9話 騒動の顛末
カイの騒動も収まり、パーティーについての話もまとまった。
そんなタイミングを狙ってなのかは分からないが。
「ふぅ、ようやく追い付けました……って、あらこの状況は……」
「あ、リオ。どうしたの?」
ユウカの親友、リオがその場に顔を出した。
「どうしたの、じゃありませんよ。ユウカが突然『サトル君が危ない』って言って森の中に飛び込むから、みんな浮き足だってしまって。それを落ち着けて待つように言ってから追ってきたんですよ。気持ちは分かりますが、ユウカは現在クラスのリーダーなんですから、もう少し落ち着いた行動をお願いします」
「あはは、ごめん……フォローありがとね、リオ」
「それくらいはどうということありません。リーダーの重圧を押しつけているのも理解していますから」
通じ合ったやりとりを見せるユウカとリオ。流石親友といったところか。
「それで状況は……ああ、なるほど。カイさんが暴走したってところですか。いつかはすると思っていましたが、大変でしたねサトルさん。しかし、二人とも無事にパーティーが組めたようで何よりです」
地に伏して倒れたカイと傷ついた俺、喜んでいるユウカなどの情報を総合的に判断したリオはすぐに状況を理解する。
「いや、どうして分かるんだよ。察しが良すぎやしねえか?」
「これくらい乙女の嗜みですよ」
「そんな乙女がいてたまるか。というか、大体俺を追ってくるなって魅了スキルで命令したはずだよな? 耐性を持つユウカはともかく、あんたには絶対の効力を発揮するはずだが」
「ええ、ですから私はサトルさんではなく、ユウカを追ってきたんですよ。そうしたら……まあ、サトルさんが偶然いてビックリです!」
「……へいへい」
わざとらしく驚くリオに返す言葉もない。
またも命令の穴を突かれた格好か。どこまで雁字搦めに命令をすればこいつの行動を縛れるのだろうか?
「しかし、そうですね。私はともかく、ユウカはどうして命令を破ることが出来たんでしょうか?」
リオが疑問を口にする。
「えっ!? そ、それは……その、私の魅了スキルのかかりが中途半端だからで……」
「いや、それだとおかしいだろ。俺を助けたいという好意が十分に働いているのに、命令だけ効かないなんてやっぱり勝手すぎる」
先ほどの思考過程を俺は披露する。
「え、えっと……そ、それは……」
「だから魅了スキルがかかっていない部分で俺を助けたいと思い行動に移した。さっきは答えてもらえなかったがそんなところじゃないのか?」
「ち、違うんじゃないかなー……何となく…………ううっ……」
目がきょろきょろと泳いでいるユウカ。どうやら思い当たるところがあるようだ。
「俺も思い当たるところがあるんだ。つまり――」
「……もう誤魔化せないみたいだね。そう――」
言葉が交差して。
「俺がクラスメイトだからってことか」
「私は………………え?」
ユウカがきょとんとなる。……ん、反応が鈍いな。
「考えてみればユウカは学級委員長だもんな。責任感も強いし、クラスメイトの俺を守らないといけないって思った。だから助けに来た……ってところだろ」
「………………そうそうそう!! そういうことだよ!!」
残像が見えそうなほど、首を高速で縦に振るユウカ。……いや、残像が見えるな。職『竜闘士』で上がった身体能力のおかげか。
「全く……ユウカも不器用ですね。そろそろ真実を問いただすことにして……今はそれよりあちらですか」
ユウカとサトルのやりとりを見守っていたリオは、周囲の警戒を怠っていなかったためその存在にも先に気づくことが出来た。
それとほぼ同じタイミングで。
「……どういうこと? どうしてカイが倒れてるの?」
新たな闖入者は目の前の状況を理解できずに言葉をこぼす。
見覚えのある人物だった。
「カイの彼女……エミだったか」
今時のギャルで高圧的な態度を苦手に感じた結果、俺の魅了スキルが対象外の評価を下した相手の名を呼ぶ。
「カイさんを追ってきたってところでしょうか。……まずは状況を説明しないといけませんね」
「そうだな」
カイだけが倒れているこの状況は、それが俺たちの仕業であることを示している。正当防衛ではあるのだが、俺たちがカイを襲った悪いやつに見えかねない。
だから誤解を無くすために口を開こうとしたその矢先。
「た、助けてくれエミ!! サトルが魅了スキルの命令でユウカとリオをけしかけて、為す術も無くて!!」
気絶していると思っていたカイが起き上がり、恐怖を訴えた。
「っ……!?」
「狸寝入りでしたか!」
「ち、違うよ、エミ! 本当は……」
ユウカが慌てて否定しようとするが、エミは彼氏優先の女。その言葉には耳を貸さずにカイの心配をする。
「だ、大丈夫なの、カイ!?」
「そ、それは……いや、大丈夫だ。ここにいたら君も危ない。エミ、君だけでも早く逃げて――」
カイの嘘はまるで俺たちに襲われたが、エミを危機に巻き込まないように必死に逃がそうとするヒーローのようだ。
「私だけ逃げるって……そんなこと出来ないって!! 今助けるから……『雷速駆動』!!」
現実は真逆でカイが襲ってきた悪役なのだが、エミは嘘を盲目的に信じてスキルを発動。
カッ! と、辺りに閃光が走り俺たちは一時的に目が眩んだ。
「ちっ……!」
視力が回復して目に飛び込んできた光景は、エミがスキルの効果により一瞬でカイの元まで駆けつけて背負い超スピードで戦域を離脱するところだった。
「くそっ、速いなっ……!?」
「落ち着いて話を聞いて貰うために捕らえます! 『森の鳥籠』!!」
驚くだけの俺と違って、何をするべきか理解していたリオ。その身に宿す職『魔導師』は魔法使い系の職でも最上級で、様々な高位魔法が使える。
その中から選択したのは拘束魔法のようだ。カイを背負ったエミの行く手を阻むように周りの木々からツタが走り、捕らえて――。
「違う、リオ!! そっちじゃない!!」
「え……?」
ツタが二人をすり抜けた。
するとラグが走ったように、二人の姿が揺れて消える。
その光景には思い当たる物があった。
「っ……カイのスキル『影の投影』だ!!」
俺はカイが正体を明かしたときの言葉を思い出す。影を操ることで任意のビジョンを映し出すスキル。
おそらく俺たちが閃光で目を眩んだ一瞬に発動したのだろう。逃げる映像を見せることで、そちらに注意を向けさせた。
だが、本体はどこに――?
「解除『潜伏影』」
映像が逃げたのと反対の方向から声が聞こえてカイとエミの姿が現れた。……確か影に紛れることで見えなくなるスキルだったか。
映像に気を取られている隙に隠れて逃げる。単純だがしてやられた。距離も大きく稼がれ、これではどうしようもない。
「待ってエミ! あなたは……!!」
ユウカの叫びも空しく、カイとエミは夜の森に消えた。
ーーーーー
サトルたちから逃げて尚、駆け続けるカイとエミ。
「酷い傷……カイ、大丈夫なの?」
「何とかね。『影の装甲』でダメージは減らしたから」
ユウカの一撃『竜の震脚』を食らい、気絶したように見えたカイだったが、実は防御スキルを発動して何とか耐えていた。だが、彼我の力の差からまともにやりあっても勝てないと判断したカイは、やられたフリをして不意打ちの機会を窺っていたのだ。
しかしユウカはサトルとパーティーを組めるようになって喜んでいる間も警戒を解いていない様子で、さらにリオまでやってきて戦力差が絶望的になったのを知り、エミがやってきたのに合わせて逃走を選んだという事だった。
エミは聞き慣れない単語に首をかしげる。
「しゃどうあーまー? そういやカイの職って何だったっけ?」
「ああ『影使い』って職なんだ。言ってなくてごめんね」
「へえ、かっこいーじゃん」
自分の彼女にすら手の内を晒したくなかったわけなのだが、エミは特に気づいた様子はない。
「それでさっきの状況なんだが……」
「分かってるって。どうせあのサトルって根暗が調子乗ったんでしょ。ユウカとリオを従えて気を大きくしたあいつが、カイを襲った」
「……ああ、どうにも横暴が過ぎてね。操られているユウカとリオの為を思って、注意をしたんだが……逆上されてそれで……」
「カイってば優しー。それを……あの根暗私を魅力がないって言うに飽きたらず、カイの優しさまで無碍にするなんて……本当ムカつく」
カイの都合のいいように誤解して、サトルに敵意を向けるエミ。あまりにも飲み込みが良すぎて、どうやって操るのか考えていたカイが拍子抜けするほどだ。
「それで……これからどうすんの? あいつがユウカとリオを言いなりにしてるのってやっぱりヤバくない?」
「ああ。竜闘士の力は莫大だし、それにユウカの言葉を操ればクラスのみんなだって従えられる。だからみんなの元には帰れない」
「マジ無理じゃん」
「そんなことない、大丈夫さ。今は逃げるしかない。でも、いつか必ずやつを倒しみんなを解放する。それまで協力してくれるか、エミ」
「もちろん!」
エミは頷く。嘘だらけの状況認識を全く疑う様子がない。
「………………」
この女も利用して力を蓄えてやる。
ユウカはあいつを守ることを決めてしまった。少なくともあの竜闘士の力を退けるだけの力を用意しなければ今日と同じ結末になってしまうだけだ。
おそらくユウカには酷いことをしてしまうが……魅了スキルさえ手に入れば問題ない。どんな命令でも効かせられるから。
僕が知る限り最上の女。手に入れるために……。
「今はせいぜい安心しておくがいい……必ずや復讐してみせる……!」
ーーーーー
ユウカこと私たちは、猛スピードで去り闇夜に紛れたカイ君とエミの追跡を諦め拠点に戻ってきた。
「おやすみ、サトル君」
「ああ、おやすみな、ユウカ、リオ」
サトル君が挨拶を返してくれる。こうして自然に会話できるようになったことが本当に嬉しい。
「……しかし、俺には聞かせられない話なのか?」
「乙女の秘密を殿方に明かすわけには行きませんので」
「うーん……そういうことなら」
サトル君は気になりながらも寝床に入っていき、私はリオが二人きりで話したいことがあるというので一緒に外に出る。
「明日が出発ってときにごめんなさいね、ユウカ」
拠点内、サトル君と二人で話したこともあったベンチに腰掛けるとリオが申し訳なさそうに口を開いた。
「いいって別に。それで話って何なの、リオ? 何か重大なこと?」
「いえ、ちょっとしたことです。本格的な冒険に出る前にそろそろ真実を――ユウカにかかった魅了スキルについて、明らかにしようと思いまして」
「……し、真実? 魅了スキル? な、何のことかな?」
「思い当たる様子があるみたいですね」
動揺したことで、こちらの胸の内を当てられる。この親友は本当に人の機微に鋭い。
「そ、それよりカイ君とエミをどうするか考えないとね! このままこの拠点に帰ってこないなら、みんなにどう説明するかも考えないといけないし」
「……まあ、真実を言うわけにも行きませんね。仮にも副委員長で人望を集めていたのでみんな動揺してしまうでしょうし。適当に嘘を付くとしましょうか」
リオは露骨な話題逸らしに乗っかりながらもジト目を返される……これ追求を諦めてないかも。
どうにか勢いで忘れさせられないかと、私は矢継ぎ早に話題を変える。
「そ、そういえば『千里眼』で見てたんだけど、カイ君の目的ってサトル君の魅了スキルを使って好き勝手する事だったんだって! ねえ、酷いと思わない!?」
「……別に、あの男ならそれくらいやりかねないでしょう。爽やかな表層と裏腹な欲深い本性は分かっていたので」
「まあ……それは私も時々ぎらついた視線を向けられていたから分かっていたけど……。エミって彼女がいるのに、酷いよね」
「あの人からすれば、彼女とも思っていないでしょう。イメージを保つための道具くらいの認識かと。……それより、ユウカがカイさんになびかないことが意外でしたね。少々性格の問題はありますが、外面はイケメンで優良物件のように思えましたが」
「正直タイプじゃないのよねー……ああいうタイプよりむしろ――」
「ああ別に意外ではないですか。サトルさんの方がタイプですものね」
「そうそう、サトル君が…………って、い、今のは魅了スキルで好意を持っているから当然の返答なんだからね!!」
口を滑らせた私を、リオは呆れたように見て。
「しかし、カイさんも馬鹿げたことを考えたものです。女を支配するために魅了スキルに頼ろうとは。……いえ、それが男の性なんでしょうね、私には理解できませんが。
そうです、私に分かることといったら……もしカイさんが目論見通りに事を運んだとしても一番に望むもの――ユウカの身体は手に入らなかっただろうということです」
「え、えっとー…………それはー…………」
逸らしたはずの話題を軌道修正される。私はどうにかここから挽回する手が無いか模索するが、時既に遅く。
「何故なら――本当はユウカに魅了スキルなどかかっていないのですから」
「………………」
言い当てられた真実に私は言葉を返すことが出来なかった。