二人で過ごす時間
社会人になると、みんな仕事に追われて楽しい事がない、と嘆いてばかりいます。
女子大で文学を勉強してきた私、大町 咲来も、畑違いのシステム会社に入社してしばらくは日々勉強ばかりで楽しい事などない、と思っていました。
ですが、今はそんな日々に楽しみなことができました。
業務開始後の朝のミーティングが終わって、仕事に取り掛かる前に私は1本のメールを送ります。
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Subj:今夜って
渡辺さま
お疲れ様です、大町です。
今夜はいつもどおり、飲みアリって事で良いでしょうか?
先日、駅の向こう側に新しいお店ができたらしく、興味あるので行ってみたいです。
渡辺さんのご都合はいかがでしょうか?
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相手は社内の人、営業部の渡辺 友華さんです。
仕事をスタートさせようと支度をしていると、メールが帰ってきました。
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Subj:Re> 今夜って
大町さん
お疲れ様、わたなべです。
おっけーですよ!行きましょ~
> 先日、駅の向こう側に新しいお店ができたらしく、興味あるので行ってみたいです。
どんな店だろ?ちょっと楽しみ。
定時で上がれるようにするので、会社の前で集合でよろしくです♪
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渡辺さんと私は、毎週水曜と金曜の定時後に二人でどこかお店に寄ってから帰るのが習慣でした。
たくさん飲むわけではなく、だいたい1時間くらい、二人であれこれ話して、飲んで、帰ります。
軽く、さくっと済ませるのが、週2回の飲みのコツです。
たまには遠征してたっぷり遊んだりもしますが、翌日に影響しない程度に切り上げる、そんな飲み方を教えてもらったのも、彼女から、と言う気がします。
私が入社して配属になったのはシステム開発部で、そこには私を含めた女性社員は2人でした。
私には男性の教育係がついたので、もう一人の女性である渡辺さんとは職場の先輩であると言う事以外あまり仕事の接点は無かったのですが、数少ない女性社員同士と言う事で、いろいろと話をしたりする機会がありました。
ところが、翌年春、会社の5年目社員ローテーション制度で渡辺さんが営業部に異動になってしまいました。
社内とは言え部署も変わるので今までどおりにコミュニケーション取るのは難しいかもね、と言う事で、どちらから言い出したのか、たまに定時後に飲みに行こうという事になりました。
私はあまり多くの酒は飲めないのですが、渡辺さんと一緒にお店でご飯を食べながらお酒を飲みながら、仕事の事、プライベートの事、色々話すのが楽しくて、最初は月に1度くらいだった頻度が月に2度になり、週1回になり、年末が近づく頃には週に2回になっていました。
元々同じ開発部の同僚でもあったので仕事の相談もできるのですが、定時後という時間だからか、なんとなく仕事の話よりも趣味の話や週末に経験してきた事の話などになることが多くなります。
週末の渡辺さんは学生時代の仲間とキャンプしに行くとか、テニスしに行くとかそんなアクティブな話も聞くのですが、男性と一緒に過ごしている、と言う話は聞いていません。
私の週末は家にこもって録りためたテレビ番組を見ることがメインでした。
以前見たアニメの影響でバイクに乗るようになったのですが、せっかくエンジンをかけてもふらっとどこかの喫茶店までコーヒーを飲みに行って帰ってくる程度という実にインドアな生活なので、あまり色気のある話がありません。
お互い、こんな状態でいいのかな?なんて言いながらも、二人でこうやってあちこち飲み食いしながら話している事が楽しくて、水曜、金曜が楽しみな日々を送っていました。
そして、今日もそんな金曜日。朝から渡辺さんと夜の約束ができたので、定時に上がれるよう仕事に打ち込むことができます。
集中していると夕方がやってくるのもあっという間で、いそいそと支度をして会社の外に出ました。すると、既に渡辺さんが待っています。その姿を見ると、『これから二人で飲みに行くんだ』と気持ちが高まります。
「お疲れ様です!お待たせしました~」
「あ、大町さん、お疲れ!私も今来たとこだよ。行こっか!」
渡辺さんは営業職で客先を回る仕事なので、スーツ姿がさまになっています。細身で背が高いので「カッコいい」と言う表現がぴったりはまる人です。
今日の格好はなんだかさえなかったような、と自分のことが一瞬気になりましたが、あとはもう、楽しい時間なので忘れることにしましょう。
「今日は行きたいお店あるって言ってたよね?」
「そうなんです、この前駅でチラシ配ってて、ネットでHP見てみたら美味しそうな感じだったので…」
「美味しいと良いなぁ。とにかく、行ってみよ?」
会社からお店まで歩く間も、渡辺さんはあれこれと話をしてくれます。
今日営業に行った会社の受付がロボットだったと言う話も、面白おかしく話してくれるのです。
「で、『いらっしゃいませ!』なんて元気に話すけど、『行き先の部署をタブレットから選択して、呼び出してください』とか言い出して、それってロボットいる意味ないじゃん、ってツッコミそうになっちゃった!」
「あはは、とりあえずロボット置いてみたかったんでしょうね。」
「もしくは、取引先から買わされたとか…どちらにせよ、あのロボットは今頃電源落とされて、首をだらーんと前に落として固まってるよ。」
「たまに携帯ショップの前で見かけますよね、そのポーズ。」
「いるいる!なんか壊れてるみたいに見えるから、表で電源落とさないで欲しいよね~」
渡辺さんと話をしていると、いつも時間が経つのを忘れてしまいます。今日も笑っているうちにお店に着きました。
シーフード主体のバルです。
「これはワイン飲みたくなるなぁ。」
「飲んでください、飲んでください。私は今日はソフトドリンクで。」
「ごめんね、飲んじゃお。」
注文を終えると、彼女は嬉しそうな顔をしています。
「今日も仕事したな~。さぁ、飲むぞ!」
「渡辺さんって、お酒好きですよね。どれが好きとかあるんですか?」
「ないない、お酒はみんな好き!お酒には平等に!高いからいいとか安いのはダメとか、そんなこと言わないよ~」
「ほんとに好きなんですね。この前、開発部で飲み会があったんですけど、やれこの日本酒は安いからダメだとか、飲むならあのブランドが良いだの、文句言ってばかりで…」
「つべこべ言わずにまず飲んで、自分にとって美味しいと思えるお酒なら、どれでもいいじゃんね~?」
「なんかそれだけ聞いていると渡辺さんほんとに飲兵衛って感じしますけど…あ、飲み物来ましたよ。」
「確かに飲むけど、そんなに酒ばかりじゃないよ?よし、おつかれさま~!」
「かんぱーい!」
渡辺さんはいつもニコニコ美味しそうにお酒を飲んで、ご飯を食べているので、一緒にいると私も気持ちが嬉しくなってきます。
「今月もあちこち行きましたねぇ。」
「行ったね~。大町さんとだとなんか色んなとこ行ってみたいなって思えて。先週のジャズクラブもなかなか良かったよね?」
「はい!あれ、付き合っていただいてホントありがとうございました。好きなアーティストが来日してたので、これは行かなきゃ~って。」
「ああ言うムードのお店はいいよねぇ。なんかホント、デート向きって感じ。大町さんはさ、ああ言うとこに一緒に行く男の人いないの?」
「いないですねー。男性はホント縁が無くて…。渡辺さんこそ、次は彼氏と、とか思ったんじゃないですか?」
「いやいや、いないもん!それに、私男の人結構苦手でさぁ。彼氏と一緒に…なんてのが想像できないよ。むしろ、大町さんと一緒に行ったからすごく楽しめたのかも。」
「ええ~。そう言う事言われると、照れますね。女同士だけど。」
私自身、彼氏が欲しいと思わなかったわけではないのです。でも、周りに男の人がいても、興味が持てないのでした。
むしろ、渡辺さんと毎週出かけて、こうして話をしていることが楽しいと思えるし、そのおかげで社内で一番彼女と親しい人間だ、と言う自負はあります。
ただ、彼女とこうして接している時間が増えてくると、先輩としての親しさだけではない、何かを感じてきていました。
女性と必要以上に仲良くなってどうするのか?と言う思いも自分の中にありましたし、女性と親しくなってきた事を他人に相談するのもためらいがあり、あまり考えないようにはしています。
「そう言えば、来週から新人が配属されるんじゃじゃないですか?」
あれこれと食べて、飲んで、少し落ち着いた頃、私から話題を振りました。
「あ、それそれ。今日その話しようと思ってたのよ。私、今年新人の教育係になったんで、水金も気軽に出て来れなくなるかも知れない。あれこれ面倒見なきゃだから、時間にどの程度自由が利くかまだ良くわからないのよね…」
「そうなんですか?でも確かに最初は色々ありそうですね。ちなみに営業部はどんな新人が来るんですか?」
「女の子だって聞いてる~。良い子だといいんだけどな、大町さんみたく。」
「私良い子でしたっけ?」
「どうだったかなぁ?でも、今これだけ仲良く遊んでいられるんだから、良い子だよ~」
お酒が進んでちょっとご機嫌な渡辺さんが言いました。
---やっぱ、この人と一緒にいるのが楽しいって思えるんだよね
そう思いながら、夜が更けていくのでした。
翌週、私のシステム開発部にも新人がやってきました。こちらは男性社員で、ちょっとチャラい感じです。
早速水曜日に歓迎会が開かれて、会社近くの居酒屋に部署の人間みんなで行きました。
ウチの新人君は最初は緊張してるのか、固くなっていましたが、酒が進むと共にだいぶ陽気になってきて、みんなのところをお酌して回っています。
最後に私の座っている辺りに来たので、逆にお酒を注いであげたのですが、そうしたら隣に座ってあれこれと話しかけてきてしましました。
---正直、この手のノリは得意じゃないなぁ…
そう思いつつも、せっかくの歓迎会なので雰囲気を壊さないように話をします。
「いやぁ、大町さんって落ち着いた感じでいいですよね!俺、落ち着いた人好きなんですよ!」
彼はだいぶ酔ってるんじゃないかなと思いますが、ご機嫌そうに話しかけてくるので適当に相槌を打っていました。
やがて歓迎会はお開きになり、みんなでお店の外にゾロゾロと出て行きます。
でも彼は相変わらず私の横にいて、一生懸命話しかけてくるのです。
「大町さん、彼氏いるんですか?って、当然いますよねぇ。」
「いないよ~彼氏なんて。まぁ、欲しいとも思ってないんだけどね。」
「えーマジっすか?いないなら俺、立候補しますよ!俺と付き合いませんか?」
そう言いながら彼は私の腕にしがみついてきました。
「いやいや、酔っ払った勢いでそう言うこと言われても嬉しくないし、むしろちょっと引いちゃうからね。」
誰か助けてよ~!と思いながら腕を振りほどこうとすると、向こうから見覚えある集団が来ました。営業部のみなさんです。
あちらも新人の歓迎会が開かれていたようでした。
その中に、新人の子と並んで歩く渡辺さんが見えました。
ちょっと気持ちが高まるのと同時に、新人君に腕を組まれていることを思い出しました。
「ちょっと腕やめてよ。」
「えー、付き合うって言ってくれるまで離さないっすよ!」
この酔っ払いが!と思ったとき、渡辺さんの目がこっちを見ていることに気付きました。
「もー、離してってば!」
強引に腕を振りほどき、もう一度彼女の方を見たところ、目を逸らされました。
---あれ?
そのまま営業部の新人の子と仲良さそうに話しながら、駅の方に向かっていってしまいました。
なんとも言えない気まずさを感じながら、その日は私も帰宅しました。
翌朝、出社したら最初に新人君が謝りに来ました。
「酔った勢いで失礼な事言ったり失礼な行動したりして、申し訳ありませんでした!」
謝りに来るくらいならやるんじゃないよ、とも思ったのですが、社内ですし、『もうやらないでよね』と少し怒ったような声で答えた後、笑ってあげることにしました。
どうやら、あの時の様子を見ていた開発部の先輩が後で説教したようです。
ミーティングなども終わって席に着いた後、いつものようにメールを送りました。
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Subj:昨日は二人とも歓迎会でしたね
渡辺さま
お疲れ様です、大町です。
昨日は開発部は歓迎会でしたが、営業部もそうだったんですね。
帰りにお店出たとき、営業部の皆さんと一緒にいる渡辺さんが見えましたよ~
やっぱり、大勢の飲み会は苦手です。
また、一緒にご飯いきましょう。
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午前中は返信がなく、忙しいのかなと思いながら、私も仕事に集中していましたが、昼過ぎになって返信がやってきました。
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Subj:Re: 昨日は二人とも歓迎会でしたね
大町さん
お疲れ様、わたなべです。
なんか騒がしい集団がいるなーとは思っていたんだけど、あれ開発部だったんだね。
営業部は落ち着いた歓迎会でしたよ。
ちょっと今バタバタしているのでしばらくは「いつ行ける」って言えないけど、近々行きましょ!
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いつも通りのメールかな、と思ったのですが、なんとなく違和感があります。
---あの時、私のこと見てたよねぇ?気付いていたんじゃないのかな?
でも、『私のほう見てませんでした?ウチの新人に腕組まれていたのを…』とは書きたくなかったので、そのままにしておきました。
本当は腕触られるのも嫌だったんだとか、色々言いたいこともあったのですが、それはまた会った時に話せばいいかな、と考えたのです。
ところが、それからしばらく、渡辺さんとご飯に行くタイミングがありませんでした。
メールをすると
『今日は新人報告資料を作らせてるんだけど、出来が全然なので、時間外までちょっとかかるかも…』
とか
『明日朝から新人ちゃん連れてお客さんのところに行くので、今日はその準備と、提案資料全部持って出るのでごめんなさい』
とか、断られてばかりです。
「渡辺さんと話せてないなぁ…」
帰り道、つい口に出てしまいました。口にしたら、寂しいなと言う気持ちが大きくなります。
一緒に色々話している時間の楽しさを思い出すと、一人でとぼとぼ帰る今の時間が辛くなってきました。
社内で話しかけても良いのですが、わざわざ営業部に行って話すほどの用事も無いので、なんとなく不自然になりそうです。
---明日は、帰りに少し待ってみようかな
会いたくて待つ、なんてほんとに私たちどう言う関係なんだろう、と思います。
思いますが、自分の中の待ちたいと思う気持ちに気付いてしまいました。
明日、仕事が終わった後、少しだけでも会って話せたらいいなと思うと、なんとなく落ちていた気分も戻ってくるような気がしています。
翌日、朝メールをしてみましたが、やっぱり忙しそうでした。
ちょうど新人向けの研修が入る直前なので、報告資料を作らせたりとか、いろいろあるとの返事。
定時後にちょっと営業部をのぞいたら、渡辺さんが新人の子のそばで画面に向かってあれこれ話している姿が見えたので、報告資料を作っているのでしょう。
会社を出たところで、しばらく待つ事にしました。
1時間もしないうちに、建物から出てくる二人の姿が見えました。
---私が待ってた、と知ったらどういう顔するのかな?
そんなことを思いながら近づいていくと、会話が聞こえてきました。
「渡辺さん、ご飯食べてから帰りませんか?」
「んー?いいよ~。何食べたい?」
「今日は私の課題に付き合わせちゃってご迷惑かけたし、軽く飲む感じでもいいですよ?」
「まぁ、1~2杯ね?」
あれ?なんかずるくない?耳の後ろに何か引っかかるような、ちょっと嫌な気持ちを感じながら、二人の前に出て行きます。
「お疲れ様です!」
「あれ?大町さん、まだ残っていたんだ?」
渡辺さんはびっくりした顔で私のほうを見ました。
「渡辺さんが出てくるの待っていた、って言ったらどうします?」
「え?ずっと待ってたの?」
「あは、実はちょっと帰るの遅くなって…そしたら声が聞こえたので!」
ついごまかしてしまいました。
「そうなんだ、偶然だねぇ。」
---偶然じゃないです、会いたかったんです
喉まで出かかりましたが、飲み込みました。
「そうですね!これからご飯なんですか?いいなぁ、私も一緒に行っちゃだめですか?」
「行きたい?いいよ~。あ、月崎さん、いいよね?こちら、開発部の大町さん。」
新人の子は、なんか複雑な顔してこちらを見ています。
「渡辺さんがいいならいいですけど…。」
「いっつも飲みとかご飯一緒に行ってる子なのよ。そしたら、3人で行こうか!」
新人の子は月崎というようです。月崎さんは明らかに私が混ざる事を良しとしていませんでした。
会社から出てきたときの笑顔がなくなり、不満そうな顔で歩いています。
ちょっと派手な感じの、まだ会社に毒されていない、学生が抜け切っていない雰囲気の子です。
「渡辺さんと、相談しながら資料の相談の続きでも、と思ったんですけどね~」
「ご飯食べながら仕事の話続けるのもつまんないじゃん?それに、さっきの資料で大丈夫だと思うよ!」
なんとなく、月崎さんに『あなたがいなければいいのに』と言われているような視線を感じますが、ここのところ渡辺さんに会えなかった分、ワガママになろうと聞こえないフリをしました。
お店に入り、3人とも注文を済ませ、最初の一杯目が届いたところで乾杯です。
「おつかれさまでした~!」
渡辺さんが陽気に話を振ってきます。
「大町さんは話すの初めてだよね?うちの新人の月崎さんだよ。一生懸命やってる、いい子なんだよ~」
「よろしくね。私は大町、3年目になります。私が1年目の時に、開発部で渡辺さんと一緒だったのよ。」
「よろしくお願いします、月崎です。」
「月崎さんはそのうち開発部に異動するかもしれないから、大町さんと今から仲良くなっておくといいかもよ~?まぁ、異動がなくとも社内の人とは仲良くなっておいた方が後々役に立つことも多いし、せっかくの機会だから今日は楽しく、ね!」
渡辺さんはいつもと変わらない感じがしましたが、なんとなく、月崎さん寄りの立ち位置な感じがします。
新人の子と一緒だから、そちら贔屓になるのは仕方ないかな?とも思ったのですが、ここんとこ会えてなかったので若干寂しく感じます。
かと言って、毎週会っていた頃もそんなにベタベタしていたわけではないので、きっとしばらく会っていなかったせいでしょう、と思うことにしました。
最初は軽く、どこの大学だったのか、とか、入社してうちの会社をどう思った、とか、そんな話をしながら飲み食いしていました。
やりとりしていると、どうも二人はこれまでも何度も飲みに行っていたようです。
---私とは行けないって言っていたのに、新人とは行くんだ…
微妙なもやもや感がありました。いつもだったら、何をおいても二人で行こう!って言ってもらえると思っていたのですが、しばらくしないうちに距離ができてしまっている気がします。
そのもやもやのせいか、普段なら飲めないお酒も今日はちょっと飲みすぎた気がします。
自分でも、顔が火照っているのがわかりました。
そして、それにつられているのか、渡辺さんも、月崎さんも結構飲んでいるようです。
酔った月崎さんは、最初よりもにぎやかになってきてしまいました。
「渡辺さんって結構優しいんですよ!資料で悩んでるといっつも隣で一緒に考えてくれるし。遅くまで付き合ってくれて、ご飯にも連れてってくれるし!」
「さっき聞いたよそれ~。月崎さん、ちょっとお水飲みなさい。」
渡辺さんが他の子の面倒見ている姿を横から見ているのは初めてかもしれません。昔開発部にいたときの飲みでも、あまり人の世話をしてあげているところは見なかったので、ちょっと新鮮に感じます。
「渡辺さん、優しいなぁ…」
私も酔っているのか、声に出してしまいました。それを聞いた月崎さんが反応します。
「そうですよ!渡辺さん優しいんです。いっつも私のこと面倒見てくれて、かっこいいし、優しいし、言う事なしですよ。」
かっこいい?確かに、渡辺さんはかっこいいと思っていましたが、それを他の人から聞くとは思いませんでした。
しかも、月崎さんの雰囲気はどちらかと言うとかっこいい男の人には困っていないような、そんなモテそうなタイプと思っていたので、そんな子の口から女性に対してその言葉が出るのは予想もしていませんでした。
つい、驚いた顔で彼女の方を見ると、彼女は私の目を見てから、渡辺さんの手に触れ、渡辺さんの目を見つめながら言ったのです。
「私、渡辺さんのことが好きかもしれないです。」
渡辺さんはそれを聞いて一瞬驚いたような表情をしましたが、その後すぐに微笑んでいました。
私はその瞬間、『やられた!』と思いました。
ずっと二人で過ごしてきて、きっとこれからも大丈夫、と勝手に安心してきていたところに、月崎さんが入ってきて、気持ちを伝えてきました。
私だって渡辺さんのことが好きで、あちこち食べ歩いたり、一緒にいたのに。
---それに、好きって何?女同士なのに。そんな簡単に言えちゃうものなの?
でも、好きって言った月崎さんの表情と、渡辺さんの微笑が目に焼きつきそうです。
急に二人だけの世界になったような気分。二人の世界から、私だけが取り残されているような気がします。
このまま、渡辺さんと一緒に過ごす時間が、二度と来ないような気がしてきました。
---渡辺さんから離れたくない
私は二人の方に向かって言いました。
「渡辺さん!」
その声に反応して、渡辺さんは私を見ます。私はその瞳をまっすぐ見ました。
「私は女同士で好きとかそう言うのは良く分からないですけど、少なくとも、二人で一緒にいた時間はすごく大切なものだし、これからも一緒にいたいんです。」
そこまで聞いて、渡辺さんはうなずいてくれました。
それを見て私はもう一言、言葉にすることにしました。
「だから、私も渡辺さんのことが好きだと思います。」
最後の最後で、きちんと言い切れなかったと言うのは私の甘さかもしれませんが、好きという事を伝えられただけでも上出来です。
月崎さんに負けてはいない、と思います。
一仕事終えたような力の抜け具合を確認して、私は残っていた飲み物をあおりました…が、そういえばお酒です。
ますます酔いが回ってきました。
その姿を見たからなのか、渡辺さんは私たちの方を見てから
「二人から告白されちゃった。なんか今日の私は贅沢な気分だな。そして、二人とも結構飲んだみたいだし、今日のところはお開きにしましょうか。」
荷物を持って、私は少しふらふらとしながら店を出ました。
月崎さんは酔っているとは言えまだ普通に歩いています。ただ、自分の思いを告白してしまったからなのか、ちょっと口数少な目です。
「そしたら、月崎さんは帰れるかな?私は帰りの方向一緒だし、ちょっとふらふらしてるから、大町さん送って帰るね。」
私たちは月崎さんと別れ、一緒に電車を待つことになりました。
あまり人のいないホームで、久々に二人で並んでいます。
「最近二人になることなかったんで、ちょっと嬉しいです。」
「そうだね、あの子の面倒で忙しかったのもあるし、大町さんもきっと私と会うよりやることあるだろうなって思ってたから。」
「どういうことです?」
「この前、歓迎会の日、新人の男の子と仲良くしてたじゃない?見てたら、大町さんは男の人と楽しく過ごすのも似合うなぁって思ったの。そしたら、女二人で過ごすよりも、そっちに時間を使ったほうがいいんじゃないかな、って…」
「…そんなこと考えていたんですか?」
驚きました。確かに、二人でご飯食べながら『男っ気がなくて、私たち寂しい女だよね』なんて言い合った事がありましたが、それは本心ではなく、女二人でいることに対する照れみたいなものでした。
「私もさ、大町さんと一緒にいる時が楽しくて、もう二人でいればいいやって思えたりしてたんだよね。でも、私の気持ちにあなたを付き合わせていたら、出会う機会を奪っちゃいそうだなって思って。」
「別に、つき合わされているわけじゃなかったんですけど?」
「うん、今日あなたの気持ち聞いて、反省した…」
「えー、じゃあ、私は渡辺さんの勝手な思い込みで、こんな寂しい時間を過ごしていたってことなんですか?」
「…私に会えなくて寂しかった?」
私を見つめて聞いてくるので、私は下を向いて目をそらし、袖を引っ張りながら、頭を渡辺さんの胸元に当てて、言いました。
「寂しかった、すごく。」
それを聞いた渡辺さんは、私の頭に手をのせて、少し撫でました。
「ごめんね。これから、また前みたくたくさん遊ぼうよ。」
手のひらの感触を頭に感じながら、私はうなずきます。
と、そこで思い出し、頭を上げて言いました。
「でも、これからは月崎さんが絡んできそうですよね?彼女あそこまで言ってきたけど、明日からどうするんだろう。帰りはいつもついてきたりとか、しませんかね?」
「あー、どうだろうねぇ。わかんないけど…、確かにありえるかも。」
「二人でいられないじゃないですか。って、別に二人きりじゃないとダメってことは無いですけど…、やっぱり、二人のほうがいいかなぁって。」
それを聞いた渡辺さんは私の頭をもう一度撫でて、ニコッと笑いながら言いました。
「そしたら、これからは週末二人で一緒に遊ぼっか?」
私は彼女の目を見つめ、笑顔になって返事します。
「はい!遊びましょう!」
その言葉で、私の頭にのっていた手はクシャクシャと髪の毛をかき乱します。
今まで一緒にいた時間で、こんなに直接触れられた事はなかったなぁ、と考えると、少し離れた事も、今日の出来事も、悪くないなと思えてきました。
「渡辺さん、私、酔っ払ってて帰るの面倒なので、このまま朝まで遊びに行きませんか?カラオケでもなんでも行きますよ!」
「朝まで? …たまにはいいか。よーし、行こ!!!」
渡辺さんが歩こうとするので、私は腕にしがみついて、腕を組むような形でついていきます。
今だけ、恋人みたく。今日くらいはいいよね?
[了]