66話 準決勝開始
「サトルさん! どこに行ってたんですか……って、どうしたんですか、その傷は!?」
VIP席に戻った俺を出迎えたリオは、傷だらけの俺を見て思わず叫んだ。
「あー……ちょっとな。すまんリオ、回復魔法かけてくれないか?」
「分かっています! 『妖精の歌』!」
リオの手元から発せられた光が俺の身を包む。
傷の原因は言うまでもなくソウタとの勝負のせいだ。俺の未熟な腕では毒の剣がかすりもせず、ボコボコにされた。あいつも中々に容赦がなく滅多打ちだ。
まあそのかいもあって、あいつも毒の剣への未練が断ち切れたようだ。怪我だらけの俺にペコペコと謝りながらも、晴れ晴れとした表情で控え室を去っていったから俺がやったことにも意味はあっただろう。
「ふう、痛みが引いていくな……助かった……」
「回復完了です。それでやっぱり誰かが襲ってきたんですか!? すいません側を離れてしまって……」
「いや、これは少しでも渡世の宝玉を手に入れる確率を上げるためにやったことだ。俺のせいだから気にするな」
「渡世の宝玉って、一体何を……?」
リオが訝しんでいるが説明するつもりは無かった。あんな柄にもないことをしたなんて説明するのは恥ずかしい。
ていうか『やっぱり』ってどういうことだ。俺が襲われる可能性が……ま、リオが武闘大会に出場せず、わざわざ俺の警護をしていることからして心当たりがあるのだろう。
「取り込んでるところ悪いけど、そろそろ準決勝始まるみたいだよ」
チトセが俺とリオに声をかける。
「お、やっとか」
「それと席が空いたみたいだから、ここからはアンタたちの隣で観戦させてもらおうかね。ハヤトがどこかに行って一人寂しくなったことだし」
「……って、ハヤトいないのか?」
「ああ。とりあえずVIP席には見当たらないね。準々決勝の時まではいたんだけど……ったく、あいつ人様に迷惑をかけてなければいいんだが」
チトセが文句を言う。
ハヤト……あいつの行動には疑問ばかり残っている。
明らかにソウタが力に取り付かれるように唆して、本来の力を発揮できない毒の剣に手を出させようとしていた。
まるでソウタがこの準決勝で負けるように誘導しているかのようだ。
渡世の宝玉を手に入れるという俺たちの目的から遠ざかる行動……あいつはやっぱり……。
「…………」
それにあんな禍々しい毒の剣なんて代物どこから手に入れたのかも気になる。伝手と言っていたが、どんなやつらと関わっているというのか。
「……まあ、今は準決勝に集中するか」
俺は席に座ってリングを見下ろす。そこではちょうど準決勝第一試合の選手二人が入場するところだった。
「勝てよー、ガラン!!」
「伝説を証明してくれー!!」
「油断するなよー」
観客からガランを応援が飛ぶ。
しかし、このような声は少なかった。大多数の観客は――。
「ガラン選手とユウカ選手……どっちが強いんだろうな」
「私はユウカ選手に勝ってほしいけどなー」
「にしても準決勝か、今回も一手で勝つだろ」
決勝の話や決まり手のことなど、既にガランが勝ったものだとしていたりする。
「この雰囲気は……」
「マズいですね」
考えてみればそうだ。観客の一番の関心は決勝において竜闘士が一騎打ちすることだ。
こんなところでガランが負けることは望んでいない……いや、思ってもいない。
ソウタが勝つことを誰も信じない状況を作り上げられている。
元々ソウタとガランの力の差は歴然だ。その上会場の観客全員がガランの勝利を信じる雰囲気が後押しする。
折角俺が立ち直らせたのに……このままじゃソウタは……。
「本当酷い雰囲気だねえ。そして二人もソウタが負けると思っているのかい?」
「っ……」
「それは……」
見透かしたように放たれたチトセの言葉に俺もリオも言い返せない。
「まあ、しょうがないさ。力の差は歴然だし、アイツの普段の様子からしてとてもこういうときにやってくれるとは思えないだろうよ。
だからあいつの勝利を信じているのはアタイだけだ」
「勝利を……」
「チトセ」
リングを見下ろすチトセの瞳には微塵の揺るぎもない。
「アイツは……ソウタは強いんだ。
アンタらは知ってるか分からないけど、ソウタは元の世界では病弱でな。満足に運動できないようなやつだったんだ。
いくら鍛えても女の癖にって言われることに辟易していたアタイは、そんなアイツを男の癖に弱いって正直見下していたもんだよ。
そんなある日……アタイとソウタは子供が車に轢かれそうになる場面に遭遇した。といってもそれなりに余裕があってね。アタイならひょいと子供を抱えて安全圏に連れて行ける……はずだった。
足が動かなかったんだ。余裕があるという見立ては正しいのか、もし途中で転んでしまったら……そんなことばかり考えて、恐怖に竦んで動けなかったアタイが見たのは……反射的に動いたんだろうね、子供を助けようとして飛び出したソウタだった。
子供を助けようと脇に抱えて……でもそこで力尽きた。覆い被さったアイツと子供をアタイがまとめて助けて何とか事なきを得たけどね。
ただの無茶だったかもしれない、無謀だったかもしれない、でも無駄じゃなかった。アイツの行動に勇気をもらったから、アタイが動けたんだから」
先ほども聞いた話だが……そうか、チトセの視点からはそう映っていたのか。
「アタイは本当は臆病なんだ。口では威勢の良いことを言っておきながら、予選の時もギリギリまでガランの前に立つ決断を下せなかっただろう?
だからソウタの強さに憧れているんだ。やるときはやる。恐怖に屈しない。そんな精神的な強さに」
ソウタはチトセの肉体的強さに憧れて。
チトセはソウタの精神的強さに憧れる。
お似合いの二人だな。心の底からお互いを信頼しているのが分かって……俺の理想にもかなり近い関係だ。
「さあ、両選手位置に付きました! それでは準決勝第一試合――」
「試合開始です!!」
そのとき実況と解説が開始を宣言した。話し込んでいる間に準備が整っていたようだ。
ゴングが鳴り、伝説の傭兵の勝利を信じた観客の声がうねりにもなりリングに流れ込む中。
「『竜の咆哮』」
伝説の傭兵が指向性の衝撃波を放った。
射程、威力ともに十分で、スピードもあるその攻撃が先制するのに最適なのだろう。ユウカも合わせて、これまでに四回繰り返された光景。
「おっと、もう始まったのかい。まあでも大丈夫だよ。この程度で屈するアイツじゃない」
四面楚歌の状況……ここに一人だけ応援してくれる少女がいるが圧倒的不利な状況には変わらず、それでも相対する少年は落ち着いていて。
「はぁっ!!」
ソウタは盾を体の正面に構えて衝撃波を受けきった。
「ガラン選手、もう恒例となった衝撃波攻撃!」
「しかし、対するソウタ選手余裕で受けきりました。一手目で倒してきた記録はここで終了ということでしょう」
実況と解説の声。
「やはりこれでは終わらないか……」
攻撃を防がれたガランに驚いた様子はない。勝利を盲信する観客と違って、どうやらソウタの実力は分かっていたようだ。
「僕は……僕はやってみせる……!!」
ソウタが気勢を上げる。
準決勝第一試合の火蓋が切って落とされた。