86話 演説
作戦決行日。
ユウカこと私はリオと一緒に、姫様の住居前広場に向かっていた。
「今日のイベントは三行程に分かれています。まずは姫様の住居内にて祭事。これは一般の人には公開されていません。その後広場にて式典が行われ姫様による演説があるみたいですね。最後にパレードで姫様が中心街を練り歩きます。
時間的に今は祭事がもう終わって、姫様の演説が始まっている頃ですかね」
「え、じゃあ急がなくていいの?」
「演説が終わりパレードが始まるタイミングを確認するために向かっているんです。別に最初から聞く必要もありませんし……正直途中からでも聞きたくないんですよね。姫様が演説で何を語るかは知りませんが……どうせまともなことじゃないのは分かりきっています」
「辛辣だね……」
苦笑いするが、私も否定はしなかった。
自分の住居を金で覆うために、民に重い税金を課して苦しませるなんて常人の考えではない。お婆さんの話では昔は普通の少女だったみたいだが……権力とはそこまで人を変えるのか。
そういうわけで演説を聞いたら姫様の印象をさらに悪くするだろうので、現在サトル君は宿屋で待機中だ。演説が終わり次第呼びに行って、作戦のため女性が少ない場所を探すという流れになっている。
中心街を歩き目的の広場を目指しながらも、周囲を観察する。
いつもは活気のない町だが、今日に限ってはそうでない。通りには出店が並び、人の往来も多い。衛兵の姿を多く見られるのは少々無粋だが、治安を保つためには仕方ないのだろう。
町中が盛り上がっており、今日が特別な日であることが感じられた。
では、何故今日は特別なのか?
リオは私がサトル君に漏らす可能性を考えてその理由を教えてくれなかった。それでも想像できることがある。
記念日で町の人も盛り上がり姫様もワガママ言えないというのがポイントだ。おそらくだけど、代々権力を受け継いできた姫様の家系……その初代に関わる何かではないのか?
初代の人の誕生日とか、初代の人がこの地で偉業を成した日とかなので記念日であり、こうして町の人のムードも良く、姫様の権力基盤にも関わることなのでワガママ言うことが出来ない、と。
しかし、やはり姫様が何の家系なのかは分からない。分かりやすいのはこの地を統べる王とかなのに、それは否定されてるし。
……情報収集をした初日に姫様の住居を見たときに覚えた既視感。あれから何回も中心街を出歩いて見る度にやはりこの異世界のどこかで見たことがある、という思いは強くなっていた。
それが姫様の素性に繋がるような気がするんだけど……。
「どうしましたか、ユウカ。歩くのが遅くなっていますよ」
「あ、ごめん」
リオに注意される。
そうだ、今は目の前のことに集中しないと。どうせ今日サトル君が姫様に魅了スキルをかけることが出来れば、もう情報漏洩を恐れる必要がないのでリオから正解を教えてもらえるわけだし。
雑念を追い出しリオと隣だって歩く。少し経って目的地にたどり着いた。
「すごい人数だね」
姫様の住居前の広場。そこには大勢の人が押し寄せていた。遅れてやってきた私たちが割って入れないほどの密度のため、最後尾にポツンと立って聞く。
最初はこの演説の時に魅了スキルをかけることも検討したみたいだけど、観客と壇上の姫様の距離は5m以上離れていて、パレードの方が警備が薄いことからすぐに却下したらしい。
「にしてもこれって演説を聞きにきた人たちだよね。そんなに姫様って支持されてたの?」
「人が集まらなければ牢獄行きだと言い渡された担当責任者が必死で集めた結果ですよ」
「あ、うん」
酷い話で真顔になる。
特設された壇上では姫様が演説しており、拡声魔法がその言葉を会場隅々まで広げている。
「先日、農耕地帯に行ったときじゃったか。身がやせ細って服もボロボロの農民を見つけてな。気になって話を聞くと、これも姫様に納める税が重いからです、と言ったんじゃ。だから言ってやった、余にそこまで奉仕できて満足じゃろうとな。余の言葉を聞けて歓喜したのじゃろうな、そいつは涙を流しながら崩れ落ちた」
すでに演説は始まっていたみたいで、流れは分からないが、姫様はそんなことを話す。
「今のって……」
「精一杯皮肉を言ったが効かなかったってことじゃないですか? 悔しくて涙を流すのも分かるところです」
「そう……だよね」
分かっている、それでも確認しないと勘違いしそうだった。
会場中から「おおーっ、流石姫様だ!」「姫様の威光だ!」「俺たちも姫様のために働いています!」と声が挙がる。それを聞いて姫様も満足そうに頷く。
明らかに狂った空間だった。美談のように話す姫様も、それを肯定する観客も。
「言っておきますが、観客は狂ってませんよ。姫様の機嫌を損ねないためにああ言ってるだけのはずです」
「……そっか」
もうどんな感情でいればいいのか分からなくなる。
「おお、そうじゃ。言い忘れておった。余の住む場所としてふさわしくするために金で覆うための資金が、余の民たちの頑張りによって集まったぞ」
続く姫様の言葉に、今度は演技ではない歓声が上がった。
「え、集まったの? ものすごいお金がかかりそうなのに」
「姫様が今の地位について二年弱。それだけの間法外な税をぶん取ってればそれは凄まじい額になりますよ」
「そうか……でも、目標に達したならもう税金を取る必要は無くなるよね!?」
だから観客も歓声を上げているのだろう。これで今までの地獄が無くなるわけではないけど、これからは普通に暮らせることになる。
私も自分のことのように嬉しくなって。
「さあ、どうでしょうか。そんな甘い話じゃないと思いますけど」
「……え?」
リオは相変わらず厳しい顔で。
「じゃから次はこの広場に余の黄金像を建てることにする! 余の姿を後世まで残すため、余の高貴さが伝わるように黄金でな! そのためにも引き続き頑張るのじゃぞ!!」
姫様の続く言葉が聞こえてきたときには、さすがに自分の耳を疑った。
「黄金像……?」
何を言って…………引き続き頑張れって、重税を止めるつもりはないってこと……?
「どうした? また余のために働けるのじゃぞ? 喜ぶべき場面ではないか、ここは」
演技をするのも忘れ言葉を失う観客たちに、姫様が不満の声を上げる。だが、そうだ。私にだって分かる、観客の心がポッキリと折れてしまったことに。
この雰囲気はマズいと戦慄したそのとき。
「ふざけんじゃねーよ、テメエッ!!」
観客の一人が姫様を指さしながら暴言を吐いた。
「黙って聞いてればふざけたことを……!! 今までも金で覆うなんて馬鹿らしかったが、さらに黄金像を建てるだと? テメエの頭には脳みそ付いてんのか!? いや、付いてねえよな!? だからこんなことを――」
溜まっていたフラストレーションが爆発したのだろう。集まった観客の心を代弁したかのようなその暴言に。
「そやつを捕らえよ」
姫様は眉一つ動かさず命じた。
独裁者の命令を受けた近衛兵が動く。他の観客は邪魔にならないようにさっと退いて道を開けて、暴言を吐き続ける対象が拘束された。
「くそっ、離せ! はっ、都合が悪くなったら力を振りかざすとか、まんまガキの所行だな!! 汚え、汚すぎる!!」
「ゴミの口を閉じよ。目障りじゃ、連れてけ」
姫様の命令を受けた近衛兵が観客の口を押さえたまま、会場の外へと連行していく。
「興が削がれたの。全く、まだあのような不心得者がいたとは……」
姫様が不満をこぼす。正しく反応するとしたら「ええ、その通りですよ」「俺たちはあんなやつとは違います!」「引き続き姫様のために働けて嬉しいです!!という感じだろうか。
しかし、誰もそんな演技をする気力が無かった。捕まるのを恐れて暴言こそ吐かないが、みんな心境は今連れて行かれた者と同じだったからだ。
「何じゃ、お主ら。……気に入らん。どれ、先ほどの奴のように何人か見せしめで連行してやろうか?」
その反応が面白くなかったのか。姫様が恐ろしいことを言い始めて。
「お待ちください、姫様!!」
壇上に一人の男性が上がり姫様を止めた。あの人は……そうだ、初日の夜に見た。この都市のNo.2、オルトさんだったか。
「どうした、オルト。余は不届き者を粛正しようと……」
「そのような些末なことはこのオルトがやっておきます。姫様にはもっと大事なことがあります。御輿の準備が整いました」
「おお……」
「姫様のお姿を一目見ようと、都市中の人が集まり今か今かと待ち望んでおります。姫様はその期待に応えてください」
「それもそうじゃな……よし、では行くぞ。御輿のところまで案内せい」
姫様は近衛兵と共に壇上から去る。その姿が見えなくなったのを見計らって。
「ふう……」
と、オルトさんは一息吐いた。
観客から「オルトさん……助かりました」「ありがとうございます!」「流石です!」と彼を讃える言葉が飛ぶ。
「いえ、私がしたことなんて大したことじゃありません。むしろ姫様の暴走を止められず皆さんに迷惑をかけてしまって……」
オルトさんはペコペコと頭を下げる。
「続いて申し訳ありませんが、パレードも見ていってください。観客が少ないと姫様がまた何をしだすのか分からないので」
その頼みに「オルトさんが言うなら分かったよ」「しょうがないな」「まあパレードに罪はないものねえ」としぶしぶではあるが観客たちが了承する。そして演説が終わったので解散していく。
人の流れに巻き込まれないようにその場を離れながら私は口を開く。
「ねえ、リオ」
「私は何も見ていません、聞いていません」
「もう、そんなこと言わないでよ」
「そうは言ってもですね……あの姫様はもう救いようがありませんよ。暴走した権力者の末路は暗殺か革命による処刑だと決まっています。近い将来姫様が亡き者になっても私は驚きませんよ」
リオはお手上げといったジェスチャーを取る。
「暴言は良くないけどあの人が言ってたことはもっともなのに、有無を言わさず捕まえて……その後もあのオルトさんが来なければどうなったことか」
「サトルさんがもしあの場にいたら……異性として魅力的かどうかの前に、人間としてどうかという問題になったでしょうね。連れてこなくて正解でした」
リオの言うとおりだ。人間には想像力がある。他人の痛みや苦しみを想像できないあの姫様は人間ですらない。
「オルトさんってこの都市のNo.2でまともそうな人だけど、その人でも姫様の暴走を防ぐことは出来ないの? 今回も助かったけど……もうちょっと手前でどうにかならないかなって思って……」
「無理ですね。姫様の命令のみを受け付ける近衛兵という武力を保持している以上、この都市で姫様に逆らえる者はいませんよ。あれでもよくやってる方です」
「近衛兵が…………だったら、私が……」
そうだ、今の私は普通の少女ではない。竜闘士という伝説の力を持つ者だ。近衛兵は数が多くかなりの練度のようだったが……束になってかかってきても余裕で倒せるだろう。
苦しんでいるみんなを助けるために、力を持つ者が責務を果たす。そうだ私がやるべきことは……。
「自分が近衛兵を倒して、姫様を権力の座から引きずり落とす……なんて考えて無いですよね?」
「どうして……」
「親友ですよ、考えそうなことくらい分かります」
「そっか。……でも、間違ってないよね? 悪者を成敗して世を正す……これは世直しだよ。私がやろうとしていることは正義で……」
「何言ってるんですか。ユウカがやろうとしていることはただの破壊ですよ」
「っ……」
リオがぴしゃりと私の考えを否定する。
「ユウカの力なら今の姫様の体制を倒すことは可能でしょう。それでどうするつもりですか? 無政府状態となったこの地を代わりに納めるだけの覚悟や能力がユウカにあるんですか?」
「それは……」
「出来たとして竜闘士の力でみんなに言うことを強制的に聞かせる恐怖政治くらいでしょうか? それが今の姫様と何か変わるところがあるんですか?」
「……」
「悪者を成敗した結果世の中平和になり全て上手く行くようになりましたハッピーエンド、なんてものは絵空物語です。私たちは力を持っただけで世の中のことをよく分かっていない子供です、そのことを忘れていませんか?
力を使って自分が思うようにする……今のユウカは駐留派と同じ考えですよ」
リオの言葉が心にグサグサと刺さる。
そうだ、私は迷って悩んでばかりの子供だ。授かった力で肉体的に強くなったとしても、その精神は幼いままだ。
なのに傲慢にも自分の力でみんなを救えるなんて愚かなことを考えていた。
「私が間違っていた。ありがと、リオ。気づかせてくれて」
「礼には及びません」
……そっか。たぶん姫様も同じなんだ。幼いままその身に過ぎた権力を授かって、暴走してしまっている。私にはこうして間違っていると言ってくれる親友がいたけど、姫様にはたぶんいなかった。
だから。
「あとはサトル君に任せるよ。ていうか元々そういう話だったもんね、サトル君が姫様を説得するって。できるはずだよね、武闘大会の時だってソウタ君を説得したんだし」
「出来ないとは言いませんが……はあ、大変なことを安請け負いしましたね、サトルさんも」
リオが呆れている。
「よしじゃあ演説も終わったし、すぐにパレードが始まるよね。サトル君を呼びに行かないと!!」
「まあ、そうですね……何にしろ、魅了スキルを使用して姫様を虜にしないと取り付く島もありません。この絶好の機会は逃せませんからね」
私とリオはサトル君の待機する宿屋へと急いで歩を進めた。