ふたり、お詣り 後編
渡の家は一軒家。
ピンポーンと、軽い緊張の中、澪は人差し指でインターホンを押す。ちょうど時間は三時である。
ガチャ――扉が開いた。
「ちょっと待ってて」
渡だった。一瞬顔だけ出してそう言うと、扉がまた閉じる。待つこと一分か二分、再び扉が開いた。
「え……」
澪は、右手の袖を口元に持って行った。驚いたのだ。渡が、スポーツウェアじゃなかった。
「いってきます」
家の中にそう言って出てきた渡は、ジーパン姿だったのだ。細身のジーパンに学校の白Yシャツ、ブレザー、靴もトレーニングシューズじゃなくスニーカーである。要するに、バシっと決めてきている。いや、本人にその自覚はないかも知れない。結果的に、そうなっただけかもしれない。いやたぶん、間違いなくそうなのだが――澪は意外性に言葉を失い、そして、思わず笑ってしまった。
「渡、ジーパンとかスニーカーなんて持ってたんだ」
「うん」
あくまでいつも通り、つまり、素っ気なく渡は頷いた。それから門を開けて、道に降りてくる。
「自転車、そこに止めて良いよ」
そこ、と渡が示したのは、物置になっている小さな駐車場だった。
「え?」
澪は、渡の言っている意味がわからず、聞き返した。
「自転車、置いて」
渡は答える。
「え、なんで!?」
「歩いて行くから」
「えぇ!?」
歩いて行くの? と、澪は驚いてまた問い返す。渡はしかし、いつも通り、いちいち事情を説明しない。「うん」と、感情の読めない表情で頷くだけ。
もういいや、と澪は大人しく自転車を置いた。
「歩いて行った方が、いいんだって」
渡は、澪が自転車を置いた後、歩き出すときにそう言った。
「何がいいの?」
「御利益が」
澪はそれを聞いて、思わず笑ってしまった。何が可笑しいって、渡の真顔である。そして、渡の口から「御利益」という言葉が出てくるとは思わなかった。
「なんか、山伏の番組でやってたんだよ」
「山伏の番組って」
なんてドキュメントを見てるんだと、澪はいよいよ渡のことがわからなくなるのだった。
少し歩いて、澪はおや? と思った。一番近い神社とは逆の――学校に行く方の道を進んでいる。渡は、迷っているようには見えない。
「神社って逆じゃない?」
「ううん」
「え、でも――あの小さい神社だよね?」
名前はわからないが、小さい神社と言えば渡もわかるはずである。
「え? あ、あそこじゃないよ」
渡が答えた。伝え忘れていたことに今気づいた様子だった。
「え、どこ行くの!?」
「七光神社」
「それどこ?」
神社の名前を言われても、澪にはよくわからなかった。
「駅の方」
「駅の方まで行くの!?」
「うん」
山伏のドキュメントに影響を受けている渡には、どうやらそれが当たり前らしい。議論の余地がないのを、澪は悟った。しかしそうなると、澪には問題があった。どの道を行くかによるが――とりあえずそれは、その時になったら渡と話してみようと澪は思った。
二人は片側が畑の道を並んで歩いた。通学路だから目新しいモノは別にないけれど、澪は、浮き足立つ自分を自覚していた。果たして自分は、これは、嬉しいのだろうか、珍しいから驚いているだけだろうか。
畑が終わると一軒家の並ぶ住宅街に入る。澪は、渡の歩く速度が自分と同じくらいなのを、今になって気づき、意外に思った。身長はほとんど同じくらいでも(僅かに渡の方が大きいが)、運動能力では、雲泥の違いがある。澪も運動が得意な方で、女子の中で鬼ごっこをやれば負けることはまずなく、走るのが得意な男子が相手の駆けっこでも、常に良い勝負になった。運動会では渡と走ることもあったが、やっぱりそれも、良い勝負だった。しかし澪は、運動に関して、渡には勝てないような気がしていた。どうしてそう思うのか澪にもわからなかったが、「雲泥の差がある」と、澪はそう考えていた。だから歩くのも、きっと渡は速いだろうと思っていたのだ。そして他人に興味がなさそうだから、一緒に行こうと誘っておきながらも、歩速が合わなければ平気で置いていくのだろうと、そう思っていたのだ。
ところが、予想に反して、渡の歩みは遅かった。力が入っていないというか、適当というか、澪からすると、渡っぽくない歩きなのだ。それでいて、自分に合わせてそうしてくれているような感じもしない。
「渡歩くの遅くない?」
澪は渡にそう言ってみた。
「そう?」
渡はそう澪に聞き返した。それから五十歩ほど、澪は渡の歩調を観察したが、渡は特に歩みを速めるわけでも、遅くするわけでもなく、歩いた。
「渡は、なんで神社行くの?」
澪は渡に質問した。
「いや、ちょっと」
恥ずかしそうに半笑いを浮かべながら、渡が答えた。これは答えてくれそうだと、澪は食い下がった。
「ちょっとって何? 気になるじゃん」
「澪は部活のなんかでしょ?」
「なんかって――」
適当すぎるだろうと、澪は思った。「なんか」ではなく、一応、ちゃんとした理由があるのだ。そういうことにしておかないと、神社に行く自分が馬鹿らしいじゃないか。
「怪我人が多いから安全祈願!」
「怪我は自己責任」
渡の素早い切り返しに、澪はその肩をぱしんと叩いた。
「え、だって怪我は自己責任じゃない?」
半分笑いながら、渡が言った。
「それは、そうかもしれないけどさぁ」
言い方ってものがあるでしょ、と澪は思った。けれど、渡はそういう、自己管理というのをしっかりやっていそうだから、説得力が違う。きっと渡が女バドの練習前のアップを見たら、辛辣な一言を浴びせて帰ってしまうに違いない。別に、中途半端にだらだらやっているつもりの部員はいないが、渡がサッカーに打ち込むほど真剣でもないだろう。
「で、渡は何? サッカーのこと?」
「そんなわけないじゃん」
「え、どうして? 違うの!?」
「サッカーは運じゃないもん」
「じゃあ何?」
「いやぁ……」
渡はぽりぽりと頭を掻いた。何をそんなに恥ずかしがっているのか澪には見当も付かなかった。渡のことだから、尚更わからない。渡が恥ずかしがるようなことで、神社に行くようなことって、何だろう。
――恋愛成就、とか?
ぷふっと、澪はそこまで考えて、吹き出してしまった。渡ほど、そういうことに疎い男子はいないだろう。でももしそうだとしたら、それは、かなり本気の恋ではないだろうか。渡の恋なら応援しようと、澪は素直にそう思った。
信号が青になった。
渡は通学路とは違う道――駅に向かう方へと、横断歩道を歩いて行く。澪も考え事をしていたせいで、思わずそれについて行った。
が、横断歩道の途中で澪は気づいた。
「駅前通るの!?」
澪の心配事はこれだった。七光神社がどこにあるのかはわからないが、駅の方にあるのなら、問題は駅前である。駅前は、学校の生徒が出没する可能性が極めて高い。二人でいるところを見られたら、あとで冷やかされるのは目に見えている。
「通るよ」
「他の道にしない」
「なんで?」
「なんでって……」
渡は、とことこ歩いて行く。澪は、ついて行くしかない。デートと勘違いされるのが嫌だと言ったら、渡は、だってデートじゃないじゃん、と返すのだろう。そうだけど勘違いされるじゃん、勘違いするヤツが悪い、良い悪いじゃなくて……、勘違いするヤツが悪い――歩きつつ、澪は渡との会話のシミュレーションを幾通りか繰り返す。やっぱり、道の変更はできなさそうだと結論づける。
いよいよ、駅に続く通りに入った。ちょっとした商店通りがあり、それが、駅前のバスターミナルに続いている。土曜日のおやつ時、この中途半端な時間には、学校の生徒がいかにもいそうである。確率で考えれば、きっと、合う確率の方が遙かに低いのだろう。けれど、こういう日に限って出会うものなのだ。
そして、澪の予感は早々に的中するのだった。
「あれ、何してんの!」
商店通りで、三人組の男子と出くわした。同じ中学の同級生である。そのうちの一人――小野田は、渡と澪と同じ小学校だった。声を掛けてきたのも、その小野田である。
「え、用事」
渡は、簡単にそう答えた。小野田は、いかにもからかうような笑い顔を浮かべて、その目を澪に向けた。
「何、デート?」
小野田に言われたが、澪は、ここで真剣に答えたら負けだと思った。相手がおちょくってきているんだから、こっちも、同じように不誠実に、おちゃらけて答えなければいけない。
「そんなわけないじゃん」
笑いながら澪は答える。
「え、違うの?」
小野田の標的は、渡ではなく澪だった。
「違うよ!」
あくまでおふざけの調子で、そして、動揺を悟られないように――澪は自分の動きや表情を努めて制御しようとした。
「どこ行くの?」
小野田の連れの二人のうち、一人が渡に訊ねた。眼鏡を掛けた、細身の男の子である。渡と面識のある男子だった。
「神社」
「神社!?」
素っ頓狂な声を上げる。その反応に、渡は思わず笑った。
「二人で?」
「うん」
二人で神社、どういう状況だと眼鏡の男子は眉を顰め、首を傾げた。
「デートでしょ?」
小野田が騒ぎ立てる。
「だから――」
澪が笑いながら「違うって」と続けるまえに、渡が答えた。
「黙れ」
いつも通りの無感情である。頬も唇も、目も笑っていない。怒ったり、腹を立てている様子がないから、他の人の言う「黙れ」よりも随分マイルドである。しかしこうはっきり言われると、小野田も話題を変えざるを得なかった。
「ついて行こっかな」
小野田が言う。
澪は思わず、「別に良いよ」と応じそうになった。デートじゃないんだから、人が増えようが、誰が来ようが関係ないはずだ。逆にここで、「来ないで」という反応をすれば、それは、「渡と二人で行きたい」ということの意思表示をしてしまうことに他ならない。渡にそのつもりがなくても、自分にそのつもりがあると皆に受け止められてしまう、そういうことになる。
しかし渡の反応の方が早かった。
「来んな」
即答だった。小野田は、なおもおちょくるように言った。
「なんで、いいじゃん」
「来んな」
渡は相変わらずの、素っ気ない即答である。こういうのを世間では、「塩対応」というのだろうか。
小野田が渡に言った。
「澪と二人で行きたいんだ」
そう言われた渡は、逆に笑って、小野田に返した。
「え、何、羨ましいの?」
渡の目は、いわゆる、イタズラをしている子供のように、きらきら輝いていた。澪にとってはものすごく予想外で、斜め上の言動である。
「は? 羨ましくねぇし」
形勢逆転、小野田が思わず真顔で答えた。
「じゃあいいじゃん」
渡はさらっと、小野田に言った。小野田は、即答できなかった。それはつまり、このやりとりでの、小野田の負けを意味していた。男子のこういうのは、まるでラップバトルだなと澪は思った。応答に窮したり、ムキになったほうが負けである。「まぁ落ちつけよ」と、渡の目はそう言っているのだろう。
「何だよ、行こうぜ! じゃあな!」
小野田はそう言うと、二人の連れとともにその場を後にした。
「じゃあね」
嫌みなく、渡は三人に軽く手を振って別れた。そしてまた、澪は渡と二人になった。渡は、何事もなかったかのように歩き出し、澪はそれに続いた。
澪は、渡に何か言おうと思った。しかし、何を言って良いのかがわからなかった。
小野田のことを話題にしようか。それとも、明後日から学校で冷やかされるかも知れないということを話題にしようか。それとも、さっきの自分の発言――「そんなわけないじゃん」について釈明をすべきか。
そもそも、自分は一体何を渡に伝えようというのだろうか。それにどうして、三人が行ってしまった後、ホっとしたのだろう。小野田が「ついて行って良い?」と言ったとき――自分はあの時、がっかりしたような気がする。周りから色々言われて変に意識してしまっているせいだろうか。渡は、どう思っているんだろう。
「絶対月曜日、色々言われるよ」
澪は、渡にそう言ってみた。
「うん」
相変わらず、反応が薄すぎる。渡の中では、恋愛の話題は、本当に、取るに足らない興味の対象外なのかも知れない。でも、それじゃあ自分が困るのだと、澪は渡に言葉を投げかけた。
「渡は、嫌じゃないの?」
「何が?」
「何って……からかわれるの」
「あー……」
渡は数歩進んでから答えた。
「別によくない?」
「え、いいの!?」
「だってさ、別にいいよ」
「なんでいいの? 恥ずいくない?」
「澪は気にしすぎ」
渡が気にしなすぎなんだよ、と澪は心の中で訴える。しかし、渡のように、他人は他人、自分は自分という考え方ができるのは、すごいと澪は思った。渡に比べて、自分は人のことばっかり考えているような気がする。気を遣っている、と言うのではなくて、顔色を伺ったり、噂を気にしたり――そういうことは、学校生活では必要なことなんだと澪は思っているが、渡と一緒にいると、そんな自分が、馬鹿らしく思えてくる。
「私とデートしたってことになってもいいの?」
澪は、渡に訊ねた。これが、渡に一番聞きたかったことである。果たして、渡にその気はあるのか、無いのか。
すると、渡は澪が思ったよりも遙かに速く返答した。
「別に」
たった一言、それだけ。
澪の謎は、さらに深まってしまった。その「別に」はどういう「別に」なのか。「別にどうでもいいから、勘違いされても良いよ」という、興味ないからどうでも良いという「別に」なのか、それとも、「最初からデートのつもりで誘ったんだから、今更別に気にしないよ」という「別に」なのか。――渡なら、どっちともとれる。
「それ、どっちの!?」
「どっちのって?」
澪が訳のわからない質問をしてきたぞといったような半笑いで、渡が聞き返す。澪にすれば、訳のわからないのは渡の方である。
「だからっ!」
澪は腹を立てたが、その続きを説明するのは嫌だった。惨めだし、恥ずかしい。
「もういいよ!」
ふてくされたように頬を膨らませる。
二人は駅を南口から北口へ通り抜けた。北口には南口ほどのバスターミナルはなく、商店もぱらぱら点在するだけである。北口を出てから大通りを少し歩き、右手に曲がって、坂を少し登った先に、七光神社の鳥居があった。
「あー、ここかぁ!」
七光神社――来てみれば、澪の知っている神社だった。この道を通る度に通り過ぎていた神社である。ここが神社かお寺かも、澪は興味も無いから知らなかったが、鳥居の上にちゃんと「七光神社」の文字が記されている。
数段階段を上り、鳥居を潜り、参道を進んでいく。日が暮れ始め、風も冷たくなってくる。こんな寂しい時間にも参拝客が来ていることに、澪は驚いた。列を成すほどではないが、鳥居から拝殿までの百メートルくらいのあいだに、十組以上の参拝客とすれ違うくらいには繁盛していた。
拝殿の手前に手水舎があり、二人はそこで手を洗っうことにした。渡がぎこちないので、澪は柄杓に水を汲むと、渡の手にそれをかけてあげた。それから門を通り、拝殿へと進む。渡がブレザーのポケットから財布を取り出したので、澪もそれに習い、バックから財布を出して五円玉を引っ張り出す。そして澪は、渡が五百円玉を財布から出したのに驚いた。
「五百円投げるの!?」
「うん」
渡は拝殿の賽銭箱の前まで行くと、躊躇いなくそれを投げ入れた。澪もそれに続いて投げた。
――カランカラン、カラン。
渡が綱を大きく揺らし、鐘の音が派手に響く。二礼、二拍手、一礼、渡の作法に澪がついて行く。
参拝が終わって、澪はふうっと息をついた。結局、渡が何の願い事をしたのか、わからずじまいだった。
そのあと、社殿でお守りを買おうと渡が言い出したので、澪もそれに従った。
おみくじ、破魔矢、絵馬、匂い袋、御札。そして、色々な種類のお守り。渡はどれを買うのだろうと見ていると、何と選んだのは――安産祈願のお守りだった。
買った後は、それを大事そうに、ブレザーの内ポケットに忍ばせる。
「安産祈願? 誰か親戚の人?」
澪が聞くと、渡はぽつりと答えた。
「うちの」
「うちって!?」
「弟か妹ができる」
ええっと、澪は開いた口を両手で隠した。
「本当!?」
「うん」
恥ずかしそうに、渡は答えた。
「おめでとー!」
澪が言うと、渡は余計に恥ずかしそうに俯いて、顔が緩むのを見せまいとした。そのかわいらしい仕草に、澪は思わず、小学生のときにはそうしたことがあったが、渡の頬を両手で撫でつけてやりたくなった。
「弟がいいんだよね」
「妹でもいいじゃん!」
「もういるし」
渡には、三歳年下の妹がいる。すでに渡は、お兄ちゃんなのだ。会話はあまりないらしく、昔サッカー用具にイタズラをされて、泣いたことがあるらしい。泣いたのは、妹ではなく渡である。澪には信じられなかったが、そういうことは根掘り葉掘り聞くと、渡は本当に嫌がるだろうから真偽のほどを直接確かめたことはない。もっとも、渡の母からのタレコミだから、本当なのだろう。
「お兄ちゃんじゃん」
「今もだよ」
「もっとお兄ちゃんじゃん」
渡の頬が緩む。そして、笑顔になる。学校であまり見ない、嬉しそうな笑顔だ。
「私も弟か妹ほしいなぁ」
そう言うと、渡は、にやにやと照れ笑いのような笑みを浮かべる。よほど、弟が出来るのが嬉しいらしい。渡に、こういう所があるのは、澪には意外だった。渡は、人間らしい感情に乏しいのではないかと、ずっとそう思っていたのだ。
澪はそのあと、部活のために無病息災のお守りを買い、二人は帰路についた。あたりはもう薄暗く、駅の南口商店通りを抜ける頃には、夕日はもう完全に沈んでしまっていた。
「一人で来たかったんじゃないの?」
歩きながら、澪は渡に訊ねた。
「別に」
「どうして誘ってくれたの?」
「え」
澪は、思い切って、核心に迫る質問をしてみた。渡は一瞬考え、それから答えた。
「澪なら知ってるし、一緒でもいいと思った」
澪は、両手で自分の頬を包んだ。不意に溢れてきた笑みを隠したのだった。首の辺りが、急に熱くなるのを感じた。
澪も渡と同じ気持ちだった。凉子に好きか嫌いかと聞かれて、嫌いではないと迷わず答えたのは、渡のことを好きだからだ。その「好き」というのが、果たしてどの好きかというのはまだ澪にもわからなかったが、渡の自分に対するそれと、同じような気がしたのだった。「気を許せる」ということかもしれない。それは「恋」とは違うような気もする。けれど、それが「恋」だったら、それはそれで、良いような気がした。
「私も、渡じゃなかったら、一緒に行ってなかったかも」
思わず澪は、そう答えた。言わずにはいられなかった。自分も渡のことは、そういう風に思っているんだよ、と。
渡は、何も言わずに歩く。
静かな住宅の中、十二月の澄んだ夜空に、月がくっきり白く浮かんでいる。
澪も、何も言わずに、顔の熱さだけを意識しながら、渡と並んで歩いた。