94話 黒幕
姫が傀儡であると真実を知った俺に向けられた剣。
独裁都市の真なる支配者、司祭オルトと近衛兵長ナキナの二人を前に俺はどうにかこの絶体絶命の状況を回避する方法を模索する。
まずは状況の整理からだ。
相手が女とおっさんだからといって真っ正面から突っ込むのは剣の錆になるだけだ。身のこなしと発する雰囲気からして近衛兵長ナキナは竜闘士のユウカほどではないが、魔導士のリオとは良い勝負になりそうだ。俺では話にならない、そもそもこちらは丸腰だし。
ナキナは俺に剣を向けていることや姫様に酷いことをしていることから必死に目を逸らせば、クールタイプな女性で魅力的に見える。ならば女性相手に必殺の魅了スキルを発動することも考えられるが、パレードで一回見せてそれが俺の仕業ではないかと疑われているため警戒されている。
それでも強引に発動するか? ……だが今まで相手に警戒されている状況で俺は魅了スキル打ったことが無い。これほどの実力者なら光が発生した瞬間、範囲外に逃げることが可能かもしれない。成功すれば大きいが、失敗すれば反抗の意思有りで即殺される。
「…………」
コイントスに命を賭ける気はない。もっと確実な方法は無いか。
だが考えれば考えるほど俺には魅了スキルしかないことが思い知らされる。
受け入れたつもりだったが、やはりこうなるともう少し手札が欲しい。戦う力が少しでもあれば、戦いながら魅了スキルの発動の機会を伺うとかやりようがあるのに。
いや、この土壇場で無い物ねだりをしても仕方がない。
今ある手札で戦う方法……魅了スキルしかないとしても、それをただ発動するのではなく…………そうだ、既に虜にした姫様に…………だが…………いや時間もない、これで行くしかない……!
「姫様、命令です。静かにしてそこを動かないでください」
自分のせいで殺された者を想い、隣で泣きわめいていた姫様に対して俺は命令する。
姫様は既に虜であるため、その意思を無視してなるべく音を立てないようすすり泣きに移行した。
「今のは……」
司祭オルトがその様子を見ていぶかしむ。
だが、本番はここからだ。
「そして姫様、もう一つ命令です。俺が死んだら自らの命を絶ってください」
俺と姫様の命を無理矢理紐付ける。この命令でこの場を凌いでみせる。
「何馬鹿なことを言ってるんですか? 姫様の命も掛かっていれば私たちが躊躇するとでも? いや、そもそもそんな命令を姫様が守るはずが……」
「それはどうかな。あんたたちも不思議に思っているだろう? これまで従順だった姫様が、突然反抗した理由について」
「……っ」
いちいち耳に障るオルトの言葉を遮って俺の言ったことは、どうやら図星だったようだ。
「出血大サービスだ。姫様の現状を教えてやる。俺の魅了スキルについてな」
俺はステータス画面をオープンして、魅了スキルの詳細を開く。オルトとナキナは警戒して近づかないよううにしながらもその説明を読み切ったようだ。
「馬鹿な……女性を虜にして問答無用に従わせる……? そんなスキル存在するはずが……」
「しかしステータスに隠蔽がかけられている様子はない。本物だろう、現状とも一致する」
信じられないオルトに対してナキナは冷静に状況を判断する。
「……そうですね。光を受けた姫様がそこの少年のことを好きになり、感情的になったせいで私たちの命令を無視して暴走した。そこまでの力がなければ、支配を打ち破れるはずもない……ですか」
「ならば命令する力も本物だろう。実際言葉通り姫様も静かになったしな」
二人とも状況を理解したようだ。
姫様は傀儡。この二人にとってそこまで大事な存在ではないのだろう。
だがそれはそれとして、姫様が表向きは権力者であることは動かせない事実だ。
姫様に死なれては影に隠れて私腹を肥やしている今の状況が破綻する。それは避けたいはず。
つまり俺は殺せないということで――。
「だが、そのようなこと関係ない」
ナキナは剣の切っ先をこちらに向けたままだった。
「っ……! 分かってんのか、ハッタリじゃねえぞ!!」
「青臭い少年だ。腹芸で私たちを上回れると思ってるのか?」
「……何の話だ」
必死に表情を維持するが図星だった。
「本気で私たちを脅すならば『近づけば姫様に自殺するように命令する』とするべきだ。しかしあなたは殺された場合、姫様も死ぬとした。つまりあなたは自分で姫様を傷つける意思すら見せられない弱い存在……ならば命令もどうせブラフでしょう」
完璧に当てられる。
そうだ、魅了スキルはおそらく俺が死んだ瞬間解除されると踏んでいる。俺が死んだ後に姫様も一緒に死ぬという命令はそもそも無意味だと分かっていて張った脅しだ。大体俺ごときの命に姫様の命を本気で付き合わせるはずがない。
「じゃあ俺を殺して確かめればいい。殺した後に姫様も死んで後悔するおまえらの姿を見れないのは残念だがな」
せめてもの虚勢で、俺は強気の発言をするが。
「ふっ……小癪ながら頭が回るようだが残念だったな。どちらにしろ元々姫様には今日死んでもらう予定だ」
「なっ……!」
小馬鹿にした笑いの後に告げられた言葉は想定外だった。
くそっ……状況を読み違えたか!? 既に姫様は用済みの段階に……。
「あなたの脅しは無意味でした。それでは……さようなら」
致命的なミスをした俺に挽回する手段はない。
後悔する間もなく、剣が迫り――。
「ナキナさん、ストップです」
黙って事態を見守っていた司祭オルトがその手を止めさせた。
「どうした。何か間違っているところがあったか?」
「いえ。少年はともかく、姫様をこの場で殺すのはマズいです」
「何を。元々殺す予定だっただろう。少し場所が変わったくらいで何が変わる。神殿に暗殺者が潜入したことにすればいい」
「そしたら神殿を預かるものとして私の警備責任が問われるでしょう。そしたら次の段階への移行が上手く行きません。大勢が目撃するパレード中での殺害が失敗した以上、計画は変更せざるを得ません」
「それはあんたの都合だが…………ならば少年だけでも殺すべきだ」
「駄目です。ブラフだという見解は私も一緒ですが、万が一でも姫様に死なれては困ります」
「やれやれ、慎重すぎるのも困ったものだ。……まあいい、どうせ何も出来るとは思えん」
ナキナは剣を収める。
「さて、状況は確認できました。厄介ですが、至急に取り掛からないといけない案件ではないみたいですね。
ならば私はそろそろ行きますよ。パレードの騒動の後始末に予定の変更で仕事はたくさんです。後は任せました、ナキナさん」
「いや、私も先ほど粛正した二人の後始末と……少し確認したいことがある」
「ああ、そうでしたか……ではここは保留にしておきますか。二人まとめて閉じ込めておけばいいでしょう」
「緊急度は低い。それでいいだろう」
オルトとナキナは勝手なことを言いながら、こちらを一瞥することなく部屋を出ていった。バタン!! と重い扉の閉まる音がやけに響く。
「はあ……。助かったか」
足音が遠ざかってから俺は安堵の息を吐き出す。
状況の読み違いにブラフがバレていて、俺は完全に薄氷を踏み抜いていたが、どうにか命拾いしたようだ。
にしても何やら重要な会話がポンポンと飛んでいたな。それを俺が聞こえる位置でするとは……完全に舐められている。
……いや、それも当然か。現状俺は失態を晒した無様なガキでしかない。
「くそっ……!」
沸いた自分への苛立ちそのままに握りこぶしを膝に落とした。