現状&打破
あぁ…実に不可解だ…。
不可解で不愉快で不謹慎だ。
この都市は常に宙に浮いていて最近西の区画が老朽化という理由だけで強制パージされた。
パージされた区画は住民ごと落下して奈落の海に転落死。
そしてここもいつ落とされるか分かったもんじゃない。
明日にはここもパージされてみんな仲良く海の底かもね♪
古びた配管…液体漏れでる。
錆びた鉄橋…勿論渡れず。
汚れた排気口…生活臭、ぶっちゃけ嫌いじゃない。
点滅を繰り返すネオン管…なんの店か分からず。
垂れた高圧電線…最近誰か踏んで死んだ。
どうでもいいけど、なんか最近この都市の緑化が進んでいる。
と、最下層の高台から下層を見下ろしていた。
上を見上げると果てしなく続くビル郡。
電気の通ってない高圧電線を綱渡りした。
少しそよぐ風に腰まで伸ばした茶髪を揺らし…同時に肩の出した白いTシャツに丈の短いチェックのスカートも揺らす。
スカートが揺れると太ももに張り付いた1分丈のスパッツが顔を出した。
くりっとした赤い瞳にチェリーのような小さい唇…甘く香るような頬は少し朱色に…全体的に整いつつも幼げのある少女…。
体格的には10代後半か。
「反重力電化…コイル商店…空学力学…DollMaster…電脳重機…。」
軽く弱々しい少女の声…。
出店を視覚で見た順番に口走る。
少女は綱渡りをやめた。
左に体を倒し落下した。
髪の毛をはためかせ数本の高圧電線を横目にビルの間を落下する。
瞬間、肘からアンカーが人工皮膚を引きちぎり射出される。
勿論普通の少女は肘からアンカーを射出などしない。
甲高い音と火花を散らし放たれたアンカーはとある店の柵にガッチリと噛みつきキリキリとワイヤーを巻き上げた。
少女は柵を乗り越え歩道に立ち荒れた身なりを整える。
そしてDollMasterと書かれた喫茶店へと足を踏み入れた。
カラン、カラララン…。
…………。
「よぉ、ジジイ…最高級のエレメンタルジェムと糞みたいな珈琲を宜しく。」
そう、少女は口を開いた。
軽くあたりを見回すが今日もいつも通り人がいない。
するとカウンターの白髪のオッサンが嫌な笑みを浮かべて口を開く。
「いらっしゃいましたか、では当店自慢のそこらの汚染水から吸収したエレメンタルジェムと超高級な珈琲は私が飲み上げました。」
少女は呆れ適当にカウンターへ座る。
「かぁーっ耳鼻科行ってショットガン打ってもらってこいよ気持ちいぞ。」
銃を真似たハンドサインを耳に当ててにこやかな少女。
マスターはドスを聞かせた声で少女に迫った。
「要件なんだレニスフィア注文しろ。」
「だーから、エレメンタルジェムとスピリタスってんだろ雑魚。」
と。レニスフィアと呼ばれた少女は少々イラつき混じりに注文した。
「エレメンタルジェムは承諾した。だがスピリタス初耳だな辞めとけ。」
とマスターはバーカウンター下に置かれたヒューマノイド専用のエレメンタルジェムを取り出した。
正方形の水色の塊、上下に鉄製の蓋で装飾されている。
「ほらよ、ご要望のエレメンタルジェムだ金置いてさっさと帰れ。」
ちっと舌を鳴らしたレニスフィアは荒々しくバーカウンターに腕だけ乗り上げる。
「スピリタスってんだろ?」
頭をかくマスターは面倒くさそうに店内を少し見渡した。
少し小声で口を開いた。
「お前…前回スピリタス注文して飲んだ時どうなったのか覚えてないのか?」
「は?」
とキョトンとするレニスフィア。
「お前、前回ファローシヤちゃんと来てな、スピリタス頼んだんだよ一口飲んでから15分後だな…お前の腸は第三世代人口腸だろ…そんでもって肝臓が第2世代改だとしてもアルコールのRR値がだな4.5ooを超えてな…」
「めんどくせぇ何があっただけ手短にしろよ。」
と長い話しに飽き飽きした表情で少女は固形のエレメンタルジェムを指先で回転させる。
「これでもお前は技工士だろ…ったく…何があったかって言うと…スピリタスを飲んだお前は15分後白目むき出しで痙攣して放尿しまくったんだよ。はぁ…ファローシヤちゃんが掃除しなかったら下に捨ててたな。」
……。
指先で回していたエレメンタルジェムが手の平から落下した。
床に落ちたエレメンタルジェムが音を立て跳ね返えり
転がった。
「マスター得やん。閲覧料くれよ。」
真顔のレニスフィア。
「だぁれが得だ、アホ。俺はなお前みたいなメスガキには興味ねぇんだよ。」
流石のマスターも怒りを顔で表現しコップを力強く拭いている。
「とか言っちゃってな…ファロはどうなんだよ。」
とレニスフィアはいやらしくニヤつきマスターを睨んだ。
「ファローシヤちゃんは最高だね、なんと言ってもお前の妹だと言うのに他人に迷惑をかけない。何故今日連れてこなかった?」
………。
「死んどけ、ファロ連れてくると毎回店の奥から洗脳電波飛ばしてんだろ?バレてんぞ。」
「お前に当ててるんだよ…洗脳したら2度とこの店に入れないようにしてやる。」
と余裕の表情のマスター。
落ちたエレメンタルジェムを拾い上げカウンターに紙幣を叩き出した。
「じゃあな。いい店だったよ。嘘だけど。」
「嘘でも褒めるなんて珍しいじゃないか。」
悪戯な笑みを浮かべたレニスフィアは小声で
「もう見納めだろうからな」
……。
カラン…カラララン。
…。
レニスフィアは店を出た。
扉が閉まる瞬間マスターが何かを言いかけた気もするがわざわざ聞いてやる必要も無い。
エレメンタルジェムを上着のポケットに入れ腐った街並み眺めながら鉄でてきた歩道を歩く。
滑り止めのためか楕円形の凹凸が交互に並ぶ。
数歩踏み外せば奈落の底。
そこに手すりや警告表示はありはしない。
人通りは多々あるにせよ街は怖いほど静かだった。
人々は座ってたり歩いてたり寝てたり。
子供は少なく中高年層が多い。
「聞いたか、4番ビルのアイツ…第1世代001改ラブドールで自殺したらしい。」
ビルとビルの間でたむろする中年のおっさん。
「マジかよ…第1世代コアとかレアもんじゃねぇか。羨ましいね。」
「よせ…やめとけ、あれは死ぬまで搾り取られる欠陥品だぞ。」
「それで死ぬなら本望ってもんじゃねぇか?。」
………。
「そう言えば例のラブドール…コアだけ盗難されたらしい。」
……………。
………………。
声だけ聞こえる。
静かだから尚更だ。
それなりに人口がある街から少し外れさらにビルとビルの奥へと入り込む。
「おにいちゃん…そこはダメだよ…。」
右から機会の合成音声。
「落ちやうよ…。」
後ろから。
「落ちるから…。」
左から。
「落ちたんだよ。」
前方から。
ガリ…と何か脚につっかえる。
舌打ちをして蹴りあげると禿ズラの頭部だけが姿を現した。
白く所々焦げ下顎がなく左目が抉り取られたアンドロイドだ見るも無残な姿になっている。
「落ちたくないよ。」
頭部はそう言葉を残し機能停止した。
また誰かが上から捨てたのだろう。
上を見上げるとビルに持ち上げられたように空が遠く遠くで光を放っていた。
機械の墓場を抜けまたビルの足回りへと潜り込んで行く。
人の集落があり落下防止のロープが張り巡らされるが年に数十人は落下者が後を絶たないと聞く。
「おおい…あれみよ、あんな所に女の子があるいてるぜ。」
…
声は聞こえるが姿が見えない。
「バカよせ…アイツはゼノん所のクソ野郎だ…死ぬぞ。」
…
「…欲より命が欲しい。」
と…言葉を最後に集落は再び静まり返った。
……。
廃棄と同然の潰れた民家をあえて舌打ちして通り過ぎる。
ガタ…と物音がした。
集落を抜けさらにビルの奥へ。
ビルの足回りは錆びたり無かったり徐々に劣化している。
既に人がよりつける域を超えて2から5メートル飛び乗ったり飛び降りたりはたまたアンカーを使ったり。
この体でなくてはよりつけないビルの根元その奥へと慣れた段取りで突き進んでゆく。
いくつもの難所をくぐり抜けアンカーで20メートル登った所…少し開けたところに出た。
真っ暗な空間に掠れた外灯その奥にボロい建造物。
凸凹した鉄板と鉄板を貼り合わせまるで工場のようなその建物。
突如その建物の扉が開く。
室内の光が逆光になり何が扉から放出されたが影しか認識出来なかった。
その影は物凄い勢いで接近してくる。
減速せずにレニスフィアに突っ込んだ。
まるでタックルするかのように入り込み強烈な1発をお見舞いされた。
「…ふぐっ!!」
まぁ、認識しなくても予想は付いた。
「オカえ、り!おカエり!オ、かえり!おかエり!」
と叫び散らしてレニスフィアを押し倒す。
ぱっつんに切ったアッシュグリーン色の前髪がレニスフィアの顔にかかってとてもムズ痒い。
それは美少女だった。レニスフィアと見た目年齢は少し…ほんの少し幼く見える。
「ファロ…重い。」
そういいファローシヤの肩を両手で押し返す。
重い実に重い。
これが通常の軍用アンドロイドまたはヒューマノイドなら支えきれずぺしゃんこだ。
「ねェネぇ…レニィー?何処ニ…行ってたノ?」
真っ直ぐレニスフィアを見る青い瞳。
不意にもドキっとしてしまう。
とりあえずファローシヤを立たせた。
自分の服に着いた砂を手で払いファローシヤの服もついでに払ってやる。
黒いワンピース、ロリータファッションで生地は薄くすべすべな手触りの割にスカートや袖はふわふわだ。
胸元の白いリボンが目立つが他にも所々に十字架の装飾がある。
服を払う度に十字架が光に反射した。
「バーに言ってたんだよ。最後にって閉めてきた。」
レニスフィアはファローシヤにひし形のエレメンタルジェムを手渡した。
「それよりもファロ…準備終わったか?」
うつむき首を振るファローシヤ。
「おいおい、俺が出かけてる間に済ませておいてって言っただろうに。」
するとファローシヤがいきなり顔を上げこちらに涙腺決壊間際の瞳を向けた。
「ファロ…も行きタ…かった。」
レニスフィアは少し困った顔をしてファローシヤの頭に手を乗せた。
「ファロが行ったらいつまでもバーから出られなくなってしまうじゃないか。」
ファローシヤは何度も頷く。
「ん…うん…だっテ…だって…お別レは…悲しい。ファロ…忘れる?」
レニスフィアは少し微笑んで手を差し出す。
「連れていかなかったのはゴメンな…ファロの事もマスターはしっかり覚えてるから。大丈夫さ。ファロだって忘れないだろ?なら…」
ファローシヤは涙目を拭い深く頷いた。
「ン、大丈夫。」
「ありがとうな、ほら…支度俺も手伝うからさ。」
ファローシヤは差し出されたレニスフィアの手を握り返し一緒に工場のような家へと足を進めた。
扉を開けると当たり前のように玄関がある。
少し進むと無駄に広いリビング白い壁に四角い照明というシンプルさ。
家具は横長ソファーにガラスのテーブルに台の上に立つテレビ。
壁際の本棚には本がぎっしりだ。
手前の鑑賞用植物がレニスフィアとファローシヤをお出迎えするかのようにたたずんでいる。
あと奥には薄い扉を隔ててダイニングキッチンとなっていた。
ジジイがいた時のような機械だらけではなくとても生活臭漂う工場になっていた。
「あ、ファロ…手伝ってやる前に最後に技工室で予備品だけもう少し漁ってくるよ。」
と向かって左側にある鉄製の扉に向かう窓は無くボタンで開閉する。
唯一残したジジイの研究室。
「レニィー…無駄ナ…積荷は増ヤさない…でね。」
とファローシヤに、釘を刺されてしまう。
「見納めも兼ねてさ。すぐ戻るよ。」
とレニスフィアは研究室へと向かった。
ファローシヤは停止したかのように中を見上げ思い出したかのように右側の廊下へ、その間部屋が何個かありその奥にあるシャッターを開けた。
「私モ…準備しな…いと。」
……………………………………。
久しぶり入った研究室。
来たのはいつぶりだろうか。
沢山のモニターにチューブに技工士に必須な器具機材。
テーブルは今は3つだ。…
少し血なまぐさい。
頭痛を感じレニスフィアは工具箱やら機材を漁る。
腰下げポーチを巻き付け工具を迷わず収納してゆく。
レニスフィアの腕くらいの機器類を品定めしているが流石にこれは持っては行けまいと断念する。
ふと、研究室の奥…大きな鉄の扉に目がゆき、あの景色を…と扉に近づいた。
相変わらず下にまで張り巡らされたチューブで歩きづらい。
扉の前に来て開閉のボタンを押したがやはりうんともすんとも言わない。
「最終的にこの扉も直さないままだったな。」
と独り言を漏らした。
ファローシヤの手伝いにいこうと体の向きを変えると扉の横のかけられた白衣に肩が触れた。
ホコリたたきでほこりを落とすくらいはしていたが俺があの日着た以外にはレニスフィアが着たこともジジイが着たこともなかった。
「ジジイ…貰ってくぜ。」
それを丁寧にたたみ小脇に抱えて部屋を出た。
………………………。
部屋の奥のシャッターを抜けるとそこにはファローシヤが黄緑の機械にスパナを差し込み中のボルトを閉めていた。
「ファロ、支度終わってるじゃないか。」
「うン、終わらセといタ…ファロ、えらイ?」
閉め終わったのかスパナを引き抜き機械の荷台へと固定する。
「えらいえらい」
レニスフィアが頭を撫でるとファローシヤは天使のような笑みを浮かべグイグイと頭を突き出してくる。
「トころで、その服ハ?どウしたの?」
小脇に抱えた白衣にファローシヤが興味を示した。
「爺の奴さ。まぁ、使ってるのは見た事ないけど、お揃いだから最後に貰おうと思ってさ、ジジイの白衣は死んだ時に一緒に燃やしてしまったから…唯一の形見だな。」
するとファローシヤはスパナを手に取りまたボルトを回し始めた。
「あぁ、ごめんトランクはもう閉めたんだったね。」
「そレくらいなら余裕でハイる。」
レニスフィアが言ったのは手間の話だったがまぁ積んでもいいのなら積んでもらう事にした。
………………………。
「セっけん、せっケん!」
黄緑の機械、後部座席に跨りファローシヤは両手でペちペちしながら愛機の名前を連呼していた。
勿論…正式名称は石鹸なのではない。
黄緑というカラーリングと前は縦に後ろは横にひらべったいことから使い古した石鹸のようだとそんなあだ名がついている。
コイツの正体はMRcc34対重力大型ベンク、簡単に言うとタイヤのない大型バイクと言えるだろう。タイヤがあるのがバイクでないのがベンクと言えばわかりやすい。
ベンクの前方にはスキーボードのような板があり後ろはジェットエンジンにも似たような対重力エンジンが積まれている。
そして出発間際のベンクの両サイドと後ろにもは程々に詰まったコンテナが増設されてある。
「石ケん、セッけん!」
「ファロしっかり掴まって、ほら出発するよ。」
そう言ってベンクに跨がりエンジンを始動させた。
空気すら震わせるエンジン音を倉庫いっぱい響かせるとベンクは徐々に浮力を得る。
レニスフィアはポーチから取り出した古めかしいゴーグルとハーフフィンガーグローブを装着する。
「ばイばい。マイほーむ。」
「わかんないよ。案外すぐ帰ってきちゃうかも。」
「そウなの?」
「まぁ、帰ってきた時にここが残ってたらの話だけどね。」
「とりあエず、バイバイにしてオく!」
「それがいいかもな。」
そこで気づく。
いつまで経ってもシャッターが開かない事に。
「ちっ…また壊れたか。」
レニスフィアはベンクのスロットルを緩め着地しようとしたが、やめた。
ゆっくり後退しシャッターから遠ざかる。
「ファロ記念すべき出発だ。でかいの打ち上げるか?」
そう後ろを振り向いてコンテナを指さした。
ぱぁっとファローシヤは笑顔を咲かせコンテナを蹴飛ばした。
空いたコンテから飛び出したサブアーム。
がっちり固定された黒光りするロケットランチャー。
サブアームから渡されたロケットランチャーをファローシヤはがっちり構え。
すかさず後方確認。
「じゅんビ、かンリょうっ。」
「発射。」
レニスフィアの合図で工場のシャッターは爆発した。
………。
爆音と衝撃シャッターの破片に吐き出される煙…から黄緑の機体が姿を表す。
「「ひやっほーう!!!」」
流れる髪の毛をはためかせ少女のヒューマノイド2体は浮遊したビルの足元をフルスピードでぶっちぎって行く。
ブオンと大きく唸る石鹸…もといMRcc34対重力大型ベンク。
鉄骨と鉄骨の間を滑らかに抜いて開けた空間に突き抜ける。
最下層の大通りだ。
緑が侵食した電線が大量にぶら下がるが鉄骨よりはだいぶマシだ。
大きくうなり上昇する。
今にも崩れそうな足場から羨ましそうに見上げる人間達。
壊れかけのアンドロイド。
行きつけのバーさえもぶっちぎって…
第11浮遊都市から脱出した。
雲を2、3個通り過ぎた時…
石鹸からの警告音。
後方をさりげなく振り向くと4基のホーミングミサイルが向かってきていた。
「そう言えば、ビルのお偉いさんが秘匿を理由に都市空域外に出ることを禁じていたっけな?」
ととぼけるレニスフィア。
「なんカ、そンな事を言ってタヨうな?」
と、多分本気で知らないファローシヤ。
二人とも緊迫感は全くない。
完全にレニスフィアたちをロックオンしたミサイルは着々と距離を詰める。
パチン…
とレニスフィアが指を鳴らすと、ミサイルは標的を見失いゆらゆらと飛行を続けミサイル同士の接触。
大きな爆発を4つ機体の後ろに咲かせた。
ジャミングでミサイルをあしらったレミスフィア達は今度こそこの都市に別れを告げた。
………。
………………。
突如爆発したビルの上層。
下層に大量の破片が降る。
人型の生き物や人型の機械が面白いほど落ちてくる。
バーDollMasterのマスターが窓から空を見上げた。
「…本当に…やっちまうとはな、せいせいしたが…さて、どうしたものか…。」
マスターは窓から目を背け静かにグラスを拭いている。