91話 手紙
「どう考えてもおかしいって! あの神殿に乗り込もうよ!」
「検討はしています、がそれは最終手段にしてください」
私とリオは一向に帰ってこないサトル君について宿屋の部屋で話し合っていた。
二日前、パレードがあった日はまあそんなに早く帰ってこれないよね、と落ち着いていた。
次の日の朝は、ちょっと立て込んでるのかなとソワソワしながらも比較的落ち着いていた。
夜になって『さすがに遅いけど……起きたら帰ってきてるよね』と不安に思う心を落ち着けて就寝した。
そして今朝。サトル君からは何の便りすらなく私の感情は爆発した。
「渡世の宝玉を受け取ること、女神教の末裔としての姫に話を聞くこと、姫様にこれ以上ワガママをしないように説得すること……確かにやることが多いから時間がかかっても仕方ないけど、それならそれで『遅くなる』の一言くらいあってもいいと思わない!?」
「そうですね、現在サトルさんは権力者の姫様に何でも命令できる立場です。姫様の部下を使って、私たちに手紙を届けさせることくらい簡単なはずです」
「私はこんなに心配しているっていうのに……!」
「こちらの状況に一切気が向かない人ではないはずですが……」
昨日こそ『あまり束縛する女は嫌われますよ』と早く帰ってくるように願う私をからかっていたリオも、今日になってからは一緒に心配している。
「リオ、最終手段にはいつ移っていいの?」
「今夜まで待ってください。昼間に襲撃するのも目立ちますし、警備もしっかりしているでしょうから。それにちょっと遅れていただけで、もしかしたら夜までにサトルさんも帰ってくるかもしれません」
「分かった」
リオも私を止めたりはしなかった。今夜という具体的なリミットが出来たことによって少しは落ち着く。
「心配ばかりしてもサトル君が早く帰ってくるわけじゃないよね……ちょっと切り替えよっと。そういえば昨日、リオは外に出ていたけどそのとき何か気になる情報でもあった?」
サトル君が帰ってきたときに早く会えるようにと、昨日一日宿屋の部屋に籠もっていた私と違って、リオはじっと待つだけなのは苦手だと外に出ていた。
「気になるというと……どうやら一昨日のパレード以来姫様の姿を見たものはいないみたいですね。昨日もパレード当日ほどではないにしろ色々行事予定があったのに、姫様はその全てをキャンセルしたようです。その行動自体はいつもワガママ放題の姫様のため、またかと思われているようですが……」
「魅了スキルをかけたサトル君は姫様の近くにいるはずだけど……何か関係あるのかな?」
サトル君は姫様に命令出来る立場を存分に活用するために離れないはずだ。
「後は……そうですね。この地にオンカラ商会の支部は無いですが仕入れの関係でこの独裁都市を通りかかると聞いていたので、商会員と直接会って情報交換を何個かしたのですが……気になることを言ってましたね」
「気になることって?」
「一昨日の演説で姫様が住居=神殿を金で覆う資金を確保できたと言ってましたよね? そのことの是非はともかく、工事は一大プロジェクトとなるはずです。オンカラ商会は金の流通や工事作業員の斡旋などもしているようなので、その発注を受けることが出来れば大きな商談になるだろうと伝えたんです」
「ふむふむ」
「まあしかし小娘の浅知恵ということで、私が思いつくことくらいオンカラ商会が気付いていないはずが無かったんですけどね。少し前から動き出していて調査を進めた結果ですが、どうやら独裁都市はプロジェクトに関して全く動いていないんです。
莫大の金を必要とするので市場価格の調査をしたり工事作業員の調達をするために声をかけたりなどあるはずなのに全くそういう動きがないと」
「それは……」
オンカラ商会は商業の世界で大きく幅を利かせている。そのオンカラ商会にすら気付かれないように隠密にプロジェクトを進める意味があるとは思えない。
だとしたら……そもそもプロジェクトを進める気がないとか……? でも独裁者の姫様が言い出した重要なプロジェクトのはずなのに……。
「そう考えると神殿の不自然なまでに固い警備も気になります。総合して考えるともしかしたらあそこはかなりの伏魔殿ではないかと――」
コンコン。
「あ、サトル君かも!!」
ノックの音が聞こえた瞬間、私は扉にダッシュする。
「……はあ。まあ気持ちは分かりますけどね」
リオも何か言い掛けていたことを中断して着いてくる。
そして扉を開けたところで。
「すいません、この部屋宛に先ほど手紙が届いたもので……」
そこにいたのは宿屋の主人だった。
「サトル君じゃなかったぁぁ……」
「……?」
「ああいえ、すいません。手紙ですね、受け取ります」
期待からつい落ち込んで失礼になった私のことを謝罪してリオは手紙を受け取り扉を閉めた。
「ごめん、リオ。フォローしてもらって。でもこの部屋に手紙が届くって珍しいね。誰からの手紙?」
「差出人にはサトルさんの名前が書いてありますね……字もサトルさんのものです」
「えっ!?」
私のテンションをグラフにしたら見事なV字を描いているだろう。
「じゃあ早く開けようよ!!」
「分かっています、ちょっと待ってください」
手紙は封筒となっているようだ。封を切って逆さにすると便箋が中から出て…………コロン、と一緒に何かも落ちる。
「リオ何か落ちたよ………………って」
私は拾い上げた物を見て言葉を失った。
何故ならそれは中に魔法陣が刻まれた青い宝石――――私たちが求める渡世の宝玉だったからだ。
「これは……」
「姫様が持っていた宝玉……でしょうか。サトルさん手に入れてたんですね」
「それは分かってるよ。だったらどうして封筒に入れて私たちに渡したの? サトル君が直接渡せばいいのに……」
「メッセージを見ないことには何も分かりません。ほら見ますよ、ユウカ」
得体の知れない不安が襲う。
私は救いを求めて、リオと一緒に便箋を読み始める。
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リオ、ユウカ。
突然だが、ここでお別れだ。
俺はこの都市で姫様と共に生きることにした。
同封した物は手切れ金代わりに受け取ってくれ。
そういうわけで命令だ。
二人ともこの都市を出て行け。
そして二度とこの都市に入ることを禁じる。
リオはユウカと行動を共にしろ。
じゃあな、さよなら。
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サトル君らしいぶっきらぼうな文面。
しかし、その内容は絶望としか表すことが出来なかった。
「どういうこと……?」
サトル君とお別れ、姫様と共に生きるって……それはいつだったか私の出来の悪い妄想だったんじゃないの?
頭がクラクラする。この状況も既に妄想なのか?
「ここにはいてはいけない……」
混乱する私に追い打ちをかけるように、リオが気を虚ろにそのようなことを呟きながら、部屋を出ていこうとする。
「どうしたの、リオ!?」
「早く……早く出て行かないと……」
奇行に慌てて羽交い締めしてリオを押しとどめるが、正気を失ったままだ。
どうしてこんなことに!? もう手紙だけでも訳分からないのに……って、そうだ。
今リオを蝕んでいるのは手紙にあった命令だ。サトル君の手紙にはこの都市から出て行け、そして二度とこの都市に入ることを禁ずるとある。
手紙でも魅了スキルの命令が効くのはこの前試したとおりだ。そのせいで虜であるリオは脇目も振らず出て行こうとしている。
私は実際魅了スキルがかかっていないから命令は効かないけどサトル君の手紙には二人ともとある。
サトル君は私たちをこの独裁都市から追い出して……本気で姫様と共に生きていくつもりってこと?
訳が分からない。こんなときに頼れる親友リオは命令によって行動を封じられている。
「こんな手紙じゃ何もわからないよ。どういうつもりなのサトル君……」
こんな終わりがあっていいはずがない。
直接会って話がしたい。
でも、私一人じゃどうしていいのか分からない。
何より話をして……本当にサトル君の口から姫様を選んだことを告げられたら、私は………………。
モヤがかかったように思考がまとまらない。
そして私は考えることを止めた。