78話 別れ
武闘大会本戦があった翌日の朝。
俺たちは町の外れで別れる前の言葉を交わしていた。
「ハヤト君がいなくなって二人になったけど……頑張ってね!」
「まあ二人きりの方がいいのかもしれないですか」
ユウカのエールとリオは底意地悪そうにニヤリとしている。
「あはは、チトセと二人で頑張りますよ」
「ソウ君となら二人でも大丈夫さ」
リオの冷やかしも何のその、臆面もなく二人はのろける。
武闘大会が終わり、この町を去るときが来た。ソウタたちともここで一旦別れることになる。
そもそも偶然同じ町に来て武闘大会が終わるまでという条件で共同戦線を張っていたので予定通り。
ここから俺たちのパーティーとソウタたちのパーティーで別の町に向かって、別の渡世の宝玉を手に入れるためにまた奔走するというわけだ。
ただ今交わされた言葉通りで、そこにハヤトの姿はいない。
「それにしてもハヤトのやつ……どこから金を稼いでいるかはアタイも気になっていて聞いたこともあったんだが、ちゃんと働いて得た金だって宣ってな。まあ流石に良識はあるだろうとそれ以上は追求せず引き下がったが……」
「盗みは絶対にだめだよ!」
「それにこの世界に永住するつもりなんですか……僕たちが授かった力は魅力的なものではありますが……」
チトセ、ユウカ、ソウタの三人にもカイとハヤトの会話で判明した駐留派の存在は伝えている。今朝早くリオが手紙を出しに行ったので、他の帰還派にもその内情報が行くはずだ。
ただハヤトがチトセを寝取ろうとしていたという話だけは話さなかった。カップルとなった二人には余計な話だろうし、ハヤトももう諦めたようだからだ。
「何だ、ソウタも駐留派になるつもりか?」
逡巡した様子のソウタに一応聞いておく。
「そうですね……もしあの準決勝の前、力に取り付かれていた状態だったらなったかもしれません。この世界にいれば騎士の力をずっと失わずに済みますから」
確かにあの状態のままだったらヤバかっただろう。そういえばカイもそうやってソウタを駐留派に引き込む算段だったとか言ってたな。
「ですが、今はこうしてチトセと付き合うことが出来ました。僕が居たい場所はチトセの隣です。それが元の世界でまた病弱の体に戻るとしても、隣に居れるように頑張って鍛えます!」
決意表明するソウタ。こいつ気が弱いように見えて、結構大胆なところがあるよな。
「そうなるとチトセ次第ですね。どうなんですか?」
「え……ア、アタイに聞くのかい?」
リオの問いかけにチトセは何故か恥ずかしそうにしている。
「そんな変な質問ですか? 元の世界にいたいか、この世界にいたいかってだけですよ?」
「そ、それなら元の世界だね! はい、この話は終わり!!」
「……怪しいですね。何を隠しているんですか?」
「もしかして元の世界に思い人を残しているとか? ピンチだよ、ソウタ君!!」
いぶかしむリオと煽るユウカ。二人とも、特にユウカがノリノリだ。何かチトセに借りでもあるのだろうか?
「そ、そうなんですか、チトセ。僕捨てられるんですか?」
ソウタが目を潤ませて聞く。いや、ラブラブカップルの癖にこんなこと本気で信じて……あ、口元が笑ってる。二人にノってチトセを弄ってるだけか。
「そ、そんなわけないだろう!? アタイがソウ君以外の人を想ってるなんて!!」
しかしそれを見抜けないチトセは軽くパニックだ。
「じゃあどうして元の世界に戻りたいの?」
「それは……この世界には……………………が無いだろ」
「え、なんて?」
「っ~~~~!! だ・か・ら!! ネズミーランドが無いだろ、って言ってんだ!! アタイはソウ君と二人であそこに行くのが夢だったんだよ!!」
ネズミーランド……あの有名な遊園地か。それに二人で行きたいとは…………ふむ。
「何とも乙女チックな夢ですね」
「え、えっと……ごめん」
リオがバッサリと切り落とし、ユウカが無理やり聞き出したことを気まずそうに謝罪する。
「アンタらは……っ!!」
「っと、逃げますか」
「『竜の翼』!!」
当然チトセはキレて二人を追い回して。
「うん、じゃあ一緒に行こうね……って、あれ?」
ソウタの了承の返事はその場に残されるのだった。
しばらくしてソウタがチトセを宥め事態が落ち着く。リオは魔導士の本気を出して足止めして、ユウカは飛翔スキルを持たないチトセに対して空を飛ぶという反則技を初手から出したので、チトセの拳は二人に一度も触れることはなかった。
「ったくアンタらは……ソウ君の顔に免じて許すけど……へへっ……」
チトセの顔は緩みきっている。怒りが収まらないフリをしてソウタに『ネズミーランドのホテルに一緒に泊まるなら許す』『新婚旅行で本場のネズミーランドに行くなら許す』『結婚してからも定期的に行くなら許す』ともう条件ではなくただの要望を言って了承されたからだ。
つうか普通に結婚まで考えてるんだな、二人とも。それくらいにはラブラブだが。
「結局二人ともノロケるんですね」
「あんまり言うと再燃しそうだから抑えるけど」
リオとユウカはもうおなかいっぱいという表情だった。俺も同じだ。
「さて、じゃあ未来を掴むために、渡世の宝玉のゲット頑張らないとねえっ!!」
「僕も楽しみです! 頑張ります!!」
「あとついでにどこかでハヤトに会って、持ってかれた渡世の宝玉を取り返すのとあいつの性根を叩き直さないとだね」
「ハヤトさんには応援してもらったお礼も言わないとですし……会いたいですね」
ソウタがのほほんとしたことを言っている。真実を伝えていないからしょうがないか。
やつら駐留派も渡世の宝玉を追い求めているわけだし、どこかで遭遇する可能性も高いだろう。出会ったときは是非ボコボコにして欲しい。最後まであいつとは主義主張が合わなかったしな。
「じゃあ僕たちは行きますね」
「三人とも達者でねえ。……あ、そうそうユウカはもっと頑張るんだよ」
ソウタとチトセは手を振りながら次の目的地へと向かう。
「な、何を頑張れって言うのよ!?」
「大丈夫です、私が監視するので」
「最後まで締まりが悪いな……」
顔を赤くしたユウカとキリッとした表情になるリオとやれやれとため息を吐く俺はそれを見送った。
「それでは私たちも次の目的地に向かわないとですが……」
「あ、その前にちょっといいか?」
ソウタとチトセの姿が見えなくなるまで待ってからリオが進行を取るが、俺が遮った。
「どうしたの、サトル君?」
「いや、ちょっとしたことなんだが……ユウカは駐留派の話を聞いてどう思ったか聞きたくてな」
「私が?」
「俺と同じでたぶんユウカも元の世界に戻ることしか考えてなかったんじゃねえか? それがこの世界に残る選択肢を示されて……ちょっとは心が揺れ動いたんじゃないか?」
「珍しいね、サトル君がそんなこと聞くなんて」
ユウカが目を丸くしている。俺だって自覚はしている。
別に他意はない。目的を同じにしていない者と一緒に動くのは良くない……それだけだ。
特にユウカは竜闘士なんて力も授かっている、やはりこの世界に残って好き放題暴れたいとか言い出したらそのときは……まあ……。………………。
「うーんそうだね……ちょっとは良いかも、って思ったのは否めないかな」
「……そうか」
「だってそうすればずっと『夢』を見ていられるってことだもんね。煩わしいことを考えずに楽しんでいられる……」
「夢……?」
何らかの意味が込められた言葉のようだが……はて……?
「でも……だめだよ!! この世界にずっと残るなんて!!」
「どうしてだ?」
「だってそれはもう親と会えないってことでしょ!! まだろくに親孝行もしてないのに!! だから私は絶対に元の世界に戻ってみせる!!」
「そうか……なるほどな、ユウカらしい」
いかにも優等生な理由だ。
「それに……サトル君も元の世界に戻るつもりなんだよね」
「まあカイたちにはラーメンが食べたいとか、読んでない本があるとか理由にして、そう宣言したな」
「だったらなおさら私も元の世界に戻らないと! あ、そうだ。サトル君と一緒に私もラーメン屋行ってみたいかも! おすすめのところ連れてってね!」
「……元の世界に戻ってもそう思ってたなら考えてやるよ」
「あ、言ったからね!」
ユウカは言質を取ったとして嬉しそうにしている。魅了スキルの影響だ。……だが、元の世界に戻れば魅了スキルも解けるはず。その未来が来ることはない。
「はぁ……やはり背中を蹴飛ばしたいですね。この場合はどちらを蹴飛ばすべきか迷いますが……」
何かリオが俺たち二人を見て物騒なことをつぶやいている。
「そういえばリオはどうなの?」
「どう……とは?」
「元の世界に戻りたいか、この世界に残るかだよ。リオのことだからその選択肢には前から気づいてたんでしょ?」
「ええ……まあ駐留派の存在は少し前から気付いてましたし」
「じゃあどっちなの?」
「元の世界ですね」
リオは即答する。
「決断に迷いがないな。どういう理由だ?」
「簡単な話ですよ。ユウカとサトルさんは元の世界に戻るつもりなんでしょう? だったら私も二人の側にいるために戻る、それだけです」
「えっと……照れればいいのか、これは?」
「いえ、二人には私がいないと駄目駄目で、危うくて落ち着いてられないという意味なので恥ずかしがってください」
冗談めかした言葉を容赦なく一刀両断される。
「いやいや……駄目駄目ってどういうことだよ。リオがいなくても俺は……」
「そうだよ、私だってリオがいなくても……」
「どうなんですか?」
「……要所ごとにリオに助けられてるな。生意気言いました」
「すいません、リオ様。これからもよろしくお願いします」
「分かればいいです」
俺とユウカはリオにひれ伏す。
「だいたいこの世界に駐留することを選んだカイさんたちはこの世界を理想の楽園みたいに思っているようですが、この世界だって一つの厳しい現実ですよ」
「言われてみるとそう思うこともあったけど……」
「それでも認識が足りないと言いましょうか。私たちが次に向かう都市で……嫌と言うほど目の当たりにすると思います」
「ど、どんなところなの……?」
リオの脅しめいた文句に、ユウカがおそるおそる聞く。
「独裁都市――独裁者に支配された都市です」
「……これまで訪れた場所とは雰囲気がまた違いそうだな」
こうして俺たちは結局、渡世の宝玉を手に入れることが出来なかったこの町を去る。
次こそは手に入れると心の中で密かな決意を抱く。
俺たちの冒険は渡世の宝玉争奪戦の開始と合わせて、大きなうねりを持った濁流に突っ込もうとしていた。
四章『武闘大会』編完結です。
長い話となりました、ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回の章は『散らばった何かを集める系の話』のテンプレとして『大会の商品がその何か』『他に競いあって集めるライバルの登場』『横槍が入って結局手に入れられない』などの要素を詰め込みました。
タイトルにある『魅了スキル』が『魅了スキル(笑)』になっていたので次章は大活躍する話にしようと思います。
五章『独裁都市・少女姫』(仮)編は少し準備期間を戴いてからスタートします。約二週間、4月15日を目標に帰ってくるつもりです。
前回の更新で一つの区切りで目標だった100ブクマ到達しました、嬉しい。
引き続きブクマや評価、感想を募集しています。
もらえるとモチベーションが上がるので、どうかよろしくお願いします。