にやることじゃない。魔法がなかったらとっくに断念している。
それと、砂糖もほしいところだ。
残念ながら嗜好品のため高額で、気軽に消費できない。塩はトルプス岩塩坑の他、帝国領には塩鉱山がいくつかあり、比較的安いので助かっている。
一息入れると、自作のダガーを眺めた。
できればファンタジーの王道、ショートソードかロングソードにしたかったが、鉄を精錬するにも時間と労力、費用が掛かってしまう。
鍛冶ギルドに所属していれば、安価で多様な形状の錬鉄が購入できる。後はそれを熱して成形するだけなので、小さな鍛冶場では精錬しないことも多い。
もちろん俺は未所属なので、正規の値段で買うか自分で精錬するしかなかった。
少し――歪んでる?
炉の炎に照らし、確認する。
やはり歪んでるな。
まだ『鍛冶』スキルは習得できていない。形になってるだけ及第点か。
ナルバノの講習を受けたとき、前世の記憶は役に立たないと知った。
まず、鉄を溶かさない。
炉の上部にある孔から鉄鉱石を投入して加熱するが、下から流れ出てくるのは不純物だった。
肝心の鉄はスポンジのような状態で炉の下部から取り出され、それを熱いうちに叩き、折り曲げ、固めていく。
そのまま武器などに成形することもあるが、インゴットや鉄板にして保管することも多かった。鍛冶ギルドで売っているのはこれである。
また、日本刀のように鍛えない。
折り返して叩くのは、鍛えるというより不純物を出す作業である。
前世の記憶ではそのときに何かをまぶしていたが、ナルバノは何もしなかったし、質問しても首を傾げていた。
うろ覚えと未熟なれど職人、どちらが正しいか判断がつかない。
試しにダガーは十回ほど折り返したが、市販の剣と見た目に違いはなかった。
耐久性や粘りは増しているのだろうか。
リードヴァルトに戻ったらエギル――ではなく、ラグに相談してみよう。
「何やってんのよ」
不意の声に顔を向ければ、扉を少し開け、エルフィミアが覗いていた。
見て分からんのかね。自作のダガーを愛でてるんだ。
「良く来た。入りたまえ、僕の作品を見せてやろう」
誇らしげにダガーを掲げると、なぜかエルフィミアはじと目になった。
そしていきなり魔法を発動する。
「なんで魔法を――寒ッ!?」
俺は慌てて鍛冶場を飛び出した。
やらかしたエルフィミアも遠くへ逃げ、他人事のように鍛冶場を眺めている。
「やっぱり使い勝手が悪いわね」
「なに魔法ぶっ放してんだよ!? いや本当、今のなに!?」
鍛冶場は異常な冷気に包まれていた。
結晶は見当たらないから、《氷雪界域》ではなさそうだ。
「《氷霜》よ。涼しくなったでしょ?」
「涼しすぎるわ!」
「氷室の冷却とかに使われるからね」
エルフィミアによると、《氷霜》は氷結系の初級魔法として開発されたそうだ。
しかし消費魔力が高いうえに持続時間が短く、氷点下まで下げてもすぐ戻ってしまう。
極めて使い道の少ない魔法に仕上がったため、一般にはほとんど広まらなかった。
もちろん、魔法体系からも外されている。
鍛冶場に入ってみれば、少々ひんやりするだけで寒さは消え去っていた。
心なしか、炉の勢いも弱くなっている。
せめて冷房代わりになれば良いが、熱気を吹き飛ばすだけでは意味がない。
「まったく、いきなりやってきて魔法を放つなよ。何の用だ?」
「わざわざ持ってきてあげたのよ。魔法金属を見たいって言うから」
エルフィミアは魔法の鞄から短杖を取り出した。
「結氷の短杖。魔法金属を装飾に使ってるわ」
そう言って短杖を手渡してきた。
軸は白い木材、その周囲を淡赤色の金属が編み目のように絡みついている。
「テーバー鉱か」
テーバー鉱はミスリルに次いで流通している魔法金属だ。
強度はミスリルと鍛え上げた鋼の中間で、武具よりも装身具に使われることが多い。
当然、魔法金属なので魔道具になりやすかった。
「だけど、本当に鍛冶まで始めるとはね」
エルフィミアは鍛冶場を覗き込むと、ダガーを手に取った。
前期試験前、いつものように我が家で勉強会が開かれた。
そのとき完成して間もない鍛冶場を紹介し、ついでに魔法金属を見せてほしいとエルフィミアに頼んでいた。あれだけ魔道具で固めていれば、一つくらい持っていると思ったからだ。
俺は結氷の短杖を観察しつつ、掻い摘まんで建設理由を説明すると、エルフィミアは呆れた様子で首を振った。
「確信がないのに、よくやるわ」
「それなりにはあるからな」
自作の検証はこれからだが、影響はあるはずだ。
青藍シリーズが生まれたのは一級の工芸品だけでなく、ラグの自作なのも大きいと思う。
「それでも、魔石を集めた方が効率的な気がするけど。自作って時間が掛かるでしょ」
「掛かるな。ただ、僕は剣士でもある。武器の手入れもできるようになりたいんだ。セレンに来た当初、甲犀の剣を手入れできる鍛冶師を探すのが大変だったからな。それはそうと――もう少し杖を借りても良いか?」
「紅茶一杯で手を打つわ」
交渉は成立し、俺は結氷の短杖を手にエルフィミアを居間へ招いた。
《水流操作》で汗を流し、紅茶を淹れて干し果物と一緒に差し出す。
俺は将軍茶を片手に、改めてテーバー鉱を眺めた。
ミスリル鉱やオリハルコンを代表とする魔法金属は、意外に多くの種類が存在した。
クラウスの天儀の法剣に使われているラタル輝鉱や、オンクラム黒鉱、ラスルス鉱、ジルズ鉱等々、未発見も多いと言われている。
これらが魔法金属と呼ばれるのは、成形するだけで魔道具化する確率が高く、また『魔道具作成』や《刻印》との相性が一般的な金属を遥かに凌駕するからだった。
しかし、扱うにはかなりの『鍛冶』スキルが必要と言われ、対応した触媒がなければ加熱すらままならない。人間が加工できるのはミスリルとテーバー鉱くらいで、より強力な魔法金属の加工技術は、ごく一部のドワーフの間で秘伝として継承されていた。
おまけにゾプトムという有害な魔法金属まで存在し、一概に便利とは言い切れない難物でもある。
とはいえ――どんな物質も最後には溶けるはず。
火竜のブレスで魔法の剣が破損するおとぎ話は珍しくない。
おそらく、触媒は融点を下げる効果があるんだろう。逆に言うと、炉を高温にできれば、どんな魔法金属でも加工可能なはず。
それに今の炉でも、鉄を溶かすほどの高温にはできるそうだ。
「武器として脆すぎるから」とナルバノは溶かさない理由を説明していた。原理はよく分からん。
ともかく、試す価値はある。
魔法金属なら多少脆くなっても強力だし、装身具なら影響も少ない。
俺は結氷の短杖を眺めながら、エルフィミアに提案する。
「ちょっと削って良い?」
「馬鹿なの?」
何気ない素振りで頼んでみたが、あっさり却下された。
ノリの悪い奴だ。
ま、鉄が溶けるからといっても、魔法金属を溶かせるとはかぎらないか。
火力をもっと上げるのが先だな。
「さっきの《氷霜》は、火属性もあるのか?」
「無いわ。少なくとも開発されてない」
カップを持ったまま、エルフィミアは首を振った。
「それは残念だ。もし未発見だとしたら、偶然に習得したりしないかね?」
「どうかしら。魔法の開発は今も行われてるけど、単純なのは出尽くしてる。《氷霜》が生まれたのも百年以上前だし」
火属性バージョンがあれば、炉の火力を上げるのも簡単だと思ったんだけどな。
いや――酸素を流し込んだ方が火の勢いは増すか?
温度を上げるより、風の操作系を覚えるべきかもしれんな。
気を取り直し、駄目元で《氷霜》を教えてくれないかと頼んでみた。
あの魔法があれば作業が終わり次第、鍛冶場が使えるようになる。
「さっきから無茶ばっかり言うわね」
エルフィミアは呆れたように返してきたが、すぐ断らず、そのまま考え込んでしまった。
さっきのテーバー鉱は冗談だが、今のは少し本気だった。
だからこそ、失礼だったかもしれん。
「軽率な発言だった。もし借りの件で悩んでいるなら、忘れてくれ」
「そうじゃなくてね……交換条件があれば、考えても良いかなぁって」
含みのある物言いだった。
これまでの流れからすると――そうか、惜しいが仕方あるまい。
「分かった。気に入ってくれたのなら是非もない。自作のダガー、お前にくれてやろう」
「いらない」
即答だった。
頑張って鉄鉱石から作ったのに。歪んでるのも愛嬌だ。
「そんなものより、あれを教えてくれない?」
上目遣いで、エルフィミアは俺を見上げてきた。
そんなもの扱いは酷いと思うが、俺が持っていて魔法使いが欲するもの――か。
それもエルフィミアクラスの魔法使いなら一つしかない。
「良いぞ」
あっさり了承すると、エルフィミアは驚く。
「本当に良いの? あれってあれよ?」
「『多重詠唱』な。周囲に誰もいないから、伏せなくても大丈夫だ。『破邪の戦斧』のダニルを覚えているか? 彼にも教えている。ただ、習得は難しいと思うぞ。僕自身がやっていたことをそのまま伝えたが、習得できなかった」
「あれほどのスキルだし、難しいのは当然でしょ。こっちだって魔法書を渡すわけじゃないし」
「それもそうか」
再び交渉は成立し、俺とエルフィミアはテーブル越しに握手を交わした。
◇◇◇◇
その後、エルフィミア先生による講義が行われた。
《氷霜》だけでは釣り合わないと、実演を交えて《氷塊の槌撃》、《光源》と《灯明》の光源系二種、《暗視》、《魔法探知》、《物品護持》などを次々と教えてくれた。
あまりの大盤振る舞いに心配すると、「『多重詠唱』を軽く考えすぎ」と叱られてしまう。
そうかもしれないが、お互い様だと思う。
大量に覚えている所為で、エルフィミアも魔法の価値を低く見積もりがちだった。
それと、ヘレナの講義でも似たようなことは教えてくれるが、どちらかといえば魔法の種類や傾向が多い。《氷霜》のようなマニアックな魔法は名前すら登場しないし、魔法の実演があっても「こうだ」の一言で終わってしまう。
ヘレナに比べたら、エルフィミア先生はずいぶん丁寧だった。
もう講師になれば良いのに。
次いで、俺の『多重詠唱』の講義が行われたが、こちらはあっと言う間に終わる。
ダニルに話した発射台の例を挙げつつ、子供の頃にやっていた鍛錬方法を実演しただけだ。
互いの講義は終わり、俺たちは居間で唸りながら練習を始めた。
「意外と難しいわね……あ、また消えた」
左手で《火口》を発動しようとして、右手の火が掻き消えてしまう。
俺は練習を中断し、どこぞのパワードスーツのごとく、両手の中央に無数の《火口》を発動させてみた。
途端、俺の目は《光源》に潰される。
「目がぁ!」と往年の悪役よろしく連呼してみたが、こちらも通じなかった。
ちょっと寂しい。
脱線しつつも練習を続けていると、外の通りに気配を感じた。
リリーだ。
まっすぐこちらに向かってくる。
デイナは仕事だし、ネイルズは留守。
となると俺に用件だが――嫌な想像しか浮かばない。
「最近、リリーに何かあったか」
「ああ、例の一年生? 特に聞いてないけど」
そう言って、エルフィミアは小首を傾げた。
大した被害ではない、もしくは単純に別件か?
俺はしばらく待ってから立ち上がり、ノックを合図に玄関を開いた。
いつもの丁寧な挨拶とお辞儀、そしてエルフィミアがいるのにも気付き、二人は笑顔で挨拶を交わす。
「あいつが何かしてきたか?」
俺の問いかけにリリーは首を振った。
「いえ、特には。たまにお会いして挨拶しますが、偶然みたいです。今日は、これをお持ちしました」
リリーは笑顔で革袋を差し出してきた。
「あ、将軍茶か。そういや無くなりそうだったな」
さっき淹れたときも、残り少ないと気付いてたんだが。
やることが多すぎ、細々としたのを忘れがちだな。
俺が中身を調べている間、エルフィミアとリリーは雑談を始めた。
何気に、ロラを加えた三人は仲が良い。
そんな華やかな会話を前にし、革袋を開いて確認していく。
品質、管理とも問題なし。良質な将軍草だ。
後は二階で乾燥させ――。
そんなことを考えていると、視線を感じ目を向ける。
リリーが別の革袋を差し出していた。
「アルター様、こちらも見ていただけませんか」
受け取って中を検めると、こちらも将軍草だった。
しかし、先ほどに比べて質が低い。
「誰が採取したんだ?」
「実は……」
採取したのは、リリーたちが懇意にしている難民の子供たちだった。
テッドやジェマは冒険者として、リリーも庭園の仕事が軌道に乗り始めている。
だから、将軍茶納品の仕事を彼らに譲りたいと申し出てきた。
「未熟だとは思いますが、私たちで指導します。検討していただけないでしょうか」
頭を下げるリリーに、俺は何も応えなかった。
品質の問題ではない。
テッドたちに頼んだのは互いの利益だけでなく、応援したいと思ったからだ。
必要ないならそれで構わないが、気軽に譲られるのは困る。
「僕に納品すると知っているのか」
「それとなく、ですが」
まずは俺の感触を確かめたか。
難民だから――は助ける理由にならない。
俺が博愛精神に溢れていれば、とっくに今の生活を投げ捨て慈善事業に奔走している。
「案内してくれ。会ってから決めよう」
「はい!」
笑顔を浮かべ、リリーは立ち上がった。
あいつらは、俺という人間をよく知っている。
何を企んでるのか、見せてもらうとしよう。
◇◇◇◇
俺とリリー、なぜか付いてきたエルフィミアは、北門から難民街に向かった。
街道に沿って抜けることはあっても、難民街に踏み込んだことは一度もない。
難民が住む街。
語感の印象では、ぼろぼろの住居やテントが立ち並ぶ光景を想像するが、実際は少々異なっている。
そうした住居が多いのは事実でも、粗雑ながら煉瓦や石造りの住居も少なくない。
一見すると、ただのスラムや貧民街である。
それも当然で、最初の難民が住み着いたのはアルファスが壁を築いた後、七百年も昔だ。もし壁がなければ、とっくに難民街という呼称は消滅していただろう。
リリーに先導されながら、家々に目を向けた。
煉瓦や石造りの住居が粗雑なのは、まともな建築資材を使っていないからだ。
今も昔も、難民街は廃棄物でできている。
建物が老朽化して建て直されると、どうしても廃材が出てしまう。
壁の外にはそれらを集める廃棄場が数カ所あり、難民たちの貴重な資源となっていた。
また、一定期間ごとに廃棄物は遠方の最終処分場へ運ばれ、この作業もまた、難民や貧民の臨時収入となっている。
俺がドバルの依頼で石壁に作り替えた廃材は、難民たちでも使い道のない土砂や腐った木材だった。
それと処分場への運搬は、量の多寡で報酬や時期は変わらないそうだ。少ないほど難民は楽になるらしい。
そんな難民街を眺めていると、おかしなことに気付く。
明らかに、割れのない煉瓦や石材も使われている。
買うのは論外、盗むにしても重すぎた。
煉瓦なら難民が焼いたとも考えられるが、石材は無理だ。
誰かが投棄してるのか、使える建築資材を。
なんとなく、ドバルの仏頂面がちらついた。
あの変わり者の石工なら、廃棄物に混ぜ込むくらいはやりそうだ。
誰であれ、不器用な優しさである。
入り組んだ難民街を、リリーは迷うことなく進んでいく。
やはりよそ者は気になるようで、多くの難民が遠巻きで俺たちを観察していた。
住居から目だけを出して覗く者、それとない視線を送ったつもりが二度見で凝視する者と、様々である。
ただ視線の先は俺ではない。エルフ感満載のエルフィミアだ。
中には値踏みする視線も感じたが、当の本人は平然としていた。
視線に慣れているだけでなく、返り討ちにする自信があるのだろう。
しばらくすると、周囲の雰囲気がみすぼらしくなってきた。
布を張っただけの住居や、家の形を為していないのも乱立している。
どうやら新しい難民の区画らしい。
「この先です」
リリーの指差す方角から、気合と剣戟が聞こえてきた。
無言で進むと、不意に視界が拓ける。
難民街にぽつりとできた空間。
そこで向かい合っていたのは、テッドと二人の少年だった。
二人は幼く、七、八歳に見えた。
必死で棒きれを振り回し、外しては反撃を受けている。
テッドは手加減こそしているが、手は抜いていない。
打撃音は激しいし、少年たちの身体には無数の蚯蚓腫れができていた。
ジェマとネイルズが観戦している。
ネイルズは俺に気付いて挨拶しようとしたが、首を振ってそれを制す。
稽古の邪魔はしなくて良い。
少々、あざとくてもな。
「どう思う?」
「弱いわね」
感想を聞くと、エルフィミアは素気なく斬り捨てた。
そして言葉を継ぐ。
「でも、最初は誰でもそうよ。あとは才能次第」
「確かにな」
実力は無くともやる気はある、エルフィミアはそう評価を下した。
俺も同意見だ。
背後で聞き耳を立てるリリーを感じつつ、視線を戻す。
二人とも普通の少年だった。
テッドやジェマとは違う。
あいつらは驚くほど必死に生きていた。俺から力を貸したいと思わせるほどに。
それでも、棒きれを握る少年たちに、出会った頃のテッドが重なる。
もう一年か。
入学試験に乗り込み、森で棒を振り回していた少年が、今やEランクの冒険者だ。
二人の少年たちは打ち据えられても武器を手放さず、涙目で立ち向かっていく。
テッドは泣きこそしなかったが、負けん気も似ていた。
だが、分からない。
なぜ、こんなあざとい真似をしたのか。
目的は簡単だ。俺の積極的な支援。
テッドたちには戦い方だけでなく、文字など最低限の教養も教えている。
少年たちにも、それを求めている。
だとしても、直接俺にぶつければ済む話だ。
俺が拒否してもテッドたちで教えれば良いし、この先、説得の機会はいくらでもある。
その機会がないのか?
それとも――急いでいる?
結局、二人の攻撃は掠りもせず、体力が尽きて倒れてしまう。
テッドは汗を拭いながらジェマたちに視線を送り、ようやくこちらに気付いた。
そして俺を見るなり頭を下げる。
「すまん」
「二度と回りくどい真似をするな」
「分かった。もうしない」
ジェマとネイルズ、リリーも謝罪してきた。
少年たちは横になったままやり取りを眺めていたが、リリーが耳打ちすると慌てて飛び起きた。
「は、初めましてアルター様! 僕はクインスです!」
「カイルです!」
「クインスにカイルか。僕はアルター・レス・リードヴァルト。よろしくな」
二人の少年は、紅潮した顔で頷いた。
小柄な方がクインス、年齢の割に背が高いのがカイルだった。
「冒険者を目指しているのか?」
「はい、テッドさんたちみたいな冒険者になりたいです!」
その言葉に、テッドとジェマは照れくさそうに顔を背けてしまう。
ずいぶんと慕われているようだ。
昔のテッドたちより肉付きは良いから、鍛錬だけでなく食事の面倒も見ているのだろう。
ともあれ、なんとなく全体像が見えてきた。
俺はテッドに視線を向ける。
「二人は同郷だな?」
テッドは頷いた。
少年たちは同じ村の出身で、クインスは母親と逃げてきたが二年前に病死、カイルは叔父に連れられてきたものの、すぐに姿を消してしまったそうだ。
今ではテッドやジェマ、リリーが兄と姉のような立場らしい。
クインスとカイルは直立不動で話を聞いていた。
辛い思いもしただろうが、今の彼らに悲壮感は感じられない。
テッドたちに支えられているためか、それとも冒険者になりたいという一念か。
何にせよ、また小娘――ルシェナが原因だったわけだ。
俺は一年と少しでセレンからいなくなる。
それまでに少しでも学ばせ、早く二人を冒険者ギルドの庇護下に入れたいのだろう。
まったく、ずいぶん遠回りな甘え方をしたものだ。
クインスとカイルに視線を戻すと、二人は口を引き結び、硬直する。
「聞いていると思うが、冒険者は過酷な仕事だ。身分を問わず登録できるのは、それだけ死ぬからに他ならない。考える時間は充分にある。見込みがないと思ったら別の道を探すんだ。冒険者だけが生きる道じゃない。それまでの間、ささやかだが応援くらいはしよう」
手を出すよう促すと、二人は見交わし、恐る恐る小さな手を伸ばした。
俺は革袋から大銅貨を二枚ずつ取り出し、その上に置く。
クインスたちは言葉もなく固まった。
しばらくして状況が飲み込めると、ぎこちなく動き出す。
「これ……僕たちの?」
「正当な報酬だ。もっと上手く採取できていれば、銀貨一枚だな。これからも採取の仕事を続けるか?」
「やります! やらせてください!」
「お、お願いします!」
大銅貨を握りしめ、二人は元気よく応えた。
その姿にテッドたちは安堵する。
「では頼む。採取の仕方はリリーやネイルズから教わると良い」
「はい、教わります!」
さて、これで用件は――っと、肝心なのを忘れていた。
「テッド、鍛錬なら裏庭を使え。暇なら僕も相手してやろう」
「良いのか?」
「始めからそのつもりだろ。一人や二人増えたところで、大して変わらん」
礼を述べるテッドたちに軽く手を振り、俺とエルフィミアは難民街を後にした。
行き先不明の往路と異なり、街道に出るのは早かった。
セレンから出立する旅商人の馬車を見送っていると、剣戟を聞いた気がして俺は振り返った。
街道の雑踏で、聞こえるはずもない。
それでも視線を向けたまま、テッドやクインスたちを思い返す。
多かれ少なかれ人生は辛いものだが、彼らは多すぎた。
故郷を捨て、両親を失い、子ども同士で支え合って生きている。
「案外、普通の対応だったわね」
不意にエルフィミアが口を開いた。
横目で窺えば、彼女もまた、難民街に目を向けている。
「何の話だ?」
「妙なことを言い出すと思って期待したのに。僕が引き取ろう、とかね」
「言うわけないだろ。あいつらは自分の足で歩いてる。邪魔はしない」
「でも稽古はつけるんでしょ。なんかさ、あんたの家って子供ばっかり集まるわね。エリオットのところも増えたし。孤児院?」
「半数は学院生なんだが。お前も含めて」
エルフィミアは素知らぬ顔でそっぽを向いた。
住んでいるのは子供の俺だけ、同年代が集まるのは仕方ない。
せめて『破邪の戦斧』がいれば、平均年齢は上がるんだけどな。今の大人はデイナだけだ。
セレンに視線を戻せば、外壁の上から尖塔が覗いていた。
初めて訪れたときも、あれを見上げた気がする。
時は過ぎ、ここでの生活も半分を切ろうとしていた。
そろそろ、先を考える時期かもしれない。




