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97話 闇


 足音が遠ざかったのを確認してから俺は口を開く。


「命令を解除する。自由にしていいぞ、ホミ」

「どういうことですか、サトルさん!!」


 しゃべれるようになったホミ姫様が開口一番、俺を問いただす。


「……まあ、そういう反応になるよな」

「それは当然ですよ! サトルさんの仲間が助けに来るって話だったじゃないですか! なのにどうして提案を呑んでそれを追い払うような手紙を書いて……」

「俺だって分かってる。だけどあいつらにユウカたちの存在を気付かれた時点で詰んでたんだ」


 先にその可能性に思い当たってたらどうにか出来たか? ……いや、無理だろう。この籠の中では取れる選択肢が少なすぎる上、オルトとナキナの二人は都市の住人を二年ほど騙し続けてきただけあって駆け引きじゃ勝負にならない。




「詰んでたって……」

「命令を書いた手紙は実験したことがあるから実際効果はある。さっき渡した手紙を読めば二人とも助けに来れないだろう。

 だからって手紙を書くのを拒んでも結果は同じだ。俺は手紙を書くまで痛めつけられて――途中やりすぎてしまったって言い訳で殺されるだけだ」

「え……?」

「まず前提なんだが、俺を殺したくないのは万が一を恐れるオルトの方だ。ナキナの方は正直こんな不確定要素の塊である俺を殺したいと思っているだろう。だがナキナはオルトに従っているようだから、正面から逆らうわけには行かない。

 だから手紙を書くよう拷問している最中に誤って殺してしまったという言い訳が必要なんだ。まあ、オルトからもバレバレだろうが、無いよりはマシだ。

 そして俺が死んでしまえば魅了スキルは解除されて、二人がここに助けに来る理由である俺への好意が無くなり、結果的に二人が襲撃に来ることを防げるってことだ」


 ナキナの心情としては俺がどっちを選んでも良かったのだろう。素直に従って手紙を書くなら良し、断れば少々面倒だが殺すだけ、と。俺の命の価値なんてその程度に思われてるわけだ。




「サトルさんの命のためならばしょうがない決断でしたが……でも、二人が助けに来れなくなったら助かる方法が……な、何か他に方法を思いついてたりしませんか!?」

「無いな。もう作戦切れだ」


 俺にあるのは魅了スキルだけ。しかしそれは敵にバレているため、新たにとりこにする人物を近づけさせるようなヘマはしないだろう。既にとりこにした人物もユウカとリオは助けに来れないし、ホミも同じ囚われの身でどんな命令をしようとこの状況を脱することは叶わない。


「ははっ……」

 どうしようも無さすぎて笑いがこみ上げてくるくらいだ。




「サトルさん……」

 そんな俺を見てホミもどうしようもないことが分かったのだろう。徐々に顔が俯いていって…………。


 パンッ、とホミが両手で自分の頬を張った。


「諦めるのはまだ早いです!」

 ガバッと顔を上げてホミは言い切る。


「そうは言ってもだな……」

「時間はまだまだあります。オルトは私を大観衆の前で殺さないといけないといいました。しかし、女神様の生誕祭でのパレードを終えたばかりで、しばらく大きなイベントはありません。ならばそれまで私は殺せず、万が一を恐れてサトルさんも殺せません」

「だが、そのブラフもほとんどバレてるぞ」


「だったら本当にすればいいんです。サトルさんが死んだら私も死にます」


「っ、馬鹿言うな! そんな命を粗末にするようなまね……!」

「言っておきますけど止めても無駄ですからね。これは私の決意です。魅了スキルで止めることも出来ませんよ、だってサトルさんが死んだ後の私の行動は操れないんですよね」

「……」

 ホミの目には強い意志が宿っている。




「これで二人の安全は担保されました。後はこの状況を脱する方法を見つけるだけです。

 サトルさんは巻き込まれただけなのに、今まで頼りっぱなしですいませんでした。これからは私も一緒に頑張ります。絶対に二人揃って助かりましょう!」

「………………」


 そうか……俺が不甲斐ないところを見せたからホミがこうして気丈に振る舞っているんだな。

 ああ、そうだ。こんなところで立ち止まってられない。俺にはまだまだやりたいことがたくさんある。




「すまんな、ちょっと弱ったところを見せた」

「それを言うなら私だって慰めてもらったことがありますから」

 ホミと視線を合わせる。何かおかしくて、二人とも自然に笑みを浮かべていた。




「考える前に一つだけ耳に入れておく。作戦と呼べるほど上等なものじゃないから黙ってたんだが、悪足掻きをしていてな」

「というと……」

「ナキナは俺の魅了スキルのことも二人のこともお見通しで完全に手の平の上だと思ってるんだろうが……そんなはずはない。俺たちの全てが分かるはずがないんだ。だから……一つ手紙に仕掛けを施したこともスルーした」

「あの手紙にそんなものが……」

「といっても望みはかなり薄い。だから期待せずに俺たちだけでどうにか脱する方法を考えるぞ」

「はいっ!」


 状況はあまりに悪い。

 それでも未来への光が灯り始めて――――。








 しかし、行く手を阻む闇も蠢き始めていた。








 同日夜。

 オルトとナキナは公には出来ない相手に会いに行くため人目を忍んで移動していた。


「手紙と宝石については精査したが、特に異常は見られなかったから、明日部下に届けるように頼んでおいた」

「そうですか、あの少年に竜闘士と魔導士なんて規格外の仲間がいたとは。対処ありがとうございます、ナキナ」

「礼を言われることじゃない」




「しかし王国の間者対策に張った網がこのような形で役に立つとは思いませんでしたね」

「肝心の間者は引っかかってないけどな」

「それですが……どうやら既にこの都市に潜入しているみたいです」

「どういうことだ? 怪しい人物は見つかっていないが」

「ええ、しかしこちらが王国に侵入させた間者からの報告によると、動きが漏れているようなので」

「王国相手に……初耳だな、よく上手く行ったな」

「先の大戦の覇者であり、大陸最大の軍事力を持つ王国といえど隙はあるものです」

「あまり侮っていると足下をすくわれるぞ」




「そんなことないですよ。むしろ私は王国のことを尊敬しているくらいです。先の大戦を――自ら引き起こしておいて、収めることで覇者としてのポジションを得たんですから」

「……」

「戦場を荒らす伝説の傭兵というイレギュラーの存在をも取り込み、大戦後は邪魔になると判断したのか表舞台から消し去った手腕も見事としか言えません。

 それに比べれば私のやっているマッチポンプなんて小さなものですよ」

「そう卑下するな。姫を支配下に置き民にバレないよう上手くやっている」

「いえ、それは権力者として最低条件ですよ。権力者は誰だって後ろ暗いことをしているんです。それがたまにバレてしまうだけ。なのに民はたまに後ろ暗いことをする権力者がいるのだと思っている。私に言わせれば清廉潔白な権力者なんているはずがありません。いるとしたらよく騙していると感心するくらいです」

「独特な考えだな。……まあ頷けるところはあるが」




「それで何の話でしたか……ええ、そうです。王国の間者に潜入されている可能性があるため警戒してくださいという事です」

「了解した」

「まあ絶対に邪魔はさせませんけどね。私はこんなところで終わりません……今は裏ですが、ゆくゆくはこの独裁都市の表の支配者となり、そしてその勢力を拡大させ……最終目標は王国をも打倒して頂点を掴むことです」

「大層な夢を語るのはいいが、足下に躓かないよう気をつけろよ」

「分かっています。……あの少年のせいで計画に遅れが出ています、軌道修正をするために向かっているのですから」




「そんなにあのガキが憎いならやはり消しておいた方がいいんじゃないか?」

「ナキナさんの考えは分かっています。どうせ今日も殺すつもりで向かったんでしょう、予想に反して少年が従順に頷いたため殺さなかっただけで」

「お見通しか」

「それに対して叱責するつもりはありません。しかし、あの少年に利用価値を見出しました。そのため今後は殺害を禁じます、どのような言い訳も効くとは思わないでください」

「了解だ。にしても利用価値というと……あの魅了スキルとやらか? あのガキは従ったフリして何か裏で企むようなやつだ。飼い慣らせるとは思えないぞ」

「そもそも女を従わせるなんて権力を使えばいいだけで間に合っていますから。利用価値は別なところにあります。というのも巷間に噂されていることから思いついたことなんですが…………」

「噂……?」

「それについてはまとめて説明します」




 オルトとナキナは足を止める。歩きながら話していたため、ちょうど待ち合わせ場所に着いたようだ。

 独裁都市中心街の一角にある廃墟に二人は入っていく。

 中には既に待ち合わせ相手がいるようだった。




「遅い、遅いわよ!!」


 不満を隠そうともしない少女。


「ちょ、ちょっとそれは言い過ぎじゃ……」

 後ろに控える三人の内、一人の少年が諫めようとするが。


「何言ってんのよ、こいつらは時間を無駄にさせたのよ。この――」

「遅れて申し訳ありません。全てこちらの不手際です」

「……ふん、分かってるじゃない」


 オルトが謝ることで、少女の癇癪も収まる。




「確認しますがネビュラに所属しているという事でよろしいですね」

「何、疑ってんの?」

「後ろの三人はパレードの件で見ましたが、あなたは初めて見るため申し訳ありません。話だと新進気鋭の幹部……カイさんが来るとの連絡でしたので」

「カイは別件のせいで来れなくなったわ。だから代わりにカイの彼女であるエミが来たの」



 オルトとナキナの待ち合わせ相手である四人の少年少女は全員がサトルたちのクラスメイトだった。

 駐留派と呼ばれるこの異世界に居残り好き勝手することを画策する者たちだ。

 この異世界において活動するための地盤をネビュラという犯罪者集団に提供してもらっている代わりに、籍を置いて活動を手伝っている。

 こうしてオルトとナキナと密会しているのもその一環だ。




「パレードじゃこの三人が襲撃部隊を指揮してたせいで不甲斐ない結果に終わったわね。でもエミが来たからには安心なさい。必ず成功させるわ」

「それは頼もしい言葉です。では新たな姫殺害計画について説明をします」




 時刻は日付が変わったばかり。独裁都市の夜はまだまだ続く。



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