第101話 学院二年目 ~『ラナイン』
一年生が前期野外演習から戻った数日後、俺たちも野外演習に出発した。
ランベルト班は昨年と同じで、ランベルトにフェリクス、ロラ、そして俺だ。
また金髪ドリルこと一号が錬金術の履修を辞めたため、エルフィミアが班長となり、カーマルと取り巻き騎士二号、新たにエリオットが加わった。
今年は素材採取と魔石の確保が目標で、俺は失った分を取り戻すべく、森を駆け巡って魔石を狩りまくった。
しかし演習終了後、信じがたい出来事が起きる。
講師のデシンドに、すべての魔石を取り上げられてしまったのだ。
横暴である。キャンプに戻らないで走り回ってただけなのに。
抗議する俺を、なぜかランベルトたちが止めに入る。
その挙げ句、「集めた魔石は一年生が使う」と意味不明なことまで言い出した。
「そうしないと魔石の奪い合いになるだろ。だからお前たちが今年使ってる魔石は、今の三年が集めたものだ。出発前に説明してたよな?」
と、ランベルトは深いため息を吐いた。
そういえば、聞いたような気もする。
確かに上手いやり方だ。貴族連中が平民から魔石を奪うに決まってるし、たぶん開校当時、略奪が多発したんだろう。でも、こんなにいらないよね?
そう訴えたが魔石は返らず、三日間の努力は一年生を助けただけに終わった。
釈然としない気持ちで自宅へ帰った俺は、どや顔の石工たちに出迎えられる。
裏庭は石畳で綺麗に舗装されていた。
「戻してくれる?」
愕然とする石工たち。
勝手なことをするなと釘を刺しておいたんだけど。
それにこの石畳、報酬の石壁だよな。ドバルもしっかり監督しろよ。
と思っていたら、ドバルも一緒に愕然としていた。
うちは、いつから職人の遊び場になったんだろう。
◇◇◇◇
翌日、石工たちが半泣きで石畳を剥がしている間、ナルバノのところに向かって『魔道具作成』習得の報告をした。
まだ先の話と思っていたようで呆けていたが、気を取り直すなり、大慌てで剣と二本の短剣を差し出してきた。
ただランク2でも失敗するし、マイナス効果も有り得る。
説明してもナルバノの気持ちは変わらなかったので、失敗した場合は、経費を俺が負担することで引き受けることにした。
「なんだ、あっちにも何か建てるのかと思ったぞ」
そして帰宅してほどなく、テッドとジェマ、ネイルズの三人が遊びに来た。
すでにマセット石工店の職人は引き払っている。
とっくに鍛冶場は完成していたらしく、ドバルと弟子たちは荒れ果てた裏庭を悔しそうに眺めながら、大量の石畳と一緒に帰って行った。
そんな事情を話すと、テッドたちはほっとしていた。
彼らは今も裏庭で鍛錬を行っている。
鍛冶場は小さいが石畳は裏庭全体、気が気でなかったようだ。
ちなみに目撃者のネイルズによると、俺が留守の間、石工たちは嬉々とばかりに石畳を張りまくっていたという。
「それで、今日はどうした?」
いつもは一声掛けるだけで裏庭へ向かっていくのに、居間から動こうとしなかった。
俺の問いかけに、三人は顔を見合わせる。
「ちょっと話があるんだ。エリオットが来てからで良いか?」
「構わんが」
相談ではなく、話か。
なんの話なんだか。まあ、特に予定はない。
幻に終わった魔石集めをしようかと考えていたくらいだ。
その後、些細な雑談を続けていると接近する気配を捉えた。
エリオットだ――同行者もいる。
気配の強さはエリオットと大差ない。学院生だろうか。
「遅れて申し訳ありません」
ノックの音に扉を開けると、エリオットと二人の少年が立っていた。
一人は知っている、同級生だ。
もう一人は下級生だろうか。しかし、どこかで見た気がする。
「こちらはニルス、もう一人はヨナスと言います」
「アルター・レス・リードヴァルトだ。ニルスの方は今更だな。さ、入ってくれ」
三人を迎え入れ、テーブルに着かせた。
そして紅茶を差し出し一息入れると、エリオットが切り出す。
「前にお話しした、僕の仲間です」
「そうか、見つかったんだな」
祝福しつつ、二人を眺める。
エリオットの仲間だから子供なのは驚かないが――冒険者がどういう職業か理解しているのだろうか。
それとなく問いかけてみると、
「覚悟してます!」
と、食い気味にニルスが応えた。
いきなりテンションが高いな。
「冒険者は夢でしたが、実力不足を痛感して諦めていました! ですがアルター様が冒険者を募っていると聞きつけ、いても立ってもいれらずこうして馳せ参じ――」
「募ってない」
「――え?」
「募ってないぞ」
熱弁を振るうニルスの手の平から、冒険者証が零れ落ちた。
気が早いというか……。
「で、ですが! エリオットやテッドさんたちは、よく稽古を付けていただいていると――」
「それは合ってる。ただし、成り行きだ。冒険者を集めたり、育てているわけじゃない」
ニルスは目を見開き、浮かせた腰を落とす。
そして、そのまま燃え尽きた。
また妙なのを連れてきたな。
ゼレットの子供版らしいが、会話した記憶すらないぞ。
エリオットに目線で問うと、苦笑しながら口を開く。
ニルスは一年の前期野外演習のとき、最前線にいたそうだ。
エリオットと同じパーティーだったが、ゴブリンの襲撃を受け、逃げた。
瀕死のエリオットを守ったのは、居合わせたシグラス班とハレイスト率いる『セルプス』だ。
そしてニルスは他の班員と共に後退、ゴブリンの本隊に攻められたときもエルフィミアや上級生、冒険者たちが戦うのをただ見ていたという。
本人は実力不足と言っていたが、間違いなく恐怖が原因だ。
それも仕方ない。あの状況下で動ける者は、実戦経験者か根っからの戦士だけだろう。俺だって『精神耐性』がなければ、初の実戦は怖かったと思う。
ニルスはエリオットと同じ夢、さらに商人の息子同士というのもあり意気投合していたようだ。襲撃を受けた後は負い目からエリオットと距離を取っていたが、一年の月日を経て、ようやく前に進む決心をしたという。
「それと、ニルスを後押ししたのはアルター様のご活躍なんです」
唐突に俺が登場した。
隣のニルスは目を輝かせ、壊れたように頷いている。
活躍と言っても、エリオットが目撃したのはドーコル戦くらいだが。
「話を盛ってないか?」
「事実しか伝えてませんよ」
エリオットとは冒険者として一緒に行動することもある。
目撃してなくとも色々と知っているのは確かだ。
最近だってクドルガとの――いや待て、ハルヴィスとの模擬戦にもいたか。
素直に喜べないが、一応は勝利している。
あの戦いは、俺の実力を知る絶好の機会。
正直、あれを喧伝されると困るな。
卒業していても、学院最強の看板は影響力が大きく、噂になれば探りを入れる者も出てくるだろう。
ちらりとニルスを窺ったが、そんな素振りはなかった。
大丈夫か。考えてみれば、エリオットなら危険な話はしない。
「いずれにせよ、冒険者をやる気はあるんだな?」
「はい!」
「そうか。過酷な選択だと思うが、本気なら僕も応援しよう」
「ありがとうございます!」
ニルスは立ち上がり、テーブルにぶつける勢いで頭を下げた。
少々困った少年だが、エリオットなら上手く導けるだろう。
さて、もう一人か。
俺はヨナスに視線を向ける。
「一年生か?」
「はい」
こちらに意気込んだところはない。
格好や雰囲気から平民のようだが――なんだろうな。
何かが引っかかる。
「ヨナスは幼い頃からの友人なんです」
俺の疑念をよそに、エリオットがヨナスの紹介を始めた。
彼はエリオットと同じフィルサッチの出身で、父親の仕事柄、よく商会に顔を出していたという。周囲に同年代が少ないのもあってすぐ友人となり、エリオットは冒険者、ヨナスは魔法使いになる夢を語り合ったという。
その後、エリオットのセレン行きが決まると、ヨナスは父親を説得、無理を言って入学資金を捻出してもらったそうだ。
「だから早く実力をつけ、学費を稼げるようになりたいんです」
と、ヨナスは言い添えた。
好感のもてる動機である。
しかし、続く言葉に俺の顔は引きつってしまう。
「ヨナスの父親は錬金術師なんです。魔法使いとしても優秀で――」
仲間を自慢するエリオット。
しかし俺の脳内では、欠けていたピースがかちりと填まっていた。
こいつ――庭園をうろついてた奴か!
よりにもよって……。
エリオットは知ってるのか、学院長が血眼で追いかけ回した相手だぞ。
ふと嫌な予感がして意識を集中、周囲を探る。
「テッド。もしかして、今から妹との顔合わせもするつもりか?」
「そうだけど。なんだ、その呼び方」
やっぱりそうか。
俺の『気配察知』は、よく知る気配が近付くのを捉えていた。
ノックの音にテッドが立ち上がる。
そして皆の視線が集まる中――。
「リリーさん!?」
案の定、ヨナスは飛び上がった。
そして転がるように駆けていき、一気呵成に捲し立てる。
「昨日ぶりですね、リリーさん! 今朝は所用がありご挨拶できませんでした、申し訳ありません! それにしてもこのようなところでお会いするとは! やはり僕らは惹かれあう運命なのですね! これも運命の女神レーティアのお導き、もはや結ばれるしかありません! 結婚を前提にお付き合いしましょう! いえ結婚しましょう!」
リリーは目を白黒させていた。
こんなところで悪かったな。驚いてないでどうにかしろよ、エリオット。
皆が固まっていると、リリーはどうにか頭を下げる。
「ごめんなさい。初めて会う人に、そんなことを言われても――」
「はははっ、リリーさんは冗談もうまい! 庭園でお仕事なさっているときは魔法鍛錬場の屋根から見守り、帰宅の際はご自宅までお見送りしてる僕ですよ!」
「ストーカーじゃねえか!」
思わず突っ込んでしまった。
まずい、想像以上にやばい奴だ。純粋な恋心を抱く少年なんて代物じゃない。
「ストーカー? 魔物?」
ヨナスは不思議そうに室内を見渡していた。
ともかく、お見送りしていると言うことは、リリーが難民だと知っているのか。
こんな動機と行動で発覚するとは思わなかったな。
まあ、学院長なら上手く誤魔化すだろうし、心配いらないか。
それにこの手の輩は独占欲が強いから、他人に話すとは思えない。
あとは――単純にどうするかだな。こいつを。
エリオットと目が合うと、必死に首を振った。
「偶然です! まさかリリーさんに好意を抱いているとは!」
「だとしてもだ。どうすんだよ、あれ」
気が付けば、ヨナスは結婚後の妄想をぶちまけていた。
言われる本人は綺麗に聞き流し、何やら必死に考え込んでいる。
たぶん、誰なのか思い出そうとしているのだろう。
学内で見かけたとき、リリーはすれ違う皆に丁寧な挨拶とお辞儀を送っていた。
あれなら貴族と遭遇しても揉めないが、勘違いさせて変なのを寄せ付けてしまう。現に錬金術の受講者は増えていた。
加熱する妄想を止めようと、エリオットが立ち上がった。
そのときである。
「お前に妹はやらん! どうしてもほしければ、俺を倒してみろ!」
二人の間にテッドが飛び込み、両手を広げて敢然と言い放った。
突然の宣言にヨナスだけでなく、俺たちも間の抜けた顔になってしまう。
いきなり、なに言い出してんの?
しかし無駄に前向きなストーカー特有の思考回路には、謎の構図ができあがったらしい。
ヨナスは、きりっと顔を引き締める。
「良いでしょう。リリーさんを束縛する者は、誰であろうと容赦しません!」
「ちょっと待った! あたしだってリリーの姉ちゃんだ!」
そこへなぜかジェマも参戦、テッドと並んで立ち塞がった。
ジェマは自分の年齢がはっきりしないらしく、年上でもおかしくはない。血は繋がってないけど。
「誰にも僕たちの幸せを邪魔させない! 兄でも姉でも、庭の爺だって打ち倒して見せます!」
あ、終わった。
最後の言葉を聞いた途端、リリーの表情が変わる。
庭のじいちゃんは雇用主なだけでなく、実の孫のように可愛がってくれる恩人。
許せない発言だろう。
ヨナスはすっかり自分に酔っており、リリーの視線が刺々しくなっていることに気付かなかった。
儚い恋だったな。
◇◇◇◇
そんな当事者の心境はお構いなしに、模擬戦が行われることになった。
やる気に満ち溢れるヨナス、やたらと楽しげなテッドとジェマ。
今日、何してるんだっけ。
困惑する俺に、そっとネイルズが耳打ちしてきた。
「クドルガです」
「クドルガ? あの蛇がどうした」
「アルター様でも、あれほどの傷を負ってしまいました。だから戦ってみたいんだと思います。魔法使いと」
ようやく話が見えてきた。
俺は酒宴の席で、魔法の恐ろしさを散々語っている。
冒険者である以上、いつかは魔法使いと戦う。
ヨナスは丁度良い相手だったんだな。
ただ、気持ちは分かるが、かなり危険である。
魔法は手加減が難しい。
それに魔法使いと戦いたいなら、俺がいくらでも相手をしてやる。手加減なんてお手の物だ。
ま、遠慮したのかもな。最近の俺は以前より忙しい。
模擬戦用の武器の中から、ヨナスは杖を選んだ。
近接系のスキルは覚えていないが、立ち姿は様になっている。
まったくの素人ではなさそうだ。
勝手に始められても困るので、俺は睨み合うテッドとヨナスの間に入る。
「ヨナス、模擬戦では魔法の威力を落とせ」
「は!? 威力を落とすなんて、魔法に対する冒涜です!」
憮然とするヨナスに、つい眉間を押さえてしまう。
そうきたか……こいつ、どれだけ拗らせてんだよ。
「いいか、魔法は刃物と変わらん。テッドは木剣だぞ」
俺は《鋭水の短矢》をヨナスの顔面に放った。
「冷たッ!?」
「それくらいの威力まで落とせ。できないなら模擬戦はやらせない」
ヨナスは袖で顔を拭いながら、不服の表情を浮かべていた。
わざわざ使える魔法で教えてやったんだがな。触媒なしだからすぐ乾くし。
人格はともかく、エリオットが引き入れただけあってヨナスは才人だった。
『水魔法1』、『火魔法1』、『無属性魔法1』、『調合1』とかなり優秀で、魔法も《鋭水の短矢》、《火炎の短矢》、《魔力の槌撃》、《水流の盾》などを習得している。
魔法使いと戦士は一概に比較できないが、入学当初のランベルトやフェリクスを軽く越える。同じ魔法使いのエルフィミアとなら――止めておこう。可哀想だ。
俺たちの話を聞き、テッドが横から口を開く。
「あのさ、本気の魔法で良いんだけど?」
「止めておけ。短矢系は弓矢と大差ない。危険すぎる。それに威力を落とせば魔力の消費を抑えられるから、使用回数が増えるぞ」
「おお!」
テッド、離れたところでジェマも喜ぶ。
結局、不承不承ながらヨナスは同意した。
「大変不本意ですが、威力を落とします。もし命中したら、本気の魔法と思ってください」
「当たればな」
むっとするヨナスを押さえ、両者にルールを再確認、そして模擬戦が始まった。
俺の号令を受けても、テッドは動かなかった。
回避優先の構えだ。
初の魔法――下手に近付いたら躱しきれないと考えたか。
それを理解しているようで、ヨナスも悠然と構えている。
「魔法使いに先手を与えますか。では、遠慮なく行かせてもらいます」
ヨナスが集中すると、眼前に水の矢が形成されていく。
「僕らの幸せのため――死ぬが良い!」
不穏な発言とは裏腹に、手加減の《鋭水の短矢》が放たれた。
それをテッドは身をよじって躱す。
威力は落としても速度は変わらない。うまく避けたな。
再びの《鋭水の短矢》も、テッドには当たらなかった。
「ちょこまかと……!」
追撃するが、テッドにはかすりもしない。
ヨナスは続けて集中、しかし突然、テッドは攻勢に転じる。
魔法が構築されるより早く、一気に踏み込んで木剣を振り下ろす。
それを杖で受け止めるも、力負けし蹌踉めいてしまった。
追い撃つテッド。
だが、ヨナスも負けていない。
後退すると思いきや、杖で迎え撃ってきた。
予想外だったのか、不意の連続突きにテッドは守勢に回ってしまう。
大した少年だ。
魔法使いは接近されたら脆い。だから、あえて前に出た。
見事な決断力に加え、きっちり鍛練も積んでいる。
そうでなければ、ああも杖を振るえない。
攻撃しながらヨナスは集中、テッドが気付いたときには、目の前に水の矢が生まれようとしていた。
距離を取ろうと飛びすさるも、テッドは足をもつれさせて体勢を崩してしまう。
至近距離から《鋭水の短矢》が放たれる。
勝利を確信するヨナス。
だが、その顔は驚愕に歪む。
不意にテッドの身体が沈み、水の矢を軽々と回避。
それを発条に地面を蹴った。
完全に魔法発動後の隙を突かれた。杖は間に合わない。
テッドの木剣がヨナスの胴を逆袈裟に打ち据える。
「ぐ――ッ」
突き放そうと手を伸ばすが、返す上段もまともに受けてしまった。
激痛に苦悶し、ヨナスは崩れ落ちる。
誘われたな。実戦経験の違いか。
ジェマたちは歓声を上げるが、テッドは不思議そうな顔で鳩尾を撫でていた。
それを、ヨナスがじろりと見上げる。
まずい――。
鋭利な水の矢が構築されていく。
テッドも気付いたが、回避は間に合わない。
そして放たれた《鋭水の短矢》がテッドに直撃する寸前――弾け飛んだ。
「ヨナスの反則負けだ」
テッドは呆けた顔で自分の腕をさすり、ヨナスは目を見張っていた。
準備しておいて正解だった。
《穿風の飛箭》は上位に位置する高速魔法。短矢系を撃ち落とすなんて造作もない。
「僕の魔法が……なんで?」
「いずれ教えてやる。勝負を諦めなかったのは良かったぞ。それで、魔法使いと戦った感想はどうだ。テッド?」
問いかけると、勝者とは思えない表情を俺へ向けてきた。
「最後の水魔法の前、何かされたか?」
「《魔力の槌撃》だな。威力が極端に抑えられていたから、大して感じなかっただろ」
テッドは改めて鳩尾を撫でる。
「喰らってたのか、魔法。実戦なら負けだったんだな」
「勝ち、もしくは引き分けだ。今のお前は槌撃系一発では止められない。浅くとも剣が届いたし、その後の油断もなかったはず。ヨナスが勝利するのは難しい」
それに《鋭水の短矢》は見事に躱している。
最近、テッドは『片手剣1』、ジェマは『打撃1』を習得した。
それでもステータスだけなら、ヨナスより格下である。
クドルガの話を聞いてから、対魔法使いの鍛錬を積んでいたのだろう。短矢系は完璧に見切っていた。
一方、ヨナスは負けという現実が受け入れられず、悔しそうな顔で俯いていた。
さて、どうしたものかね。
興味もあったから模擬戦をやらせたが、このまま放置したらまずい気がする。
現状でもリリーの迷惑だし、こいつの将来にも悪影響だ。
言葉でどうにかなれば良いが――。
少し悩み、俺は切り出す。
「リリーは素晴らしい女性だと思わないか」
ヨナスは胡乱げな視線で見上げてきた。
「突然、なんですか。そんなの当たり前――まさか!?」
「違うから」
いきなり切り出し方を間違えた。
一つ咳払いし、仕切り直す。
少々きついが、悪く思うなよ。
「教えてくれないか。お前は親に学費や生活費を支払ってもらい、冒険者としても駆け出しだ。たった今、テッドにも負けたな。そんなお前が、どうしてリリーに言い寄れるんだ? どうして結婚を申し込める? リリーは必死に働いて自活してる。そんな彼女と釣り合うと本気で思っているのか? もしかして冗談のつもりか? 教えてくれよ、ヨナス」
返答次第では、切り捨てるつもりだ。
もちろん、物理的にではない。
今後、うちへの来訪は認めないし、学院長にも報告する。
エリオットが仲間としてどうするかは、彼の問題だ。
俺は一切関わらないし、関わりたくもない。
ヨナスの返事は無言だった。
顔は苦しげに歪み、葛藤しているのが手に取るように分かる。
反論したいのだろう。
自分は優秀だと。お前に言われる筋合いはないと。
どちらも正しい。
それでも、ヨナスは何も言わなかった。
しばらく観察し、俺は安堵する。
どうやら大丈夫そうだ。
要するに、こいつは子供なんだな。
能力は高いし、努力も怠らない。
だが、精神は未熟。感情をコントロールできていない。
やたら早熟な連中ばかりだから、十歳の子供なのをつい忘れてしまう。
これからどうなるにせよ、結論を出すのは早計かもしれんな。
「今のお前に言い寄る資格はない。どうしてもと言うなら、リリーに認められる男になれ。付きまとう暇があるなら鍛錬しろ。忠告もしておくぞ。認めるのはリリーだ。お前自身の納得なんて無価値。それを肝に銘じておけ」
ヨナスは黙って聞いていた。
俺の暴言に涙ぐんでもいた。
そんなヨナスの下へ、エリオットとニルスが歩み寄る。
「一緒に頑張りましょう」
そう言って肩に手を置くと、ヨナスは呆けた後、潤んだ目をこすって笑みを見せた。
「僕がどれほど優秀か知ってるでしょう」
ヨナスはリリーへ視線を向ける。
「見ていてください、リリーさん! もっと強くなって、必ず認めてもらえる男になってみせます! どんな障害だって乗り越えます! この人たちにも、庭の爺にも負けません!」
だから、それは止めろって。
妙な盛り上がりに流されてリリーは聞き逃したみたいだが、学院長を攻撃したらどんな努力も徒労に終わる。
ま、自分の行動に責任を持ってもらおう。ぶっちゃけ、そこまで面倒見きれん。
その後、すっかり忘れていたジェマとの模擬戦が行われた。
模擬戦をやる理由もないのだが、ジェマは納得しないし、ヨナスの方も強くなると決めたばかりなので乗り気だった。
テッド戦に比べ、ヨナスは肩の力が抜けていた。
動きは良くなり、魔法の制御もしっかりしている。
それでも守りを崩せず、不意の猛攻に押し切られてしまった。
これで二連敗だが、実戦なら守り切れたか怪しい。
ジェマも分かっているようで、勝利の喜びもなくヨナスやテッドらを呼んで意見を求めていた。
こいつらが凄いと思うのは、希望的観測に縋らないところだ。
中でもテッドとジェマ、リリーにその傾向が強い。
生き死にを間近で見てきた所為だろうか。
ヨナスは短矢系の威力や射程を解説、テッドたちは熱心に聞き入り、また質問する。
出会って間もないとは思えぬほど馴染んでいた。
テッドたちの在り方は、ヨナスに良い刺激になると思う。
模擬戦を要求しておきながら、勝利しても喜ばない。
目先の勝利ではなく、遥か先を目指している。
「アルター様、お伝えし忘れたことがあります」
そんな姿を眺めていると、エリオットが隣に立った。
「僕らのパーティー名は『ラナイン』に決まりました」
「早いな。由来はなんだ?」
冒険者のパーティー名は様々である。
昔の英雄や神話からの拝借、故郷の山川、『破邪の戦斧』のように自分たちの象徴から付けられることもあった。
「父が務める商会の護衛に、元冒険者がいました。彼の率いていたパーティー名をいただいています」
「本人の許可は取っているんだな?」
「はい。三年ほど前に病で亡くなってしまいましたが、その直前、名を継ぐと約束しました」
「そうか。恥じぬ活躍をしないとな」
「はい、覚悟はできています。もちろん二人も」
エリオットはニルスとヨナスを見やった。
意見交換は終わったようで、今は次の相手を決めるくじ引きで盛り上がっていた。
つくづく元気な連中である。
「さっきは出しゃばって悪かった」
「とんでもない、助かりました。どう説得すれば良いのか、本当に困っていたんです」
「お前なら説得できただろ。あいつは自分のことをよく分かってる。少し感情が暴走しやすいだけだ」
「仰るとおりです。あんなに強烈なのは初めてですが」
エリオットは苦笑していた。
魔法への愛着も強かったし、幼い頃から色々あったのだろう。
そしてくじ引きの結果、次はネイルズ対ヨナスに決まった。
戦ったばかりなのに、テッドとジェマは悔しがっている。
「そういや、『セレード』はどんな意味なんだ?」
あのときは『破翔』もいて聞きそびれてしまった。
「セレンとリードヴァルトですよ」
「リード……なんでまた?」
「二つの町を繋ぐ、との願いを込めたそうです。発案はテッドさんで、満場一致で可決されました」
繋ぐか。リリーもいるし、すぐリードヴァルトに来られないと思うが。
「アルター様には、大変お世話になっています。テッドさんたちだけでなく、僕も。リードヴァルトで活動すれば、少しは恩返しになるのでは、と」
「実力者は大歓迎だが――大変だぞ、レクノドの森は。ゴブリンでさえ、セレンより数段上だ。最低でもDランク中位、できればCランク下位の実力がほしいな」
「では、もっと鍛えないといけませんね」
エリオットは楽しげに笑い、視線を正面に向ける。
ネイルズとヨナスの模擬戦が始まっていた。
さすがに魔力が厳しいのか、ヨナスは魔法を控えて接近戦を挑んでいた。
対するネイルズは、スリング片手に距離を取ろうとしている。
スリングを見て、テッドやジェマより与しやすいと考えたようだが、近接職相手によく飛び込むものだ。
ああいうところは冒険者向きである。
観戦していると、今度は遠慮がちにニルスが近付いてきた。
「もしよろしければ――ご指南いただけないでしょうか」
「良いだろう。折角だ、魔法剣士として相手してやる」
それをテッドとジェマが聞き逃すはずもない。
大喜びする二人にネイルズまで反応してしまい、杖の一撃をもろに受けてしまう。
何をやってんだ、あいつは。
呆れながら、木製のシャムシールを物置から取り出す。
「ニルス、準備しろ」
「はい!」
その日、俺は全員と模擬戦を行い、仕上げには『セレード』、『ラナイン』とも戦った。
ニルスやヨナスには想像以上の過酷さだったようで、帰る頃には疲労困憊だった。
それに対し、テッドたちは元気である。
学院での知識や才能があっても、冒険者としては一日の長があるようだ。
『ラナイン』は生まれたばかり。これからの成長に期待しよう。