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93話 傀儡


 明かされた真実の一端。

 俺は丁寧に事態を解していくことにする。




「傀儡の姫……と言いますが、実際パレードでは近衛兵に命令して俺を捕らえさせたり、その他の振る舞いからして姫様には権力があると思いましたが」

「大巫女として権力があるのは事実です。そんな私を支配して自分に都合のいいように操っていた者がいるということです」

「なるほど」


 体制側全てがグルで従っているフリして独裁者の姫様という虚像を作り上げ民衆を騙しているパターンではなく、独裁者の姫様は実像だがそれを操る黒幕がいるというパターンか。

 だとしたら黒幕は少数でも成り立つ……というか当たりは既に付いている。




「はっきりさせましょう。真なる支配者とは司祭と近衛兵長の二人ですね」

「っ!? 何故、それを!?」

「簡単な推理です。俺をこの部屋まで運んだ近衛兵が『何かありましたらいつも通り司祭か近衛兵長をお呼びください』って言ってました。この姫様を閉じ込めるための部屋に日常的に出入りしている者が、何も訴えていないとしたら、それはその本人が黒幕だからです」

「……ええ、その通りです」


 姫様が頷く。

 都市のNo.2と兵のトップが組んでいるとなると厄介だな……。




「近衛兵に命令して二人を排除しようとしなかったのですか? 権力自体は本物なら、どうにかけしかけることも可能なはずですよね」

「それは……無理です」

「支配に一分の隙もなく命令することが無理ということですか? それとも近衛兵長が強すぎて近衛兵では排除することが無理ということですか?」

「……そのどちらも、というべきでしょうね」

「支配の方法は何ですか?」

「単純な暴力です。誰も助けを呼べないこの部屋で逆らう度に…………」


 姫様は服の裾を握りながらプルプルと震えている。その仕草、暴力による支配……つまり。




「失礼を承知で命令します。姫様、その服をまくり上げてくれますか」

「え、そ、それは……っ、身体が勝手に!?」


 慌てる姫様だが魅了スキルの効果は今このときも継続中だ。とりこに対する使用者の命令は絶対。

 無理矢理服を脱がすという少々フェチめいた仕草…………しかし、見えてきた肌に付いている数々の傷跡に想像していた俺も血の気が引いた。

 顔や腕など外から見える場所には一つも傷が付いていないのに、腹や背中など服で隠れる場所には無数の傷が付いていた。やり方が残忍すぎる。


「つまり……ここまでされるほど抵抗していたって事ですか」

「私が逆らう度に罰として痛めつけられました。しかし、屈しては民がそれ以上に苦しむことになります。私一人が弱音を上げるわけには行かないと頑張ったのですが……」

「もういいです。すいません、嫌なことを聞きました。命令を解除します」


 姫様の服を戻させる。




「二人は私が抵抗する素振りを見せなくなると二つの命令をしました。一つは私にワガママな独裁者として振る舞うこと、もう一つは民に重税を課すことです。重税の表向きの理由はワガママな姫らしくということで、自分の住居、この神殿を金で覆うためということになりました」


 姫が説明する。

 魅了スキルをかけるために情報を制限していたので初耳だったが……もし知っていたら姫様のことを魅力的に思えなかっただろう。そんな非道の振る舞いを強制された姫様は……。


「先ほどの様子からして、姫様は民のことを大事に思っているようですね。それなのにそんな民を苦しめる企てに荷担させられて……辛かったですね」

「本当にその通りです……! 助けを求める民をワガママな姫の振る舞いとして容赦なく切り捨てるときは胸が張り裂けそうで……!」


 姫の悲痛な叫びが空しく響く。




「誰かを頼ることは出来なかったんですか? 傀儡とはいえ、表向きの看板は絶対の権力者です。協力させることはいくらでも……」

「ええ。ですが私が外に出るときは常に近衛兵長が傍で控えて見張っていました。命令にないことをすれば、この部屋に戻ったときに罰が下される………………それでも隙を見て何とか協力者を得ることが出来たこともあったんですが…………その者が殺された知らせを聞いて以来、誰かを頼るのは止めました」

「っ……!」


 死、スキルや魔法の溢れるこの異世界でも、死んだ者を蘇らせる術はない。

 権力があるんだ、誰かの死を揉み消すことも簡単なことだろう。




「数々の仕打ちにより、私の精神が完全に壊れたのはもういつのことだったでしょうか。与えられた役割であるワガママな姫を演じる時間の方が長くなり、あちらの方が本当の私のようになってきて…………こうして今、自分の感情のままに、素の自分のままに動いているのは本当に久しぶりのことです」




 感情のままに……そうか、魅了スキルのおかげか。

 俺のことをさらうように命令して部屋まで連れて帰ることが、操り主の命令のはずがない。魅了スキルは一時的に支配を打ち破っていたのだ。




 最後に真なる支配者の二人、司祭と近衛兵長の目的について考える。

 二人は姫様を暴力により従えて、民に重税を課すように命令した。表向きの理由は神殿を金で覆うため……ならば本当の理由は何か。

 分かり切っている、私腹を肥やすためだ。


 民から重税を取る指導者。一気に金を集められる代わりに、ヘイトを集めて自分の命すら危うくする行動。

 何故そんな馬鹿なことをするのか……何も知らなかったころ俺はそう憤慨していたが、今なら分かる。


 姫が殺されても裏で糸を引いてるやつにはノーダメージだからだ。

 姫を肉の盾扱いする……非道の所行。




「………………」

 さて、状況は理解できた。

 姫様はこの都市の指導者足り得る器だろう。俺たちと同い年だが、民のことを大事に考えられるこの人ならば務まる。

 だとしたらユウカにお願いされた説得は不要だ。釈迦に説法でしかない。


 ならば解決すべき問題はスライドする。

 この都市を正常に戻すためには姫様を裏で操っている悪党を潰すことだ。

 これは簡単に出来る。竜闘士のユウカに頼みさえすればいい。武闘大会では伝説の傭兵に惜しくも負けたが、逆に負ける相手はそれくらいだ。相手がここまでゲス野郎なら遠慮する必要もないし、武力でもって討伐すればいい。


 問題はそのユウカに頼むことの難解さだ。

 現在俺は姫様を捕らえておくための籠の内に居る。外と自由に連絡する手段があるならば、姫様がここまでに実践して支配を打ち破っているだろう。

 リオとユウカが自発的に助けに来るのは……今すぐには期待できない。都市中の住民が騙されているこの状況を察して欲しいと求めるのは酷だ。


 この部屋からどうにか脱出する…………いや、その前にすべきことは……。






 コツン、コツン、と。

 そのとき、二つの足音が部屋の外から聞こえた。






「あっ……ああああああああああっ!!」

 姫様が頭を抱えて喚き出す。それだけ……その音がトラウマとなっているのだろう。


「命令です、落ち着いてください」

 俺は魅了スキルの命令を下す。これ以上苦しむ姿は見たくなかった。




「……ありがとうございます。ですが二人が、こんなにも早く、私は良いんです……ですが私のせいであなたが……!」

 姫様は一時的に落ち着きを取り戻すが対症療法にもなってくれないようだ。


 その言葉に姫様の優しさが現れていた。自分はどうなってもいい、しかし自分が原因で他人が傷つくのは耐えられないのだろう。




 足音が近づいてきて止まり、扉が外から開かれた。


 フラッシュバックするような経験を姫様に植え付けた二人が入ってくる。




「全く……馬鹿なことをしてくれましたね。報告を聞いたときは本当に慌てましたよ」

 嘲るように発言するのは……俺も見覚えがある。初めて姫様と出会った飲食店。そのとき姫様のワガママにペコペコと対処していた男性……こちらが司祭で。




「この部屋に入った二人は粛正しておきました」

 もう一人にも見覚えがあった。姫の側につき俺が軽口を叩いたところ聞こえていたようでギロリと睨んできた女性……こちらが近衛兵長か。




「オルト……ナキナ……その粛正とは……?」

 姫様が二人の名前を呼ぶ。オルトという名前はリオから聞いていたが、ナキナという近衛兵長の名前は初耳だった。




「粛正とは粛正ですよ。この部屋に入ってはいけないと厳命してあるのに姫様の命令とは入って……全く陰謀論程度でも噂されるのは避けたいんですよ」

「ですから二人には物言わぬ物となってもらいました」


 近衛兵長ナキナが帯びていた剣を抜く。そこにはまだ乾ききっていない血の汚れが付いていた。




「そんな……私が……あんな命令をしたせいで……! いやぁぁぁぁぁぁっ……!!」

 発狂寸前の姫様。しかし、二人を前に俺はそちらに構うことは出来なかった。




「さて粛正対象はもう一人。姫様のお気に入りかは知りませんが……この部屋のことを知った以上……いや、姫様と話す時間があったとしたらもしかして……」

「真実を知ったとしたのなら尚更生かしておけない」


 ナキナが剣の切っ先を俺に向ける。


 姫様に協力しようとした者を殺すような輩だ。この都市の真実を知ったガキを殺そうとしないわけがない。

 そうだ、この部屋からどうにか脱出してユウカに頼む。そんな方法を考える前に……まずもって俺は生命の危機に晒されている。


 この状況を切り抜けなければ俺に明日はない。




「ああ、気をつけてくださいよ。状況からして光の柱を生み出す正体不明のスキルを発動したのはこの少年かもしれません」

「分かっている」




 だが、頼みの綱の魅了スキルも警戒されている。女性である近衛兵長をとりこに出来ればと思ったが、成功するか難しいところだ。




 考えろ……考えろ……!


 近衛兵の拘束すら剥がせなかった俺が、そいつらを殺した近衛兵長に力でかなうはずがない。


 頼れるのは己の頭脳だけだ。どうすれば助かる……!



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