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85話 命令


 パレードの前日となった。

 日中、俺は部屋にこもって明日の計画について細かいところを詰めていた。そして何とか形になったところで、今日も中心街に出ていたユウカとリオが帰ってくる。


「ただいまー」

「おう、おかえり……早速いいか? 二人に読んでもらいたい物があるんだが」


 俺は用意しておいた手紙を見せた。




「手紙って……まさかラブレター!? え、ど、どうしよう!」

「んなわけあるか。二人にって言っただろ」

「じゃあリオにも告白するってこと!?」

「違うっ! そもそもラブレターじゃないっての!!」


 手紙を見た瞬間のユウカのリアクションは……正直予想できていた。昔は委員長として完璧ってイメージだったが、今ではずいぶん抜けているのだと分かってきた。


「すいませんね、ウチのポンコツが。とりあえず指示通り二人で読みますね」

「ポンコツって何よ!?」

「そうしてくれ」


 憤慨するユウカには取り合わずリオと俺は話を進める。

 ユウカもしぶしぶリオと一緒にその手紙を読んだ。




 すると。


「いーち、にーい、さーん……ワン!!」


 リオがその場で三回回ってワンと鳴いた。




「え……? え……?」

「よし、成功みたいだな」


 呆気に取られるユウカと手応えを得る俺。


「なるほど……こういう命令も可能ということですか」


 リオは直前の奇行も何のその、すぐに冷静に分析している。




「ああ。見れば分かるが、その手紙には『命令だ、その場で三回回ってワンと鳴け』って書いている」

「そしてそれを読んだ私は魅了スキルでサトルさんのとりこになって命令に従う状態ですから、その通りに行動した、と」

「つまり魅了スキルの命令は口頭だけでなく、紙に書いて伝えてもOKってことだな」


 これまで試したことは無かったが、そういうことのようだ。




「ただ同じくとりこになってるはずのユウカには効果がなかったみたいだが――」

「え、あっ、そうだ………………いーち、にーい、さーん、ワン!!」

「別にユウカは魅了スキルに中途半端にかかっていて、命令が効かないことがあるし………………ってあれ、今ごろ効いたのか?」

 説明している最中にユウカがその場で回り出した。ずいぶんと時間差があったな。


「え、えっとこれは……その……」

「ポンコツ……」

「う、うるさいわよ、リオ! ……ああもう油断してたぁ」


 うーん……やっぱりユウカにかかっている魅了スキルの状態がよく分からない。




「ううっ……で、でも紙に書いた命令がOKみたいだけど、それだと誰が書いたのか分からない命令にも反応しそうだよね? でも私もリオもこれまでそんなこと無かったし」

 ユウカが若干涙目になりながら、疑問を口にする。


「ああ、それはおそらく認識の問題じゃないか? 俺からの命令って認識するかどうか」

「そうですね……ちょっと実験しましょうか。サトルさん、余っている紙を貸してください」


 リオに言われた通り渡すと、そのままユウカの目の前に置いた。




「この紙にユウカが何か命令を書いてください。それをサトルさんに手渡して、サトルさんは私に手渡してください」

「つまり……リオにさせたい命令ってことね。分かった」

「なるほど。ユウカからの命令だって分かっていて、でも俺から渡された場合は反応するかってことか?」


 先ほどは俺が手渡した手紙の命令通りにリオが行動した。同じようにして、しかし今回命令がユウカによって書かれたものだと分かっている。その場合でも反応するかどうか。


「よし、書き終わったよ。はい、サトル君」

「じゃあ、リオ」

「受け取りました。さて内容は……」


 リオが命令を読む。そして口を開いた。




「ユウカはポンコツです」




「違うよっ!?」

 ユウカの猛抗議。


 俺もリオが読んだ紙を見せてもらう。えっと『命令だ、ユウカはポンコツじゃありませんと言え』か。しかしリオはそれ通りに行動しなかった、命令は効いてないということだろう。




「やはり駄目みたいですね、サトルさんから渡された手紙でも、中身がユウカからの命令だと分かっているから命令は効かなかった、と」

「命令が効いてないなら黙ってればいいのに、わざわざポンコツですって言う必要あったの?」

 ユウカはジト目だ。まあ、他人にポンコツじゃないって言わせる命令出すのは相当ポンコツだと思う。






「次は逆の実験をしましょうか。サトルさんが命令を書いてユウカに渡し、ユウカが私に渡すと」

「私は渡すだけね」

「今度は中身の命令が俺だと分かっていて、でもそれを他人から渡された場合の話ってわけか」


 さて、どうなるか。さっと俺は命令を書き上げる。


「ほい、ユウカ」

「ん、じゃあ、リオ」

「受け取りました。今度の内容は……」


 リオが命令を読む。そして口を開いた。




「ユウカはポンコツです」




「違うよっ!? って、二回目っ!?」

 ユウカの再抗議。


 俺が書いた命令は『命令だ、ユウカはポンコツですと言え』って内容だった。そしてリオはその通りの行動をした。つまり命令に従ったということだろう。


「こうなると魅了スキルの命令には受ける人の認識が大事ってことで間違い無さそうだな」

「そうみたいですね。別に私はそんなこと思ってないのに、ユウカがポンコツですと言ってしまいましたし」

「白々しい……サトル君もどうしてそんな紛らわしい命令にしたのよ」


 こちらにもトゲトゲした視線が飛んでくる。いや、でも天丼って大事だし。






「それで、これは何がやりたかったの? 私で遊びたかっただけ?」

 ユウカがヤサぐれている。


「そんなことない。真面目な話に戻るが、この手紙を使う方法なら姫様に俺が直接命令する姿を大勢に見られることが無くなるだろ」

「あ……そっか」


 ユウカが腑に落ちた顔をする。




「つまり俺の想定としてはこうだ。明日のパレード、どこかのタイミングで人混みに紛れて魅了スキルを使い姫様をとりこにする。成功したら、命令せずにその日は宿屋に帰る」

「すぐに命令しないってことね」

「ああ。その後は手紙で命令を、例えばこの宿屋まで部下に宝玉を持って来させろとか書いて送る。もし読んでくれればそれで宝玉が手にはいるって寸法だ。この方法なら目立つことがない」

「なるほどー」


 ユウカは納得するが、リオが異議を唱える。


「ですが姫様は手紙を読むでしょうか? 姫は権力者ですよ。郵便物は全て部下が検閲していて、何だこの怪しい文面はとなって姫様に見せないという可能性もあると思いますが」

「ああ。だから手紙は一つの手段だ。例えば他にも町に偶然出てきた姫様に命令文を見せてすぐに逃げるとかな。一度魅了スキルをかければ解除不能だから、俺も姫様の評判を気にせず町を出歩けるし。

 とにかく明日バレないように姫様をとりこにしてしまえばチャンスはいくらでもある」

「なるほど……今まで魅了スキルを使った直後に命令をしないといけないって考えてましたが、使用と命令は別々でいいと……それがこの考えのキモなのですね」

「そういうことだ」


 これで問題点の一つは解決した。




「じゃあもう一つの、人混みの中で魅了スキルを使ったら姫様以外にもかかってしまうって問題点も何か解決策は思いついたの?」

「いや、何も思いつかなかった。力業で行くしかないだろう」

「……まあ、そうなりますか」


 ずいぶんと後ろ向きな断言に、リオも嘆息を吐いて同意する。


 人混みに紛れて魅了スキルを使って俺が使ったことを誤魔化す算段だが、周りに姫様以外の女性がいるとその人もとりこにしてしまう。

 つまり望むのは俺の周りに男性ばかりがたくさんいるという場面だが……パレードには老若男女問わず、都市中の人が詰め寄せるらしい。そのような偏りが起きるとは思えない。




「幸いにもパレード中の姫様を警護する近衛兵は全員男性のようです。女性の近衛兵はパレード前の祭事で役割があるみたいですから」

「じゃあ女性の客をどうにかすれば問題は解決するってことだね」


 それが難しいのだが……やるとすれば。


「まずパレード全体の客を観察して、比較的女性が少ない場所を探す。俺たちはそこに陣取る。そしてユウカとリオは姫様が通りかかりそうになったら、少々強引でもいいから俺の周囲5mから女性客を外に出すように誘導してくれ。そのタイミングで魅了スキルを使う……ってところか」

「強引だね……そんなに上手く行くかな」

「最悪一人や二人の客に魅了スキルがかかっても全力で謝罪して見舞金を送る。その人の心を縛ってしまうが…………世界が滅びるよりはマシだろ」


 俺なんかを好きになる人はなるべく少なくしたいのだが……渡世とせ宝玉ほうぎょくをなるべく速やかに集めて駐留派や復活派に渡すわけには行かない。そういう考えの元に動くと、ユウカにも言ったじゃないか。




「……まあ上手く行くかもしれないよね」

「そうですよ、もしかしたら男ばかりが集まる場所があるかもしれません」


 ユウカとリオが気を使ってくれる。気休めでもありがたい。




「でもこの作戦だと一時的にサトル君が一人になるよね」

「ああ、女性を5m外に出すために必然的にユウカとリオは俺から離れるだろうな」

「人がたくさんいるはずだから、すぐにはサトル君の元に駆けつけられないだろうし……そのときに何か起きたらヤバくない? 独裁都市は治安も良くないし、駐留派が都市内に入ってるかもしれないんでしょ?」

「パレード中は厳戒態勢だろうし大丈夫だろ」

「それは油断だよ!」

「でもこの作戦を崩すわけには行かないぞ。ただでさえ今も綱渡りだってのに」

「そうだけど……じゃあ、分かった」


 ユウカが何か決心したように頷く。




「もしサトル君の身に何かあっても、私が絶対に駆けつけるからね」




「大げさだなあ」

 ユウカの覚悟と対照的に俺は軽く受け取った。


「サトル君は絶対に私が守る……だって私は守護者だから!!」

「守護者って……あの妄言本気にしてるのか?」

 町長や魔族の言ってた話を思い出す。


「妄言じゃないよ! だって魅了スキルは女神様が持ってた固有スキルで、今サトル君が持っている。そして守護者って呼ばれる竜闘士の男性が女神を守っていて、今は私が竜闘士の力を持っているんだよ! だったら私がサトル君を守るのは運命でしょ!」

「いや、それだと俺が女神ってことになるんだが……愛で物事を解決してきたとか、柄じゃねえぞ」


 しっしっと追い払うような仕草でさっさとこの話を終わらせようとしたのだが。




「しかし……愛なのかはともかく、これまでの問題も人の思いを大事にした解決方法で乗り切ってきましたよね」

「え?」


 リオから援護射撃が飛んだ。


「商業都市の時もスパイを断罪すれば終わりだったのにその思いが収まる解決になりましたし、結婚詐欺の時も傷ついたお嬢様に執事のアフターケアを頼んで、ソウタさんとチトセさんの想いがバラバラになることも防ぎましたし……あながち妄言ではないでしょうか?」

「いや、でもそれは俺の功績だけじゃないだろ。商業都市のときはユウカが言い出したことだし、アフターケアはリオが言い出したことだ」

「ですがソウタさんの問題を解決したのはサトルさんでしたよね」

「ぐっ……」

「三人合わせて女神の行いを体現していると考えれば、その中心で魅了スキルの持ち主であるサトルさんが女神の跡を継ぐものという考えも……」

「いいや、間違いだ! 勝手におまえら二人の行動を俺の功績にするんじゃねえ!!」

 リオの言ってることは屁理屈も多分に含まれているのだが、人というのは自分に都合の良い考えを信じるものだ。




「やっぱりサトル君は女神だったんだよ! そして竜闘士の私が守護者!! だったら絶対に守るからね!!」


「違うって言ってるだろ!!」




 案の定のユウカに、俺は心の限り叫んで否定する。


 明日は重要な決行日だっていうのにこんなことでいいのだろうか。


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