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98話 SOS


 サトル君の手紙をもらってから一日経って、ユウカこと私は独裁都市近郊の町にいた。


「昨日はすいませんね、ユウカ」

「ううん、いいよ」


 手紙にあった『この都市を出て行け』というサトル君からの命令に、魅了スキルでとりこになっているリオは逆らえない。

 脇目も振らずに出ていこうとするリオを放っておけず、私も一緒に付いていった。考えての判断ではない。サトル君の手紙の内容は衝撃的で私の思考は散り散りになっていたから。


 独裁都市は中心街こそ普通の町くらいの広さだけど、周辺の農耕地帯まで含めるとかなり広い。サトル君の命令の都市から出ていけとはその地帯まで含めてということみたいで、夜を徹して歩き朝になった頃ようやく都市の外に出た。

 そこでリオは正気に戻ったけど、歩き詰めたことで竜闘士と魔導士の力で強化された体力でも流石に疲れており、近くの町の宿屋でぐっすり寝て昼過ぎの現在ようやく起きたというところである。




 朝食とも昼食とも言える食事を取りながらリオと話す。


「これからどうすればいいんだろう」


 サトル君からの手紙により渡世とせ宝玉ほうぎょくは手に入った。使命のことだけを考えるなら独裁都市での用は済んだため、次の町に向かうべきではある。

 でも……。


「驚きましたね。ユウカのことですから一も二もなくサトルさんに会いに行くと言い出すって思ってました」

「私だって会いたいよ……けど姫様と生きることを選択したサトル君とまた会ってどうすればいいの? いつか、いつか告白すると踏ん切りが付かず先延ばしにしてきた私はサトル君と何の関係も築けていない。サトル君が誰とつきあっても、私がとやかく言う資格がない。私の恋はここで終わったんだよ」


 本当にあっけない幕切れとなった。でも人生何もかもが劇的であると決まっているわけじゃない。臆病者の私にある意味ふさわしい終わり方で諦めも………………。




「そういう割には握り拳に力が籠もってますよ」

「……当たり前でしょ! サトル君が恋愛アンチだからって慎重に迫ってたのに、どうしてぽっと出の姫様を選んだのよ! 私と何が違うの、胸か、胸なの!? だとしても私の方が絶対サトル君のこと好きだもん! 大体姫様には権力があるかもしれないけど、あんなヤンデレの本性を持ってて絶対面倒くさいわよ!」


 ここで納得して諦めるのが大人的対応であり、論理的には正しいのだろう。

 でも、そんなこと知ったこっちゃ無い。

 恋愛なんて興味ないと言いながら、あっさり姫様を選んだサトル君がムカつく。手紙一枚でこれまでのことを済ませようとしていることがムカつく。

 このまま終われるはずがない。

 話しかける勇気もなく、遠くからその姿を見ることしか出来なかった頃から、ずっと思い続けていた。あっさりと諦められるような想いならどれだけ楽だったか。恨むならこんな私に好かれたことを恨め。




「ユウカもまた別のベクトルで面倒くさいと思いますが……」

「何か言った!?」

「いえ、何も」


 リオは君子危うきに近寄らずと言った様子だ。……何、私が危ういって言いたいわけ!?




「ともかく元気なら良かったです。あの手紙のことについて話が出来そうですね」

「……? どういう意味?」

「あの手紙についてですが、サトルさんの真意について私は二通りの可能性を考えています」

 リオが二本の指を立てて見せる。


「二通り……?」

「ええ。というのも文面通りに受け取るには不必要な命令が一つあるんです」

「え、そんなの合ったっけ?」


 慌てて私は手紙を見直す。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 リオ、ユウカ。


 突然だが、ここでお別れだ。


 俺はこの都市で姫様と共に生きることにした。


 同封した物は手切れ金代わりに受け取ってくれ。




 そういうわけで命令だ。


 二人ともこの都市を出て行け。


 そして二度とこの都市に入ることを禁じる。


 リオはユウカと行動を共にしろ。




 じゃあな、さよなら。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「うっ……」

 読むだけで気分がズンと沈むけど、よく見返したところで気付いた。


「不必要な命令って『リオはユウカと行動を共にしろ』の部分だよね。本当に私たちと会いたくないだけなら、都市を出て行け、入ることを禁じる、だけでいいし」

「その通りです。この命令のせいで私は独裁都市に入れるようになってしまうんですから」

「……? どういうこと?」


 リオが解説を始める。


「私は『独裁都市に入ることを禁じる』という一方で『リオはユウカと行動を共にしろ』という命令もかかっています。この状況でユウカが独裁都市に入った場合どうなりますか?」

「あっ……独裁都市に入れないのに、私と一緒に行動しないといけないから矛盾するね。え、じゃあどうなるの? エラーを起こしたリオが爆発するの?」

「爆発しません。というか今朝の内にユウカを誘導して独裁都市の境界付近で出たり入ったりして確認してたんですが、気付いてなかったみたいですね。まあ全く思考回路が働いてない状態だとは思ってましたが」

「え、そんなことしてたの」

 自分でも予想以上に腑抜けていたみたいだ。




「その結果ですがどうやら私はユウカについていくという範囲内なら独裁都市の中に入ることが可能みたいです。

 魅了スキルの命令には当人の認識が重要だとは言ってきましたが、どうやら相反する命令があってどちらを優先するか言われてない場合、とりこの側に決定権があるようですね」

「『独裁都市に入ることを禁じる』って命令よりも『リオはユウカと行動を共にしろ』という命令を優先するってことね。でもそうなると、サトル君は独裁都市から追い出す命令を出しておきながら、独裁都市に入れる余地を残したってこと? 意味分かんない」

「ええ。そこにサトルさんの真意が隠されているんじゃないでしょうか?」


 リオは何やら勘づいている様子だけど、私にはさっぱりだ。




「ちょっと違う方向から話を進めますね。ユウカはサトルさんの手紙を受け取る前に話していた、神殿をきんで覆うプロジェクトが進んでいないという話を覚えていますか?」

「あ、覚えているよ。姫様が言い出した大事なことなのに、どうしてないがしろにしてるんだろうって思ったけど」

「そのことから実は姫様は傀儡ではないかと、と私は推測したんです」

「傀儡って……裏から誰かが操っているってこと? それは飛躍しすぎじゃない?」


 いきなり過ぎる。


「そうですね……根本的に考えが違うんですかね。これは私の観念なんですが、本当に偉い人ってのは表に出ないんですよ。矢面に立つ目立つところに別の人を置いて、裏から指示するんです。日本で言うと政治家と官僚の関係ですね」

「えーと……一市民でしかない私にはそれが正しいかは分からないけど」

「まあそういう観念があるので、傀儡だと仮定したのだと思ってください。その場合サトルさんの環境が根本から覆ります。権力者である姫様をとりこにしてどんな命令でも出来るつもりだったのが、発言力が無いただの看板を手に入れたってことになりますから」



「命令が出来なくて……だから帰ってくるのが遅れたってこと?」

「それだけじゃありません。私たちは独裁都市でかなり情報収集をしましたが、このような話は噂レベルでもありませんでした。徹底した情報統制をしていたとすると……極端な話ですが知った者を消すなんてことまでしていた可能性があります。その場合は真実を知ったサトルさんの身も危ないことになります」



「そ、それは……っ!」

「大丈夫です、私に魅了スキルの命令が効いたことからしてサトルさんは現在も生きています。まあみすみす殺されるような人間ではないですしね。どうにか生き残ったサトルさんですが、その裏にいる人間が自由にするはずがありません。魅了スキルしか持たないサトルさんには何も出来ず……だとしたら誰を頼ると思いますか?」

「私たち……だったら嬉しいけど」


 サトル君から頼られるのは滅多に無いことだ。


「多分そうだと思いますよ。つまり、その裏にいる者にとっては竜闘士と魔導士が襲ってくるということになりますね。都合の悪いことに私たちのことがバレていたとしたら、どうにか対策しようと考えるでしょう。そして姫様に魅了スキルを使ったことからその効果が知られていたとしたら、私たちもとりこになっているのだという推測はすぐに立ちます。ならば取れる方法が一つあります」

「えー、あー……ふむ……」


 仮定に継ぐ仮定の話でちょっと混乱してくる。




「長くなりましたが、本質はこうです。サトルさんはあの手紙を、私たちのことを疎ましく思う存在によって強制的に書かされたのかもしれないと。

 すると『リオはユウカと行動を共にしろ』という一見不要な命令が意味を持つことになります」

「あ、そういう話だったね。でもどんな意味なの?」

「SOSです。この場合、監視されているため手紙に表立って助けて欲しいとは書けません。なので追い払うような命令の中に一つこれを忍び込ませた。その結果私は独裁都市に入れるようになった、サトルさんを助けに行くことが可能になったというわけです」

「……言いたいことは分かったよ」


 その通りだとするとサトル君の現状はかなりのピンチみたいだ。




「それで最初に言ってたけど、サトル君の真意についてもう一つの可能性って何?」

「今まで私がしたり顔で語った話が全て間違いで、『リオはユウカと行動を共にしろ』という命令は何となく書いてしまっただけで、本当にサトルさんが姫様にホレて私たちのことを疎ましく思ったという可能性です。つまりは文面通りの意味って事ですね」

「仮定を重ねて穿ち過ぎた見方だったし、そっちの方が正しそうに思えるけど…………」

「どちらを正しいと思うかはユウカの自由です。私に決定権はありません。ユウカと行動を共にするように命令されていますので、独裁都市から離れるというのなら私もそれに付いていくしかありませんし」


 私がどうしたいかに掛かっているというわけか。

 だったら決まっている。




「もう一度独裁都市に向かうよ」

「……だと思いました」

 はぁ、とリオは嘆息すら吐いている。




「ごめんね。ごちゃごちゃ長い話させちゃったけど……サトル君とこのまま会わずに終わるなんてあり得ないから。最初から選択肢なんて無かったんだよ」

「いえいえ。私の中の考えを整理する意味もありましたから気になさらず。ですが話については理解はしましたよね」

「うん。サトル君が危機的状況にいるっていうなら、その障害全てをぶっ飛ばして助けるだけだし…………もし本当に姫様を選んだんなら想いを伝えてこっぴどくフラれることにするよ。そのときはヤケ酒に付き合ってね、リオ」

「それくらいならお任せください」


 私とリオは会計を済ませて外に出る。

 そして今朝歩いてきた道を振り返り、独裁都市を、目的地を見る。




「リオ、何か言っておくことはある?」

「どちらの可能性に置いても、追い出したはずの私たちが独裁都市にいるのを見られるのはマズいです。人目を避けて慎重に侵入します」

「分かった」

「あと私はユウカの恋を応援していますよ。サトルさんにふさわしいのはユウカだと信じています」

「……ありがと。もう他には無い?」

「ええ、ですから――」

「うん、行くよ!」


 私とリオはもう一度独裁都市の地を踏む。

 この先に何が待つかは分からないけど……ここで終わるのだけは絶対に嫌だった。



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