75話 抱擁
「それでは表彰式の準備が出来るまでに決勝の総評について伺いたいんですが」
「分かりました。開幕衝撃波のぶつかり合いから始まった試合、最初の攻防からお互いの戦い方がはっきり出ていましたね」
「特攻したユウカ選手に対して、堅実な立ち回りをしていたガラン選手ですね」
「そこからハイレベルな攻防が繰り広げられ……ワンパターンな攻めだと思われたユウカ選手の攻めは罠、搦め手がきっちりと刺さり有利に立ちました」
「このままユウカ選手が押し切るかと思った直後、ガラン選手捨て身の特攻が成功して幕切れとなりましたが……この最後の局面どうみますか?」
「あの時点でガラン選手は大きくダメージを負っていました。堅実に戦っていては逆転不可能。賭けに出ないと勝ちの目が無いため行動自体は自然だと思われます」
「それではユウカ選手が一転して堅実に攻めようとしたのがマズかったということでしょうか?」
「いえ、そうではありませんね。両選手、あの時点で取れる手は二種類に分かれていたと思います。ガラン選手は特攻かカウンター。ユウカ選手は積極的か堅実か。
例えば最後のガラン選手の特攻ですが、ユウカ選手が今まで通り衝撃波を追いかけて飛んでいた場合不発となっていたでしょう? 足を止めて遠距離から攻撃を続けようとしたから餌食となってしまった」
「なるほど」
「だったら積極的が正解だったかというとそうでもありません。ガラン選手はもう賭けに出るしかありませんから、相手の突進を呼んでカウンターに高火力な技……例えば『竜の潜行』などを合わせていればユウカ選手の負けもありました。
しかしそうしてカウンターを狙った場合は、ユウカ選手が遠距離から攻撃を続けて堅実に攻められるとダメージの分不利になります」
「つまりガラン選手の特攻はユウカ選手の堅実に来た場合は勝ち、積極的に来た場合は負け。カウンターは積極的に来たときに勝ち、堅実に来たときは負け、ということですか。ジャンケンのような状態だったという事ですね」
「ええ。ですからユウカ選手の敗因はガラン選手に次の手を読まれていたことになるでしょう。ユウカ選手の失着というよりは、ガラン選手が上手かったと褒めるべきでしょうね」
「解説ありがとうございました! と、話している間に表彰式の準備が整ったようです!!」
「優勝おめでとう、ガラン君!!」
「ありがとうございます、町長」
「伝説の傭兵の勇名に勝るかは分からぬが、武闘大会優勝、最強の座は君の者じゃ!」
「もったいない言葉です」
「優勝賞金と副賞である宝石……ああいや、渡世の宝玉というのじゃったな、の授与である!!」
「……頂戴します」
「準優勝、ユウカ君! 決勝での戦いは見事だった!! 後世まで語り継がれるだろう! 儂もこの目で見ることが出来て感激じゃ!!」
「……ありがとうございます」
「あと一歩のところで届かなかったが、めげずに頑張って欲しい!!」
「精進します」
「それでは準優勝の賞金授与じゃ!!」
「……ありがとうございます」
「………………」
…………。
「………………」
…………。
「………………」
…………。
「ナイスファイトだったねえ、ユウカ」
「見ていてとても熱くなりました!」
「お疲れさまです、ユウカ」
「……みんな」
仲間たちの言葉に私の意識はふっと浮かび上がる。
ここは……リング袖か。決勝で負けてから何も考えられず、機械のような動作で表彰式を受けたことは何となく思い出せた。
それも終わってリングから退場したところで仲間に出迎えられた……ということなのだろうか? 記憶が曖昧だ。
みんなにかけられた暖かい言葉。心配をかけさせているのは分かっているけど……すぐに切り替えられなかった。
絶対に勝たないといけない勝負だった。渡世の宝玉を手に入れて元の世界に帰るために。
私たちの使命の実現が遠ざかる。みんな残念に思っているはずだ。私だって残念だ。
「……」
何か、今の私、だめだ。思考がドンドン暗くなる。
私なんて、私なんて……自己を責める声が止まらない。
いや実際責められて当然だ、私は失敗したんだから――。
「ユウカ」
「サトル君……」
サトル君に名前を呼ばれる。
そういえば……負けたことで願い事も無効になったんだ。
優勝したときにサトル君に抱きしめてもらう。チトセとソウタ君が羨ましくて交わした約束。
でも、私は負けてしまった。サトル君に抱きしめてもらえない。抱きしめて欲しかったのに。
……いや、当然のことだ。結局私は何も成し遂げていない。なのにご褒美をもらおうなんてワガママだ。
私はなんて図々しいのか。こんなんじゃサトル君にもいつか……いや、今にも嫌われて――。
「っ……」
何かがぶつかった。
そして私は暖かいものに――人肌に包まれる。
「え……?」
「よく頑張ったな、ユウカ」
気付くと私はサトル君に抱きしめられていた。
「どうして……だって私負けたのに」
「ああ、そうだな。ユウカは頑張った。でも惜しいところで届かなかったな」
抱きしめながら優しく声をかけるサトル君。
「だから願い事も無効……なのに」
「ああ、そうだ。約束は不履行だ」
「なのに……どうして?」
「別に願い事や約束が無いと抱きしめちゃいけないなんてルールは無いだろ。俺がしたいからそうしてるだけだ」
「サトル君が……」
「ま、だから抱きしめられるのが嫌だったら言ってくれ。すぐにでも解放するから」
「……しばらくこうしていて欲しい。だめ?」
「駄目なわけあるか。了解」
サトル君が抱きしめる力をほんの少しだけ強くする。
私はサトル君の胸に頭を埋める。
「サトル君の心臓の鼓動……すごい速くなってる」
「言うな。慣れないことして緊張してんだよ」
「慣れてないんだ?」
「俺がそんな普通に女子を抱きしめるような気障なやつにみえるか? それに彼女いない歴=年齢だし」
「だったら私が初めてなんだ」
「……ああ、そうだよ。悪かったな」
ぷいっと顔を逸らしながらサトル君が答える。
女性経験が無いことが恥ずかしいという感情からだろう。
そんなことないのに。少なくとも私はそちらの方が嬉しい。
「だったらどうして私を抱きしめてくれたの? 私のこと好きなの?」
「調子に乗るな。ユウカが茫然自失していたからさっさと立ち直らせるためだ」
「もう恥ずかしがっちゃって」
「……十分立ち直ったみたいだな、そろそろ終わりに」
「あ、待って待って! 私まだ落ち込んでるから!」
「とてもそう見えないが……ったく」
好きな人の温もりを感じる。好きな人に抱きしめられる。
それだけでこんなに嬉しくなれるなんて知らなかった。さっきまで暗いことばかり考えていたとは思えないくらい私は幸せだ。
私は抱きしめられるばかりだった体勢から抜け出して、サトル君を抱きしめ返す。
「えへへ……意外とサトル君も肩幅広いんだね」
「意外は余計だ。ユウカだってこんな細い身体で……」
「良かった、ダイエットしておいて」
「そんなことしてたのか……って、違う。それなのにあれだけ戦えるんだなって感心したんだ」
「まあ女神にもらったスキルがあるし」
「そしてあれだけ戦えても……こんな華奢な身体なんだよな」
背中に回された手で慈しむように撫でられて。
「それでそろそろ私を抱きしめてくれた本当の理由を教えてもらえるの?」
「決勝戦の最後……ユウカが投げられた姿を見て……俺は酷いことしてるなって改めて自覚したんだ」
「酷いこと?」
「ユウカにだけ戦わせて、安全圏からそれを見ている。卑怯者としか言えない所行だろ?」
「そんなことないよ。それを言うなら商業都市でも観光の町でも私は魅了スキルを持ったサトル君に渡世の宝玉のゲットを任せて楽をした卑怯者じゃん」
「ああ。そういう分担だから、俺も今までは気にしてなかった。でも危険度が違うことを理解したんだ。ユウカが伝説と賞される存在と同等に強いから、戦闘なんてただの作業みたいだと思っていたからすっかり忘れていたんだ。今日みたいに負けることがあるってことを。試合だったから良かったものの……本当の戦いだったら……」
「サトル君……」
「戦って欲しくないとは言えないし、ユウカも望んでいないだろう。それは渡世の宝玉を集めることを、元の世界に戻ることを放棄することになるから。
これから先も渡世の宝玉を集める過程でどうしても戦わないといけない場面が出てくる。そうなったら卑怯だって分かっていても俺はユウカに戦闘を任せる。
だからせめて頑張るユウカに報いるために……こうやってユウカの喜ぶことをしようと思ったんだ」
「…………」
「幸いにも俺は魅了スキルによってユウカに好かれているしな。暴発させた罪悪感はこの時だけは無視する、今喜んでもらうことを重視して。
だから元の世界に戻って、正気に戻ったら、そのときは煮るなり焼くなり好きに俺を断罪してくれ。覚悟はしている」
サトル君は私を思いやって抱きしめてくれた。
でも、その原点となる感情は……贖罪。
愛情は……一片も含まれていないのだろう。
「そしてもう一つ謝らないといけないんだ」
「まだあるの?」
「ああ。ユウカは決勝で自分が勝つと信じていただろ。だから負けるなんて思ってもいなくて、茫然自失となった」
「うん、そうだね」
「俺もユウカの勝利を信じる、と言った。だから実際に負けたときにそんなの想定していないと……思うべきだったのに」
「…………」
「ユウカが負けた……じゃあ負けた場合の動きに移るかと、至極冷静に思考する自分がいたんだ。ははっ、愕然としたよ。俺は誰かの勝利すら信じることも出来ないんだ」
自虐するサトル君。
そんなことないよ、と言いたかった。
悪いのは負けた私だ、と言いたかった。
でもサトル君はその言葉でさらに自分を追い込むだろう。
だから私は思いよ伝われと、サトル君の背中に回した手で慈しむように撫で返す。
サトル君と抱きしめ合っている。それだけで嬉しいけど……これはゴールじゃない。スタートだ。
サトル君は私のことを信じてくれない。
今のままでは魅了スキルのことを明かしても『……ああ、そうだと思っていたよ』で終わってしまう関係だ。
私はその先に進みたいから。
だから私がサトル君と築かないといけないのは信頼関係だ。サトル君に全幅の信頼を寄せてもらうようになる。そう決めた。
そしていつの日かまた抱きしめてもらう。
そのときは贖罪ではなく、愛情でもって。
今でさえこんなに嬉しいのに……そうなったら私はどれだけ幸せに感じるのだろうか。
楽しみだ。
その状況を見守っていた三人。
「思っていたより焦れったい二人ですね」
「まるっと暴露したい気持ちだよ」
「ソウタさんとチトセも似たようなものでしたけどね」
「うっ……痛いところを……」
「それでずっと見てきたリオ的には、今回はどうなんだい?」
「そうですね……三歩進んで二歩戻るといったところでしょうか。一歩分進んだだけでも十分な進歩ですよ。まだまだ先は長そうですが」
「さてと、私も完全復活したかな!」
名残惜しかったけど、私はサトル君から離れる。
「そうか……なんかすまんな。慰めるつもりが俺も……」
「もうそういうの無し! 急いでるんでしょ?」
サトル君は私をさっさと立ち直らせたいと言っていた。つまりは早急にしないといけないことがあるのだろう。
「……ああ。さっき言ってた負けた場合の動きだ。優勝を逃しても、渡世の宝玉を手に入れるための」
「それは……」
サトル君の言葉は叶ったならば私のミスが帳消しになる。ありがたいことだけど……でもどうやって……。
「リオ、居場所は分かるか?」
「ええ。町長に捕まっていたようでまだコロシアムを出ていませんが、先ほど出口に向かって動き始めました。急いだ方がいいでしょう」
「そうか。じゃあ大人数で押し掛けるのも良くないし、ソウタとチトセは待っててくれるか?」
「えっと、分かりました」
「良い報告を期待してるよ」
ソウタ君とチトセをその場に置いて、私とサトル君とリオは移動を開始する。流石にここまでヒントがあればどうするつもりなのか分かった。
「サトル君……もしかして今から私たちでガランさんに会って……」
「ああ。渡世の宝玉を譲ってもらえないか交渉する。俺の想定じゃ成功するはずだ」