96話 お見通し
翌日の昼。パレードから丸一日が経った。
状況は変わらずホミ姫様と一緒に囚われの身だ。
しかし、時が過ぎれば過ぎるほどユウカとリオが違和感を持って助けに来る確率は上がっていく。
流石に今日はまだ早いが、明日には痺れを切らして、その夜には侵入してくるだろう。
何としてもそこまで生き残る。そのためには……。
「サトルさん」
「ああ」
ホミの呼びかけに俺は応える。
用件は俺も分かる、この部屋に向かってくる足音が聞こえてきたのだ。
「足音は一つ……みたいですね」
「さてどっちが来るか……っと、その前にホミはいいか?」
「大丈夫です」
「じゃあ……命令だ、静かにしてその場を動くな」
俺は魅了スキルの命令でホミの行動を制限する。
司祭オルト、近衛兵長ナキナ、どちらが来ても化かし合いになるだろう。そのときにこちらの口裏を瞬時に合わせるのは難しい。そのため俺だけが話をすると決めていた。
準備が完了する。そのときちょうど扉も開いて。
「調子はどうだ?」
「ああ、最悪だよ」
入ってきたナキナの言葉に、俺は強気で返した。
「オルトからの伝言を伝えに来た。姫様は今日の全ての予定をキャンセルするとのこと、一日部屋にこもっていてください、とのことだ」
「…………」
ホミは黙ったまま頷く。
これは想定していたとおりだった。現在のホミは俺の魅了スキルによって昨日までとは別人のようになっている。この状況で外に出すのは危険だと判断したのだろう。
ホミだけでも外に出られるなら、どうにかユウカと連絡を取ってもらおうと思ってたんだが、そう甘くはないか。
「用が終わったか? ならさっさと出て行け」
「囚われの身だというのに、さっきから強気だな」
「どうせおまえたちは俺を殺せないんだろ。なら下手に出るだけ無駄だ」
やつらはまだ『俺が死んだらホミも死んでください』という命令が有効だと思っているはずだ。ブラフだと思っていても、万が一を考えて手を出せない。実際は命令の解除までしているのだがそれを教えてやる義理もない。
とりあえずこの脅しが効いている間は硬直状態を作れるはずだ。そうして時間を稼げばユウカとリオが助けに来る。それを待つだけで……。
「それだけか、貴様の余裕の態度の理由は?」
「……何が言いたい?」
「お見通しだ。仲間がいるんだろう、助けが来ると思っているから落ち着いていられる」
「……っ」
ホミが息を呑む気配が感じられる。
静かにするように命令していて良かった。確かに図星であるが……それを昨日の今日で知ることが出来たとは思えない。
これはナキナのカマかけだ。正解はとぼけること。
「何の話だ、俺に仲間なんていないぞ」
「なるほど、私の言葉をカマかけだと踏んだのか」
「だからそんな荒唐無稽なこと言ってるんだろ?」
「ふっ……残念だが竜闘士の少女と魔導士の少女が滞在している宿は把握している」
「………………」
その瞬間、表情が崩れなかったのは奇跡だった。
竜闘士と魔導士……そこまでピンポイントで当てるとは……まさかこいつは……!!
「流石に言葉は出ないか。どうして分かったか不思議だろう? タネを明かすとこのために馬車の定期便を廃止させたというわけだ。都市に出入りする人間を減らせば把握することは容易い。貴様らが一週間ほど前、この独裁都市に入ったことは問題を起こす前からリストしている、それを昨日帰った後どこかで見た顔だと確認した結果だ」
上機嫌で語り出すナキナ。
余所者の把握……考えてみれば予想してしかるべきだ。こいつらは姫を従えて独裁都市内での体制を盤石のものにしている。なら警戒するべきは他からの介入だ。その網に俺たちは引っかかっていた。
だとすると二人が助けに来るという想定がパーに…………いや、だが。
「おそらく貴様も同じ事を考えているだろう。だったらどうしてそれをこの場で話したのかと。仲間の存在を把握したとしてもわざわざ言う必要はない。近衛兵たちを差し向けて潰せばいい。だがそうしないのは……ああ、そうだ。私は馬鹿ではないのでな、竜闘士の力を見くびるような愚は犯さない。
立場上情勢には詳しくてな、武闘大会の顛末も把握している。あの事件以来、表舞台から姿を消していた伝説の傭兵に食い下がった少女。その実力は本物だ。
故に近衛兵に加え私まで出陣して、卑怯と罵られようが寝込みを襲い不意を打っても……敵わないことは分かっている」
ナキナはかなりオーバーな表現をしているが……それほどユウカの強さはデタラメだ。
くそっ、下手に手を出してくれれば俺の状況に異変があると感じて、ユウカとリオが助けに来るのも早くなったはずなのに。
「ならばどうするか。正面からでは敵わない。だが二人の少女には弱点がある。それが貴様だ。
最初から使い手の二人が目立ったところのない少年に付き従う歪なパーティーだと思っていたが……その魅了スキルの説明を見て腑に落ちた。二人には魅了スキルがかかって虜になっているのだろう。ならば簡単なことだ。貴様に命令させればあの二人は従うしかない」
ちっ、魅了スキルについて明かしたことが裏目に出たか? ……いや明かさなければ昨夜の時点で、ホミを人質にする策の信憑性を証明できずに殺されていた。しょうがないことだ。
「長々と話していたな。退屈すぎて欠伸が出そうだったぜ。それで……何だ? 竜闘士と魔導士に命令させるために俺を外に出すってことか?」
「いや、外には出さない。このような命令をするスキルは、本人が直接言わなくても効くと相場が決まっている。貴様には二人にこの都市から退く命令を手紙に書いてもらう」
「はっ、そんな俺にデメリットしかない企みに従うわけ無いだろ」
「いいや、従わせる。貴様は殺せない、だが殺しさえしなければ何をしてもいいということだ」
ナキナが取り出したのは剣ではなく鞭。それで痛めつけて俺を従わせる。ホミにやったのと同様の手口だ。
だが、状況が違う。早ければ一日もしない内に助けが来ることが期待できる。ならばそれくらいの間は耐えられる。
今の頼みの綱は二人だけだ。それを失うわけには……。
「っ……!」
瞬間、ある考えが脳裏に浮かびハッとなってナキナを正面から見る。
「……どうした? こちらを見て。言っておくが貴様の魅了スキルを使って私を支配しようなんて考えは持たないことだな。効果範囲とやらの5m内にはいるが、発動しようと宣言した口を封じることも、光が見えてから避けることも私なら可能だ。それに……どうせまともに食らっても、私が貴様の虜になるとは思えん」
ナキナの言い分はおそらくハッタリではないだろう。
しかし、このタイミングで口にするのは少し疑問だ。今は失敗すれば竜闘士たちが自分を襲ってくる大事な交渉のはずなのに。
「………………」
だとしたら……本気で交渉するつもりが無いとか? 俺が頷こうが突っぱねようがどっちでもいいとしたらその態度も分かる…………つまりやつの考えは……。
「分かった」
「……? 何がだ」
「おまえが言い出したことだろ。二つの条件を呑めば、二人が助けに来ないように命令する手紙を書いてやる」
「……ずいぶんな気の変わりようだな。条件とは何だ?」
急に従った俺を警戒しながらもナキナが聞いてくる。
「一つ目は文面は俺の自由に書かせてもらうってことだ。まあこれは当然だ。誰かに強制的に書かされた言葉では、俺の命令ではないと二人が認識して命令が効かない可能性がある。それはおまえらだって避けたいだろ」
「なるほど、もう一つは?」
「二つ目は手紙にこの宝石を同封することだ。命令だけの味気ない手紙じゃかわいそうだしな」
「……ふん。まあいい、その条件は呑んでやる。だからさっさと書け。当然だが内容は私も確認する、妙な真似はしないことだな」
「分かってる」
こちらを訝しみながらもナキナは了承した。
そして俺は部屋の書斎机から便箋と封筒を取り出して。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
リオ、ユウカ。
突然だが、ここでお別れだ。
俺はこの都市で姫様と共に生きることにした。
同封した物は手切れ金代わりに受け取ってくれ。
そういうわけで命令だ。
二人ともこの都市を出て行け。
そして二度とこの都市に入ることを禁じる。
リオはユウカと行動を共にしろ。
じゃあな、さよなら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
手紙を書き、宝玉も一緒にナキナに手渡す。
ナキナは内容を一瞥した後。
「いいだろう、用事は以上だ。失礼する」
それらを懐に収めて部屋を去った。