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83話 昔話


 翌日。

 ユウカこと私はリオと一緒に中心街に繰り出していた。例によってサトル君は宿屋で留守番している。

 目的は魅了スキルの使用予定であるパレードについての詳細情報だった。当日どのような行程で進むのか、御輿はどのようなルートを進むのか、姫様はその際どのような感じなのかなど、必要な情報は既に手に入った。


 現在はとある事情により古びた本棚が並ぶ中を歩き回っているところだった。




「サトル君が好きそうな本は…………こっちかな」

「分かるんですか?」

「うん。サトル君とよく読書談義するし。サトル君って本のことになると饒舌になるんだよ。で、そうやって話している内に大体の趣向も分かってきてね」

「胃袋じゃなくて、本棚を掴む系女子ですか。斬新ですね」

「……あっ、でもこれの方がさらに喜んでくれるかも………………ん、リオ何か言った?」

「いえ、何も」


 そうかな、何か言ってた気がするけど…………あ、この本もいいかも。




「どうかい、あの人のコレクションは」


 この家の主、おばあさんのしわがれた声が響く。


「もうすごいですよ、これだけの数!」

「そうかい、そうかい。いやはや私には価値が分からなくてね、家のスペースを占有するし、本棚の重みで床板が軋むしで処分しようと思っていたけれど……まあお嬢ちゃんの喜ぶ姿が見れたなら取っておいたかいがあるかねえ」




 おばあさんと私たちの出会いはつい先ほどのこと。情報収集も一区切りしたところで、ひったくりの現場に遭遇したのだ。

 私はすぐに『竜の翼ドラゴンウィング』でひったくり犯に追いつき荷物を取り返して、持ち主だったおばあさんに返した。するととても感謝されてお礼をしたいということで、お婆さんが一人暮らししているこの家に招かれた。

 そしてお茶をいただいているときに本棚に目が付いた私が尋ねると『主人が趣味で集めていたものでねえ……でも先立たれてからは邪魔で邪魔で。気になるなら何冊でも持って行っていい』と言われて見ていたところである。




「処分だなんてもったいないです! こっちで全部引き取りたいくらいで……」

「そんなことしたら旅の邪魔になるでしょう、ほら厳選進めてください」

「はーい」

 リオに怒られる。私はどうにか五冊に絞ったところでお茶に戻った。




「しかしあなたたちぐらいの年頃の娘を見るとホミを思い出すわねえ」

 おばあさんが昔を懐かしみながら口を開く。……って、ホミっていうと。


「ホミ姫様を知っているんですか?」

「あっ、そうだ、姫様の名前だった……」


 リオの質問で思い出す。


「ええ、昔は親交があってねえ。あの子が小さい頃も知っているよ。おばあさん、おばあさんって駆け寄ってくる姿は今も鮮明に思い描けるくらいで。

 でもあの子が当代となってからは関わりも無くなってねえ。……頑張っているのは聞くけど、大丈夫かしら。無理してないといいんだけど」


 おばあさんは純粋にホミ姫様を心配している様子だった。

 その姿は意外だった、今までこの都市では姫様を絶賛するか、文句を言うかの反応しかなかったから。


「今度のパレードはもちろん見に行かないとねえ。一目でもあの子の姿を見るために」

「ええ、そうですね」


 何と返していいか分からなくなった私は曖昧に肯定した。




 その後もしばらく話が盛り上がった後、私たちはおばあさん宅を後にした。本をもらったお礼の言葉はもちろん伝えた。

 もう夕方になっているので進路は宿屋だ。その途中で私はポツリと語り出す。


「私さ、ずっと姫様のことを根っからの悪人だと思ってた」

「そうですね、私もそう思っていました」

「でもおばあさんの語りだと普通の女の子のようで……どっちが真実なのかな」

「どっちも真実ということでしょう。昔は普通の女の子で、権力を持った今はわがままな独裁者となった……それだけだと思います」

「そんなに変わるのかな?」

「ええ、お金もそうですが、権力はそれ以上の魔物です。人を変えるなんて訳ないですよ」

 さらりと言いのけるリオ。そういえばリオの家って政治家とも懇意にしているとか聞いたっけ。




「怖いなあ権力って。そのせいで普通の女の子だったホミ姫様も今のようになって…………いや、そもそも」

「どうかしましたか」

「どうして普通の女の子だった姫様がそんな権力を持つことになったの?」

「今さら気になったんですか?」

「いや、よく考えてみるとおかしいんだけど、ほら何か疑問に思うタイミングを逃すことってあるじゃん」

「まあ分かりますけど」

「ねえ、リオは何か知っているの?」

「オンカラ商会から聞いた独裁都市の基本情報にありましたから」

「じゃあ教えて」

「……。逆に質問しますが、姫様はどうやって権力を持ったんだと思いますか?」


 リオはすました顔でそんなことを聞いてくる。




「えー、逆に? ……うーんと、まず日本の総理大臣みたいに選挙ってことは無いはずだよね。普通の女の子が選ばれるとは思えないし」

「その通りですね」

「じゃあ……他に考えられるのは世襲制とか? 姫様は代々この地を治める王様の家系だとか」

「半分は正解です。店員さんが言っていた『二年前』おばあさんの言ってたとおりホミ姫様が『当代』となってこの地を治める権力を引き継いだのです」

「やっぱり……あれ、でも半分って?」

「王様、という部分が間違いです。姫様の家系は王ではなく、別の物なのですが……」

「別の……?」

「今教えられるのはここまでです」


 唐突に口を噤むリオ。




「えーっ!? どういうこと、気になるじゃん!」

「情報漏洩を恐れてです。ユウカは口が緩いですからね、ユウカを経由してサトルさんに伝わることを阻止するためにもそもそも教えないことにします」

「それは……確かに昨夜も口を滑らせたけど……でも姫様が何の家系なのかが、サトル君が魅力的に思うか変わるようなものなの?」

「いえ、正直関わらないと思いますが……サトルさんの基準が正直分からないんですよ。武闘大会でもあの魔族に魅了スキルをかけようとして、元がおばあさんの姿だったからって理由でかけられなかったでしょう?」

「あーそういえば……何か力説してたけど、正直私も分からなかったし」

「ですからなるべくサトルさんに余計な情報を与えないようにしているんです。今日掴んだ、姫様が普通の女の子だったってことも話してはいけませんよ」

「普通に好感度が上がりそうな情報だけど」

「分かりませんよ。元は普通の少女だったのに、今はあんなに狂ってしまってこの恩知らずめ……みたいに思うかもしれませんし」


 サトル君はそんなに狭量じゃないと思うけど……今現在魅力的に思っているのに不確定要素を追加する必要もない。魅了スキルは今回渡世とせ宝玉ほうぎょくを手に入れるための重要なファクターとなっている。不調を起こしたら作戦が全部パーになる、それは避けたい。




「でも……使命のためだからしょうがないけど、サトル君はあの姫様を魅力的に思っていて、魅了スキルをかけるんだよね」

「何を今さら言ってるんですか? まさか止めて欲しいとでも?」

「サトル君がツンデレが好きだってのは誤解だったけど、それでもあんなに綺麗な人に好かれたらどうなるか分からないじゃん! この都市をどうにでも出来る権力も持ってるってことは見方を変えたら逆・玉の輿だし、もしかしたらサトル君もコロッとその気になって『俺たちの旅はここまでだ、俺はここで姫様と共に生きる』とか言い出したら……」

「そうなる前に全部打ち明けて告白したらどうですか?」

「うっ……それは……」


 痛いところを突かれる。

 でもそうかもしれない。別に彼女でもないのに、サトル君と誰かが付き合うことに文句を言うのは筋違いだ。

 だったら私は……。




「イジワル言いました。告白はまだ止めてください、サトルさんのトラウマをイタズラに刺激するだけの結果になるでしょうし」


 リオが発言を撤回する。


「でも……姫様が……」

「大丈夫ですよ、それくらいでサトルさんが姫様に靡くようなら、既にユウカに落ちているはずです。一応ユウカは清楚な美少女だというのに、そのアタックも受け流しているような人ですし。……まあ、親友評としてはポンコツヘタレなのですが」

「誉めるのか貶すのかどっちかにしてよー」


 何ともな評価だ。


「こう言うと調子に乗りそうなので黙っていましたが、現状ユウカとサトルさんの仲は良好です」

「ほんとっ!?」

「ええ、サトルさんからのガードが緩くなっているというか。以前なら無意識に手を握ったり、どんな理由があろうと抱きしめたりはしなかったでしょうし」

「い、言われてみればそうだけど……でもどうしてそんな風に変わったの?」

「雨垂れ石を穿つ、といったところでしょうか」

「……?」

「慣用句です。固い石でも雨粒が何回も打てば穴をあけることがあるというように、サトルさんの頑なな態度にユウカがめげずにアタックを続けた結果少しは気を許し始めた……ということじゃないでしょうか?」

「色々頑張った効果があったってこと?」

「理性で好意を弾くことは出来ても、本能は難しいですからね。ユウカの好意がサトルさんを浸食し始めたのでしょう」

「表現が酷いけど……そっか」


 最近サトル君との関係が良くなってきたとは思ってたけど、第三者、リオに認めてもらうと自信が沸く。よし、この調子でそのままサトル君の彼女に……。




「はぁ……調子に乗ってますね。だから言いたくなかったんですが……」

「ご、ごめん……」

「だからこそトラウマを刺激するのは止めて欲しいんです。精神的外傷から身を守るのは本能ですからね、サトルさんと付き合うためにいつかは乗り越えないといけない壁ですが、だからこそ中途半端に刺激するのは良くないです」

「分かってる、サトル君と信頼関係を結んでからってことだよね」

「その通りですが…………もしかして考えてたんですか?」

「私だって学ぶんだよ」


 武闘大会決勝の後、サトル君に抱きしめられながら思ったことだ。

 現状、私はサトル君に魅了スキルがかかっていると騙している。騙したのは私が悪いけど、だからって今真実を明かすのは私が楽になるだけだ。

 いつ明かしても傷つけるだろう。それでもそのときに傷を癒せるような立場に……サトル君に信頼してもらうようになる。

 ズルいと非難されようが、私はそうすると決めた。




「……なら私から言うことはありません。サトルさんだけでなくユウカも成長したんですね」

「まあね」

「あとは事故が起きなければいいんですが」

「え、ちょっと、そういうこと言うの止めてよー」

「だってそうじゃないですか。この旅が始まって以来想定した通りに物事が進んだ方が少ないですよ。ドラゴンは討伐から捕獲に、ただの交渉がスパイ当てに、婚約指輪から結婚詐欺に、優勝間違い無しが準優勝に」

「言われてみるとそうかも……」

「ユウカの恋路だけでなく、姫様の魅了スキルをかけるのも普通に成功して欲しいものですね」


 万感を込めてリオが呟いた。

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