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69話 聞いてた




『私がこの後の決勝戦でガランさんに勝って渡世とせ宝玉ほうぎょくを手に入れることが出来たら――あの二人みたいにサトル君に私を抱きしめて欲しいの』




「……」

 ユウカの願いを聞いて。

 俺は簡単に願いを叶えるなんて提案した過去の自分を呪った。


 どうして命令なんて夕食のおかず一個譲れとか、一発芸しろと命令して笑い物にするとかだと思ったのか。

 ユウカには俺の魅了スキルがかかっている。

 好きな人相手に何でも命令できるとなったら、そのようなことを命令するのが当然だ。内容が抱きしめてほしいとなったのはソウタとチトセを見て羨ましくなったとかそんなところだろう。


 魅了スキルをかけてしまった俺なんかが抱きしめるなんてことしていいのか。ユウカが正気に戻ったときに汚点となるんじゃないのか。単純に抱きしめるって恥ずかしくないか。

 色んな考えが錯綜した後に。




「分かった」

 俺はその願いを了承した。


「本当? サトル君のことだから何かと言い訳して逃れようとするかと思ったけど」

「そんなこと……しないとは言い切れないな。うん、すごく俺らしい」

「だったらどうして受け入れたの?」

「俺とユウカの間じゃ色々事情があるけどそれを抜きにして考えてみて……今の願いを口にするには勇気がいったはずだろ。だったら恥をかかすのも男らしくないと思ってな」


 ユウカ同様に俺もさっきまで見ていたソウタとチトセの二人に引っ張られている自覚はある。この選択もまた後から悔いるだろうな。




「サトル君も変わったね」

「一時的なものだと思うけどな。それにガランさんに勝った場合の話だろ。実力はほぼ互角、なら二分の一で今の約束は不履行だ」

「そんなことないよ。今の約束で私の勝つ確率は100%になったから」

「どんな理屈だよ……まあこんなニンジンで頑張れるなら約束した意味はあるか」


 ユウカがわざわざ決勝を勝った場合という条件を付けたのはこうして自らを奮起付けるのもあるだろうが、渡世とせ宝玉ほうぎょくを手に入れる役に立っていない俺が交換条件に出したということも考慮してのことだろう。

 決勝で勝てなければ、渡世とせ宝玉ほうぎょくが手に入らず前提が狂うからだ。真面目なユウカらしい。




「よし、じゃあ私は控え室に戻ろうかな。決勝開始までまだ時間があるけど、ウォーミングアップとか精神統一したいし」

 万全の準備で決勝に挑むつもりのようだ。今の約束で浮つくかと思ったが、そんなところは一切見られない。


「……」

 その場を去ろうとするユウカを見送ろうとして……。

 ああもう、やっぱり今の自分はおかしい。だからしょうがないんだと言い訳して。




「相手が同格の竜闘士だろうと、俺はおまえの勝利を信じているからな、ユウカ!!」




「……! ありがとっ、サトル君!! 絶対に勝ってくるよ!!」


 面食らった後に、満面の笑みを浮かべて、手を振りながらユウカは控え室に向かった。




「……」

 本当にらしくない。

 勝利という言葉にかかっているが、信じるなんて言葉が俺の口から出るなんて。


「はぁ……」

 頭をポリポリとかきながら俺は向き直って。


「……」

「……」

「……」

 そのときになってようやく俺はリオ、ソウタ、チトセの生暖かい視線が向けられていることに気付いた。




「何だ、おまえら。見せ物じゃねえぞ、帰れ、帰れ!」

「どこに帰ればいいんですか? しかし本当にここまで来て……私は感無量です」

 リオが流れていない涙を拭う。白々しい。




「そういえばユウカさん、サトルさんが酔っぱらったときの質問からして……」

「ソウ君は女子会にいなかったから事情を知らないんだな。後で教えるよ」

「ありがと、チトセ」

「ソウ君♪」


 二人がいちゃついている。いつの間にか呼び方も変わってバカップル丸出しだ。つうか俺の酔っぱらった時って何だ?




「それにしてもサトルさん、ありがとうございます。おかげさまでチトセに想いを告げることが出来ました」

「ああ、そうだね。アタイもお礼を言うよ。ソウ君と付き合えることが出来た」

 ソウタとチトセが俺に頭を下げる。


「はいはい。からかったと思ったら、今度は独り身の俺への当てつけですか? 末永くお幸せにねえっ!」

 俺のテンションも中々にぶっ壊れている。


「ありがとうございます」

「そんなに彼女が欲しいならユウカに告白すればいいのに。ユウカも喜ぶと思うよ」

 皮肉を受け流すソウタと意趣返すチトセ。


「そりゃ喜ぶだろうよ、俺が魅了スキルをかけてしまったんだからな」

「えーと……あー……」

「そうか……いや、すまないね」

「って、愚痴っぽくなったな。今の無しだ、これは俺の問題だしな」

 気まずそうにする二人に俺は発言を撤回した。




「しかし、ヤキモキするという意味ではお二人も相当でしたよ。教室にいたときから、どう見ても両思いだったというのに」

 リオが気を利かせて話題を変えてくれる。


「教室での様子は俺は知らないけど、この町に来てからの付き合いでも簡単に分かったしな」

 俺もそれに乗ることにした。




「そ、そうでしたか……? 抑えてはいたつもりだったんですけど、チトセのことを好きだって想いが溢れていましたか」

「それを言うならアタイだってソウ君のこと好き好きって思ってたよ」

「チトセ……」

「ソウ君……」


 出来立てのカップルとは思えないほどのアホッぷりだ。キレてもいいか?




「チトセは僕みたいな弱い男は好きじゃないと聞いてたから及び腰になっちゃったかな」

「アタイだってソウ君はアタイみたいなガサツな女は好きじゃないって聞いてたから、怖かったんだよ」

「でもこうして結ばれたから良かったよね」

「ああ、本当にね」


 なるほど、互いへの想いは十分だったけど、相手が自分のことを好きだという自信が無かったから、こうして時間がかかって……………………………………。



 『聞いてた』?






「おい、そこのバカップル二人。その話を聞いた相手って誰だ?」






「誰って……ハヤトさんですよ。サトルさんには言いましたよね、僕はハヤトさんにこの恋を応援してもらっているって。その一環でチトセが僕みたいな弱い男好きじゃないって情報も聞いたんです」


「アタイもハヤトだよ。アタイの想いがバレていたみたいで、相談するとこうしてソウ君と一緒のパーティーを組んでくれたり手伝いをしてくれてね。ソウ君がアタイみたいなガサツな女が好きじゃないってのもハヤトからの情報だ」


「あれ僕たち二人ともハヤトさんに相談していたんですか」


「そうみたいだねえ……あ、そうそうハヤトにも報告しないとだね、こうしてソウ君と付き合えたことを」


「もちろんですよ、色々と応援してくれたんですから。あの剣もハヤトさんなりの応援だったんでしょう、結局使わなかったですけど」


「あーでも、ハヤトはどこ行ったのかねえ?」


「え、チトセ知らないんですか」


「最後に姿を見たのは準決勝前だよ」


 二人はのうてんきにハヤトに報告することやどこに行ったかを考えている。




「…………」

 だが事態はそんな軽いものではない。明らかにおかしいのだ。


 ソウタからチトセが好きだと聞いていて、チトセからソウタが好きだと聞いていて。

 なのにハヤトは双方に全く逆の、嘘の情報を流している。

 二人を応援するといいながらこの行動……悪意を持ってした騙したのだとしか考えられない。


 この二人が結びつくのに時間がかかったのは……ハヤトが邪魔をしていたからだ。




「ソウタさんにチトセ。先にVIP席に戻っていてくれませんか」

 リオが二人に提案する。


「え、どうしてですか」

「ちょっと私たちは用事を思い出したので」

「そうかい。じゃあ行こっか、ソウ君」

「うん、チトセ」


 二人はいちゃつきながらVIP席に戻る。

 先ほどまでの邪念は無くなった。今はただ二人に幸せになって欲しいと心の底から思う。




「ああ、そうだ。下手すればあいつのせいで何もかも滅茶苦茶になる寸前だったんだからな」


 ハヤトがどういうつもりなのかは分からないが……お互いを思いあう関係を踏みにじろうとした罪は俺の中で最上級に重い。




「こそこそしているのは分かっていましたが、こんな姑息なことを。サトルさんも同じ思いのようですね」

 リオも俺と同様にハヤトのことを前から怪しいと思い、現在は怒っているようだ。




「それで目星は付いてるんだな、ハヤトの居場所は」

「ええ、今やこのコロシアムは私の庭です。二人で問い詰めに行きましょう。決勝直前のユウカに負担をかけたくないですし、出来たばかりのカップルの邪魔をするわけにも行きませんしね」

「ああ、もちろんだ。決勝開始まであと三十分ほど、それまでには戻るぞ。ユウカの応援をしないといけないからな」


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