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76話 お金


 コロシアムに張り巡らされた通路の一つ。

 そこで俺たちはガランと接触することに成功した。


「決勝戦ぶりだな、少女よ。こんなに早く再会するとは思わなかったが」

「私もです……それにしてもその腕は……」


 ユウカが指摘したガランの右腕は、決勝において素手で衝撃波に突っ込むという暴挙をした結果、ひしゃげてあらぬ方向に曲がったままだ。


「これだけ見るとどちらが勝者か分からんな。敗者がほぼ無傷だとなおさらだ」

「わ、私の仲間の……こっちの少女、リオが回復魔法を使えるんです! 治しましょうか!?」

「いや、いい。悪意無き申し出なのは分かっているが、すまない性分でな。染み着いた生き方は中々抜けそうにない」


 ガランはユウカの申し出を固辞する。観客席にも聞こえていたが信頼できる者からでないと、回復魔法を受けないという話だったな。




「しかし、その仲間の力だな。先ほどから不自然なほどに誰とも会わないと思っていたが」

「結界魔法の力で人払いをしました。今この空間を認識できるのは私たちとあなただけです。話を聞いてもらうために勝手なことをしました、気に障ったら謝ります」

「いや、逆にこっちが礼を言いたいくらいだ。目立ちすぎたせいで大勢の人に囲まれることを覚悟していたからな。この精度と良い中々の使い手のようだ」

「恐縮です」


 ガランとリオの会話。カイのときに言っていた襲撃に備えるための結界魔法か。

 確かに今この廊下には俺たちとガランしかいない。武闘大会優勝者と準優勝者がいる場所が注目されないはずがないので、リオの力がしっかりと働いているのだろう。


「そして話というのは……そちらの少年からか? 力を一切感じられないのに、やり手の二人が慕っている。リーダーなのだろう?」

「器じゃないことは分かってますが……。俺はサトルといいます。今回あなたが武闘大会で優勝したことで手に入れた副賞、渡世とせ宝玉ほうぎょくを譲ってもらえないか交渉に来ました」


 考えてみれば俺がガランと話すのは初めてだ。名乗っておく。


「知っているかもしれないが、私の名前はガランだ。そして交渉か」

「はい。現在俺たちは元の世界に戻るためにその渡世とせ宝玉ほうぎょくを集めているんです」

「元の世界に……?」

「長くなるので要点だけ伝えます。まずは――」


 俺はこの世界に召喚されたことや女神についてなど、渡世とせ宝玉ほうぎょくを集めている理由を話した。




「なるほど……難儀なことに巻き込まれたのだな。予選、準決勝で戦ったあの二人も若いのに使い手だった理由はやはりそうだったか。そしてそちらの少女が力と技術があるのに経験が足りなかった理由も……」

「そういうことで俺たちは渡世とせ宝玉ほうぎょくを集めているんです。どうかあなたの持っている宝玉も譲ってもらえないでしょうか?」

 俺は再度用件を伝える。



「苦労した身の上話を聞かせればタダで譲ってもらえる……そのような甘いことを考えているわけではないな?」

「もちろんです。渡世とせ宝玉ほうぎょく……そのサイズの宝石はかなりの価値があります。相場の五倍は払います」

「五倍か……まあそれだけは持っているのだろうな。少女の準優勝の賞金も入っただろう」

 ガランの言うとおり、かなりの出費になるが俺たちが払えない金額ではない。


 これで通るはずだ。

 この人は昨日の昼食会で言っていた。故郷を守るために金が必要だったと。武闘大会に出場したのも金のためだろう。それならば渡世とせ宝玉ほうぎょくも金で買うことが出来るはず。

 ユウカが優勝すれば必要ない手間と出費だったが、もし負けてもこうして入手する算段が付いていた。そう、最初から渡世とせ宝玉ほうぎょくの入手は確実だったわけだ。




「お金が必要だと聞きました。故郷のために、あなたの使命とやらのために。良い話だと思いま………………………………あれ?」




 念押ししようと口を開いて気付く。


「……自ら気付いたか。頭が回る方ではあるようだな」


 ガランはやれやれといった表情だ。




「どうしたの、サトル君」

 ユウカが問いかけに俺は答える。


「いや、俺はずっとガランさんがお金のために武闘大会に出場したのだと思っていたんだが……」

「そういう話だったよね?」

「考えてみると微妙に噛み合わないんだ。昼食会の時、チトセの質問で戦場を渡り歩いたのはお金のため、外貨を稼ぐことで故郷を生き永らえさせるためだと言った。それがイコールで現在のガランさんの使命だと思った」

「でも……あ、そうだよ」

「ああ。チトセは最初ガランさんの話をしてくれたときにこう言っていた。『最初に訪れた町がちょうど伝説の傭兵の故郷だった場所の近く』と」

「『だった』って……じゃあ、ガランさんの故郷は無くなっているんですか!?」


 ユウカの質問にガランは重い口を開く。


「そうだ。私の奮闘もむなしくな」

「……ご、ごめんなさい。無神経なことを」

「いい。それで少年、続きの考えを聞かせてくれ」


 続きの促しに俺は従う。


「つまり戦場を渡り歩いていたときは金のためだったけど、今は何か別の使命の下で動いている……そう考えるのが自然だ。だったら今は何のために……それはわざわざ武闘大会に出場したことから推測できる。武闘大会で得られるものは究極的に三つしかない。名誉かお金か町長の気まぐれと呼ばれる副賞だ」


「伝説の傭兵という勇名を持っているからさらなる名誉に魅力はないだろうし、新たな使命がお金じゃない可能性も高いし……」




「だから残りは一つ。あなたも副賞……渡世とせ宝玉ほうぎょくを手に入れるために、優勝を目指していたということですか?」




 考えてもみなかった可能性。

 だが、俺はいまさらながら思い出した。

 ほんの二、三時間前に会ったカイの『渡世とせ宝玉ほうぎょくを狙うのは僕たちだけじゃない』という言葉を。




「私からも質問があります」

 リオが挙手して発言する。


「ガランさん、あなた先ほど私たちの事情を述べたときに『予選、準決勝で戦ったあの二人も若いのに使い手だった理由はやはりそうだったか』と言いましたよね。この『やはり』とはどういう意味ですか? 既に廃れた宗教である女神教の伝承、女神の遣いについて知るところがあったんですか?」


 リオの言葉にはっとなる。

 やはりこの人も渡世とせ宝玉ほうぎょくを知る関係者なのだろう。だとしたらどういう理由で宝玉を手に入れて――。




「目聡い若者たちだ。そして――遅かったな」




 ガランはフッと笑うと、その手に持つ渡世とせ宝玉ほうぎょくを放り投げた。


「っ……!?」


 突然の行動。放物線を描いて渡世とせ宝玉ほうぎょくが飛ぶ。

 最初は俺たちに渡したのかと思った。しかし、その軌道は俺たちを頭上を優に越える。


 そして。




「すまんねえ、受け取ったよ」




 いつの間にか俺たちの背後にいた人物がその渡世とせ宝玉ほうぎょくをキャッチした。

 振り向いてそこにいたのは――。


「お婆さん?」


 ユウカのつぶやきの通り。

 予選の時に俺たちに席を譲ってくれた人の良さそうな婆さんだ。でもどうしてこんなところに……。




「二人とも警戒してください!!」

 リオが叫ぶようにして呆ける俺たちの思考を叩き直す。


「ど、どうしたリオ?」

「あり得ません……この一帯は人払いの隠蔽をかけているのに……お婆さん、あなたはどうやって入ってきたんですか!?」

「っ……そういえば」


 リオが最初に言っていたことだ。現に先ほどから誰も人通りがない。

 なのにこうして婆さんは俺たちの目の前にいる。




「なあに簡単なことさ。最上級の隠蔽は、最上級の看破で見破れる。私も『真実の眼トゥルーアイ』のスキルを持っていてねえ」

 その理屈は俺もリオから聞いたことがある。この婆さん実はかなりのやり手だったのかと感心して。




「そちらの方があり得ません!! あなたは一度私が『真実の眼トゥルーアイ』で見て、何のスキルも持っていないことを確認しているのに!!」


 リオの叫びは止まらない。ここまで取り乱すのは珍しい、どうやらかなり規格外の出来事が進行しているようだ。




「……思い上がるな、小娘。人の身ごときで私の固有スキル『変身』を見破れると思ったか」




 婆さんは丁寧な口調をかなぐり捨てて尊大な口調になる。……いや、戻ったと言うべきか。




「『変身』解除」




 婆さんが命じるとその姿が光に包まれ、晴れたときには全く違うスタイルの女性がその場に立っていた。

 先ほどまではヨボヨボの肌にいかにも年寄りといったダボついた服を着て腰も曲がっていたのに、濃い褐色の肌に扇情的な衣装を着て胸を張った女性に変わっている。


 いや、それ以上の特徴がその頭頂部に現れていた。


 ヤギのような巻き角――魔の象徴が二本生えているのだ。




「ど、どういうことだ!?」

「い、いきなりお婆さんの姿が変わって……」

「この世界の常識を学ぶ中で聞いたことがあります……ですがこの世から滅んだという話だったのに……どうしてこんなところに……」


 驚くだけの俺とユウカと違って、心当たりの名前をリオが呼ぶ。




「彼女は……魔族です」





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