74話 勝敗を分ける差
試合開始から15分は経過したと思う。
ユウカこと私はその間伝説の傭兵、ガランさんと一進一退の激闘を繰り広げていた。
試合展開は積極的に仕掛ける私に対して、堅実に進めようとするガランさんといった模様がずっと続いている。私は勝利を掴み取りたいという思いから、ガランさんは負けられないという思いから対極とも言える戦い方になっている………………のだろうか?
違和感を覚える。
あまりにも消極的な戦い方。そもそもガランさんは一度も近距離攻撃を試みていない。遠距離からこっちが防御をミスるのを待っているのか、それともちまちまとダメージを与えて削りきれるという算段なのか?
何にしろそんな悠長な狙いに付き合うつもりはない。
現在空中でお互いに距離を取って小休止していたところから私は動き出す。
「『竜のはためき』!!」
エネルギーの波を発生させてガランさんを襲わせる。
そして波を追いかけて飛ぶ。
遠距離攻撃と同時に突進。これまでに何度も使った手。
「『竜のはためき』」
ガランさんもまた同じスキルで相殺する。
そして露わになった私の姿とまだ距離があることから、ガランさんは攻撃を続行するつもりのようだ。
「『竜の咆哮』」
飛んでくる私に正確な狙いをつけて衝撃波が迫る。正面からの攻撃に対して私は。
「…………」
何もしなかった。
当然攻撃が直撃して――その姿がボフン! と消える。
「なっ……!」
ガランさんが驚きの声を発する。
そう、私は『竜のはためき』で相手の視界から外れた瞬間に、『竜の幻惑』のスキルを発動していた。
自分そっくりの幻影を生み出す竜闘士には珍しい搦め手がきっちりと刺さる。
何度も繰り返したことに、今回も同じかと思ってしまう。ガランさんも同じスキルを持っているはずだからその存在を知っているはずなのに引っかかった。伝説の傭兵といえど油断をすることもあるようだ。
幻影が攻撃されてる間に私はガランさんの背後を取る。
「『竜の拳』!!」
ようやく掴んだ決定的な隙に私は右手に竜の力を拳に宿して殴りかかった。
そのままクリーンヒットを狙いたかったけど。
「くっ……! 『竜の拳』!!」
ガランさんは流石という立て直しで反転して迎撃しようとする。回避も防御スキルもこのタイミングだと間に合わないからだろう。
同じスキルの使用。
これまでに何度もあった相殺パターン。
決定的な隙だったのに、それでも崩せなかったことに歯噛みして悔しがって。
「ぐっ……!」
「……あれ?」
右手と右手が衝突した瞬間、拮抗することなく拳を振り抜くことが出来た。
近距離攻撃のクリーンヒット、これまで必要経費として私が食らってきた以上のダメージを与えて一気に有利に立つ。
「おおっと、ユウカ選手の拳がガラン選手を捉える!! ……しかし、どういうことでしょうか。これまでの戦闘から二人の力はほぼ互角だったはずです。ユウカ選手の力がこの短期間で上がったということでしょうか?」
「……いえ、違いますね。これは――」
実況と解説の声が聞こえる。当事者である私にはよく分かる、今の攻防を分けた要因は。
「ガランさん、あなた右手の調子が悪いですよね」
ダメージにより地上に落ちたガランさん。十分に距離を取り私も地上に降りて問いかける。
「何故そう思う?」
「思い当たる節があるからです。直前の準決勝、ソウタ君との戦いが原因ですよね」
私は断言する。
「戦いの最終盤『竜の潜行』と『神の盾』の衝突。突進の勢いでソウタ君をリングアウトに追い出し勝ったあなたですが、右手は盾を破ることが出来ませんでした。
固いものを殴ってそれを壊すことが出来れば衝撃は物の方に逃げます。しかし壊せなければ衝撃は拳に返ってきます。
そうしてあなたは怪我までは行かなくても、痺れで上手く拳が握れなくなったんじゃないですか? だから今の『竜の拳』の打ち合いにも負けた」
これでガランさんの戦い方が堅実だとしても、あまりにも消極的で接近してこなかった理由も説明が付く。それは拳に問題を抱えて、近距離での立ち回りに疑問があったから。遠距離攻撃を連打するしかなかったから。
「……ああ、そうだ。そんなことを聞くために戦う手を止めて、私に問いかけたのか?」
「いえ、本当の疑問はその先にあります。準決勝で右手の痺れを負ったあなたですが、それが本来決勝に影響を与えるはずがないんです。この大会には回復魔法を使えるスタッフが詰めていますから。
右手の痺れを治癒するような魔法も、またその時間も十分にあったはずなのに……どうしてそのまま決勝のリングに上がったんですか?」
使命のために絶対に優勝しないといけない、そう語ったことをよく思い出せるのに、人事を尽くしていない。チグハグな行動だ。
「なるほど……違和感が解けた。その強さと技術に対して……君は圧倒的に経験が足りない。チグハグな少女だ」
「っ……ど、どういうことですか!?」
「大会のスタッフ、回復魔法の使い手……その中に自分に害を加えようとする者が紛れている可能性をどうして考慮しない?」
「そんな可能性は……」
「先の大戦でよく使われた手口だ。回復魔法部隊に敵の刺客が紛れ混む。傷ついているところに、一番無防備なところに攻撃魔法を食らわせることが出来る。もしくはすぐに正体がバレないように回復はちゃんとしながらも、同時に隠蔽したステータス異常魔法を食らわせるなどな」
実感のこもった言葉。それだけ壮絶な経験をしてきた証だろう。
「で、でもここは戦場じゃありません! スタッフを用意した運営に失礼だとは思わないんですか!?」
「他者の心配とは何とも心優しいことだ。そして私もそんなことは分かっている。私に害を為す者が紛れている可能性がほぼ無いことくらい。だが1%でも可能性があるなら警戒する。私が回復魔法を受けるのは信頼できる者のみからだ」
「……そうですか。その排他的な性格で自らピンチを招いたんですけどね」
つい口が悪くなる。
ガランさんがこのような生き方になったのはその経験からだろう。戦場を渡り歩いたなんて、私には想像も出来ない。簡単に否定できることではなかった。
それでも人を疑って当然という考え方を私は認められない。
「それを言うならこうして会話をしていること自体が君の隙だ。大きなダメージを与えたなら、どうしてすぐに追撃しない」
「分かってます、あなたが会話に付き合っているのは右手のダメージを少しでも回復させるためだって事も。それでもこの確認は私には必要なことです。この戦いに勝つために」
そうだ会話をしてはっきりと理解した。
力も技術も差がない竜闘士の戦い、その勝敗を分けるのは。
「あなたと私……その違いは仲間の差です。仲間の存在が私を勝利に導く……!!」
チトセの姿に私は勇気をもらった。
ソウタ君が隙を作ってくれたから、優位に立てた。
リオが控えてくれるから、安心して戦える。
そしてサトル君の役に立ちたい。その思いで私は奮い立つ。
私の強さの元は女神に授かった力なんかではない。仲間の思いだと自覚した。
対して相手は一人。
負けるわけがない。
絶対に勝てる、絶対に勝つ……!
「『竜の息吹』!!」
「『竜の息吹』!!」
いきなり会話を打ち切り私はブレスを放った。ガランさんも全く警戒は解いてなかったようで同じスキルを使われ相殺される。
「『竜の咆哮』!!」
気にせず私は続けて衝撃波で攻撃した。
相手は先ほど大きくダメージを受けている。ここからはリスクを負う必要はない。遠巻きに攻撃を続ければ、自然と優位は広がっていくだろう。
絶対に勝つために焦らずじっくりと。逸ってはいけない。
「『竜の咆哮』!!」
ガランさんも同じスキルを放つ。
相殺されるのは折り込み済みだ。私は次の攻撃手段について考えて――。
「……っ!?」
二つの衝撃波がぶつからず、すれ違ったことに目を見開いた。
ガランさんは私の攻撃とは軸をズラしてスキルを使ったようだ。つまりはお互いの攻撃が相手に迫る。
「『竜の鱗』!!」
慌てて私は防御スキルを使う。
ここまで堅実に戦ってきたガランさんらしくない賭けに近い攻撃だったが何とか防御が間に合った。
『竜の鱗』は使った後少し動けなくなるが、その隙を狙われることはないだろう。ガランさんにだって私の攻撃が届いているはずだから。あちらも防御スキルを使って動けなくなっているはず。
防いだ余波が土埃を巻き上げて視界が悪くなる。行動不能と視界不良が重なるが、それでも私は勝ちへと一歩ずつ近づいていることから落ち着いていて――。
「勝敗を分けたのは経験の差だ」
土埃の向こうからガランさんが私目掛けて飛び出した。
「えっ……!?」
たった今否定した可能性。あちらも防御スキルを使って動けないはずなのにどうして………………。
「その腕は……!?」
ガランさんの右手が事故にあったかのようにひしゃげてあらぬ方向に曲がっているのを見て理解した。
相手はスキルも使わず素手で衝撃波を受けながら接近してきたのだと。その結果がここまでの破壊を生んだ。
私の攻撃に自ら突っ込んだことによる大ダメージ――しかしその代償に行動不能の私にここまで接近した。
「戦場で何度も見てきた。積極的な行動が得意な者が、いざ勝ちを目前にすると慎重になる姿を。間違っている、そのタイミングにこそさらにリスクを負うべきだというのに」
私の行動は完全に読まれていた。
「ここまで傷ついたのは、こんな特攻をしたのは初めて戦場に出たとき以来だ」
行動不能は解けかけている。あと一秒もあれば動き出せるはず。
「そうだ、無様な行動をしてでも私は君に負けたくなかった」
その一秒が余りにも遠い。
「幾千の戦場を渡り歩いた伝説の傭兵……自ら名乗るのは面映ゆいが気に入っているのでな」
スキルを使用する時間は相手にもない。だが、それで十分だった。
「その称号を背負う存在として未熟な戦士に負けるわけにはいかない」
ガランさんは左手で私の腕を掴み、竜闘士の膂力でぶん投げる。
「これで終わりだ」
抵抗できない私はそのまま空中を舞って――。
着地したのはリングの外だった。
「な、な、何と急転直下!! 試合終了!! 武闘大会決勝戦、勝者はガラン選手!! 伝説の傭兵が優勝だーーっ!!」
実況が勝敗を下す。
「そんな……」
絶対に負けられない勝負だったのに。
私は負けてしまった。