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77話 魔族


「魔族……だと?」

 伝説の傭兵、ガランとの交渉中に起きた出来事。顔見知りの婆さんが人払いされたこの場所に現れ、その本性を解放した。

 魔族。褐色の肌に扇情的な衣装を着た女性。ともすればただのエロい外国人だが、頭にある二本の巻き角がそれを否定する。


 魔族とやらについては正直のところ何の知識もないが、その名前の響きや雰囲気からして良くないものであることは想像が付いた。




「……」

「サトル君……!」

 変わらず警戒態勢のリオ。ユウカもスイッチが入ったようで半歩前に出て俺を守ろうとする構えだ。




「どこに行ってた?」

 そんな俺たちの横をいつの間にか通り過ぎていて、ガランは魔族の隣に立った。


「この地に新たな宝玉の反応があって追っていた。残念ながら逃げられたが……そういえばそこの竜闘士以外の二人と会っていたな」

「……となるとこの者たちと同じで女神の遣いなのか? 一緒に行動していないのは不自然だが」

「やつらにも事情があるのだろう。そちらの方がやりやすい」




 新たな渡世とせ宝玉ほうぎょく……俺たちと会っていた?

 あ、カイのやつらか。俺たちには見せなかったが、自分が手に入れた渡世とせ宝玉ほうぎょくを持って来てたのだろう。

 しかし反応を追ってとは……あの魔族は渡世とせ宝玉ほうぎょくの位置が分かるとでもいうのか……?




「まあいい、それより頼めるか?」

「これは珍しい。酷くケガをしているな」


 ガランがひしゃげて曲がった右腕を見せると魔族が『妖精の歌フェアリーコーラス』と回復魔法を発動する。光に包まれたかと思うとケガが治った。

「……よし」

 ガランは右腕を開いたり閉じたりと状態を確認している。完全に元通りのようだ。




 治療を終えると魔族は俺たちの方に向き直った。


渡世とせ宝玉ほうぎょくを集めていることから想像はしていたが……貴様らは女神の手の者のようだな」

「そうだ……と言ったらどうする」

「感心するだけだ。女神がこんな悪あがきを企んでいたことにな」


 憎々しげに吐き捨てる魔族。どうやら女神をかなり敵視しているようだ。




「女神の敵……ってことは私たちの敵でもあるってこと?」

「まあ詳しく聞くのはとりこにしてからでいいでしょう」

とりこって……あ、そうだよ!」

「ええ。何のつもりか知りませんが、私たちにとって女性は取るに足らない相手です」


 ユウカとリオが話しているのは俺が唯一持つスキル『魅了』についてだろう。


 二人に言われるまでもなく、こちらに敵意を向ける魔族を見た時点で俺も使用することを思いついていた。

 かかった相手は俺に好意を持ち、どんな命令も身体が従う。女性限定とはいえ、一発で相手を戦闘不能にする必殺スキル。

 それが魔族にも効くのかは不明だが、人に近い生物ではあるようだしおそらく大丈夫だろう。


 そこまで考えが及んでいるのに、すぐにでも使うべきなのに未だに使っていないその理由は…………。




「サトル君!」

「サトルさん!」


「物は試しか…………『魅了』発動!」


 二人の呼びかけに俺はスキルを発動。

 俺を基点に半径五メートルがピンク色の光で埋め尽くされる。範囲内の対象をとりこ化するわけだがすぐ近くにいるユウカとリオは既にとりこになっている。ガランさんは男のため除外。だから残る一人、魔族にのみ力は作用する。

 その結果――。




「そのスキルは…………っ!」

 魔族は目を見開いて驚いている。

 素の反応のようで、俺への好意を持っているとは思えない。

 つまり魅了スキルは失敗したのだ。




「やっぱりか……」

 この結果は予想できていた。だからスキルの使用を渋っていたのだ。


「ど、どういうことなの、サトル君!?」

「魔族には効かない……いや、そうではなくて……」

「これは魅了スキルの問題だ。魅了スキルの効果対象は『魅力的だと思う異性』だ」

「そうだけど……」

「ですが敵であることを抜きにすれば姿は整った女性で……」

「その前があっただろ?」

「前って……」

「もしかして『変身』の解除ですか?」




「ああ……どうしてもやつがお婆さんだったことが頭をちらついて……魅力的だと思うことが出来ないんだ……!!」


 大問題だという感情を込めて俺は叫ぶのだが。




「えっと……そんなことで?」

「お婆さんの姿は仮の物で本質ではないと思いますが……」

「それでも俺が最初に見た姿はお婆さんだ。俺の中ではその印象が染み着いてしまってるんだよ!」


「「…………?」」


 やっぱりユウカとリオには理解してもらえなかった。二人の表情からして、そんなの些末なことだ、と言いたげなことが伝わってくる。


 だが違うのだ。ふと思い出す、男の娘という見た目完璧女性だけど性別は男というキャラがいて、主人公がその子に惚れるというマンガを何かの拍子で見たときも『え、男だろ?』というところが引っかかってどうにも感情移入できなかった。

 今の状況とは少し違うかもしれないが、とにかく俺はそういう細かいところが気になる性分なのだ。




「理屈は分からんが……どうやら助かったようだな。危ない危ない、まさか『魅了』が――女神が持っていた固有スキルが、こんな少年の元に渡っているとは」


「女神が……?」

 魔族のつぶやきに俺の思考は戻される。


「魅了スキルの持ち主の傍らに控える竜闘士……本当にまんまだ。我らの野望を打ち砕いた女神と守護者に」


「それって……」

 ユウカも思い出しているのだろう。


 昼食会の時に町長に聞いた話。女神をいついかなるときも守った守護者。その者は竜闘士だったようで、ユウカはその力を引き継いでいるのではないかという話だった。

 そして魔族が言うように魅了スキルが女神の持ち物だとしたら、それを引き継いでいるのは俺だ。女神と守護者という関係が、性別が逆転して俺とユウカで現代に再現されているということになる。


 いや、それよりも先ほどから気になるのは――。




「女神が生きていたのは太古の昔のはずだ。なのにさっきからあんたは経験してきたことのように語っているな。どうしてだ?」

「その太古の昔から生きている、それだけの話だ。魔族の寿命が人ごときと同じだと思ったか」

「やっぱり中身もババアじゃねえか、これは魅了スキルかけるのも無理だな」

「……生意気なところも女神そっくりだ」


 売り言葉に買い言葉の応酬。




「思い出しました……魔族、長大な寿命と高い身体能力に加えて、特徴的なスキルを持つと」

 ずっとリオは記憶の検索をしていたようで、その情報を口にする。


「特徴的なスキル……察するに固有スキルとやらか」

「はい。他とは一線を画する強力なスキルです。魔族と稀に人の身であっても授かることがあるようです。考えたことがなかったですが、サトルさんの魅了スキルも固有スキルの一つみたいですね。

 固有スキルは持ち主ごとに効果が全く異なります。今目の前にいる魔族が持つスキル『変身』とはその現象からして、絶対に見抜くことが出来ない隠蔽スキルということでしょう」

「絶対に見抜けない?」

「ええ。観光の町で女装だったバーテンダーについて話したとき、スキルに頼った隠蔽はスキルによる看破が効くと話したでしょう?」

「ああ、そうだったな。だからあの人はバレないように自らの努力だけで女装していた」

「あの人が普通にお婆さんに化けていたならば、私が『真実の眼トゥルーアイ』で見たときにそれを見抜けたはずです。しかし完全に欺かれた。戦闘向きではないですが中々に厄介なスキルですよ」


 リオが歯噛みする。出し抜かれたことが悔しいのだろう。




 ガランが魔族に問いかける。


「やつらに接触していたのか?」

渡世とせ宝玉ほうぎょくを集めているのがどのようなやつらか偵察する意味でな。あの小娘が近寄る者全てを警戒していたから『変身』した状態で近づいた。しかもこの地に大規模な結界を張っていたから、元の姿に戻るとバレるので中々に動きづらくてな」

「そうか……決勝前に回復に来れなかった理由が分かった」


 回復……そういえばスルーしていたが、話し出す前に魔族の回復魔法をガランは受けていた。信頼するものからしか受けないと公言していたのに。




「ガランさん……あなたはその魔族のことを信頼しているんですね?」

「そうだ。故郷を亡くした今、この者だけが私の信頼する者だ」

「そうですか……なら、失礼なことを言いました。ごめんなさい。あなたにも仲間がいたんですね、そこに差はなかった」


 律儀にユウカが謝る。


「別に気にしていない。結局は経験の差で勝負は付いた。そしてこうやって渡世とせ宝玉ほうぎょくを手に入れることも叶った」

「これで我が使命の実現に一歩近づく」


 魔族はガランから預かった宝玉を左手で持ち、右手で慈しむように撫でる。




「ガランさんに大会に出て渡世とせ宝玉ほうぎょくを手に入れるように指示したのはあんただってことか? どうして渡世とせ宝玉ほうぎょくを狙う、使命とは何だ?」

「そこは伝わっていなかったか。伝承が途切れたというならば、教会の力を削いだことにも意味があったというもの」

「何を……?」


 疑問符を浮かべる俺に魔族は宣言する。






「魔族の悲願は一つ……!

 太古の昔、憎き女神により封印された魔神様を渡世とせ宝玉ほうぎょくを集めることで復活させて、今度こそこの世界を滅ぼすことだ……!」






「なっ……!?」

 魔神の復活、世界を滅ぼす……まるで現実味の沸かない発言だが……そうだ、ここは異世界だ。そのようなことが起こり得る世界。



「そのためにこの世界に唯一残った魔族――私、レイリが渡世とせ宝玉ほうぎょくを集めている。貴様らが持つ渡世とせ宝玉ほうぎょくも奪いたいところだが……行けるか、ガラン」

「無理だな。回復はしたが消耗も激しい。竜闘士はもちろん、魔導士の少女もかなりの力の持ち主だ。それに周囲に人が多い、今目立つのは得策ではないだろう。一つ宝玉を手に入れたことを成果として、この場は引くのが賢明だ」

「そうか……貴様の戦局判断の目に疑う余地はない。従うとしよう」


 魔族――レイリという名前らしい――は振り向いて去ろうとする。




「そんな世界を滅ぼすって言われて放っておけないよ!! 今この場で取り押さえて……!!」

「駄目です、ユウカ。ガランさんの実力は本物ですし、レイリさんの実力は未知数です。勝てるか分かりませんし、それに非戦闘員、サトルさんを抱えて攻めに出るのは愚行です」

「っ……それは……」


 リオがユウカを思いとどまらせる。




「さらばだ、竜闘士の少女よ。今度会うときまでに、その力と技術に見合った経験を積むことだな」

 ガランは背中越しにユウカへと語りかける。


「……一つ聞かせてください。あなたが信頼するといったレイリさんは世界を滅亡させることが使命だと言いました。なのにあなたはその人に付いていくんですか?」

「無論だ。彼女の使命は我が使命のようなもの。それに……個人的にこんな世界など滅ぶべきだと考えている」

「それは……」

「……口を滑らせたか」


 背を向けているガランの表情を窺うことは出来ない。


 俺たちは二人が去っていくのを見届けるしかなかった。






「魔神の復活……か」

 二人の姿が見えなくなって俺はポツリとこぼす。


 なるほど、これで色々と繋がった。




 太古の昔に魔神は封印された。


 それは逆に言うと、一度はこの世界で魔神が暴れたということ。


 その現象は何だったのか、心当たりは一つ。




「災い……人類の存亡に関わるような危機は……魔神によるものだったんじゃないか?」




 女神教の始まりは災いを退けた一人の女性への感謝からだ。

 つまり女神がどうにかして魔神を封印したのだろう。


 そして女神は最期に『災いはまだ終わっていない。この大陸に再度降りかかる。しかし心配はいらない。その時には我が遣いがこの世に召喚され防ぐであろう』と言い残した。




 そして現代。

 俺たちは女神によって召喚された。この世界を救って欲しいという目的を与えられて。


 再度降りかかろうとしている災いが『魔神の復活』だとしたら……ああ、それを企んでいる者が先ほどまで目の前にいた。

 理屈は分からないが、どうやら渡世とせ宝玉ほうぎょくを集めることで魔神の復活は成る。


 つまり。




「俺たちが渡世とせ宝玉ほうぎょくを集めれば、必然的にあいつらの手に渡らず魔神の復活を阻止できる」




 それが俺たちの使命が持つ本当の目的。






「第三の渡世とせ宝玉ほうぎょくを狙う集団の登場……人類最強と魔族の厄介なタッグですか」

「第三……? あれ、第二は?」

「ああ、まだユウカには教えてなかったな。俺たちクラスメイトにも厄介な問題が起きていてな……はあ、ったく。忙しくなりそうだ」




 異世界からの帰還を目的とする俺たち。


 異世界に駐留するつもりのカイたち。


 魔神の復活を目論む魔族たち。




 三者三様の理由で渡世とせ宝玉ほうぎょくを求める……三つ巴の争奪戦の開始だ。



次が4章最終話です。

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