99話 世界
「俺の魅了スキルを使えばどんな女性だって支配できる。おまえらが独裁都市の統治をする上で役立てると思うが」
「残念だがスキルなど無くても権力さえあれば人の行動など支配できる」
「だが倫理的に駄目だったり、どうしても従えないってことはあるだろ! そんなときでも俺の魅了スキルなら……!」
「くどい、私の考えは変わらん。用事が終わったので失礼する」
俺の訴えに耳を貸すことなく、近衛兵長ナキナが部屋から出て行った。
「ちっ……」
あまりにも取っかかりが無いことに俺は舌打ちする。
「駄目……でしたね」
「ああ。協力するフリして外に出られれば、選択肢も広がると思ったんだが……」
今し方の会話はホミ姫様と俺の二人で考えて思いついたものだった。形振り構わずとにかくこの状況を脱するために出来ることをする。
しかし空振り続きだ。もう閉じ込められてから三日、手紙を書いた後ホミとともに立ち向かうことを決意してからは二日経つというのに、司祭オルトも近衛兵長ナキナもどちらも警戒が強く何の進展も得られていない。
「それにしても今日の用事は何か特殊でしたね」
「俺の身体の採寸なんかしてどうするつもりなんだ?」
オルトとナキナは一日に一回ほどのペースでこの部屋を訪れていた。基本は用件を伝えたり、様子を見に来たり、ミニキッチンの食材を補充するくらいなのだが、今日は少し違っていた。
ナキナが部屋に入るなり巻き尺を取り出して俺にあてがい始めたのだ。ホミならともかくどうして俺がと思ったが聞いても答えなかった。
採寸中はナキナが至近距離にいたわけだったが、それでも警戒は解いておらず魅了スキルを発動しても素直にかかるとは思えなかったため、大人しくされるがままにした。
ナキナの用事については考えても分からなさそうだ。そのため脱出計画の方に話が移る。
「今日の策も空振りでしたね。次はどうしましょうか」
「うーん……とりあえずしばらくやつらに揺さぶりをかけるのは止めるか。ホミが外に出た場合の方法を考えるぞ」
「私がですか……? 出られるんですか?」
「ああ。ホミは表向き権力者だ。三日くらいならまだしも長い間姿を見せなければ民に不審がられる。やつらもどこかで出さざるを得ないってわけだ」
「なるほど、そういうことですか」
「だからそのときにどうにか外と連絡を取って欲しいんだが…………まあ当然厳重に監視をするだろう。それを出し抜く方法を考えてみるぞ」
「分かりました!」
その後二人であーでもない、こうでもないと議論を重ねる。幸いにも時間だけはたっぷりあった。いや、この籠の中には時間しかないとも言えたが。
「やっぱり難しいな……」
背もたれに体重を預けて大きく伸びをする。どうにも打破する方法は思いつかなかった。
「ふふっ……」
議論が行き詰まっているのにホミが微笑を浮かべる。
「ん、どうした? 何かいい方法を思いついたのか?」
「あ、いえ……その昔のことを思い出して」
「昔?」
「母のことです。大巫女を継ぐ者として女神教にまつわることをこんな風に教わったなあ、と」
ホミから聞いたことがある。大巫女……女神様の末裔でも女性にしかなることが出来なくて、女神教において一番高い地位にあるんだったか。女神教が廃れた今でもこの独裁都市では大巫女が権力のトップを務めている。
そういえばホミから話を聞こうと思ってたのに、ここまで状況が緊迫していたせいで機会が無かったのだが、今ちょうど良いタイミングじゃないか。
「なあ、ホミ。気分転換にって訳じゃないけど、俺たち女神の遣いの使命に関わることについて知ってることを教えてもらえないか」
「あ、いいですよ。渡世の宝玉を託す役目は果たしましたが、まだまだ出来ることはあると思うので。
ですがその前にサトルさんがこの世界に来てから体験したことを教えてもらえますか。どこまで知っているか分かった方が話もしやすいです」
「それもそうか。じゃあちょっと長くなるが……」
俺はこの世界に召喚されてからの出来事を語った。ホミは全体的に興味深そうに聞いていたが、ユウカやリオのことが話題に上がると表情が複雑になった。
「――と、これでホミに出会うまでのことは話し終えたと思うが……えっと、気付いてるか? ユウカやリオの話題が出る度に面白い顔になってたぞ」
「っ、顔に出ていましたか」
理由は想像が付く。ホミはヤンデレ気質のため、好意を持った俺が他の女と交流しているのが気にくわないのだろう。
「途中でも語ったように二人とも魅了スキルにかかってしまったから俺に好意を持ってるだけだ。いうなればホミと同じ状態だな」
「だとしても……そのユウカさんという人は何ですか! サトルさんとちょっと距離が近すぎますよ! 抱きしめて欲しいとか要求して……きっと淫乱です、淫乱!」
ホミが憤っている。それを言うとホミだってこのまえ俺を押し倒してたりしたが…………面倒なことになりそうなのでスルーだ。
「そういえばそのユウカには魅了スキルが中途半端にかかってるんだが、話を聞いたことはないか?」
「『状態異常耐性』スキルで中途半端に防がれた状態でしたか。聞いたことはありませんね」
となると女神様が持っていたときはこういうことが起こらなかったのだろうか?
「さて、話は分かりました。サトルさんは順調に渡世の宝玉を集めてきて……しかし、魔族と会っていたとは驚きですね」
「魔族唯一の生き残りとか言っていたな」
「……正確には『この世界に唯一残った魔族』じゃないですか?」
「えっ……あーそういえばそんな言い回しだったか? よく分かったな」
「私の知っている情報と照らし合わせただけです」
ホミは何やら掴んでいるようだ。
「順を追って説明します。まずは『災い』についてです」
「『災い』を女神様が止めた事による感謝から女神教は始まったんだよな」
「はい。サトルさんは魔族の話から『災い』に魔神が関わっているのではないかと予想したみたいですが、実際その通りです」
「当たっていたか」
「太古の昔、魔神と呼ばれる存在に魔族たちが付き従い、この世界で破壊の限りを尽くしたのが『災い』です。それに対抗して立ち上がったのが女神様、守護者様を中心とする人間たちです。その争いは熾烈を極めましたが、何とか女神様たちが魔神を封印。旗頭を失った魔族たちは敗走しました」
「ちょっと待った。魔神を封印っていうけど、それって具体的にどうやったんだ?」
このことについては前から疑問に思っていた。そう、魔族が渡世の宝玉を集めることで魔神を蘇らせると言っていたからだ。
宝玉は世界を渡る力を持つアイテムだ。それが魔神の封印を解くというのなら……現在の魔神の状態は……。
「そもそも何ですがサトルさんは『世界』という概念をどのように捉えていますか?」
「また難しい質問だが……俺たちが元いた世界とこの異世界があって………………いや、もしかしてそれだけじゃないのか?」
「はい。世界とは数多に存在するんです。サトルさんのいた世界、私たちがいるこの世界の他にもたくさん世界は存在して、その中には人が住んでいる世界もあるでしょうし、高位次元の存在である悪魔が住んでいる世界もあります。そうです、魔族だって元々は違う世界の住人だったんですよ」
言われてみればカイのやつも渡世の宝玉で悪魔を呼び出すとか言っていたが……そういう世界から引っ張ってくるって意味だったのか。
「しかし、どの世界も繁栄しているというわけではありません。荒廃、滅亡した世界だって存在するでしょうし……世界という枠はあるのに中に何も存在しないという虚無の世界も存在するそうです。
女神様は渡世の宝玉を使ってその虚無の世界へのゲートを開き、魔神をその世界に押しやった後、ゲートを閉じました。それを以て封印としたのです」
「虚無の世界に魔神を……そうか、だから逆に渡世の宝玉を使ってゲートを繋げればこの世界に再び魔神を呼び戻せる……復活するというわけか」
魔族が企んでいることの意味がようやく分かったのだった。