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88話 視線


 姫様が正面に来たと認識するや否や、俺は魅了スキルを発動する。


 瞬間、ピンク色の光の柱が周囲5mを埋め尽くした。




「やったか……!」

 俺は姫様のことを見ていたが……光の柱の内部にいたようだった。

 これで俺が姫様のことを魅力的な異性だと思えていれば、条件的には成功のはず。




 光の柱が消えたところで御輿が一旦止まった。


「っ……なんだ、今の光は!」

「何らかの攻撃か!?」

「誰だ、出てこい!」


 周りについて警備をしていた近衛兵が観客に向かって叫ぶ。光の始点からして観客の誰かの仕業だとはバレているようだ。

 だがその正体が魅了スキルだとまではバレないだろう、この異世界でも知る人がほとんどいないスキルだし。


 ざわめきが観客にも伝播する。きょろきょろと周囲を見回す観客の中、俺は撤退へと入っていた。


 姫様に魅了スキルが成功していようと失敗していようとこの場に留まる理由はもう無い。成功していれば命令は後からする予定だし、失敗していてももう一度魅了スキルを発動すればバレて捕まるだろうからだ。




 そういうことで混乱する観客をかき分け離脱しようとしたのだが――そのとき視線を感じた。




「…………」

「っ……!」




 思わず振り向くと視線の主は神輿の上の姫様だった。慌てる近衛兵と違って、悠然と視線を一点に……俺の方を見ている。

 はっきりと目が合ったから勘違いではないだろう。




 どうしてそんな俺だけを見て……まさか魅了スキルを発動したのがバレたのか!? 

 慌てそうになる俺だが……よく考えて、当然のことだと気づいた。


 そうか姫様は現在俺への好意が急に沸いた状態なんだろう。周りに大勢の観客がいるのに俺を見つけられたのは……そうだ、好きな人の姿を大勢の中から見つけられるなんて普通のことだ。


 つまりは魅了スキルが成功したと見ていいはずだ。


 だったらなおさらこの場所に留まる意味はない。俺は姫様から視線を切って、観客の列から逃げ出そうとして。






「余の兵たちに命じる。そこの少年を捕まえよ」






 背後からその命令が聞こえたときは心臓が止まるかと思った。


「なっ……!」

 振り返らなくても分かる。姫が俺を指さしていることが。


 どうして……!? 何故俺を捕まえようと……!?


 疑問符に埋め尽くされる思考だが、体はするべきことを覚えていた。逃げだそうとする。




「「はっ……!」」

 近衛兵は姫の命令に絶対服従だ。その命令の意味を問うことなく迅速に行動する。

 対して俺は観客の波に阻まれ素早く逃げることが出来ない。

 観客も姫の命令に逆らえるはずがないため、俺のところまで近衛兵がたどり着くルートが開けられて、一直線に駆け抜け捕らえられる。


「くそっ、離せ!」

 二人の近衛兵に取り押さえられもがくが、魅了スキル以外に何の力も持たない俺が鍛えられた近衛兵の拘束から抜け出せるはずがない。そのうち騒がれないように口も封じられた。




「姫様、この者をどうしますか?」

「余の目の前まで連れてこい。ああ、丁重に扱うことじゃ」




 近衛兵はどうして俺を捕まえさせたのかなど無駄なことは聞かず、今するべきことだけを実行する。


 もがいても体力の無駄だと悟った俺は、されるようにされたまま思考をフル回転させて現状を認識に努める。


 姫様に魅了スキルはかかっている。それは間違いないことだ。でなければ本来一観客であるはずの俺個人を対象に行動を起こすわけがない。

 ならば何故捕らえるように命令したのか。

 魅了スキルを使用した狼藉者に罰をということではないはず。姫様は現在俺への好意でもって動いているからだ。丁重に扱えという命令からも俺を大事に思っていることは推察できる。


 だから捕まえろという命令だけが異質だ。俺を害するような命令。好意からそのような命令を発するなんてことあるはずが………………。




 まさか……。




 一つの可能性を思いつく。


 そうだ、魅了スキルにかかった場合の反応だ。 

 好意を持った相手にどのように行動するかというのはその人の気質に関わるものだ。リオと話したとき姫様は普段はワガママだが好きな人相手にはツンデレのような反応をするんじゃないかと予想したが、ここまでの様子からしてそれは間違いだった。

 今、姫様は自分の好意を示すのに従った行動をしている。ああ、そうだ……俺を、好きな人を捕まえるような命令をする反応が一つあるじゃねえか……!


 近衛兵に連れられるままやってきたのは御輿の上、姫様の前だ。御輿はかなりの大きさで二、三人は乗れるようだ。


 そして姫様は取り押さえられたままの俺の頬を撫でながら恍惚とした様子で呟く。








「ああ、余の愛しい人。これからは朝から晩までずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと………………ずーっと一緒だからな」








 こいつは……ヤンデレだ……!!




 焦点のあっていない虚ろな目で俺をじっと見ている姫様。


「誰にも手を出せないように大事に、大事に、大事に、大事に、大事に…………命令じゃ、今すぐ余の居宅まで戻れ!」


 近衛兵に命令を出す。

 いきなり起こった出来事にポカーンと見守るしかない観客を置き去りにして、姫の居宅に向け御輿は動き出した。




 魅了スキルにかかっているなら俺は姫様に命令する事が出来る。

 しかし、現在俺は近衛兵によって口を封じられている。これでは物理的に命令できず、姫様の暴挙を止めることが出来ない。




「サトル君……っ!!」

 どこかから名前を呼ばれた気がした。ユウカだろうか。だが答えることが出来ない。




「余の……私の大事な人。もう絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に…………失わないからな」




 重すぎる好意を囁かれながら、俺は姫の居宅へと連れ去られるのだった。






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