68話 成就
準決勝第一試合、騎士VS竜闘士は竜闘士に軍配が上がった。
「そうですか……」
張りつめていたものが切れたソウタはバタンとリング上で仰向けに倒れる。
「僕は……負けたんですね」
そして空を見上げながらポツリとつぶやいた。
「よく頑張ったな」
俺はその健闘を称える。あれだけの奮闘に頑張ったでは足りないのではないかと思ったが、それ以外にかけるべき言葉が分からなかった。
「ええ、本当に」
リオも同じようだ。
「…………」
チトセだけは無言だった。
と、そのようにソウタを労ったのは俺たちの周りだけであり、大多数の観客の反応は見ていられないものだった。
「はあもう、やーっと終わったかよ」
「ったく、あのソウタとかいうやつ。危うくガランが負けるところだったじゃねえか」
「竜闘士の一騎打ち、伝説の邪魔をしないでほしいね」
決勝への期待の強さからか、健闘したソウタを貶すような言い方。
「あいつら本当に人間なのか?」
「いいえ、畜生でしょう。範囲攻撃魔法でもぶち込みましょうか?」
「分かってるだろうがやめとけって。あんなやつらのために俺たちがテロリストになるのは、ソウタも望んでないだろ」
「……ええ」
リオもキレているようでこめかみに青筋が浮かんでいる。
何も出来ないことに歯がゆさを覚えたそのとき。
「……っ!?」
全身が総毛立ち、反射的にその殺気の出所を見た。
リングの上、伝説の傭兵ガランが視線を上げて明確に観客席を睨んでいる。ゆっくりと360°見渡すことで、ソウタへの侮辱で沸いていた観客席全体が静まった。
「あの人は……」
「対戦相手として感じるところがあったみたいですね」
ソウタのためを思ってくれた行動に感謝する。
そのままガランは倒れたままのソウタに左手を差し出した。
「立てるか?」
「ありがとうございます」
ソウタはガランの手を借りて立ち上がる。
「ナイスファイトだった、少年」
「……えっと、あなたのような人でもお世辞を言うんですね」
「本心だ。リングアウトの無い試合じゃなかったら、どうなったか分からなかった」
「そんなことないですよ。試合じゃなかったら僕みたいな守ってばかりの相手を無視して他を攻めればいいだけです。僕の戦い方は試合だったから成立したんです、だからルールによって負けるのはある意味理に叶っています」
「少年が無視できないような重要な拠点を守っていたら、その論は通用しないな」
「だとしても最後スキル打つ瞬間、防御態勢を取っていたあなたを破ることが出来たかは疑問ですけど」
「……ノーコメントだ」
「そこでですか……」
ソウタが苦笑する。不器用な励ましによって心が軽くなったようだ。
その様子に静まっていた観客席も、熱闘を終えた選手たちを拍手で見送るのだった。
その後、準決勝第二試合が行われた。
竜闘士のユウカの参戦。圧倒的な力の差、ユウカが勝つことを望む観客の雰囲気の後押しなどがあって負ける要素が無く、『竜の咆哮』の一手で対戦相手をリングアウトまで吹き飛ばした。
これにて決勝で一人でも伝説の存在である竜闘士二人による戦いが行われることが決定する。
リングの整備や一旦区切りを付けるため、そして竜闘士がほとんど一手勝ちで終わらせたおかげで時間的に余裕があることから、決勝までは一時間の休憩が設けられた。
「ということで準決勝も勝ったよ、サトル君!」
「ああ、見てたって。また圧倒的だったな」
ユウカのVサインと共に嬉しそうに報告する。
俺とリオとチトセはコロシアム内部の処置室の前でユウカと合流していた。処置室の中ではガランとの戦闘でかなりのダメージを負ったソウタがスタッフによる回復魔法の治療をまだ受けているようだ。後に戦ったユウカは全くダメージを受けていないため処置を受けていない。
「それにしてもソウタさん遅いですね」
「……」
リオが声をかけるがチトセは処置室前のベンチに座り、俯いたまま考え込んでいる。
「……」
「……」
「……愛しのソウタさんは自分の手で回復させたかったですか?」
「ばっ……! な、何言ってんだい、リオ!! サトルもいるっていうのに!!」
チトセが目に見えて慌てだす。そういえば職が『癒し手』だったか。
「いや、俺だって気づいてるぞ、おまえがソウタを好きなことくらい」
「なっ……!?」
「大体あんな愛の告白みたいな回想や一途に勝利を信じるところを見せといて、よく気付かれないと思ったな」
「…………」
俺の言葉にトドメをさされたようだが……いや、実際分かりやすかったし。
感情がいっぱいいっぱいになったのか機能停止していたチトセだったが、しばらくして再起動する。
「ああもう、そうだよ! アタイはソウタのことが好きさ!」
「そんな叫ぶように言わなくても」
「だからってわけじゃないんだが……今のアイツになんて声をかけようか迷っていてね」
「……」
「アイツが気が弱いように見えるのはみんなに優しいから、誰も傷つけないようにしているからで、本当は十分に気が強いんだ。だからこそ余計なもんまで背負おうとして……今回も伝説の傭兵に勝てなかったことに責任を感じているはず。そんなアイツを労うのにふさわしい言葉は……」
「告白でもすればいいんじゃねえか? それでアイツも喜ぶと思うぞ」
「ア、アホウがっ!! な、なに冗談言ってるんだい!? ソウタがアタイの告白で喜ぶなんて……そんなはずが……大体こんなガサツな女お断りだろうし……」
オーバーヒートしたかと思うと、一転してぶつぶつと考え込み始める。
その間にリオとユウカが俺に声をかけた。
「サトルさん、そこらへんにしてあげましょう」
「そうだよ、容赦ないって」
「そうか? というか二人だって分かってるんじゃねえのか、ソウタの気持ちを」
「……まあ、そうですね。あちらも分かりやすいですし」
「似たもの同士だよね」
「だから俺はちょっと背中を押しただけだ。こういうの見ててヤキモキするしな」
「ええ、本当に、とても分かります」
「ちょっとリオ、こっち見ないでって」
俺の言葉にリオが心の底から同意しながらユウカを見ると、ユウカにしっしっと追い返されていた。どういうことだ?
「本当にありがとうございました、失礼します。……って、皆さんそろってどうしたんですか?」
そのとき処置室の扉が開いて、中のスタッフにお礼をしながらソウタが出てきた。どうやら処置が終わったようだ。
「おまえの健闘を称えようと出待ちしていたところだ」
「そうですか……でもお礼を言うのは僕の方ですよ。サトルさんが諭してくれたおかげで、あそこまで戦えたんです。ありがとうございました」
「サトルさんが……? そういえば、準決勝前に傷だらけで帰ってきましたが……」
「何でもねえから詮索するなリオ。ソウタもさっさとその話は忘れろ、それが何よりの礼になる」
「恥ずかしいんですね……分かりました」
おかしそうに笑いながらソウタが了承する。……本当に分かっているんだろうか?
「私も見てたけど、ソウタ君頑張ってたよ!」
「ええ、ナイスファイトでした」
ユウカとリオがソウタを労う。
「そうですが勝てなかった以上……いえ、二人ともありがとうございます」
ソウタは何かを言い掛けて二人に頭を下げた。
「……」
あいつまた一つ抱え込みやがった。
俺たちがソウタを気遣いに来たことに気付いて、弱っているところを見せないようにした。自分のことで心配させたくないからか。
なるほど、チトセの言っていたソウタが優しいという意味が分かった。
そしてこれがいつか破綻するだろうことも理解する。背負い込み続けてはいつかポッキリと折れるのは目に見えているからだ。
誰かが適度にガス抜きをしてやらないといけない。
「……拒まれたら、アンタをぶっ飛ばすからね」
「え?」
ソウタが現れてからもずっと黙っていたチトセが俺のことをギラリと睨む。
何のことかと聞き返す前に、チトセはソウタの方に向き直っていて――そして。
チトセがソウタを正面から抱きしめた。
「チ、チトセさんっ!? な、何を……!?」
突然の出来事にソウタが顔を真っ赤にしている。
「嫌だったら振り払ってくれても構わないよ」
「そ、そんなことありません!!」
「そうかい……それは良かった」
「でも……どうしてこんなことを?」
抱きしめられたままソウタが疑問を口にする。
「アンタが素直に労わせてくれないからだよ」
「そんなこと……」
「いいから、黙って聞きな」
「うぷっ……!?」
チトセが胸元でソウタの頭を強く抱えて、物理的に反論を封じる。
「アンタは良くやった。アタイが怯えた伝説の傭兵相手に本当によく立ちはだかった。手も足も出せない空中からずっと攻撃されたときもよく耐えた。最後はリングアウトになってしまったけど運が悪かっただけだ。あんなの本当はソウタの勝ちだった、アタイが断言するよ」
「チトセさん……でも……」
「でもじゃない。アンタは力が無いのに優しいから抱え込み過ぎなんだよ。見てられないからね、だからアタイが支えるよ。アンタの重荷を少しでもアタイも背負うから」
「そ、それだと僕は助けられてばかりで……!」
「だからアタイにアンタのその身に宿る勇気を少しでも分けて欲しい。身体ばっかり鍛えて、心が臆病な私に。あの日あの子を助けようと反射的に行動した姿のように」
「そんなことが……。チトセさんが臆病だなんて思ってもみませんでした。いつだって度胸があるように見えたのに」
「アンタの前ではカッコつけていただけだよ。本当のアタイは……誰かの言質でも取らないと、好きな男子相手にアタックかけることも出来ないくらい臆病でね」
「す、好きな……!?」
「ほら今だって拒絶されないか震えているんだ」
「そうですか……女の子にそこまで言わせてすいません。好きです、チトセさん」
告白したソウタは今まで抱きしめられるままだったところから抱きしめ返す。
「アンタは……本当簡単にそんなことを言って。やっぱり強いじゃないか」
「簡単じゃないですよ。今だって心臓が破裂しそうなくらいバクバクしてます」
「ああ、感じるよ。でも本当にアンタはアタイに色んなものを、欲しかった言葉もくれて……ズルいねえ」
「何言ってるんですか、僕だってチトセさんにいっぱいもらってますよ」
抱きしめあう二人。
想いの成就を見守った俺たちはその邪魔にならないようにコソコソと話す。
「いやあ……ここまでだと、冷やかす気にもなれないな」
「ええ、お幸せにと後で伝えますか。今は完全に二人の世界ですしね」
互いを信頼し合った関係。
俺の恋愛における理想。
羨ましい、本当に。
いつか俺もこんな関係を作れるのだろうか。
いや……作ってみたい。
だからこそ俺は人を信じられるようになると誓ったわけで……。
「ねえ、サトル君」
「……ん、どうしたユウカ」
二人の様子をぼーっと眺めていたユウカが口を開いた。
「昨日の昼食会の前にさ、私の願いを何でも一つ聞くって言ったでしょ?」
「ああ、そうだったな」
渡世の宝玉を手に入れるために頑張っているユウカに対して、何もしていない俺がせめて力になろうとして結んだ約束。
忘れてはいないが、どうして今それを持ち出したのだろうか?
「願いの内容を思いついたから言ってもいい?」
「……いいぞ」
どんな願いが飛び出すか、身構える俺にユウカは告げる。
「私がこの後の決勝戦でガランさんに勝って渡世の宝玉を手に入れることが出来たら――あの二人みたいにサトル君に私を抱きしめて欲しいの」