92話 部屋
時を少し遡る。
二日前――パレードでサトルが姫様に連れ去られた直後のこと。
「本当にこの部屋まで入って良かったでしょうか? 初めて入りましたが……これは……」
「余が特別にいいと言っておるのじゃ、気にするな」
「そうですが……ルールはルールですので、早急に失礼します。何かありましたらいつも通り司祭か近衛兵長をお呼びください」
「分かっておる。それより早く二人きりにさせよ」
「はっ!」
近衛兵二人は敬礼をすると部屋を出ていった。
扉が閉まるとき、バタン!! とやけに重い音が響いた。
俺は近衛兵に拘束されたまま、姫様の居宅とやらデカい建物に連れ去られた。その最上階の一部屋にてようやく解放され姫様と二人きりになった次第である。
「ここでずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……ずーっと一緒に」
「命令だ、俺の質問に答えるとき以外しゃべるな」
口が自由になったということでようやく命令が出来る。俺はまず第一に姫様の口を封じた。重すぎるその囁きをずっと聞いてると狂ってしまいそうだからだ。あと単純に怖い。
近衛兵が去ったことで俺は姫様と二人きりだ。警備的に大丈夫なのだろうか、こんな俺みたいな輩と姫様を二人きりにして……いや、まあその姫様自身が二人きりを望んでいるからいいのだろう。
ヤンデレは独占欲が強い。好きな人との間を誰にも邪魔されたくないという思いが、都合の良いように働いた。
さて、俺は周囲を見回す。
現在いる部屋はずいぶんと豪華な調度品で溢れている。机や本棚の他にベッドが置かれていることから姫様の寝室兼私室といったところか。まあ何とも贅沢な暮らしをしているようだ。
気になるのは入ってきた扉の他に、奥の方にもう一つ扉があること。そして………………。
「……まあいい。質問です、姫様。渡世の宝玉……青い宝石を持っていますよね。見せてもらえますか」
早速目的の物をお目にかかることにする。
「渡世の宝玉……それならこっちじゃ」
命令で黙っていた姫様だが質問には答えられる。指し示したのは、ちょうど気になったばかりの奥の扉だった。
姫様に案内されるままその扉を開けて中に入る。
「おおっ……!」
思わず感嘆の声が漏れた。
目につくのは部屋の中央に置かれた女神像だった。天窓から射し込む光が照らし、アクセサリーとして付けられた青い宝石、渡世の宝玉がきらりと光っている。神秘的な雰囲気の空間だ。
女神像を見るのはリーレ村以来だから二回目だ。まさか壊されずに残っているとは……そういえば今回一度も教会を取り壊したときに出た宝玉を責任者が受け取ったといういつもの理由をリオは言っていなかったな。
にしても私室から繋がるこの空間に女神像が設置しているということは……。
「質問です、姫様。あなたは女神教の関係者なのですか?」
「そうじゃ。女神様の遠い末裔、大巫女である」
「女神様の末裔……か。またすごい存在が出てきたな。この部屋の用途は何ですか?」
「日課の祈りを捧げるための部屋じゃ」
日課で祈りとはずいぶんと敬虔なようだ。いや、そうか。どうしてこんな少女が権力を持っているのか気になっていたが女神教関連なのか? だったら熱心に祈りを捧げるのも分かる話だ。
「………………」
しかし、そうなると女神像に付けられた渡世の宝玉を譲ってもらえるのか。罰当たりだということで拒否反応を示すんじゃないか? 宝玉が姫様にとって特別な物となっている場合、無理矢理奪わないのがユウカとの約束だ。だとしたら……。
考え込んでいる内に姫様が勝手に行動を取っていた。女神像から渡世の宝玉を外し俺へと差し出したのだ。
「え……いや、どうして……?」
「察するにお主は女神様の遣いじゃろう。ならば渡世の宝玉を譲るのが役目じゃ」
そうか。姫様は女神教の関係者であり、しかもかなり中枢にいた者のようだ。ならば渡世の宝玉を集める者が現れた意味、災いがまた起きようとしていることも分かっているわけか。
「なら、ありがたく受け取る」
「…………」
質問でないため黙ったまま頷く姫様。
これでこの地における渡世の宝玉を手に入れた。最重要課題は終わったが、どうやら姫様は他にも使命に関わる情報を持っているかもしれない。また、ユウカにも姫様の説得をお願いされている。
それらが終わってから二人の元に帰ればいいだろう。いきなり連れ去られて心配させているかもしれないが、リオならこっちの状況も汲んでいるだろうし。
そう、思ったのだが。
「姫様、命令です。俺をこの建物から出してくれませんか」
俺は姫様に対してそんな命令をしていた。
どうにも嫌な予感がするのだ。俺は姫様に命令を出来る立場を得て、この都市では絶対の力を持ったはずなのに心が休まらない。
ユウカとリオと合流したかった。二人の竜闘士と魔導士の力が側にある方がよっぽど安心が出来る。
その後三人で姫様から話を聞けばいい。ああ、そうだ。そっちの方がわざわざ話を伝える手間も省けるし。
しかし。
「………………」
姫様は黙ったまま動かない。
どうして……まさかヤンデレで俺をこの部屋から出したくないという気持ちが強いから従わないとか? いや、魅了スキルの命令は絶対のはずだ。
なら何故動かない、話さない?
……あ、そうか話さないのは。
「命令を解除します、自由にしゃべって良いですよ」
俺は姫様にかけていた質問以外に話すなという命令を解く。
事情を聞くためとはいえ、またヤンデレセリフが再開するのではないかと戦々恐々するが。
「解除感謝する。そしてすまぬな……渡世の宝玉を求めたことでようやく思い出した。あの光は魅了スキルで、お主は女神様の遺志を引き継ぎし者か」
姫様は随分と落ち着いていた。
「魅了スキルのことも……そうか、当然知っていて」
「もっと早く気付いていれば、好意の暴走も落ち着いたのじゃろうが……実際体験してみるとこうも抗いがたいとは」
「それは……勝手にかけたこっちが悪いですし」
「そして……この部屋に招き入れたりもしなかったはずじゃ。あのときはどうにか二人きりになろうと……すまぬ」
頭を下げる姫様。
「そんなことより俺をこの建物から出すという命令はどうして効かなくて……」
「出来ないことを命令されても出来ない……それだけじゃ」
「え……?」
姫様の言葉に……ようやく俺の認識がまとまった。
部屋を見回したときに気になったもの。それは……どの窓にも格子が付いて外に出れないようになっていること。そして外に繋がる扉の内側にノブが付いておらず部屋の外から鍵をかけるタイプとなっていること。
まるで誰かを閉じこめるためのような部屋だということだ。
だとしたら――。
「もしかして俺たちは、いやこの都市中の住民がとんでもないペテンに掛けられていたってことか……?」
「事情を話……いや、そしたら後戻りが…………だがこの部屋に入った時点でもう……」
姫様は首を振った後、力なく俯いた。
「気にしないでください、そもそも俺が魅了スキルをかけた時点で関係者です。それよりも真実を教えてくれませんか。情報がなければ何も始まりません」
「そうか。では、話そう。余は…………いや、ここで飾る意味もないですね」
姫様は顔を上げ、自身の胸に手を当てて語りだす。
「私は人形。言いなりの人形。独裁都市の真なる支配者の隠れ蓑として、偽りの権力者を演じる。
この部屋から脱出する権限すらない私は――傀儡の姫です」




