71話 宣戦布告
俺、リオ、ハヤトのいる場に乱入してきたカイはハヤトに事情を聞く。
「様子を確かめに来たら……どうしてこんなことになってるのかい、ハヤト?」
「いやはや、どうにも俺のしていたことが失敗してバレたみたいでな」
「失敗か。ハヤトの趣味はともかく、上手く行けば力に取り付かれたソウタとハヤトに惚れたチトセで一気に二人仲間を増やせるからわざわざ協力したというのに」
「まあしゃーないやろ。わざわざ剣を届けてくれたりしてもらったのにすまんけど」
「……ったく、おまえは」
二人は気安く呼び合う関係のようだ。
「つうわけで俺も二人と一緒にいる理由が無くなったから、カイのところに合流するで」
「あっさりしているね。諦めるのかい?」
「まあな。面倒は御免が俺のポリシーなんや。流石に今の状況から寝取るのは割に合わな過ぎるしな。どんなに障害があろうと、一人の女に執着するあんたとは違うんや」
「……ここで言い争いするつもりはないよ。合流は歓迎だ、任せたいこともあったからね」
俺たちの前でずいぶんと勝手に会話を展開する二人。
「と、それよりこれで形勢逆転やないか? 相手は魔導士のリオとこの場じゃ役に立たない魅了スキルしか持たないサトル。俺とカイで協力すれば二人を捕らえられるやろ。念願の魅了スキル獲得するチャンスやないか。俺もちょっとはおこぼれに預からせてくれよな」
「ちっ……」
会話の矛先がこちらを向く。確かに戦力はハヤト一人分だけあちらの方が有利だ。力で圧倒しようとしたのが、圧倒され返される。
この場を凌ぐには……決勝直前のユウカに頼るわけには行かないし、ソウタとチトセを……。
「いえ、この場の戦力は拮抗していますよ」
「そうみたいだね」
しかしリオとカイはあっさりとハヤトの言い分を否定した。
「へ……どういうことや?」
「常人には気付かれないようこの地にリオの結界魔法が張られている。リオの力がブーストされて、ハヤト一人分くらいは賄えるだろう。どうやら襲撃に備えていたみたいだな」
「私がただ武闘大会に出場しないで遊んでいると思いましたか? 準備するに決まっているでしょう」
「ナイスだ、リオ」
どうやらリオが独自の判断で動いていたらしい。そういえばハヤトの居場所について聞いたとき、コロシアムは自分の庭だと言っていた。場所が分かったのも結界魔法の効果の一つなのだろう。
「それでも拮抗だから戦えば勝つ可能性もあるが、長引けばソウタやチトセ、ユウカが援軍として駆けつける可能性がある。ここで襲うのは分が悪い」
「こちらも二人を捕らえるチャンスですが、援軍を呼ぶために離れた時点で逃げられるでしょう。お互い手を出しても無意味ということですね」
どうやら戦局は硬直しているらしい。ならば話を交わすチャンスだ。
「カイ。おまえには色々と言いたいことがあるが、今はおとなしく疑問解消に努めることにする。ソウタに聞いたんだが、おまえも渡世の宝玉を手に入れたんだってな? どういうつもりなんだ?」
男子会の際に聞いた話。ソウタが前の町で偶然出会ったカイに、渡世の宝玉を見せられたと。
そう簡単に手に入る代物ではないのに、わざわざカイが手に入れた理由とは……。
「別に答える義理もないけど……ちょうどいいか。君たち帰還派に宣戦布告しておこう」
「帰還派……宣戦布告……?」
「元の世界に帰還することを目的とした君たちとはっきり袂を分かつ意味を込めてね」
「っ……!」
カイの言い分はつまり――。
「じゃあ、おまえたちは元の世界に戻るつもりが無いってことか!?」
「ああ。僕の側に付いたクラスメイトはみんな同じ気持ちだよ」
その言葉にカイの側のクラスメイト、ハヤトを見る。
「そうやな、俺が連日連夜キャバクラ通いしているのは知っていると思うけど……その金をどこで稼いでいるかについては思い当たっていないみたいやな」
「金を……まさか、おまえの職の……」
「そうや、盗賊の力でそこらから盗んでな。いやあすごい技術でな、本当盗み放題やで。今までバレたこともないしな。
こんな風に好き勝手出来る力を捨てて、今さら元の世界に帰ってただの学生の身分に戻るなんて出来るはずないやろ」
少しも悪びれる様子のないハヤト。
「大体、僕が魅了スキルの力を欲し求めていることから分かっていると思っていたんだが……どうやら君は盲目的にこの世界から帰還することしか考えていなかったのか」
「魅了スキルを手に入れた場合はこの世界から帰還するまでの間だけ好き勝手する……と俺は見誤っていたのか」
「そうさ。どうして僕が手に入れたおもちゃを捨てるわけないだろう。ずっとこの世界に留まって遊び尽くすに決まっている」
「………………」
こいつらは……。
「ユウカはこの異世界に来た時点で、元の世界に戻ることを目標として僕たちクラスメイトをまとめた。まああのときは混乱を収めるためにそれが最適だったのも事実だが……異世界で過ごすことによって、授かった力を手放すのが惜しいと思ったクラスメイトも出始めたということさ。僕もこの『影使い』の力は気に入ってるしね。
そんな人たちを勧誘して僕たちの仲間としたんだ。リオは気付いていると思うが、現在君たち帰還派と連絡が付かない三パーティーは全て僕たち駐留派に付いている」
「やはり……そういうことですか」
「三パーティー……というとまだ帰還派の方が多いみたいだが、そんなにも……」
思っている以上の浸食率だ。
「しかし今の反応を見るに、サトルは元の世界に戻るのを当然だと思っていた様子。ならば今この場で僕たちの側に来ないか勧誘しましょうか。ユウカを僕にくれるなら、君の自由意志を認めてやってもいいよ」
「人を物のように扱いやがって……っ! 大体、俺がおまえらの側に付くと思うか!?」
「まあまあ、過去のしがらみは捨ててちゃんと考えてくれよ。君は魅了スキルについて相手が自分のことを好きになっても、元の世界に戻った時点で解消されることが空虚に感じるという話だったね」
「ああ、その通りで………………っ!?」
「気付いたようだね。この世界にずっと留まればそのデメリットは無くなるのさ。魅了スキルをかけた相手は、未来永劫君のことを好きになる」
「…………」
カイの提案は……俺のエアポケットになっていたものだった。
魅了スキルの欠点が無くなる……俺のことをずっと好きになる。
絶対に裏切ることのない相手……トラウマが再来しないなら、俺だって誰かを好きになれ………………。
「いや、無いな。俺は絶対に元の世界に戻ると決めたんだ」
頭を振って宣言する。
「ずいぶんと固い決心だね。そんなに元の世界にでも未練があるのかい?」
「ああ、この世界のラーメンはマズいんだよ」
「ラーメン……?」
「あんなラーメンもどきしか食えずに生きるなんてまっぴらだ」
「そんなもののために……」
「それだけじゃない。元の世界で読んでた本に続きが気になるのが何冊もあるんだ。ようやく伏線が回収されそうだってのに読まずに死ねるか」
「ははっ、何ともちっぽけな理由だなっ!」
「ああ、そうだろうな。だが俺にとっておまえたちがこの世界に留まって好き勝手したいって理由もちっぽけだとしか思えねえよ!!」
「っ……!」
「人様の世界で好き勝手して、その上居座るなんてそんな厚顔無恥なことが良くできるな! 俺には出来る気がしねえよ、絶対に元の世界に戻ってやる!!」
あの夜に続いて、またも俺とカイの主義主張は決別する。
「そうか……ははっ、いいだろう。面白くなってきたね。魅了スキルしか持たない君がどこまで出来るか期待しているよ」
「おいっ、待て! まだ最初の質問に答えてないぞ! おまえはどうして渡世の宝玉をわざわざ手に入れたんだ? この世界から帰還するつもりが無いなら尚更意味がない行動に思えるが?」
「ああ、そうだったね。楽しませてくれたお返しに答えてあげよう。
理由は二つある。一つは女神のメッセージだ。渡世の宝玉を集めることでこの世界を救ってほしいとは、逆を言うと集めないと良くないことが起きるわけだ。この世界に永住するつもりの僕たちにとって、この世界には健在してもらわないといけないからね」
「なるほどな」
「そしてもう一つ、こっちの理由の方が僕には重要だが……渡世の宝玉はただの帰還アイテムじゃないからさ」
「……え?」
「分からないのかい? 渡世の宝玉はその説明の通り、世界を渡る力を持つアイテム。元の世界に帰還するためにも使えるというだけで……別の使い方もあるということに」
「別の……」
「そもそも女神は僕らをどうやってこの世界に呼び出したのか。帰還するのが渡世の宝玉ならば……」
「呼び出したのも……渡世の宝玉の力……だっていうのか?」
「ああ、その結果女神はこの世界で自分の代わりに働いてくれる駒を手に入れたとも言える」
「…………」
「同じように僕も渡世の宝玉を集めて呼び出すというわけだ。竜闘士のユウカも倒せるような、高位世界の存在――悪魔を!」
「なっ……!」
その言葉に気づかされる。
そうだ、やつが俺の魅了スキルを手に入れられないのはユウカを倒すことが出来ないから。魅了スキルによって俺のことを好きになったユウカが絶対の門番として立ちふさがるからだ。
だとしたら……やつらが渡世の宝玉を集めることで、その障害を排除し欲望を叶えることが出来るのならば……必死になって集めるはずだ。
「分かっているようだね。これからは僕たち駐留派と君たち帰還派による、渡世の宝玉争奪戦開始というわけさ」
「ちっ……集めるだけでも面倒なのに、横から奪う存在が現れたってことか」
「まあでもこの町の渡世の宝玉に関与するつもりはない。武闘大会の優勝によって得られるといっても、そもそも竜闘士に勝てるならこんな苦労する必要はないからね」
「大会に参加してないのはそういう理由か」
「だが一つ宝玉はもらっていく。持っているな、ハヤト」
カイがハヤトに言葉を投げると、胸元からあるものを取り出した。
「バッチリ渡世の宝玉は持っているで。あいつらお人好しにも俺に管理を任せていたからな」
その手にあるのは、ソウタとチトセが前の町で苦労して手に入れただろう渡世の宝玉。
「これで僕らの手元には僕自身が手に入れた渡世の宝玉と合わせて二つ。そっちは三つか。いい勝負だな」
「っ、おまえそれは二人が……!」
「ああ、だから二人にはサトルから謝っといてくれや、メンゴってな」
相変わらずハヤトの言葉は軽い。
「さて、じゃあそろそろお暇させてもらうか。君たちも決勝がそろそろ始まるみたいだから向かった方がいいだろう」
「おまえに心配されることじゃねえな」
「くくっ、その通りだね。『潜伏影』」
カイがスキルを発動すると、ハヤトも合わせて影にその姿が消える。
「最後にお節介な忠告を。渡世の宝玉を狙うのは僕たちだけじゃない、気を付けることだね」
「じゃあなー。ソウタとチトセに達者でなー、と伝えといてくれや」
二人の声が響き……気配が消え去った。
「ちっ……最後まで勝手な奴らめ」
「本当は捕らえたかったですが、現在の状況が見えてきたことは大きいです」
「にしても最後の言葉は……他にも渡世の宝玉を狙うだと……?」
「……気になりますがそろそろ決勝です。今はそちらに集中して……大会が終わったらユウカと情報共有しながら整理しましょう」
「ああ……そうするべきだよな」
俺とリオはVIP席に戻るのだった。