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第101話 学院二年目 ~『ラナイン』


 一年生が前期野外演習から戻った数日後、俺たちも野外演習に出発した。

 ランベルト班は昨年と同じで、ランベルトにフェリクス、ロラ、そして俺だ。

 また金髪ドリルこと一号が錬金術の履修を辞めたため、エルフィミアが班長となり、カーマルと取り巻き騎士二号、新たにエリオットが加わった。


 今年は素材採取と魔石の確保が目標で、俺は失った分を取り戻すべく、森を駆け巡って魔石を狩りまくった。

 しかし演習終了後、信じがたい出来事が起きる。

 講師のデシンドに、すべての魔石を取り上げられてしまったのだ。


 横暴である。キャンプに戻らないで走り回ってただけなのに。

 抗議する俺を、なぜかランベルトたちが止めに入る。

 その挙げ句、「集めた魔石は一年生が使う」と意味不明なことまで言い出した。


「そうしないと魔石の奪い合いになるだろ。だからお前たちが今年使ってる魔石は、今の三年が集めたものだ。出発前に説明してたよな?」


 と、ランベルトは深いため息を吐いた。

 そういえば、聞いたような気もする。

 確かに上手いやり方だ。貴族連中が平民から魔石を奪うに決まってるし、たぶん開校当時、略奪が多発したんだろう。でも、こんなにいらないよね?


 そう訴えたが魔石は返らず、三日間の努力は一年生を助けただけに終わった。

 釈然としない気持ちで自宅へ帰った俺は、どや顔の(いし)()たちに出迎えられる。

 裏庭は石畳で綺麗に舗装されていた。


「戻してくれる?」


 愕然とする石工たち。

 勝手なことをするなと釘を刺しておいたんだけど。

 それにこの石畳、報酬の石壁だよな。ドバルもしっかり監督しろよ。

 と思っていたら、ドバルも一緒に愕然としていた。

 うちは、いつから職人の遊び場になったんだろう。



  ◇◇◇◇



 翌日、石工たちが半泣きで石畳を剥がしている間、ナルバノのところに向かって『魔道具作成』習得の報告をした。

 まだ先の話と思っていたようで呆けていたが、気を取り直すなり、大慌てで剣と二本の短剣を差し出してきた。

 ただランク2でも失敗するし、マイナス効果も有り得る。

 説明してもナルバノの気持ちは変わらなかったので、失敗した場合は、経費を俺が負担することで引き受けることにした。



「なんだ、あっちにも何か建てるのかと思ったぞ」


 そして帰宅してほどなく、テッドとジェマ、ネイルズの三人が遊びに来た。

 すでにマセット石工店の職人は引き払っている。

 とっくに鍛冶場は完成していたらしく、ドバルと弟子たちは荒れ果てた裏庭を悔しそうに眺めながら、大量の石畳と一緒に帰って行った。


 そんな事情を話すと、テッドたちはほっとしていた。

 彼らは今も裏庭で鍛錬を行っている。

 鍛冶場は小さいが石畳は裏庭全体、気が気でなかったようだ。

 ちなみに目撃者のネイルズによると、俺が留守の間、石工たちは嬉々とばかりに石畳を張りまくっていたという。


「それで、今日はどうした?」


 いつもは一声掛けるだけで裏庭へ向かっていくのに、居間から動こうとしなかった。

 俺の問いかけに、三人は顔を見合わせる。


「ちょっと話があるんだ。エリオットが来てからで良いか?」

「構わんが」


 相談ではなく、話か。

 なんの話なんだか。まあ、特に予定はない。

 幻に終わった魔石集めをしようかと考えていたくらいだ。


 その後、些細な雑談を続けていると接近する気配を捉えた。

 エリオットだ――同行者もいる。

 気配の強さはエリオットと大差ない。学院生だろうか。


「遅れて申し訳ありません」


 ノックの音に扉を開けると、エリオットと二人の少年が立っていた。

 一人は知っている、同級生だ。

 もう一人は下級生だろうか。しかし、どこかで見た気がする。


「こちらはニルス、もう一人はヨナスと言います」

「アルター・レス・リードヴァルトだ。ニルスの方は今更だな。さ、入ってくれ」


 三人を迎え入れ、テーブルに着かせた。

 そして紅茶を差し出し一息入れると、エリオットが切り出す。


「前にお話しした、僕の仲間です」

「そうか、見つかったんだな」


 祝福しつつ、二人を眺める。

 エリオットの仲間だから子供なのは驚かないが――冒険者がどういう職業か理解しているのだろうか。

 それとなく問いかけてみると、


「覚悟してます!」


 と、食い気味にニルスが応えた。

 いきなりテンションが高いな。


「冒険者は夢でしたが、実力不足を痛感して諦めていました! ですがアルター様が冒険者を(つの)っていると聞きつけ、いても立ってもいれらずこうして()せ参じ――」

「募ってない」

「――え?」

「募ってないぞ」


 熱弁を振るうニルスの手の平から、冒険者証が零れ落ちた。

 気が早いというか……。


「で、ですが! エリオットやテッドさんたちは、よく稽古を付けていただいていると――」

「それは合ってる。ただし、成り行きだ。冒険者を集めたり、育てているわけじゃない」


 ニルスは目を見開き、浮かせた腰を落とす。

 そして、そのまま燃え尽きた。


 また妙なのを連れてきたな。

 ゼレットの子供版らしいが、会話した記憶すらないぞ。

 エリオットに目線で問うと、苦笑しながら口を開く。


 ニルスは一年の前期野外演習のとき、最前線にいたそうだ。

 エリオットと同じパーティーだったが、ゴブリンの襲撃を受け、逃げた。

 瀕死のエリオットを守ったのは、居合わせたシグラス班とハレイスト率いる『セルプス』だ。

 そしてニルスは他の班員と共に後退、ゴブリンの本隊に攻められたときもエルフィミアや上級生、冒険者たちが戦うのをただ見ていたという。


 本人は実力不足と言っていたが、間違いなく恐怖が原因だ。

 それも仕方ない。あの状況下で動ける者は、実戦経験者か根っからの戦士だけだろう。俺だって『精神耐性』がなければ、初の実戦は怖かったと思う。


 ニルスはエリオットと同じ夢、さらに商人の息子同士というのもあり意気投合していたようだ。襲撃を受けた後は負い目からエリオットと距離を取っていたが、一年の月日を経て、ようやく前に進む決心をしたという。


「それと、ニルスを後押ししたのはアルター様のご活躍なんです」


 唐突に俺が登場した。

 隣のニルスは目を輝かせ、壊れたように頷いている。

 活躍と言っても、エリオットが目撃したのはドーコル戦くらいだが。


「話を盛ってないか?」

「事実しか伝えてませんよ」


 エリオットとは冒険者として一緒に行動することもある。

 目撃してなくとも色々と知っているのは確かだ。

 最近だってクドルガとの――いや待て、ハルヴィスとの模擬戦にもいたか。

 素直に喜べないが、一応は勝利している。

 あの戦いは、俺の実力を知る絶好の機会。


 正直、あれを(けん)(でん)されると困るな。

 卒業していても、学院最強の看板は影響力が大きく、噂になれば探りを入れる者も出てくるだろう。

 ちらりとニルスを窺ったが、そんな素振りはなかった。

 大丈夫か。考えてみれば、エリオットなら危険な話はしない。


「いずれにせよ、冒険者をやる気はあるんだな?」

「はい!」

「そうか。過酷な選択だと思うが、本気なら僕も応援しよう」

「ありがとうございます!」


 ニルスは立ち上がり、テーブルにぶつける勢いで頭を下げた。

 少々困った少年だが、エリオットなら上手く導けるだろう。


 さて、もう一人か。

 俺はヨナスに視線を向ける。


「一年生か?」

「はい」


 こちらに意気込んだところはない。

 格好や雰囲気から平民のようだが――なんだろうな。

 何かが引っかかる。


「ヨナスは幼い頃からの友人なんです」


 俺の疑念をよそに、エリオットがヨナスの紹介を始めた。

 彼はエリオットと同じフィルサッチの出身で、父親の仕事柄、よく商会に顔を出していたという。周囲に同年代が少ないのもあってすぐ友人となり、エリオットは冒険者、ヨナスは魔法使いになる夢を語り合ったという。

 その後、エリオットのセレン行きが決まると、ヨナスは父親を説得、無理を言って入学資金を捻出してもらったそうだ。


「だから早く実力をつけ、学費を稼げるようになりたいんです」


 と、ヨナスは言い添えた。

 好感のもてる動機である。

 しかし、続く言葉に俺の顔は引きつってしまう。


「ヨナスの父親は錬金術師なんです。魔法使いとしても優秀で――」


 仲間を自慢するエリオット。

 しかし俺の脳内では、欠けていたピースがかちりと填まっていた。


 こいつ――庭園をうろついてた奴か!

 よりにもよって……。

 エリオットは知ってるのか、学院長が()(まなこ)で追いかけ回した相手だぞ。


 ふと嫌な予感がして意識を集中、周囲を探る。


「テッド。もしかして、今から妹との顔合わせもするつもりか?」

「そうだけど。なんだ、その呼び方」


 やっぱりそうか。

 俺の『気配察知』は、よく知る気配が近付くのを捉えていた。

 ノックの音にテッドが立ち上がる。

 そして皆の視線が集まる中――。


「リリーさん!?」


 案の定、ヨナスは飛び上がった。

 そして転がるように駆けていき、(いっ)()()(せい)(まく)し立てる。


「昨日ぶりですね、リリーさん! 今朝は所用がありご挨拶できませんでした、申し訳ありません! それにしてもこのようなところでお会いするとは! やはり僕らは惹かれあう運命なのですね! これも運命の女神レーティアのお導き、もはや結ばれるしかありません! 結婚を前提にお付き合いしましょう! いえ結婚しましょう!」


 リリーは目を白黒させていた。

 こんなところで悪かったな。驚いてないでどうにかしろよ、エリオット。

 皆が固まっていると、リリーはどうにか頭を下げる。


「ごめんなさい。初めて会う人に、そんなことを言われても――」

「はははっ、リリーさんは冗談もうまい! 庭園でお仕事なさっているときは魔法鍛錬場の屋根から見守り、帰宅の際はご自宅までお見送りしてる僕ですよ!」

「ストーカーじゃねえか!」


 思わず突っ込んでしまった。

 まずい、想像以上にやばい奴だ。純粋な恋心を抱く少年なんて代物じゃない。


「ストーカー? 魔物?」


 ヨナスは不思議そうに室内を見渡していた。


 ともかく、お見送りしていると言うことは、リリーが難民だと知っているのか。

 こんな動機と行動で発覚するとは思わなかったな。

 まあ、学院長なら上手く誤魔化すだろうし、心配いらないか。

 それにこの手の輩は独占欲が強いから、他人に話すとは思えない。

 あとは――単純にどうするかだな。こいつを。


 エリオットと目が合うと、必死に首を振った。


「偶然です! まさかリリーさんに好意を抱いているとは!」

「だとしてもだ。どうすんだよ、あれ」


 気が付けば、ヨナスは結婚後の妄想をぶちまけていた。

 言われる本人は綺麗に聞き流し、何やら必死に考え込んでいる。

 たぶん、誰なのか思い出そうとしているのだろう。

 学内で見かけたとき、リリーはすれ違う皆に丁寧な挨拶とお辞儀を送っていた。

 あれなら貴族と遭遇しても揉めないが、勘違いさせて変なのを寄せ付けてしまう。現に錬金術の受講者は増えていた。


 加熱する妄想を止めようと、エリオットが立ち上がった。

 そのときである。


「お前に妹はやらん! どうしてもほしければ、俺を倒してみろ!」


 二人の間にテッドが飛び込み、両手を広げて敢然と言い放った。

 突然の宣言にヨナスだけでなく、俺たちも間の抜けた顔になってしまう。

 いきなり、なに言い出してんの?


 しかし無駄に前向きなストーカー特有の思考回路には、謎の構図ができあがったらしい。

 ヨナスは、きりっと顔を引き締める。


「良いでしょう。リリーさんを束縛する者は、誰であろうと容赦しません!」

「ちょっと待った! あたしだってリリーの姉ちゃんだ!」


 そこへなぜかジェマも参戦、テッドと並んで立ち塞がった。

 ジェマは自分の年齢がはっきりしないらしく、年上でもおかしくはない。血は繋がってないけど。


「誰にも僕たちの幸せを邪魔させない! 兄でも姉でも、庭の爺だって打ち倒して見せます!」


 あ、終わった。

 最後の言葉を聞いた途端、リリーの表情が変わる。

 庭のじいちゃんは雇用主なだけでなく、実の孫のように可愛がってくれる恩人。

 許せない発言だろう。

 ヨナスはすっかり自分に酔っており、リリーの視線が(とげ)(とげ)しくなっていることに気付かなかった。

 儚い恋だったな。



  ◇◇◇◇



 そんな当事者の心境はお構いなしに、模擬戦が行われることになった。

 やる気に満ち溢れるヨナス、やたらと楽しげなテッドとジェマ。

 今日、何してるんだっけ。

 困惑する俺に、そっとネイルズが耳打ちしてきた。


「クドルガです」

「クドルガ? あの蛇がどうした」

「アルター様でも、あれほどの傷を負ってしまいました。だから戦ってみたいんだと思います。魔法使いと」


 ようやく話が見えてきた。

 俺は酒宴の席で、魔法の恐ろしさを散々語っている。

 冒険者である以上、いつかは魔法使いと戦う。

 ヨナスは丁度良い相手だったんだな。


 ただ、気持ちは分かるが、かなり危険である。

 魔法は手加減が難しい。

 それに魔法使いと戦いたいなら、俺がいくらでも相手をしてやる。手加減なんてお手の物だ。

 ま、遠慮したのかもな。最近の俺は以前より忙しい。


 模擬戦用の武器の中から、ヨナスは杖を選んだ。

 近接系のスキルは覚えていないが、立ち姿は様になっている。

 まったくの素人ではなさそうだ。


 勝手に始められても困るので、俺は睨み合うテッドとヨナスの間に入る。


「ヨナス、模擬戦では魔法の威力を落とせ」

「は!? 威力を落とすなんて、魔法に対する冒涜です!」


 憮然とするヨナスに、つい眉間を押さえてしまう。

 そうきたか……こいつ、どれだけ(こじ)らせてんだよ。


「いいか、魔法は刃物と変わらん。テッドは木剣だぞ」


 俺は《鋭水の短矢(ウォーターボルト)》をヨナスの顔面に放った。


「冷たッ!?」

「それくらいの威力まで落とせ。できないなら模擬戦はやらせない」


 ヨナスは袖で顔を拭いながら、不服の表情を浮かべていた。

 わざわざ使える魔法で教えてやったんだがな。触媒なしだからすぐ乾くし。


 人格はともかく、エリオットが引き入れただけあってヨナスは才人だった。

『水魔法1』、『火魔法1』、『無属性魔法1』、『調合1』とかなり優秀で、魔法も《鋭水の短矢(ウォーターボルト)》、《火炎の短矢(ファイアーボルト)》、《魔力の槌撃(マジックブロウ)》、《水流の盾(ウォーターシールド)》などを習得している。

 魔法使いと戦士は一概に比較できないが、入学当初のランベルトやフェリクスを軽く越える。同じ魔法使いのエルフィミアとなら――止めておこう。可哀想だ。


 俺たちの話を聞き、テッドが横から口を開く。


「あのさ、本気の魔法で良いんだけど?」

「止めておけ。短矢(ボルト)系は弓矢と大差ない。危険すぎる。それに威力を落とせば魔力の消費を抑えられるから、使用回数が増えるぞ」

「おお!」


 テッド、離れたところでジェマも喜ぶ。

 結局、不承不承ながらヨナスは同意した。


「大変不本意ですが、威力を落とします。もし命中したら、本気の魔法と思ってください」

「当たればな」


 むっとするヨナスを押さえ、両者にルールを再確認、そして模擬戦が始まった。


 俺の号令を受けても、テッドは動かなかった。

 回避優先の構えだ。

 初の魔法――下手に近付いたら躱しきれないと考えたか。

 それを理解しているようで、ヨナスも悠然と構えている。


「魔法使いに先手を与えますか。では、遠慮なく行かせてもらいます」


 ヨナスが集中すると、眼前に水の矢が形成されていく。


「僕らの幸せのため――死ぬが良い!」


 不穏な発言とは裏腹に、手加減の《鋭水の短矢(ウォーターボルト)》が放たれた。

 それをテッドは身をよじって躱す。

 威力は落としても速度は変わらない。うまく避けたな。

 再びの《鋭水の短矢(ウォーターボルト)》も、テッドには当たらなかった。


「ちょこまかと……!」


 追撃するが、テッドにはかすりもしない。

 ヨナスは続けて集中、しかし突然、テッドは攻勢に転じる。

 魔法が構築されるより早く、一気に踏み込んで木剣を振り下ろす。

 それを杖で受け止めるも、力負けし()()めいてしまった。


 追い撃つテッド。

 だが、ヨナスも負けていない。

 後退すると思いきや、杖で迎え撃ってきた。

 予想外だったのか、不意の連続突きにテッドは守勢に回ってしまう。


 大した少年だ。

 魔法使いは接近されたら(もろ)い。だから、あえて前に出た。

 見事な決断力に加え、きっちり鍛練も積んでいる。

 そうでなければ、ああも杖を振るえない。


 攻撃しながらヨナスは集中、テッドが気付いたときには、目の前に水の矢が生まれようとしていた。

 距離を取ろうと飛びすさるも、テッドは足をもつれさせて体勢を崩してしまう。

 至近距離から《鋭水の短矢(ウォーターボルト)》が放たれる。


 勝利を確信するヨナス。

 だが、その顔は驚愕に歪む。

 不意にテッドの身体が沈み、水の矢を軽々と回避。

 それを()()に地面を蹴った。

 完全に魔法発動後の隙を突かれた。杖は間に合わない。


 テッドの木剣がヨナスの胴を逆袈裟に打ち据える。


「ぐ――ッ」


 突き放そうと手を伸ばすが、返す上段もまともに受けてしまった。

 激痛に苦悶し、ヨナスは崩れ落ちる。

 誘われたな。実戦経験の違いか。


 ジェマたちは歓声を上げるが、テッドは不思議そうな顔で鳩尾(みぞおち)を撫でていた。

 それを、ヨナスがじろりと見上げる。

 まずい――。


 鋭利な水の矢が構築されていく。

 テッドも気付いたが、回避は間に合わない。

 そして放たれた《鋭水の短矢(ウォーターボルト)》がテッドに直撃する寸前――弾け飛んだ。


「ヨナスの反則負けだ」


 テッドは呆けた顔で自分の腕をさすり、ヨナスは目を見張っていた。

 準備しておいて正解だった。

穿風の飛箭(ペネトゥレイトゲイル)》は上位に位置する高速魔法。短矢(ボルト)系を撃ち落とすなんて造作もない。


「僕の魔法が……なんで?」

「いずれ教えてやる。勝負を諦めなかったのは良かったぞ。それで、魔法使いと戦った感想はどうだ。テッド?」


 問いかけると、勝者とは思えない表情を俺へ向けてきた。


「最後の水魔法の前、何かされたか?」

「《魔力の槌撃(マジックブロウ)》だな。威力が極端に抑えられていたから、大して感じなかっただろ」


 テッドは改めて鳩尾(みぞおち)を撫でる。


「喰らってたのか、魔法。実戦なら負けだったんだな」

「勝ち、もしくは引き分けだ。今のお前は槌撃(ブロウ)系一発では止められない。浅くとも剣が届いたし、その後の油断もなかったはず。ヨナスが勝利するのは難しい」


 それに《鋭水の短矢(ウォーターボルト)》は見事に躱している。

 最近、テッドは『片手剣1』、ジェマは『打撃1』を習得した。

 それでもステータスだけなら、ヨナスより格下である。

 クドルガの話を聞いてから、対魔法使いの鍛錬を積んでいたのだろう。短矢(ボルト)系は完璧に見切っていた。


 一方、ヨナスは負けという現実が受け入れられず、悔しそうな顔で(うつむ)いていた。

 さて、どうしたものかね。

 興味もあったから模擬戦をやらせたが、このまま放置したらまずい気がする。

 現状でもリリーの迷惑だし、こいつの将来にも悪影響だ。

 言葉でどうにかなれば良いが――。

 少し悩み、俺は切り出す。


「リリーは素晴らしい女性だと思わないか」


 ヨナスは()(ろん)げな視線で見上げてきた。


「突然、なんですか。そんなの当たり前――まさか!?」

「違うから」


 いきなり切り出し方を間違えた。

 一つ咳払いし、仕切り直す。

 少々きついが、悪く思うなよ。


「教えてくれないか。お前は親に学費や生活費を支払ってもらい、冒険者としても駆け出しだ。たった今、テッドにも負けたな。そんなお前が、どうしてリリーに言い寄れるんだ? どうして結婚を申し込める? リリーは必死に働いて自活してる。そんな彼女と釣り合うと本気で思っているのか? もしかして冗談のつもりか? 教えてくれよ、ヨナス」


 返答次第では、切り捨てるつもりだ。

 もちろん、物理的にではない。

 今後、うちへの来訪は認めないし、学院長にも報告する。

 エリオットが仲間としてどうするかは、彼の問題だ。

 俺は一切関わらないし、関わりたくもない。


 ヨナスの返事は無言だった。

 顔は苦しげに歪み、葛藤しているのが手に取るように分かる。

 反論したいのだろう。

 自分は優秀だと。お前に言われる筋合いはないと。

 どちらも正しい。

 それでも、ヨナスは何も言わなかった。


 しばらく観察し、俺は安堵する。

 どうやら大丈夫そうだ。

 要するに、こいつは子供なんだな。

 能力は高いし、努力も怠らない。

 だが、精神は未熟。感情をコントロールできていない。

 やたら早熟な連中ばかりだから、十歳の子供なのをつい忘れてしまう。

 これからどうなるにせよ、結論を出すのは早計かもしれんな。


「今のお前に言い寄る資格はない。どうしてもと言うなら、リリーに認められる男になれ。付きまとう暇があるなら鍛錬しろ。忠告もしておくぞ。認めるのはリリーだ。お前自身の納得なんて無価値。それを肝に銘じておけ」


 ヨナスは黙って聞いていた。

 俺の暴言に涙ぐんでもいた。

 そんなヨナスの(もと)へ、エリオットとニルスが歩み寄る。


「一緒に頑張りましょう」


 そう言って肩に手を置くと、ヨナスは呆けた後、潤んだ目をこすって笑みを見せた。


「僕がどれほど優秀か知ってるでしょう」


 ヨナスはリリーへ視線を向ける。


「見ていてください、リリーさん! もっと強くなって、必ず認めてもらえる男になってみせます! どんな障害だって乗り越えます! この人たちにも、庭の爺にも負けません!」


 だから、それは止めろって。

 妙な盛り上がりに流されてリリーは聞き逃したみたいだが、学院長を攻撃したらどんな努力も徒労に終わる。

 ま、自分の行動に責任を持ってもらおう。ぶっちゃけ、そこまで面倒見きれん。


 その後、すっかり忘れていたジェマとの模擬戦が行われた。

 模擬戦をやる理由もないのだが、ジェマは納得しないし、ヨナスの方も強くなると決めたばかりなので乗り気だった。


 テッド戦に比べ、ヨナスは肩の力が抜けていた。

 動きは良くなり、魔法の制御もしっかりしている。

 それでも守りを崩せず、不意の猛攻に押し切られてしまった。


 これで二連敗だが、実戦なら守り切れたか怪しい。

 ジェマも分かっているようで、勝利の喜びもなくヨナスやテッドらを呼んで意見を求めていた。

 こいつらが凄いと思うのは、希望的観測に(すが)らないところだ。

 中でもテッドとジェマ、リリーにその傾向が強い。

 生き死にを間近で見てきた所為だろうか。


 ヨナスは短矢(ボルト)系の威力や射程を解説、テッドたちは熱心に聞き入り、また質問する。

 出会って間もないとは思えぬほど馴染んでいた。

 テッドたちの在り方は、ヨナスに良い刺激になると思う。

 模擬戦を要求しておきながら、勝利しても喜ばない。

 目先の勝利ではなく、遥か先を目指している。


「アルター様、お伝えし忘れたことがあります」


 そんな姿を眺めていると、エリオットが隣に立った。


「僕らのパーティー名は『ラナイン』に決まりました」

「早いな。由来はなんだ?」


 冒険者のパーティー名は様々である。

 昔の英雄や神話からの拝借、故郷の山川、『破邪の戦斧』のように自分たちの象徴から付けられることもあった。


「父が務める商会の護衛に、元冒険者がいました。彼の率いていたパーティー名をいただいています」

「本人の許可は取っているんだな?」

「はい。三年ほど前に病で亡くなってしまいましたが、その直前、名を継ぐと約束しました」

「そうか。恥じぬ活躍をしないとな」

「はい、覚悟はできています。もちろん二人も」


 エリオットはニルスとヨナスを見やった。

 意見交換は終わったようで、今は次の相手を決めるくじ引きで盛り上がっていた。

 つくづく元気な連中である。


「さっきは出しゃばって悪かった」

「とんでもない、助かりました。どう説得すれば良いのか、本当に困っていたんです」

「お前なら説得できただろ。あいつは自分のことをよく分かってる。少し感情が暴走しやすいだけだ」

「仰るとおりです。あんなに強烈なのは初めてですが」


 エリオットは苦笑していた。

 魔法への愛着も強かったし、幼い頃から色々あったのだろう。


 そしてくじ引きの結果、次はネイルズ対ヨナスに決まった。

 戦ったばかりなのに、テッドとジェマは悔しがっている。


「そういや、『セレード』はどんな意味なんだ?」


 あのときは『破翔』もいて聞きそびれてしまった。


「セレンとリードヴァルトですよ」

「リード……なんでまた?」

「二つの町を繋ぐ、との願いを込めたそうです。発案はテッドさんで、満場一致で可決されました」


 繋ぐか。リリーもいるし、すぐリードヴァルトに来られないと思うが。


「アルター様には、大変お世話になっています。テッドさんたちだけでなく、僕も。リードヴァルトで活動すれば、少しは恩返しになるのでは、と」

「実力者は大歓迎だが――大変だぞ、レクノドの森は。ゴブリンでさえ、セレンより数段上だ。最低でもDランク中位、できればCランク下位の実力がほしいな」

「では、もっと鍛えないといけませんね」


 エリオットは楽しげに笑い、視線を正面に向ける。

 ネイルズとヨナスの模擬戦が始まっていた。


 さすがに魔力が厳しいのか、ヨナスは魔法を控えて接近戦を挑んでいた。

 対するネイルズは、スリング片手に距離を取ろうとしている。

 スリングを見て、テッドやジェマより(くみ)しやすいと考えたようだが、近接職相手によく飛び込むものだ。

 ああいうところは冒険者向きである。


 観戦していると、今度は遠慮がちにニルスが近付いてきた。


「もしよろしければ――ご指南いただけないでしょうか」

「良いだろう。折角だ、魔法剣士として相手してやる」


 それをテッドとジェマが聞き逃すはずもない。

 大喜びする二人にネイルズまで反応してしまい、杖の一撃をもろに受けてしまう。

 何をやってんだ、あいつは。

 呆れながら、木製のシャムシールを物置から取り出す。


「ニルス、準備しろ」

「はい!」


 その日、俺は全員と模擬戦を行い、仕上げには『セレード』、『ラナイン』とも戦った。

 ニルスやヨナスには想像以上の過酷さだったようで、帰る頃には疲労困憊だった。

 それに対し、テッドたちは元気である。

 学院での知識や才能があっても、冒険者としては(いち)(じつ)の長があるようだ。

『ラナイン』は生まれたばかり。これからの成長に期待しよう。





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