90話 宗教都市
話している内に夕方になったので、夕ご飯を食べながら続きの話をしましょうとリオが提案した。
そのため私とリオは宿屋の食堂に向かう。
「すごい活気……そっか、今日はまだこの都市にとって特別な日だもんね」
「ええ。今日は女神様の誕生日ですから」
「あ、だから祭事とかパレードが行われたんだ」
「そういうことです……まあ女神教が廃れた今、若い人にはただの祭りの日だと認識されてるみたいですね。日本のクリスマス的な流れです」
食堂は多くの人の話し声であふれている。その内容は今日起きたことのようだが……今日起きた大々的な出来事というと大きく二つあった。
一つは姫様が演説のときに姫様の居宅=神殿を金で覆う資金が集まり、次は自分の黄金像を建てると言い出したことだ。当然ながらそのことに住民は不満を爆発させていたが、盛り上がっている場が冷めるその話題は意図的に避けられているようだった。
そのため多くの人が話していたのはもう一つのこと。
「なあ、聞いたか。パレードの時姫様が若い男を連れ去ったって話」
「連れ去った? 牢獄にぶち込んで捕まえたじゃなくて?」
二人の男女の話し声が聞こえてくる。
「ああ。見ていた人によると、姫様はパレードの時唐突に近衛兵に命じて、自分と同じくらいの年の男を自分の御輿にまで上げさせて、その顔をうっとりした表情で撫でたらしいぜ」
「えー、何それー。じゃあ姫様の一目惚れってこと?」
「そうだろう、って見方が居合わせたやつら大半の意見みたいだな」
「へえー……あの姫様がねえ。男になんて興味ないと思ってたけど……そんなにイケメンだったとか?」
「さあな。いきなりのことだったし、近衛兵に口を抑えられながら連行されたから、顔を見れたやつはほとんどいないらしい」
「にしても姫様に惚れられるなんて……その男もご愁傷様ね」
「そうか? 姫様性格はあれだけど見た目はいいし、莫大な権力を持ってる優良物件じゃないか。結婚も考え始める年だろうし、案外そのうち結婚発表もあるんじゃねえか?」
「…………」
「って、どうした?」
「別に……そんな姫様がいいなら、あんた姫様にアタックすればいいじゃん」
「は、はあっ!? ち、違えよ! 今のはあくまで一般論でな! 俺にとってはおまえが一番………………あっ」
「え…………い、今のって」
「…………//」
「…………//」
顔を真っ赤にして固まる二人。どうやらまだそういう関係になっていないが、脈有り同士だったみたいだ。
これ以上は出歯亀みたいになるのでそっと私は離れる。名も知らないカップル、どうかお幸せに。
「遅いですよ、ユウカ。どこで道草食ってたんですか?」
「ごめんごめん、ちょっと気になる話を聞いちゃって」
私は謝りながらリオが確保してくれていた席に座る。
「気になる話……ああ、そういえば先ほどからそこかしこで話されていますね、姫様が連れ去った男は誰なのかって。どこの世界でもゴシップが広まるのは早いですね」
「姫様がサトル君に一目惚れしたってことになってるみたいだけど……」
「魅了スキルを知らない人からしたらそう見えるでしょうね。どうやら出来事のインパクトが大きくて、その直前の光の柱の出現と繋げて考えている人はほとんどいないみたいです」
「サトル君の顔もあまり見られてないらしいから思ったよりは目立ってなくて、話の中心は姫様についてって感じだったけど…………その中でさ、姫様とサトル君が結婚するんじゃないかって話があったんだよね」
聞こえた瞬間『どういうこと!?』とつい知らない人相手に問いただしそうになったものだ。
「結婚……まあそういう反応になるのもおかしくはありませんね。姫様は権力者ですから、世継ぎのことも気にしないといけないですし」
「で、でも姫様もサトル君もまだ16才なんだよ! 早すぎるって!! 女性は16才から結婚できるけど、男性の結婚は18才からで……」
「それは元の世界、日本の法律ですよ」
「あ……」
「こちらの世界は15才から飲酒が許されていることから分かるように15才で成人扱いです。結婚も両性ともに15才からOKですよ」
「知らなかった………………え、じゃあこの世界なら私とサトル君も結婚できるってこと?」
想像が広がる。
神社の前、白無垢の花嫁衣装に包まれた私と袴姿のサトル君。結婚式なんてしなくてもいいだろ、というサトル君に私はワガママ言って和式の結婚式を開いたのだ。
神前式では両家の親族が参列してさまざまな儀式をして、その後会場を移して披露宴を行う。友人代表のスピーチはもちろんリオが行って、面白おかしく話しながらも最後は泣ける話をしてくれて。
そして私は幸せの絶頂に至って――。
『ちょっと待った!』
え?
『サトル、お主は余の物じゃろう』
来襲してきた姫様に気を取られていると景色が一変。いつの間にかウェディングドレスに身を包んだ姫様とタキシード姿のサトル君がチャペルにて隣あっている。
『余と結婚すれば、この都市の全てが手に入る。もちろん余はお主に全てを捧げるぞ』
『ま、待ってよ、サトル君! 私は、私はどうなるの!』
『冷静に考えろ。ただの女と莫大な権力がオマケについてくる女。どっちを選ぶのは明白だろうが』
追い縋る私にサトル君は冷酷に手を払って。
「失意の底に沈む私。二人の道は完全に分かたれて………………でもそれから月日は過ぎ去った頃、私はサトル君と再会する。姫様に振り回される結婚生活の末、姫様の浮気により離婚されて、身も心もボロボロになったサトル君を私が癒して………………そしてサトル君も本当に大事だった人を思い出して、今度こそ真の愛を……」
「……何やら馬鹿なこと考えてますねえ。そろそろ現実に引き戻しますか」
私の妄想はリオが私の目の前でパンッと手を打つまで続いたのだった。
「ごめんなさい……」
「別に私は構いませんよ、サトルさんがこの場にいなくて良かったですね。というかどうしてユウカの妄想はこう極端なんですか。一度別の女に靡くけど最後には真実の愛に気づくって、昼ドラですか」
「え、何で知ってるの!?」
「口からダダ漏れだったからですよ」
迂闊だった、注意しないと。
「その調子ですと別にさっきの話の続きは気になっていないみたいですね」
「いや違うよ! 超気になってるから! だから教えてください!!」
「……はあ。ではどこまで話したか覚えてますか?」
「うん。この都市が元は女神教の総本山で、姫様が住んでいるのは女神の神殿、姫様は女神の末裔だってことだよね」
私は思い返す。
「元々女神教の総本山であるこの地は『宗教都市』でした。神官や信者が多く住み、神殿で祈りを捧げたり、馬車で移動する際に見た周囲の畑で信者が農作業に勤しんだりしていたのです。
さて、今でこそ廃れた女神教ですが、全盛期の女神教は凄まじかったという話は何回か聞いてますよね。ではその頂点に立っていた存在は何なのかという話ですが、それが女神の末裔、大巫女です」
「大巫女……」
「女神の子孫でも女性にしかなれない役職です。大巫女は女神の代弁者であり、その言葉は女神教の信者にとって絶対の物でした。
そのすぐ下の役職、No.2は女神教の司祭です。大巫女の言葉が絶対ながらも、司祭もかなりの力を持っていたという話です」
「今で言うと姫様が大巫女で、司祭は……あのオルトさんってこと?」
「その通りです。女神教が風化して独裁都市と名前を変えた現代でも、この地でだけはその役職と支配力が続いてるんです。もっとも大巫女と呼ばれることもほとんどなくなり、女性の権力者として姫と呼ばれるのが一般的になりましたが」
宗教と政治は昔は密接な関係にあったが、現代になってきて分離するのが一般的となっている。この異世界でもそういう流れがあって、でもシステムとしては残ったということだろうか。
「あの姫様が住んでいるのが女神教の神殿……この地に住んでいた女神教の信者は神殿で礼拝もしていたから、この地には教会は無いってこと?」
「はい。現在の神殿、姫様の住居は前に一度見たように近衛兵が常に警備していてオンカラ商会でも内部がどうなっているのかは分かりません。それでも女神像や渡世の宝玉を余所に売り飛ばすような罰当たりなことはしないだろうという見解で、だからあの中にあると考えているわけです」
「姫様の権力も女神教由来のものだもんね」
「そして姫様は女神教の中心にいた者ですから、もしかしたら女神の遣いのことや、太古の昔に起きた災い、魔神について何か詳しいことを知っているかもしれません。だとしたらサトルさんもそのことを聞くでしょうから、帰ってくるのが遅くなるかもしれないと言ったわけです」
「なるほど、そういうことね」
大体疑問に思っていたことが紐解けた。しかし、さらなる疑問も浮かぶ。
「でも女神の末裔がいるなら、どうしてその一族が魅了スキルを引き継がなかったんだろう? 余所からやってきたサトル君の手に魅了スキルがあるのもおかしな話だよね」
「そうですね、この前は三人で女神の行いを体現していると言いましたが、それをさせるなら女神の末裔の方がふさわしいのも確かです。しかし現にサトルさんの手に魅了スキルがあるのは…………何らかの女神の思惑があるのでしょう」
「女神の思惑……」
「それも姫様が知っているといいですね」
「何にしろ今私たちに出来ることはサトル君が帰ってくるのを待つだけか」
サトル君は姫様に関する情報を制限していたから、姫様が女神様の末裔であることは知らないだろう。でもすぐに気づくはずだ。そうして聞いた話と渡世の宝玉を土産に戻ってくる。
そうしてこの地での使命を果たし、しかもサトル君は姫様の説得も完了していて、正常に回り出した独裁都市を後目に私たちは次の目的地に向かう。
そうなるだろうと思っていて――――。
パレードの日は夜までサトル君は帰ってこなかった。
翌日の朝になってもサトル君は帰ってこなかった。
夜になってもサトル君は帰ってこない。
さらに次の日の昼。サトル君が連れ去られてから丸二日が経って――それでも何の音沙汰も無かった。