79話 独裁都市
『5章 独裁都市・少女姫』編、よろしくおねがいします。
隔日の朝に更新出来るよう頑張っていきたいと思います。
俺たち三人は馬車に揺られて次なる渡世の宝玉が待つ地、独裁都市なる場所へと向かっていた。
「異世界にもこんなところがあるんだな……」
車中ですることがなく暇な俺はぼーっと外を見ていたのだが、先ほどから景色が全く変わらない。見渡す限り畑が広がっていて、どうやらこの辺りは農耕地帯のようだ。
「私たちが最初に訪れたリーレ村でも農耕が営まれていたけど……ここはそれ以上の規模だね」
同じく外を見ていたユウカもうなずく。
快晴の昼下がり、畑では農作業に精を出す人がちらほらといた。珍しそうにこちらを見ている人もいる。
リオが出発前に言っていたが独裁都市に向かう馬車の定期便は存在しないらしい。そのため俺たちを支援しているオンカラ商会がわざわざ馬車を出してくれたという話だった。そのため乗っている客は俺たち三人だけである。そういう背景もあってこの辺りを通る馬車が珍しいのだろう。
「独裁都市のメイン産業が農業だとは聞いてましたが……ここまでの規模だったんですね」
「え……じゃあもしかして、もう領内なのか?」
「そう把握しています。この一帯は独裁都市の管轄のはずです」
「『都市』って感じじゃないな」
「気持ちは分かりますが、東京都にだって畑が広がっている地域はあるんですよ」
「あー……まあ言われてみればそうか」
「私たちが目的とする独裁都市の中心街まではもう少しかかるようですね」
「へいへい、おとなしく待ってますよ」
俺は改めて外を見る。
変わらず農作業に励む人たち。独裁都市に住む人たち。
さっきは目を逸らしていたが…………その人々の顔に生気が無かったり、手足がガリガリで痩せこけていたり、身に纏う服がボロボロなのは普通のことではない。
「これで……まだ序の口なんだろうな」
しばらくして時刻も夕方になった頃、馬車が止まった。目的地にたどり着いたようだ。
俺たちは独裁都市の中心街に降り立つ。規模としては前にいた武闘大会が行われた町とそう変わらず大きな方だ。
しかしその雰囲気は真逆だった。
武闘大会に沸いて活気溢れていたのと反対に、この地は人通りが少なく閑散としている。
その理由の一端が夕食を取るために立ち寄った店で明らかとなった。
「パ、パン一つで……この値段だと……?」
出てきたパンを手に持ち一周、二周、三周と見回す。
異世界の生活にも慣れてきて、物価の大体の基準も分かってきたが故の驚きだった。他の町よりただのパンが二倍……いや、三倍の値段で提供されている。
「武闘大会の賞金も入ったからお金には困ってないけど……」
「それはありがたいが……え、もしかしてここすごい高級店なのか? パンにフォアグラでも練られているのか?」
「違いますね、普通のパンです。二人とも察していると思いますが、独裁都市という地の問題です」
俺たちは他の客に聞かれないように小声で話す。
「独裁都市の……」
「何者かに支配された地がユートピアであったことなんて無いしな……つまりは税の取り立てがヤバいってことでいいのか?」
「はい。それはもう法外な割合ですよ」
「そっか……じゃあパンもこの値段で売らないと、店の人がやっていけないってことなんだね」
「酷い場所だな。そりゃ活気もなくなるわ」
「以前はオンカラ商会もこの地に支部を置いて商売を営んでいたようですが、流石にやっていけないということで現在は撤退しているみたいですね」
そういうわけでとんでもない物価となっているが、腹が減っているのはどうしようもない問題だ。店員に注文を伝えた後パンをひとかじりする。普通の味だ。
「…………」
税か……一人で生きていくならともかく、人が社会で生活する以上必要なシステムだと個人的に思う。
町の整備や治安維持などを個人でやっても限界がある。特にこの世界では人を襲う魔物という存在もいるわけだし。どこかで集約して、まとめて当たる方が効率的だ。
しかし、必要以上に取り立てていいはずがない。
畑で脳作業していた人たちのみすぼらしい姿やこの店のパンの値段から、どう考えても行き過ぎた税の徴収が行われているのは明らかである。
どうしてこんなことが出来るのか。どうしてこんなことをしているのか。
「この地を治める独裁者とやらはどんなやつなんだ……」
と、そのとき。
「今日の夕食はここにするぞ!」
店の入り口からそんな声がした。
思わずそちらを見ると高貴な装いを身につけた少女がそこにいる。服に負けない美貌と合わさって一つの芸術品のような少女だ。
まるで別世界の住人のような……いや、ここ異世界なんだけどそれでも群を抜いて異質というか、シンデレラの世界から出てきたと言っても信じられそうなファンタジー的存在だ。俺たちと同じくらいの年なのにどんな環境で育てばこうなるのだろうか。
「……」
少女の脇には直立姿勢で剣呑な雰囲気を発した女性が控えている。周囲を警戒していることから、少女を警護しているのだろう。
「サトル君?」
少女に見とれているとジトーッとした声が耳に入る。
「……どうした、ユウカ」
「どうした、じゃないでしょ。あの女の子をじーっと見つめておいて」
「いや、それは……」
責められるいわれは無いはずなのに、ユウカからのプレッシャーによってしどろもどろになってしまう。どう弁明するか、と考えていると。
「あの人は……どうしてこのような場所に……」
リオが真面目な顔をして思案しているのが気になった。いつもなら嬉気としていじるところなのに。
「ホミ姫様!」
入り口の方でさらに動きがあり、少女を追うようにして一人の男性が店に入ってきた。30代くらいでくたびれた雰囲気を背負っている。
「遅いぞ、オルト。さっさと手配をせんか」
倍ほど年の差がある男性相手に、尊大な態度で命令する少女。
「しかしかような場所でなくとも……帰れば夕食の準備はしてありますが……」
「くどいぞ。余がここにすると言った、それに従うのがおまえの役目だ」
「わ、分かりました」
少女にペコペコとへりくだる男性。その後店の奥へと入っていって姿が見えなくなる。
「何だあいつら……」
どんな関係なんだと気になった俺が、ボソッとこぼしたそのときだった。
「……」
ギロリと、少女の側につく女性の視線が俺を射抜いた。その圧に押された俺は慌てて目を逸らす。
怖っ! 結構離れているのに聞こえたのかよ!?
「サトルさん、刺激しないでください」
「いや、まさか聞こえるとは思わなくてな……」
「それとこの店を出る準備をした方が良さそうです」
「え? でもさっき注文した品もまだ出てきてないぞ」
「分かっています。ですが彼女が来た以上、私たちはここを追い出されるでしょう」
「追い出される……?」
首を捻っていると店の奥から店員が出てくる。客を一人一人回って何かを話している。その流れで俺たちのところにもやってきた。
「お客様申し訳ありません、当店は現在より姫様の貸し切りとなるため退店お願いできますでしょうか? お代の方は結構ですので」
「は……んぐっ」
『はあ? そんな要求あるか』と俺は言い掛けて、リオに口をふさがれる。
「分かりました、ですが食べた分のお代は払います」
「……ありがとうございます」
深々と礼をした店員は次の客に事情を説明に向かった。
「サトルさん」
「ああ……納得はしてないが、状況は理解できた。大人しくする」
「そうしてもらえると幸いです。ユウカも分かっていますね」
「……うん」
理不尽を前にユウカも怒りを覚えているようだが、それを抑えていた。
こうして俺たちはまだ腹も満たっていないがその飯屋を後にする。最後、店を出る直前にその尊大な態度の少女をもう一度振り返って見たが。
「よいよい、余が下々の者に見られながら食事するなどあり得んからな」
「もちろんでございます!!」
「にしても料理はまだか、余を待たせるとはいい度胸じゃな?」
「はっ! もう少しだけお待ちください、姫様!!」
呼び出した従業員――他とは服装が違うので店長だろうか――をいびっている姿があった。
店の外に出ると入り口横で二人の男性が直立不動で警戒している姿があった。姫と呼ばれる少女の側に仕えていた女性と同じ服装なのでそういう立場のものということだろう。
入り口の二人だけでなく店の周囲にかなりの数が立っている。威圧するような雰囲気はとても居心地が悪く、その店から大きく離れてから俺たちは一息吐いた。
「はぁ……ったく、何だったんだ」
いきなり店に来てそこにいた客を全て追い出して貸し切るとか、ワガママにもほどがある振る舞いである。
「リオは何か知ってるの?」
「まあオンカラ商会から一通りこの町の情報については聞いているので。まず、あの剣呑な雰囲気を放っていた人たちは近衛兵団でしょうね」
近衛っていうと……あれか、偉い人を守る専門の役職だったか。
「偉い人って……じゃあやっぱり……」
「そしてペコペコとしていたオルトと呼ばれた男性が……まあ言うなればこの独裁都市のNo.2だと思います」
「そんな偉い人にも命令していたってことは……」
「ええ。この都市における権力の頂点に立つ独裁者。少女姫ホミ――彼女の言葉はこの都市では絶対の法です。
そしてオンカラ商会の調査によると、渡世の宝玉を持っているのも彼女のようですね」
「また面倒そうな案件だが…………宝玉の持ち主が女性だっていうなら……」
武闘大会では終ぞ役目が無かったが……どうやら今回は俺の魅了スキルの出番のようだ。