80話 ヤキモチ
その後俺たちは結局パンしか食べ物ありつけていないので、場所を変えて夕食を取った。そこも同じく他の町の三倍ほどする値段だったため、腹は満たったがどうにも気分は満たらなかった。
「さて、今晩泊まる宿屋を探さないとですね」
通りを歩きながらリオが口を開く。
「そこも三倍の値段するんだろ?」
「でしょうね。飲食業も宿泊業も税の取り立ては一律みたいですし」
「うへぇ……じゃあせめて安い宿にしようぜ」
「サトル君、お金ならあるよ」
「そういう問題じゃない、気分の問題だ」
我ながら貧乏くさい感覚かもしれないが……いやでも三倍だぞ。元の世界で置き換えると、コンビニで普通のおにぎりが300円で売っているってことだろ? それを普通に食えるか? 俺には無理だ。
「サトルさんの気分を害するかもしれませんが、宿はこの都市でも最上級のところを取ろうと思います」
「え?」
「このような問題があるからです」
リオは俺に話しかけながら正面を向いている。
そこには三人の男が立っていた。汚い身なりでそれぞれの手に武器を持ち、ニヤニヤとしながら俺たちを見ている。
「よう、兄ちゃん。良さそうな女を連れてるじゃねえか? 俺たちに貸してくれよ、なあ?」
「そうそう持ってる金も全部出せよ、じゃないとサンドバッグだぜ?」
「出してもサンドバッグだがな。ぎゃははっ!!」
「…………」
どうやら俺は脅迫されているらしい。三人のチンピラの内、リーダー格っぽい人が俺の肩に手を置こうとして。
「汚い手でサトル君に触らないで」
「はあ? 何だ、女。イキガりやがって……いててててっ!?」
寸前でユウカが腕を掴み、力を込めるとチンピラは喚きだした。
「あ、兄貴!?」
「やろう、俺たちも……!」
「どれがいいでしょうか……あまり強すぎてケガをさせても後が面倒ですし……これにしましょうか。『炎の拘束』」
残り二人のチンピラも迫ろうとしたそのとき、リオが魔法を発動する。炎が三人のチンピラに飛び、その両腕と両足を拘束する。
「な、なんだこれは……っ!?」
「熱っ!!」
「は、外してくれ!!」
地面に転がる三人のチンピラ。
瞬殺だ。俺の仲間が強すぎる件について。
「最低出力ですから軽い火傷で済むはずですよ」
「行こう、サトル君」
「お、おう……このまま放置していいのか?」
「その内見回りに来た人がどうにかするでしょう。私たちが気にすることじゃありません」
冷酷な二人。いやそうか、俺たちを害そうとした相手に遠慮する必要もないな。
首を振って気を取り直すと、俺たちはその場を離れた。
「えっと話の途中でしたね。このように現在独裁都市の治安は非常に悪いものとなっています。ですから宿は最上級でセキュリティのしっかりしているところでないと安心して眠れません」
「まあどんな相手が来ても遅れを取るつもりはないけど気が休まらないし」
「そういうことなら分かった」
というか守ってもらう立場である俺がワガママ言えるはずがない。
「しかし治安が悪いっていうのは……やっぱり税の取り立てが関係しているのか?」
「ええ。法外な税の取り立てにより様々な事業が破綻した結果、失業者が大量発生。生活が立ち行かない者も現れて、犯罪に手を染める者が増えたと聞きます。さっきの輩はただの不良みたいですが、あのような者がのさばるような雰囲気となっているという意味では影響しているでしょうね」
「そこまでなっているのに……どうして誰も止めないの? 独裁者ってことはあの姫様が法外な税の取り立てを命令しているんだよね? 姫様はどういうつもりでそんなことをしているの?」
「それは――」
「ちょっと待った」
ユウカの疑問に答えようとしたリオの発言を遮る。
「どうしましたか、サトルさん」
「すまんな、ちょっと先に今回渡世の宝玉を手に入れるための方針について一つ提案したいことがあるんだ」
「宝玉……さっき言ってたけどあの姫様が持っているんだよね」
「オンカラ商会の情報によるとそうですが……つまり、サトルさんの提案というのは」
「あの姫様に魅了スキルをかける。そして渡世の宝玉を譲るように命令をしようと思うんだが、どうだ?」
身も蓋もない提案だが、これが一番いい方法だろう。
「そうですね……正直私もそう提案しようと思っていました。ワガママ放題の姫様相手に交渉は難しそうですし、オンカラ商会の情報網を持ってしてもこの国の実状については不透明なところがありまして」
「そうなのか?」
「はい。なので魅了スキルの絶対的な力によって宝玉を手に入れる……それが最短のルートだと思います」
リオが了承する。ここまでは想定していたとおりだ。
問題なのは……。
「ユウカはどう思う?」
「……私言ったよね。渡世の宝玉を手に入れるためだからって、魅了スキルを悪用するのは良くないって」
「リーレ村での宴だったか。もちろん覚えている」
「なのに……姫様に魅了スキルをかけるの? かけられるっていうの?」
「そのときから状況は変わったんだ。悠長なことはしていられない、帰還派と復活派っていう宝玉を集める敵対勢力の存在が明らかになったからにはな」
駐留派……カイを筆頭として、宝玉を集めることで悪魔を召喚し俺の魅了スキルを手に入れようとしている。
復活派……魔族レイリと伝説の傭兵ガランが手を組み、魔神を復活させて世界を滅ぼそうとしている。
どちらにも渡世の宝玉を渡すわけには行かない。
「竜闘士のユウカ、魔導士のリオ、そして一応魅了スキルを擁する俺たちは帰還派の中じゃ最強のパーティーだから、なるべく多くの渡世の宝玉を集めるべきだ。こんなところで手をこまねいてられないだろ。ユウカの気持ちも想像できるが……頼む、分かってくれ」
俺はユウカの手を握って真摯に訴える。
ユウカだって俺が言わなくても現状は分かっているはず。だが、清廉潔白のユウカは見方によっては人の物を奪うようなやり方を受け入れられないのだろう。
だからユウカが感情を優先してどうしても駄目だと言ったなら……そのときは別の方法を模索するしかない。竜闘士相手に争っても絶対負けるしな、魅了スキルで命令しようにも中途半端で効かない可能性があるし。
手を握ったままの姿勢でしばらく待つ。すると。
「……あーもう分かったから!」
ユウカは観念した。
「本当か?」
「その代わり宝玉の代金はちゃんと姫様に支払うこと! それが条件!」
「ああ、もちろんだ」
ユウカに言われるまでもなくそのつもりだった。これでも命令して宝玉を売らせるという形ではあるのだが、強奪よりはマシだろう。
「あと姫様が何か宝玉に思い入れがあった場合も駄目だからね。観光の町で婚約指輪だったから魅了スキルを使わなかったときみたいに」
「そうだな……まあでも独裁者で豪勢を極めているだろうし、宝石くらいたくさん持ってるんじゃないのか? 特別宝玉に思い入れがあるとも思えないが……」
「それでも一応確認すること!!」
ユウカに釘を刺される。
「分かった、条件は以上か?」
「あともう少しこのままでいること!!」
「はいはい………………って、おい」
頷きかけてツッコむ。
言われてみるとユウカに説得するために手を握ったままだ。顔を赤くして恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに頬が緩んでいる。
「おまえなあ……真面目な話してるんだぞ」
「わ、私だって真面目だもん! だ、大体いきなり手を握るなんて反則だよ、そんなことされたら何でも了承しちゃうかも……」
「ほう、それは良いことを聞いたな」
ニヤリとほくそ笑んでみせるが、正直ユウカの照れが俺にも移ってきて気力がゴリゴリ削られている状態だった。
魅了スキルの影響とはいえ……俺に手を握られたくらいでどうしてこんなに嬉しそうなんだよ。そんな表情されると…………。
「コホン」
咳払いが一つ。
「んっ……あー、あー……」
喉の調子の確認で二つ目。
「一人は寂しいですねー。これ以上放置されたら何をするか分かりませんねー」
つぶやきが三つ目。
「ご、ごめんリオ!」
「いや、放置するつもりは全然無くてだな!」
俺たちは慌てて手を離してリオに平謝りする。
「分かりますか? 真面目な話をしていたところ、いきなりイチャつかれた気持ちが?」
「別にイチャついては――」
「そうですか。ではサトルさん、今後はユウカとずっと手を繋いで行動してもらえますか、それが普通なんですよね?」
「すいませんでした!!」
言葉以上にそれに込められた圧に俺は震える。
「別に二人がイチャつくのは大歓迎なんですが、時と場合を考えて欲しいですね。宝玉を早急に集める必要性を説いたのはサトルさん自身ですよ」
「そ、そうだよ! 私だってサトル君が急に手を握らなければそんなことは……」
「何を言ってるんですか、そこの色ボケ小娘は」
「酷いこと言われてるっ!?」
リオの矛先がユウカを向く。
「大体、ユウカが提案にさっさと賛成していれば拗れなかった話です。ユウカだって状況を理解しているのに反対した理由……分かっているんですよ」
「え、えっと……それは……方法の是非が……」
「違いますね。単純にヤキモチでしょう? 事も無げに姫様に魅了スキルをかけることが出来ると……姫様が魅力的だと言ってのけたサトルさんを困らせようとした、それだけなんでしょう?」
「流石にユウカもそんな子供じみた考えは……」
「…………」
「持ってるのかよ、おいっ!」
気まずそうに俯いているユウカの態度が口よりも雄弁に語っていた。
「ヤキモチってなあ……大体商業都市でヘレスさんに魅了スキルをかけたときも、観光の町のバーテンダーでも、武闘大会の魔族相手でもそんなことなかっただろ?」
「そのときとは違うの! だってあの姫様私たちと同年代だったし……男の子って同年代の女の子好きになる傾向があるっていうし……」
「そんな傾向は初めて聞いたが……正直姫様についてはギリギリ魅力的に思えるってところだな」
「……? どういうこと?」
「ああいうワガママ放題なやつ苦手なんだよ、俺は。容姿が整っているから何とか踏みとどまっているが……これ以上あの姫様の悪行を聞かされたら『無いわ』って思う可能性がある。そうなると魅了スキルかけられなくなって、宝玉ゲットするのが面倒になるだろ」
「なるほど……だから先ほど姫様がどうしてこのような税の取り立てをしているのか私が話そうとしたのを遮ったんですね」
「あ……そういえば、そんな話の始まり方だったね」
「というわけでこれ以上俺の耳にあの姫様の情報を入れないでくれ。何が原因で魅力的じゃないと判断するか俺自身ですら分からないところがあるからな」
何ともな要求になったが仕方ない。これで税金を取り立てている理由がしょうもないものだったら、まず怒りを覚えてしまうだろうし。
「ねえ、それだったらさっき姫様に追い出されたあのときに、魅了スキル使って虜にしておけば良かったんじゃないの? 一度虜にしたら魅了スキルって解除できないから、姫様のことどう思っても構わないし」
「あのタイミングはまだリオから姫様が宝玉を持ってるって話を聞いてなかったし……いや、聞いてたとしても良くなかったな。
魅了スキルを使ったら明らかに俺が何かしたことがバレるだろ、そしたら近衛兵団に不審者として攻撃されたかもしれない。それでも竜闘士のユウカの敵ではないと思うが、姫に楯突いたって悪名がこの都市だけでなく広まったら今後が面倒だしな」
「魅了スキルは案外目立ちますからね。ピンク色の光の柱が周囲5mほどを埋め尽くしますし」
「あ、そっか」
「それに姫は独裁者でこの都市の頂点だ。そいつに命令する俺が何者だってなるだろ? 魅了スキルの存在はなるべく公にしたくないのは前から言ってるとおりだ」
「では明日からは目立たずに姫様に魅了スキルをかけて命令する方法を探す……という感じで行きましょうか」
「分かったよ!」
話しながら歩いていたため、ちょうど宿屋も見つかりこの都市で動く拠点を確保する。
行動方針も決まりこの都市で本格的に活動する準備が整った。